第536話 新通貨の試み

 

 その後第九の守護者を下して最終調整を終えて努たちがギルドへ昼休憩に帰ってきた時、二番台に映る無限の輪の一軍は160階層の終盤戦に差し掛かろうとしていた。


「休憩時間終わってもあの神台が終わるまでは見ていこうか。上振れてそうだし」


 終盤戦に入る時点でコリナとハンナは満身創痍になっていることがほとんどだが、今回はハンナの上振れにウルフォディアのデレも重なったのか二人の消耗具合はマシな部類だった。その状況を神台から確認した努がそう提案すると、PTメンバーは各々了解した。


「……あー、外で席買って食おうか」
「ツトム。悪いが少し来てくれ」
「え?」


 それからはPTメンバーと神台を見ながら160階層について話し合いたかったので、混み合っているギルドを出て神台市場に向かおうとした。だが突如として現れたガルムにむんずと肩を掴まれ、容赦なく人混みに引き込まれた。


「……一先ず、私たちだけで外に出ていようか。あの二番台を見逃したくはないしね」
「だねー」
「……? まぁ、いいですけど」
「腹減った」


 もしかしたら突破するかもしれない期待感のある二番台とかれこれ付き合いの長いガルムの様子を見て、ゼノとソニアは努がしばらく帰ってこないことを察した。そしてハングリーな二人を連れて足早にギルドを出て、広々とした神台市場へと向かっていった。


「そこに座ってくれ」


 その一方でほぼ空席がなく立ち食いも発生しているギルド食堂にある4人席。そこに座っていたリーレイアは食い入るように二番台を見ていて、エイミーは努に気づくと隣の空席に手招いた。そしてガルムから手を離された努は、人込みを通って少し乱れた服を払いながら彼女の隣に座る。


「で、どうしたの?」
「ハンナたち、突破しそうですね」
「……まぁ、そうだね」


 神台をパッと見た努でもわかるくらいに順調具合は窺えるので、浄化された後から観戦しているであろう3人なら余計に理解していることだろう。

 ただそう呟いたリーレイアはそのまま言葉を続けるわけでもなく二番台に視線を向け始めたので、努はわけもわからぬまま忙しない給仕を呼び止めてオレンジジュースとサラダを注文した。

 そんな状況下でエイミーは間を取り繕うように、にゃーっと唸りながら上向いた。


「まぁさ、リーレイアも大人びてるとはいえまだまだ伸び盛りですから? それに最近は新しい精霊とも契約できて、剣技も相当キレてるし?」
「……心中お察しはするけど、ウルフォディアに関してはハンナに分があるでしょ」
「それでも、私にだってあそこに立つ資格くらいはありました」


 元々努が帰ってくるまではリーレイアが160階層で最後に残る内の一人であったし、その期間は数ヶ月もあった。しかしこのまま続けていても突破の可能性は薄いとリーレイア自身考えていたし、努の方針も相まってハンナにその座を譲った。

 その判断は正しい。だが自分と同じように長期間160階層に挑んで練度を高めていたディニエルは、努が流通させた型落ちの刻印装備が後押しする形でウルフォディアを撃破した。

 そんな攻略映像を見ていた最前線の探索者たちはウルフォディアを倒せるビジョンが明確に浮かび、それを実現しようと今も奮起している。

 突破候補としては紅魔団、シルバービーストとあるが、現状有力候補として浮かび上がっているのは無限の輪の一軍と、アルドレットクロウの二軍にいる帝都出身のカムラホムラ兄妹だ。

 そして今日、無限の輪の一軍がウルフォディアに王手をかけた形となった。つい数ヶ月前に魔流の拳の修行から帰ってきたハンナがだ。リーレイアの心境は複雑の一言に過ぎるだろう。


「はぁ……」
「シルバービーストと多少の入れ替わりこそあれ、天空階層は1年近く同じPTで潜っていたからな。落ち込むのも無理はない」
「突破しても素直に喜べないだろうし、失敗したらしたでそれを願った自分に自己嫌悪でも陥りそうだね」
「それもこれも、ツトムが呪寄の刻印装備を独占しなければ済んだ話なのですが」
「多分だけど、ディニエルとかと同じ条件で突破しない限り気持ちは晴れないと思うよ」
「…………」


 珍しくぐうの音も出さない様子からして、彼女は結構本気で落ち込んではいるようだった。とはいえメンタル爆発して失踪するほどではないだろうし、三年間同じPTだったガルムがいれば問題なさそうだ。


「で、本題は?」
「……先ほど一番台で発表されたのだが、迷宮都市で独自の通貨が発行されるそうだ。ギルドもそれに一枚嚙んでいるから、これからはGゴールドに置き換わりこの魔貨まかで魔石やドロップ品の取引が率先して行われるらしい」
「へー。独自通貨。なんかよくわかんないけど、凄そうだね」


 そう言ってガルムが机の上に置いたのは、無色魔石を加工して作られた通貨だった。低品質なためか白っぽい魔石がコインのような形に整えられているそれを努は手に取り、まじまじと眺めた。


 Gから置き換える理由としては王都の金鉱脈がそろそろ枯れかけ、通貨の供給が追い付かなくなるためらしい。そのため最近は探索者も増えて余り気味な屑魔石や小魔石を加工し、貨幣とすることで供給を満たすためだそうだ。

 ただそれだけが理由というわけでもないだろう。そもそも金が足りないなら王都側が他の素材で通貨を発行すればいいだけだし、それこそ紙幣にでもしてしまえば受け渡しも楽だ。マジックバッグで持ち運ぶ重量には困らないといえ、店員とのやり取りは割と面倒である。

 だが迷宮都市がわざわざ魔石を加工して独自通貨を作ることになったのは、神のダンジョンによる影響力の大きさと貴族の特権が関わっている。

 以前ならば迷宮都市側がドロップ品の写真機を献上するような立場だった王都。だが王族の魔法が失墜しスタンピードすら退けられないことと、少なくない貴族が迷宮都市に移住したことでその力関係は逆転していた。

 なので王都からしても迷宮都市に独自通貨を作られて良いことはないが、それを窘められるほどの立場にはない。

 それに魔石の加工技術については魔法を扱う貴族が扱うことがほとんどのため、通貨の発行権限を持つバーベンベルク家の影響力はかなり増すだろう。だからこそ銀や銅などではなく魔石を通貨として扱いたいという思惑がある。


「その中でもこれが、ツトムに関係するところだな。発行は差し止めになったようだが」
「……あぁー。なるほど。道理で必死にもなるわけだ」


 そう言ってガルムが持ち出したのは、カミーユから渡された魔貨のサンプルだった。様々な価値を持つ魔貨の中でも大商人の商談ぐらいでしか扱われないような価値を持つそれには、努も見覚えのある刻印がこと細かに施され薄く光っていた。

 アルドレット工房が刻める40レベルの刻印は、特別な魔貨にのみあしらわれる予定だった。そんな魔貨の発行を手助けする役目をアルドレット工房は担おうとしていた。


「素人の僕にこんな職人技みたいな細かいあしらいなんて出来るはずないのに」
「だが刻印士の数が広まればそれも時間の問題だ」
「でもこの魔石自体も相当珍しいやつだし、こういう形に加工できるのも貴族お抱えの魔石職人くらいでしょ」
「それこそ少し圧力をかければすぐ撤退するとでも思っていたのだろうな。結果としては逆効果だったようだが」
「初めから素直に話してくれれば譲歩したかもしれないのにね。僕は通貨とか興味ないし」
「自分が価値を感じているものは、他人もそうに違いないと考える者が大半だろう。それも金の発行権だ。無理もない」


 確かに迷宮都市が独自通貨を持っていることに価値があることを努も何となくはわかるものの、完全に理解しているわけではないのでいまいちピンと来てはいなかった。ロイドの目的がそれに近いと言われれば納得はするが、個人としては一番台の方が価値は大きい。


「探索者からすれば単に換金手段が変わるだけですからね。魔石を魔石に替えるというのは少々不思議ですが、むしろGより価値は上がるようですし損しないならどうでもいいです」
「帝都も王都と通貨違うしねー。金ではあるけど」
「そんなことより二番台です。早く突破するなり死ぬなりしてほしいです。心臓に悪い」
「これをそんなことと言うのだけは違うだろ多分……」


 努とて通貨に関しての知識は疎いとはいえ、少なくとも王都や帝都など外との関わり方が如実に変わることくらいはわかる。それに王都である程度教育を受けているリーレイアなら少しはわかりそうなものだが、彼女は気が気でない様子で二番台を見つめるばかりだった。

 コメント
  • 匿名 より: 2022/11/04(金) 3:42 AM

    実質2だし、そもそもがコアファン向けだろ。浅い考察はツトムウザイを作り出した連中を幻視させてくれるなどちょいちょい作品を読み返す切掛まで貰えるから割とコメ欄好きや

  • 匿名 より: 2022/11/04(金) 4:25 AM

    あー…ツトムさんが刻印の有用性、示したので色んな所が刻印Lv上げ初めたので、

    希少性無くなったから、魔貨に刻印使用する訳に行かなくなった。

    …不審点があるんだが。3年も前から刻印封殺してたんだよな?
    どうやって、ロイドは魔貨の情報を会得したんだ?そりゃ、アルドレ上層部には王都貴族もいるが。
    …順番が逆か?王都貴族が通貨事情をロイドに話して、ロイドが刻印封殺に踏み切ったのか?

  • 匿名 より: 2022/11/04(金) 4:34 AM

    通貨の発行利権に絡んでくんなや出来る奴少ないのに増やそうとすんなやオコだった訳ですね。
    これが所謂スンナ派(大嘘)。

    最早迷宮都市に乗り込んで王都にした方がいいまである情勢。
    今や力関係的に不可能だろうけど。バーベンベルク落ち込んだ時に遷都すべきでしたね。

  • 匿名 より: 2022/11/04(金) 6:09 AM

    だいたいツトムのせいで笑うw

  • 匿名 より: 2022/11/04(金) 6:09 AM

    なるほど、複製対策として高レベル刻印を使おうとしてたんかー
    その利権の大きさ考えたら確かに独占するなw
    でも神からの”ダンジョン攻略の為与えられた力”を外の利益の為に潰すか・・・ツトムの妨害が神からの警告に思えたからロイドは独占諦めたのかもね、天罰よかましだろうしw

  • 匿名 より: 2022/11/04(金) 6:22 AM

    更新ありがとーーーーー!!!!!!!!

  • 匿名 より: 2022/11/04(金) 6:23 AM

    高額通貨に刻印を使用した時点で努がいなくても刻印レベル上げる奴が出てくるだろうにどうするつもりだったんだろう

  • 匿名 より: 2022/11/04(金) 6:32 AM

    >匿名 より: 2022/11/04(金) 4:25 AM
    工房だけでやってた刻印封殺にロイドが後から乗っかったのでは?

  • 匿名 より: 2022/11/04(金) 7:10 AM

    いくらでも追っかけて読んでられるし読み返しても面白いんだよなライダン

  • 匿名 より: 2022/11/04(金) 7:12 AM

    >匿名 より: 2022/11/04(金) 6:23 AM
    油は独占されてたし職人連中からの圧力で潰されちゃうんじゃないかな。

  • 匿名 より: 2022/11/04(金) 7:30 AM

    あーなるほど。アルドレが刻印を意図的に制限してたのは、攻略云々じゃなくて自分達だけが通貨の刻印を受け持つためだったのか。

  • 匿名 より: 2022/11/04(金) 8:28 AM

    技術独占って、貨幣製造の請負のためかよ……だっさ

    普通の世界や国ならまだしも迷宮都市でそれやったら攻略行き詰まってコンテンツ廃れる→価値が薄れるだろうに……長期的目線が足りんわ

  • 匿名 より: 2022/11/04(金) 8:31 AM

    裏事情が分かるとこれまでのツトムに対する職人の態度の見え方が変わってくるな。
    付け焼き刃で職人を舐めてる(ように見える)事に対する怒りだけじゃなくて、自分達の立ち位置に上がってきそうなツトムに対する恐怖もあったんだろうな。

  • 匿名 より: 2022/11/04(金) 8:32 AM

    刻印抑制は通貨製造の為だったんだよ!! 
    ナ、ナンダッテー 
    ちょっと伏線が弱く唐突に感じます。今まで特に金など鉱物資源が不足しているなんて情報は出て居なかったと記憶して居ます。死に戻りが出来て安全な神のダンジョンでの資源入手に走る探索者が増えて外での資源入手が廃れたのは把握して居ますが、それで調達量が増減したなんて話しは無かった筈ですし、80階層開放前の氷の魔石の様に外でしか取れない素材目当ての活動は有るものと考えて居ました。新環境の目玉である刻印が何故か流行らない(裏ダンジョンには更なるパワーアップ要素が在るのは表ダンジョンに相当するなろう連載版時点で触れられて居る)事と今回公表された新通貨の導入、その偽造防止の為の刻印流用は接点が弱すぎて意表を突かれたと言うより騙し討ちを受けた感覚に近く面白味に欠けます。

  • 匿名 より: 2022/11/04(金) 8:49 AM

    なるほどつまり、これから単位がゴールドではなくマッカになると

  • りう より: 2022/11/04(金) 8:50 AM

    更新ありがとうございます
    毎週木曜日が楽しみです。
    早く160階層のツトムの攻略が読みたいですね。
    リーレリアの気持ち汲んであげたいけど、なんかしょうがなさそう。

  • 匿名 より: 2022/11/04(金) 9:20 AM

    すごい納得できた。そりゃ必死になるわ

  • 匿名 より: 2022/11/04(金) 9:52 AM

    アルドレ唯一の高レベル刻印士は体のいい見せしめみたいにされてたのかな?
    同じ工房の仲間だとしてもレベル上げ優先するやつは同じ目に合わせるぞと

  • 匿名 より: 2022/11/04(金) 10:02 AM

    独占というか貨幣の偽造をさせないためかな。
    ダンジョンの技術を独占して金儲けしようとするのが間違いかな。
    よく天罰落ちなかったな。ステータス封印とか。

  • 匿名 より: 2022/11/04(金) 10:22 AM

    常識的に考えて40lv程度の刻印で通貨発行とか狂気の沙汰では…?
    それこそ職人を全員管理して、探索者でも無許可で刻印のサブスキル使用は逮捕とか権利剥奪とかやらんとどうやっても偽造防げんやろ
    どんだけ甘い見込みだったんだ…

  • 匿名 より: 2022/11/04(金) 10:28 AM

    んー、どうだろ。
    この領主だけで一切合切賄えるのなら別だけど
    食料とかライフラインを外部に依存してたら
    独自通貨は一気に叩かれるような気もする。
    ドルが強いのは米軍が担保しているというのもあるけど
    石油の決済がドルに限られてるからってのもある。

  • 匿名 より: 2022/11/04(金) 10:53 AM

    利権云々の小さな話ではなくて迷宮都市の独立とかをロイドは狙ってそう
    弱体化した王国を帝国が併合するとか、独立後の迷宮都市の統治者サイドに立って帝国と繋がるとかね

  • 匿名 より: 2022/11/04(金) 10:56 AM

    唐突感があるのは、新貨幣の話と刻印魔貨とやらが一緒に説明されてるからかな?
    以前から新貨幣の話が出ていた上での、アルドレット工房の刻印魔貨利権ということならば、すんなり行った気がする。

    努が金に興味ないから、噂をスルーしてた可能性w

  • 匿名 より: 2022/11/04(金) 11:31 AM

    独自通貨の発行
    潰れて良かったとしか思えない
    ロイドが帝国側の人間と仮定して
    バーベンブルク家の影響力の低下
    親帝国派貴族の台頭 迷宮都市ギルドの業務過多による機能不全
    下手をすると探索者のステータス上昇及びスキル習得(軍事力)と合わせて
    独自通貨の発行(経済力)によって王国からの独立とも取られかねない状況になっていたのでは?

  • 匿名 より: 2022/11/04(金) 11:41 AM

    1工房が持つ利権のデカさじゃねぇ!!
    描写されなかっただけで人がころされてそうだな……

  • 匿名 より: 2022/11/04(金) 11:45 AM

    まぁでも、もし刻印スキルを偽造防止に使うつもりだったなら、その発想自体は微妙な感じがするけどね。
    この世界では魔石をカッティングしたり加工すること自体に特殊技術が必要って設定なんだから(下手に砕くと爆発する)、「魔石を素材にして精緻な装飾を刻む」こと自体が偽造防止なるし。
    やっぱりアルドレが内通員使ってねじ込んだ感じなのかね。

  • 匿名 より: 2022/11/04(金) 12:19 PM

    っていうか刻むだけならレベル関係ないんじゃなかったっけ
    刻印知ってりゃ、効果出すには油塗ってスキルが必要なだけで

  • 匿名 より: 2022/11/04(金) 1:31 PM

    うちなら刻印もできますのでって事で刻み方を工房の高レベ職人限定で習う気だったのかも知れないし。
    帝国は同性愛者量産されて神に滅ぼされそうになってるし必死になる理由も無いことは無いけどロイド帝国軍説いい加減ウザいな。自分に創造性がないからって他人の作品つかって公開オナニーすんなよ。

  • 匿名 より: 2022/11/04(金) 1:38 PM

    ああ……だからツトムが神の子かどうかとか気にしていたのか。

    それでも手を最初出してきたのは、少なくともロイドは神のダンジョンと帝都ダンジョンで神が別だと考えていたからかな?

    最悪、ツトムが神の子でも帝都にまで逃げれば良いと考えていた?

  • 匿名 より: 2022/11/04(金) 1:42 PM

    ツトムが有用性を証明するまで、刻印の効果はそこまで必須なものだと思われていなかったから……貨幣事業に食い込むことが出来ればその技術をお金に換えられると思って平気で制限したんだろうな……少なくともアルクロの職人とかは。

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