第538話 一撃必壊

 

「ウォーリアー……ハウルゥゥゥ!!」
「ストレングス」


 硝子細工の空中城から飛び出したウルフォディアを呼び止めるように演劇じみた発声をしたゼノに、ソニアは灰色の耳をへにゃらせながらアーミラにSTR攻撃力を上げる赤い気を送った。


「フライ、プロテク、ヘイスト」


 努は従来通りの支援スキルをダリル以外に付与しながら、足元も透明な空中城をおっかなびっくりといった様子で歩いた。ダリルも自身の身に着けている重鎧の重さが気になったのか避難するようにフライで浮き、アーミラは雪でも踏み鳴らすように床を踏んでいた。


「とぅ!!」


 そしてウルフォディアのヘイトを取ったゼノは腕を十字にして空中城の窓を突き破り、しばし空中遊泳を楽しんだ後にフライで態勢を整える。そんな彼を付け狙う大天使の天を衝くような刺突。


「行きます。まずは雑魚の殲滅からよろしくお願いします」
「了解」


 それをゼノがするりと避けたことを確認したソニアは、そう合図して割れた窓から身を投げ出す。それに努たちも続いたが、最後に通ろうとしたダリルはその身長と重装備故に突っかかったので慌てたように体当たりして落ちた。


「炎蛇」


 ゼノがヘイトをあらかた取りソニアがスキルでの攻撃を仕向けると、ウルフォディアは光のもやがかかった浄化の剣でそれを防ぎ儀式のような構えを取る。そして大天使の号令により数多もの魔法陣が出現した。


「契約――サラマンダー。契約――ウンディーネ」


 現在は灰魔導士の進化ジョブを利用しているソニアは、遠距離系のジョブのスキルを複数扱える。その中でも個人の相性良し悪しこそあれ使い勝手の良い精霊術士のスキルを使用し、STRを上昇させる赤蜥蜴とかげを呼び出した。


(精霊契約出来るのいいよな。フェンリルとか呼べないのは残念だけど)


 精霊術士のスキルを使えるとはいえ、進化ジョブ後の精霊とは契約できないし個人の相性もある。女性は大概相性が悪いウンディーネと久しぶりに契約を交わした努は、定位置の右ポケットを探してもぞもぞしているスライムを掴んでフードの中に入れた。


「コンバットクライ!」


 ゼノがウルフォディアのヘイトを取ってくれている間、ダリルは次々と出現する多数のモンスターを相手取るために赤い闘気を広範囲に放った。てるてる坊主の姿形をした回復持ちのスマイリーに、弱体化されているものの変わらず手強い第九の守護者が彼を付け狙う。

 蝶々の羽から放たれた光弾をダリルは異様な大きさのタワーシールドを正面に二枚重ね合わせて防ぎ、そのまま前進して距離を詰める。


(ようやくタワシの持ち回しにも慣れてきたみたいだけど、まだ浅い。特化して壁超すまであと数階層ってところかな)


 ガルムに次いで身長の高いダリルの身体を覆い隠せるほどの大きさを持つタワーシールド。略してたわしと呼ばれることも多いそれは『ライブダンジョン!』でも愛用者のいるマイナー武器の一つだ。

 特筆すべきは全武器の中でも一、二を争うその大きさだ。多くの敵を引き付けるタンクとして自身の当たり判定が大きいことは強みであるし、その頑丈性も他の盾より高い。

 ただ重騎士のジョブ特性である装備重量の軽減を以てしても、タワシの重さは段違いだ。騎士が装備すればまともに動くことも叶わず、重騎士と言えどタワシ専用の宝玉を埋め込んでようやくまともな運用が出来るレベルだ。

 それでも『ライブダンジョン!』ならばその装備準備さえ整えてしまえば、テンプレのスキル回しである程度形にはなる。PVPでのデカい当たり判定を利用した立ち位置調整など細かい部分はあるにせよ、努も手慰みで運用できるくらいには使っていた。

 だが現実的に馬鹿デカい盾を使うとなると、今までの立ち回りを大幅に変えなくてはならない。一般的な普通自動車を運転していた者が、突然大型の自動車を運転すれば確実に事故を起こすようなものだ。


「シールドバッシュ!」


 ダリルもタワシ二枚を導入した当初は今まで当たらなかった箇所にモンスターの攻撃が当たって態勢を崩されたり、より重量の増した装備に身体を振り回されたりと苦労していた様子だった。

 ただその重装備で戦闘数をこなしたこととレベル上げによりステータスが若干向上した影響もあってか、ようやく初心者帯から抜け出したような動きは出来てきていた。神台による見本も見られない状況では、よく再現した方だろう。


「タウントスイングッ」


 ダリルはその場で回転してタワーシールドをぶん回し、周囲のモンスターを押し出すように吹き飛ばす。その風圧で努は髪をはためかせながらも、スマイリーの雑に描かれた口から吐かれた光線を重鎧で受けた彼にヒールを送る。


「はっはっは! 軽い、軽いぞっ!」
「ギリルト。サーベライズ」
(流石に浄化前は手慣れたもんだね。呪寄装備でも本当に関係なかったか)


 元々はウルフォディア戦に慣れていて余裕のあるゼノとソニアは浄化前にでも呪寄装備に着替えてもらえればいいと考えていたが、二人は後半戦で感覚が狂うことを嫌って初めからデバフ付きで戦うことを希望した。

 そんな二人に感化されたアーミラもそれに同意し、ダリルは手軽に着替えられる装備ではないので呪寄装備のまま黒門を潜った。


(一人は荷物持ちがいるしな。浄化は痛みないって聞いてるけど、死にたくはないし丁度良かった)


 呪寄装備は死んだ際に最も価値が高い物と認定されるため、蘇生された場合は実際に価値が高いマジックバッグすらもロストしてしまう。そのため万が一の事故を考えると一人は呪寄装備を着ずにマジックバッグを持っていた方がいい。


(……まぁ、浄化から守れず死ぬパターンもあるみたいだけど。呪寄装備の浄化検証はまだ甘いからな。お団子レイズで保険かけるのが丸い)


 ただ呪寄装備を着ていると浄化から味方を守ることがシビアになることは確かだ。以前ならば二人で一人を守れば浄化の光が多少漏れたところで問題なかったようだが、呪寄装備を着ているとユニスぐらい身体の小さい者が二人がかりで熊人のバルバラを守ろうとしても無理らしい。

 そのため今回は四人で努を囲って浄化から守り、そこから少しずつ蘇生して立て直していく算段で進めている。なので努はウルフォディアに対して一切攻撃せず、支援回復でのヘイトしか買わないようにしていた。


「神龍化」


 そしてウルフォディアとリポップした雑魚敵もダリルとゼノによって狙いを定め切ったところを見計らい、アーミラは前に組んだ手を起点に赤龍の頭を具現化した。その龍はソニアがビクつくほどの咆哮を上げた後、周囲の空間が揺れて見える熱源を口に溜めた。


「はーっ」


 深く息を吐くアーミラの漏れ声と共にその赤龍はブレスを発射し、ダリルを追っていたモンスターを焼き尽くした。大抵の魔法攻撃は跳ね返せる第九の守護者は少しの間羽を震わせて耐えたものの、その大規模なブレスを完全に跳ね返せずその身は焼き朽ちた。


「ヒール、ハイヒール、メディック」


 ウルフォディアの掌から放たれた光弾を盾で防いだものの軽傷を負ったゼノ。それと神龍化により具現化させた龍により両拳に火傷を負ったアーミラに努は回復スキルを送る。


(神龍化、馬鹿スキルだ。あれが本気か)


 努は今までも何度か神龍化自体は見てきていたものの、それが全力でないことはダリルを追っていたモンスターが焼き尽くされた光景を見れば明らかだ。アーミラが龍化で放つブレスならばいくら弱体化されているとはいえ第九の守護者を倒すには至らない。


「龍化」


 そんな一撃必殺がある上に、最前線の大剣士にも全く引けを取らない近接アタッカーとしての地力もある。その大剣自体はタワーシールドより小さいにも関わらず、遠目から見ると残像で大きく見えるほどだ。


(支援回復のし甲斐はあるけど、早くアンチテーゼ運用もしたいね。せっかく専用装備も作ったんだし)


 とはいえまだ余裕がある内にダリルとアーミラをウルフォディアに慣らしておきたいので、努はアンチテーゼの格好の的である雑魚モンスターたちを前にアタッカーのよだれを飲み込みながら支援回復を続けた。


「タワー、ウェル!」
「ハイヒール」
「ヒール」


 だがやはりウルフォディアを初見のダリルが相手取るのは厳しいようで、努に次いでソニアも進化ジョブを解除してヒーラーに回るほどボコボコだった。

 タワーシールドの強度を劇的に高めるスキルであるタワーウェルを使用しても、それを掻い潜るように放たれる光弾を防げず彼は苦戦している。かといってタワーウェルを使わねば浄化の剣を防ぐことができない。


「光弾とか雑魚敵のビームは被弾上等だね。浄化の剣とかの近接防げてるだけで御の字だよ」
「はい」
「多少は動き理解できただろうし、この調子で慣れていってくれ」


 このままウルフォディアを相手取らせていると胴回りの呪寄装備を破壊されかねないので、努は早々にダリルを下げてゼノとスイッチさせた。

 想定以上だったウルフォディアとの対面。それもまだ以前の装備と比べると全力は出せていない重装備運用の彼は、悔いの残る顔で破損した腕鎧や大盾に視線を落としていた。

 そして努がマジックバッグから引っ張り出した新たな装備を装着したダリルは、ゼノが一人でも余裕を持って保たせていた前線に復帰した。


(もうあの二人だけでいいんじゃないか?)


 ゼノは未だに聖騎士十八番の進化ジョブを未だに使用していないほど余裕があり、尚且つソニアの支援だけでも持つほど被弾が少ない。ダリルとはまさに雲泥の差である。

 だがあの二人は数ヶ月近く160階層に挑んでいるからこそRTA勢みたいな動きが出来ているに過ぎない。それは探索者としての実力が高いというよりは、ウルフォディア戦に慣れ切っているからこそ出来る立ち回りだ。

 浄化後の立ち回りも二人は多くの経験こそあるが、2PTということもあってか突破には至っていない。だからこそ浄化をつつがなく乗り越えればあとは楽に突破できそうなものだが、慣れていない状況で二人がこの調子を維持できるかは不安が残る。


(一応、差し引いて考えておくか)


 そう結論付けた努は引き続きダリルとアーミラにもウルフォディアと実験的に対面させながら、ヒーラーとしてゼノの切り札を切らせないように支援回復を続けた。

コメントを書く