第534話 半年ぶりのお披露目
(キャラバン船みたいなノリかな? 今回は黒門システムも違うっぽいな)
その夜にアルドレットクロウの一軍によって初公開となった161階層を神台で見た努は、そんな感想を抱きながら空中を飛ぶ巨大飛行船に乗る面々を見ていた。
(そういえば話すモブみたいなのは初か? 精霊とか、探索者に協力的なキャラは今までもいたけど)
そしてその巨大船を操る海賊のような帽子を被った骸骨は、さながらアトラクション案内人のように饒舌な口調でこれから向かう先である浮島の説明を喋っていた。
その喋る骸骨に観衆や迷宮マニアはファーストフード店のCMばりにはしゃいでいて、今日は珍しく家族との時間を過ごさず障壁席まで来ていたゼノも感嘆の声を漏らしていた。ダリルやソニアはまだ障壁席に慣れないのかそわそわとしていて、アーミラは両腕を頭に組んで盗賊のように透明な椅子に寄りかかっている。
「なんか、またスポッシャーみてぇな階層主でも出てきそうだな」
「どうだろうね。従来通りならこの後は強い階層主続きそうだけど、そもそもスポッシャーがおかしかったからな。もう一回くらい奇抜なパターンもあるかもね」
火竜の強さも当時でいえばウルフォディアのように絶望的ではあったが、その後のマウントゴーレム、冬将軍も手強い階層主ではあった。それこそ戦闘せずに突破できるスポッシャーほどトリッキーな階層主ではないにせよ、170階層主は奇抜な相手になるかもしれない。
(もはや大して話題にもならない白門さんもそろそろ遊んでほしそうにこちらを見てそうだしな。階層主として混ぜてくるのもあり得る。……出現がランダムまではいいけど、それに2PTマッチングまで混ぜたのは愚策だっただろ。拘束時間の割に報酬も美味くないらしいし)
探索途中に低い確率で突発的に現れる白門という、初見なら誰もが喜ぶうきうきコンテンツ。だが知らないPTと顔を突き合わせての強制レイド戦は思った以上に負担だったのか、今となっては中堅PTが白門専用の神台で目立てるからといった理由でしか潜らない程度には寂れている。
しかも白門は難易度設定と報酬も見合っていない。白門の先に待つのは十人の探索者が協力しなければ倒せないような階層主以上のモンスターであるが、その相手にランダムなPTメンバー同士で戦わなければならない。
それに半ばで全滅しても途中報酬を得られる仕様ではないし、倒したとしても極大魔石こそ確定ドロップだが宝箱は相変わらずランダムだ。その渋さは何度か白門に挑んだ探索者ならすぐに体感できたのか、その後はスルーされることがほとんどだった。
(アプデ自体は地味にやってるんだし、しれっと修正すればいいのに)
『ライブダンジョン!』のように定期的なアプデこそないが、特定のモンスターが乱獲された時にはその対策を行うといったことは既に神運営はしている。なので白門の過疎化に関しても孤高階層などでテコ入れされた雰囲気こそ感じるが、それでも初めのイメージが悪すぎたのか誰も潜っていない。
(どのクランも2PTまでは準備できるんだし、好きなPTで組めればいいんだろうけど。あと出現確率がしょぼすぎな)
現状では階層ごとに区分けされているとはいえ、人数が足りない時は上の階層が下の階層の白門に呼ばれる時もある。そのためお互いそれに気を遣って潜らないといったこともあるため、まずはステータスカードでPTを組めるようにしなければ厳しいだろう。
それに白門に入ると絶対レイド戦を強いられるだけでなく、単純にダンジョン素材や刻印油がいっぱい取れたりする部屋や、モンスターハウスなど何種類か幅がある方がいいだろう。絶対に数時間近くはかかるカロリーの高いコンテンツを毎回やりたいとは思えない。
ただそれでもせっかく追加した新コンテンツは何としてもそのままの素材で遊んで頂きたい、なんて運営は山のようにいる。それに神運営も当てはまるのなら白門の過疎具合に痺れを切らしている頃だろう。
「しかしまぁ、観衆の盛り上がりが凄いね。もう天空階層には飽き飽きしてた感じ?」
そんな運営視点の考えを巡らせている内にも、音の響きで障壁が細かに揺れるほどの歓声は鳴り止まない。その熱狂的な盛り上がりぶりを障壁席から見下ろしながら努がぼやくと、隣に陣取っていたゼノは顎に手を当てた。
「……確かに、ここ一年の階層更新は遅々として進まなかったからね。迷宮マニアならまだしも、観衆からすれば同じ光景ばかりでうんざりだったのかもしれない!!」
「まぁ、刻印装備なかったら深淵階層から大分しんどそうだったしね。140階層から160までで、大体どれくらい期間あったの?」
「少なくとも一年以上はあったと思われるが……」
「130までは割とするするいってたんじゃない? 孤高階層からちょいちょい詰まりだして、深淵階層で露骨に下がった気もするけど」
この三年間は最前線組にいたゼノとソニアは、それから顔を見合わせて互いの記憶を摺り合わせ始めた。それから努はアーミラに視線を振ると、彼女は思い出すように目を上向かせた。
「中堅どころは孤高階層でいざこざが起きまくって、そこで止まってるところが多かったな。今となっちゃ深淵階層を突破してる奴らがほとんどだが、下手すりゃ一年ぐらいはそこで留まってたんじゃねぇか?」
「そりゃ、観衆も飽きるわけだ。でもそれでよく神台市場が寂れなかったもんだね」
努の感覚からすればワンシーズン経っても代わり映えのしない環境のゲームなんて化石みたいなものだ。下手をすれば一ヶ月アプデがないだけでも荒れる時すらある。
だからこそ努は神台視聴者の過疎化を少し心配したが、障壁席から見渡す限りでは三年前よりむしろ増えている様子だった。そんな努に元ギルド員のアーミラはちょっと訳知り顔で説明し始めた。
「まぁ、実際一時期は同じ映像に飽き飽きして落ちてたみてぇだしな。でも代わりに神台で探索じゃねぇ場面が映されるようになってから、また戻ってきたらしい」
「探索じゃない場面って、例えば?」
「エイミーが敵視してるアイドルグループとか、まさにそれだろ? あと模擬戦とか……飯作ってるのも割と人気だったな。ギルドで調理器具とかバカ売れしてたわ」
「へー。逆に詰まってるおかげで見られる神台映像のバリエーション自体は増えてたんだ」
「どこも同じような階層で詰まってたからな。二十番台以前の奴らはさして変わらねぇから、ある意味公平っちゃ公平だった。……あー、それこそ昼にもエロい装備して注目集めて、深夜に呼び込む輩もいたっけな。あれもくそ儲けてたらしいな。その分しょっぴかれてた奴らも多かったけどよ」
(メシとエロはこの世界でも結局強いんだな)
なんかYouTuberみたいだなと素朴な感想を抱きつつ、努はアイドル同士の雑談メインとなっていた小さな神台を見たことがあるのを思い出した。確かに下位の神台の割には人がかなり密集していたし、あれでも小さいクランなら食っていけるくらいのスポンサーはつくのかもしれない。
「なんか161階層もフェンリルの時みたいにストーリー性ありそうだし、そういう類の人には良さそうだね」
「……もしかして、あの骸骨さんまた敵になったりとかしないですよね?」
フェンリル親子の衝撃は今でも残っているのか嫌そうな顔でぼやいたダリルに、努はにっこりと笑った。
「あれの説明聞く限り宝集めて階層進めていくみたいだけど、170階層では今まで宝集めご苦労様でした。褒美に死をくれてやる、みたいな感じじゃない?」
「……まぁ、見た目からしてモンスターではありますしね。あの時ほど嫌にはならなそうですね」
「もしくはあの空中船に乗ったまま階層主倒す感じとか? そして最後にはあの骸骨を犠牲にしなきゃ突破できないとか」
「嫌な未来を描く天才ですね、ツトムさんは」
神運営が聞いたら思わず嫌な顔をしそうな展開予測をし始めた努に、ダリルは黒い垂れ耳をぺたりと閉じてため息をついた。
でも、白門でレア装備が手に入るとしても負けたら現装備のほとんどがボッシュートでしょ?
どっちにしろ石油王並みのスポンサーがバックについてなきゃ続かないんじゃない?