第532話 建前づくし

 

「…………」
「えっと……何か用でも?」


 何だか普段よりもテンション高めなゼノと世間話をしながらギルドの受付列に並んでいた努は、その横からヴァイスにじっと視線を向けられていた。しかしその後無言のまま数十秒と彼は動かなかったので、努はゼノ達に先に行くよう目で促して列を抜けた。

 それからヴァイスは何度かちらちらと背後を窺ったりしていたものの、最後には自分自身の口を開いた。


「……ミナについての、意見を聞きたい」
「……あぁ。最近何かと話題ですよね。しかしまた、どうして僕に……?」
「……ミナのためにも、これから呪寄装備が必要になる。それを作れるのは現状、ツトムしかいないと聞いている」
「あれ、ユニークスキルの二人で突破するのはもう諦めた感じですか? あの朝刊で」
「……仮にそれで突破したとしても、その先にミナの望む未来はない」


 そう言い切ったヴァイスに努は不思議そうに首を傾げた。


「そうですかね? アルドレットクロウでも突破できていない160階層突破できたら、探索者としてかなり箔がつくと思いますけど」
「あの強さを神台で見せつけて箔をつけても、気味悪がられるだけだ」
「あー、そういえばあのアルマとミナのセットみたいなやつって、ヴァイスさんが考えたんですか?」
「……提案は、セシリアだ」
「うわ、そうなんですね。よく思いつきましたねー、セシリアさん」


 あの子供を前面に押し出した家族売り商法は、あれから五年経っても未だに外見がノームのように止まっているミナでなければ出来ないことだ。

 それこそ三年前のミナは迷宮都市においては王都から押し付けられた害虫のような扱いだったが、自分のいなかった三年間でその認識は大分緩和されて観衆からも受け入れられているように見えた。その期間迷宮都市にいなかった努からすると、その変化はよりはっきりと感じられた。


「それなら今まで通りの感じで探索すればいいんじゃないですか? 今は色々と鑑みて刻印装備の供給は制限してますけど、解放した際には紅魔団にも普通に売りますよ」
「……だがそれでは、160階層を突破できないことをミナが自責してしまう」
「へぇ? だから可哀想な子供を思って特別扱いで呪寄装備売ってほしいと? 随分と図々しいこと言ってくれますね」


 そんなヴァイスの言葉に努が笑顔で返すと、彼は少しだけ目を見開いたまま硬直した。

 そして傍から見れば二人はしばらく対峙するように向かい合っていたが、ギルド員がそそくさと様子を見に来たのを見て察した努はヴァイスを席に誘導した。それに彼は黙りこくっているものの従った。


「……刻印士としてのツトムを、軽んじているわけではない。ただ、ツトムはミナが悪いと思うか?」


 一応見張っておいてくださーいと探索者同士のトラブル対応のギルド員に努が手振りで伝えていると、ようやく言葉を絞り出したヴァイスはそう尋ねてきた。その問いに彼は目尻を下げながら腕を組む。


「情状酌量の余地が大いにあることは認めますよ。避難命令を無視するような親に連れられてスタンピードに巻き込まれたどうしようもない被害者で、保護者を失った後もオルビス教に洗脳でもされた形で王都の襲撃に加担したんでしょうし」
「……ツトムは、覚えていると思っていた」
「でも、その襲撃でアルドレットクロウに犠牲者が出たことも事実でしょう。……6、7人くらいでしたっけ?」
「9人だ」
「そっちは覚えてなくてすみませんね。その中にいたミーシャって人、なんか神台で見ないなって思ってたらあのスタンピードで死んでたんですよね」


 努はミーシャという女性と面識したことはない。ただステファニーの同期である白魔導士であったため、時折神台でチェックすることはあったしギルドで顔を見かけることもあった。そんな彼女の死に気づいたのは迷宮都市に帰って数週間経った後だった。


「……あの犠牲者の中に、友人がいたのか」
「いや、彼女と一切面識はなかったですよ。それこそ死んだことすら後で知ったくらいですから、別にどうでもいいはずなんですけどね。それでも知った時はちょっとショックでしたし、アルドレットクロウ側の気持ちも少しはわかるんですよ。仮に無限の輪のメンバーが死んだとしたら、あんな害虫駆除してやるって思ったでしょうし」
「…………」


 そんな努の穏やかではない発言にヴァイスは自然と拳を握り締めた。彼の背後に立つギルド員が息を飲むようなプレッシャー。だが無言のまま時が経つにつれて彼の思考は深まり、その圧は段々と緩まっていく。


「……そういえば、ツトムは迷宮都市から三年も離れていたな。だからこそ、あの時とミナに対する認識が変わっていないのか」
「あ、そうですね。下手したらアルドレットクロウよりミナに対する認識が酷いのかもしれませんね?」
「……俺も、元々は同じような認識だったからこそミナの保護を任された。……今でも、あの時は人に対する扱いではなかったと文句を言われる」
「三年間で随分とほだされたようで」
「……違いない」


 笑みを浮かべた努の皮肉にヴァイスもほんのりと口角を上げた。外のダンジョンで人間に擬態し油断を誘うモンスターによって仲間が死んだ経験もある彼は、その当時でもまだ子供のような見かけをしたミナに対して一切の容赦もなく手足を潰して無力化している。

 探索者屈指の実力者でありながらそんな情け容赦もないミナへの対処を買われ、ヴァイスは彼女の保護を任されていた。だが今となっては努の言葉に反射的に反応してしまうくらい、ミナをまだ保護の必要な子供として見るようになっていた。


「まぁ、アルドレットクロウ側も何だかんだ手は出さず三年も経ったみたいですしね。もう殺したいほど憎んでるわけでもないんじゃないですか? でも完全に許すことも出来なくて、どうしようもなくなってるだけな気がしますね」
「……そうだな」
「そんなわけで呪寄装備の売買はしばらく出来ないので、その間はミナの様子を見てあげながら専属の工房を育てる方向でいいと思いますよ。呪寄装備の売買までには間に合わないでしょうけど、刻印装備の調達で足元見られ続けるのも苦しいでしょうし」
「……わかった。時間を取らせてすまなかった」
「大丈夫ですよー」


 最後にわざわざ頭を下げて詫びたヴァイスは最後に真顔で努を見据えた後、身を翻して彼を避けるように割れた人混みの中を歩いて行った。


「何でヴァイス相手にあんなこと言えるんだ?」
「世間知らずだからじゃないですかね」


 そんな二人の監視役を急遽任される羽目になった汗だらだらのギルド員に、努はにべもなくそう返すと急いで列に戻った。


 ――▽▽――


「……で、結局何の成果も持ち帰らずに戻ってきたってわけ?」
「…………」


 そして努と会話するだけで満足して紅魔団のメンバーが待つ席に戻っていたヴァイスは、アルマに激詰めされて肩を落としていた。そんな彼の頭をミナは慰めるように撫でて、セシリアは一歩前進はしたと頷いてはいた。

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