第433話 エルフの見極め

 

 三年前より更にクランハウスの規模が大きくなり、もはや孤児院というより学校に近くなっていたシルバービーストに訪れていた努は肩を落としていた。


「そうは問屋が卸さないって感じだね」
「……?」
「悪かったな。都合良いPTがいなくて」


 そう言うと隣を歩いていたロレーナが困惑したように兎耳を片方曲げ、今もシルバービーストのクランリーダーを務めていたミシルは軽い調子で謝った。それから翻訳を求めるように左右を見始めた彼女に努は何でもないと首を振った後、校庭のように広い場所で遊ぶ孤児たちを二階から眺めた。その中には護衛とは名ばかりのハンナも混じっている。

 いくら数百人が滞在しているシルバービーストとはいえ、丁度百レベルくらいのヒーラーが欲しかったんだ、なんてPTがあるはずもない。そうはわかっていたがこの人数ならもしかしたら、なんて期待もしていたのでがっくりはしていた。


「ツトムがギルドで募集したらすぐに集まりそうですけど」
「どうだろうね。三年も経ってる今じゃ厳しいと思うけど」


『ライブダンジョン!』で考えたら三年前に活躍していた奴が今更帰ってきたところで、環境に置いていかれた生きているだけの化石としか思われないだろう。そんな奴が意気揚々と「俺に付いてこられるだけのPSがあるアタッカーとタンク、募集してる」などと古ぼけた装備のままほざいた日には瞬く間にスレッドでも立つことだろう。

 そんなネトゲ認識を持っているが故に悲観的な意見を言った努に、ロレーナは目を剥いた。


「いや、何でそんな自信なさげなんです!? 百階層を初めて攻略したPTリーダーなんですから、あの時に活動していた探索者は絶対覚えてますよ! あと迷宮マニアの中じゃ、未だにツトムの名前出す人いますしね!」
「あー、でもまぁ確かに、百階層攻略後から探索者になった奴らも大勢いるし、帝都から来た奴らとかだと聞き覚えはないかもしれねぇな。でもよ、ステファニーの師匠って聞けば……勿論、ロレーナもな? そうすりゃ、ある程度実力は理解すると思うけどな」


 今もなお一番台に君臨しているステファニーの師匠ともなれば、努の活躍を実際に見ていなかった者たちも一定の興味は持つだろう。そんな話の途中でロレーナの視線を感じ取ったミシルはそう捕捉して苦笑いを浮かべた。


「俺、四年前まであの一番台に映ってるステファニーと、あとロレーナって奴の師匠やってたんだよね……って言ってる百レベルの白魔導士ってどう思います?」
「ツトムの言い方が鼻につくだけで、普通に凄いと思いますよ。というか、ツトムが俺って結構違和感ありますね」
「せっかくだし神台に映る時は俺で通そうかな」
「断固阻止します!」
「顔を突くな、顔を」


 ディフェンスでもするようにひょこひょこと跳ねて鬱陶しいロレーナの兎耳を手で防ぎながら、まだ真新しい学校のような廊下を歩く。それから努は小学校でも懐かしむ気持ちのまま、シルバービーストのクランハウスを少しばかり案内してもらった。

 子供に混じってドッジボールをしているハンナがいる運動場から、座学などを教えるための教室。本職の教師が在中している職員室。それに加えて探索者を育成するためのクラスもあるようで、そこでは主に神のダンジョンでの演習を行っているようだった。


「うぉー! なんか、わくわくするっすね!」
「まぁ、わかるけど」


 そうして各施設を見回っている内に昼時となったので、努たちは総勢数百人は揃っているであろう食堂へと赴いた。そしてその奥にある給食センターを思わせるような規模の厨房を前にしてテンションの上がっているハンナに、努は同意した。

 努はいつの日やらに食べていた給食を思い出しながら、お盆に皿を乗せてロレーナたちと一緒に並んで雑談していた。


「ミシル、悪いけどちょっと……」
「ん? あ、わりぃ。先食っててくれ」


 その間に何やら顔色の悪い中年女性の事務員らしき人にミシルが呼ばれ、そう言い残してロレーナにお盆を渡して列から抜けた。


「忙しそうだね」
「んー? 確かに暇ではないでしょうけど。……でもあの人があそこまで焦ってるのは珍しいですね。何かあったんでしょうか?」
「大盛りでよろしくっす!」


 長年務めているウエイトレスのように安定した形でお盆を片腕に乗せているロレーナも少し驚いたように眉を上げながら、早歩きで去っていったミシルを見送った。それから配膳をしていた子供に料理をよそってもらい、大盛りを要求して困らせていたハンナを引っ張りながら席につく。


「ん?」


 そしておかずの豊富な昼食に目移りしているハンナが人のものを取らないよう警戒しながら食べていると、ざわつきをいち早く察知したロレーナが兎耳をピンと立てた。それから努も有名人が学校に現れた時の学生たちのように騒いでいる者たちに気付いて、食堂の入り口を見やった。


「…………」


 そこには氷のように冷ややかな目をしているディニエルが、こちらを一点に見つめながら無言で佇んでいた。その周りで一番台に映っているアタッカーを目の前にした少年少女が感激したような声を上げている中、彼女は人混みも気にせず一直線にこちらに向かって歩いてきた。そして食堂の席に座っている努を見下ろす。


「こんなところで一体何をしている?」
「何って、ご飯食べてるけど」
「……意味がわからない。朝刊でも出ていたし、昨日もツトムは探索者に復帰したと言っていた。それで何故、ここにいるのかが不思議でしょうがない。飯なんてダンジョンの中でも食べられる」
「そうかもしれないね。でもアルドレットクロウの一軍に在籍しているディニエルがここにいるのも、僕からすれば意味がわからないけど。階層攻略の真っ最中でしょ?」
「昨日のうちに休むことを伝え、今の一軍には代役が入ってるから問題ない」
「そう。それで、何でわざわざシルバービーストにまで訪ねてきたわけ?」


 後ろから慌てたように食堂へ入ってきたミシルを横目に言うと、ディニエルは不愉快そうに目を細めながらため息をついた。


「貴方は探索者を三年休止していた。それでも尚這い上がれるだけの地力がまだ残っているか、今日で見極めにきた。もう枯れ木かもしれない人に意識を割くのも馬鹿らしいから」
「それはご親切にどうも。それで、ディニエルのお眼鏡には叶ったのかな?」


 そう言うとディニエルは周りにいる子供たちを見回した後、再び努をジッと見つめた。


「……腑抜けた、というのが正直な感想。子供に媚びへつらってこのまま隠居でもする気?」
「それも別に悪くはないかもね。ステファニーの師匠ってことである程度だまくらかすことも出来るだろうし。……勿論、ロレーナもね」
「わかればいいんですよ」


 後ろから踵をピンポイントで踏んできていたロレーナは、牽制の意味も込めてにっこりとした笑顔を浮かべている。


「ただ、見ただけの印象で確実にわかるものでもない。だから今日はツトムとPTを組むためにここまで来た」
「……まぁ、別にいいけど」


 そもそも自分の実力を本当に見極めるのであれば、これから映るであろう神台や迷宮マニアの評価でも見た方がわかりやすいだろう。そんな彼女がわざわざPTを組む目的は、見極めを早く済ませて前に進みたいからか、それとも枯れ木に向けたせめてものはなむけのつもりか。

 その真意についてはわからないものの、一日とはいえディニエルとPTを組めるのはメリットしかない。今も一番台のエースアタッカーであるディニエルは顔が知れているため、彼女が下位の神台に映っただけでも話題にはなるだろう。そうなれば努のことを知らない者たちが知る切っ掛けにはなる。

 もしかしたらそのことを考えてくれている可能性もあるにはあるが、後ろのハンナや見知らぬ子供たちの一部までが警戒してしまうような雰囲気を醸し出していることからしてないだろう。


(エルフの恨みは人間の比じゃなさそうだしな。怖い怖い)


 何だか迷宮制覇隊のクリスティアに雰囲気が寄ってきたなと思いながらも、努は食事を終えた後にハンナとディニエルと共にクランハウスから出ていった。その際にディニエルがアポなし突撃してきて騒がせたことへのお詫びとして、彼女の保持していた予備矢を買い取っていくつか渡してあげると子供たちは飛び跳ねて喜んでいた。


「あんな安物の矢で喜んでいる時点で、大した弓術士にはなれそうもないけど」
「随分と刺々しいね。ゼノの子には優しかったって聞いたけど」
「…………」
「ま、まぁまぁー! 取り敢えずギルドに行くっすよー!? いやー、PT組むのも久しぶりっすから、楽しみっすねー!!」


 今も一番台に映れる実力に加えて長年生きてきたエルフ特有の末恐ろしさもあるディニエルと、身体は非力な割にその人間性は図りしれない異世界人。ハンナからすればエイリアンVSプレデターでも見ているような気持ちだろう。そんな彼女は何とか場を取り繕いながら立ち止まった二人をギルドへと歩ませた。


 ――▽▽――


 ギルドに着いてから努はアーミラをPTに誘おうと探してみたが、既にギルド職員たちと潜っていた様子だったので諦めて三人で刻印階層と呼ばれている百一階層へと向かった。

 百一階層は刻印のチュートリアルのようなものなので、基本的に刻印油を落とす脂ぎったモンスターばかりが出現する。後半の階層になると火系統のモンスターも出現して油と相まって火事の中戦うことになるが、百階層を超えた者たちならそこまで苦戦することなく対処できるだろう。


(実際に見ると中々の化け物ぶりだな)


 今回は三人PTということでゆっくりと進むつもりだったが、ディニエルの進撃は凄まじかった。彼女が現在攻略している百六十階層の主に比べればここはぬるま湯が過ぎるのかもしれないが、今日のうちに百十階層まで目指しているのかと思うほどの攻略速度である。


「次」


 一見すると的も見ず適当に放ったような矢は、敵の回避経路を事前に潰す牽制だ。本命の力が籠った矢は確実にモンスターの命を穿ち、光の粒子へと変えていく。

 弓の腕や探索者としての実力も錆び付いているどころか、むしろ限界まで研ぎ澄まされて味方であるにもかかわらず危うさすら感じるほどだ。もはや彼女以上の弓術士がこれから先に生まれる想像すら出来ない。


「ちょわー!」
(ハンナはハンナで魔流の拳、三年前より大分安定したな。修行に行った甲斐はあったか)


 奇妙な掛け声とは裏腹に水の魔力を両翼に纏わせてオイルスライムの触腕を流水の如く受け流しているハンナは、以前に増して避けタンクとしての安定感があった。ダンジョン攻略よりも魔流の拳の技術を伸ばすよう手紙で指南したことを、馬鹿正直にしてくれたおかげだろうか。


「……どういう原理? アルドレットクロウの避けタンクと動きは似てるけど」
「こう、受け流す感じっすよね? 昨日見たから再現してみたっす!」


 ディニエルも修行から帰ってきてからのハンナは初めて見るからか、魔流の拳を使った奇抜な戦い方には一定の興味を示しているようだった。努としても興味はあったのでそれからは死んでもいいから修行の成果を見せてくれと言うと、彼女は喜んで持ち込んでいた魔石を砕いた。


(確かに前と比べると大分安定してるな。中魔石ならほぼ自爆しない。大魔石でもたまにってところか。可能性の塊でしかないなこいつ。バーベンベルク家の障壁魔法といい、魔石持ち込んで精神力とは別のリソース確保するのはぶっこわれてないか?)


 そもそも魔石を確保するにはGが必要なのと、大きくて質の高いものは市場に出回りにくいとはいえ、それでスキルと同じような力を発揮できるのはチートじみている。それこそユニークスキル認定されてもおかしくはないだろう。


「…………」
「それに比べてお前は、とでも言いたげだね」
「人の心の内を妄想するのは勝手だけれど、妄言を口にされても困る」


 澄ました顔でディニエルはそう返しながら、百二階層へと続く黒門に手をかける。


「でも、今のツトムからは何も感じない。暴食竜と戦っている時の方が得体は知れなかったし、ダンジョン攻略の気概もあった。……帰らなければ、そんな風に燃え尽きることもなかったのに」


 がっかりしたように言い捨てた彼女は黒門を潜り抜けていった。そんなディニエルの物言いに努は無言のまま、自身の調子を確かめるように目の前でヒールを回す。その後ろにいたハンナは抜き足差し足といった様子だ。

 現実世界に持ち帰ってきたマジックバッグを満杯にしてから少しの間はスキルを使えたので、そのリハビリの甲斐もあってスキル操作については三年前とさほど変わりはしない。

 ただ、それは努の技術が三年前から何の進歩もしていないことに他ならない。そして白魔導士はステファニーが、祈祷師はカムラが模範とされ、それに追従するようにヒーラーたちは切磋琢磨しながら全体の練度も着実に上げてきている。

 そんな者たちをアルドレットクロウで間近に見てきたディニエルからすれば、努の立ち回りは時代遅れで錆び付いているように見えるのだろう。実際、ゼノから支給された刻印装備というものを努が使いこなせているとは到底言えないし、新たに解放されたスキル構成というのもまだ実戦では使い物にならない。

 それに一年以上も迷宮都市から離れて修行をしていたハンナでさえ、見事に魔流の拳を使いこなせるようになり明確な強みを更に磨き上げている。今も一桁の神台に映っている無限の輪のPTも当然技術の練度とレベル上げを並行して行っていたので、祈祷師としては一歩出遅れているコリナも今となっては自分よりヒーラーが上手くなっているだろう。

 三年の月日もの間、停滞していた努との差は歴然だ。そんな有様になっているのに何故むしろ前よりも寄り道をしているのか。もっと必死になって食らいついてこい。そんな具合で責めてくるディニエルの気持ちもわからなくはない。


(確かにそういう追い込み期間も必要だろうけど、長くは続かないしね。今考えると無駄も多かったし)


 それこそ現実に帰ってからヒーラーとしての腕を落とさずに莫大な金まで稼がなければならないという課題が重くのしかかった時のように、散々に追い詰められた状況を何とかして乗り越えていくことも大事だろう。

 ただ、現実ということもあって『ライブダンジョン!』の時よりも身体と精神を追い込んで頑張ったところで、努は世界予選の弱小プールすら通過することは出来なかった。今思い返してもあの時の限界まで振り切った努力は必要なものだったとは言えるが、そんなことは上位勢の誰もが当然にしてきたものだ。死ぬ気で努力した程度で辿り着けるのは上位に入り込めるぐらいのもので、世界トップまでは到底行けない。

 その失敗も踏まえて努は二年目、三年目と改善を重ねていき、最終的には世界一のチームのヒーラーとして活躍した後にこの世界へと戻ってきた。『ライブダンジョン!』とは違うゲームではあるものの、その三年間の経験がこの世界で一切役に立たないとは思わない。


「何だよ」
「いや? 師匠っぽい顔してるなーっと」
「師匠っぽい顔ってなんだよ」
「何でもないっすよー」


 そんな顔を覗き込んできていたハンナはおっかないものでも見てしまったと言わんばかりにぴょんと飛んだ後、青い翼でからかうように努の鼻先をくすぐってから黒門の中に進んでいった。そのせいで一つくしゃみした努はゴミ袋を漁るカラスでも見るような目つきをしたまま、百二階層へと進んでいった。

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