第434話 化石の評価
神台市場の中心地からは外れた場所。そこには家電量販店の大型テレビ売り場のように中規模の神台が立ち並んでいて、上位の神台ほどではないが賑わうくらいの集まりはある。
上位の神台はとにかく大規模なため老若男女問わず見ているが、こういった中規模の神台は何かしらの目的があって見に来る観衆がほとんどだ。それは金の卵を産む鶏になりかけている中堅の探索者を発見する仕事から、単に映っている探索者の家族やファンなど多岐にわたる。
ただそんな中、今日は一際人が集まっている神台が一つあった。普段ならば上位の神台に張り付いているような迷宮マニアから、そこまで男女の比率が離れていない個人のファンなど様々だ。そのモニターが映し出しているのは百四階層と、中規模の神台の中でも低い方だ。ただそこに映っている探索者の中に一人、その階層にいてはおかしい者がいた。
「うわ、ほんとにディニエルいるじゃん。何で?」
「思い切って休んだと思ったら、結局ダンジョン潜るんかい!」
「動きも相変わらずキレキレだしな。休日とは一体何だったのか……」
現在のアタッカーで誰が一番強いかの議論でディニエルは、ヴァイスと同様に必ず名前が上がる。長寿なエルフの中でも指折りな弓の腕を持ち、探索者としても金色の調べ、無限の輪、アルドレットクロウを渡り歩いてきた彼女の経歴と実力は計り知れない。
特にアルドレットクロウに移籍してからの活躍は目を見張るものがあった。百三十階層で彼女以外の者が初見殺しで死んでしまった時、まだ余力の残っていた階層主を一人で殺し切った場面は今も語り継がれるほどだ。その他にも百階層以降で稀に発生するようになった、二つのPTが合同で行うレイド戦でも数多くの活躍をしている。
その実績だけでなく技術的にも彼女に追随できる者はいない。相対するモンスターが可哀想になるほど大量の矢をスキルと共に放つ猛攻は、今も他の弓術士が再現することは出来ていない。それに加えて避けタンクに転身してもやっていけそうな視野の広さと洞察眼、そしてそれを再現できる身体能力もある。
更にそれで表情こそ乏しいものの容姿は悪くないので異性、同性問わず人気も高い。金髪のポニーテールといえばディニエル、という認識になっているといっても過言ではないほどだ。
そんな人気のある彼女が中規模の神台に映っていることはかなり珍しいので話題を呼び、普段とは比べ物にならないほどの人が集まって視聴していた。そして破竹の勢いで前線を切り階層を更新していく様はファンを魅了していた。
「ハンナ、前より魔流の拳だいぶ安定するようになったなー」
「これからバーベンベルク家みたいに爆伸びするんじゃね?」
修行に行く前からも無限の輪の避けタンク第一人者としてハンナは目立ってはいたので、観衆からの注目度は高かった。今でこそ避けタンクは選択肢の一つとして入るほどメジャーな役割にはなり、ハンナと同じような素早い動きで敵を翻弄する鳥人や、スキルを組み合わせてモンスターの攻撃を受け流す人なども現れ始めた。
ただ魔流の拳という技術は以前より広く知られたおかげで、それを学ぶ者自体は増えた。特に背中に翼があるタイプの鳥人に関しては、その部分により多く魔力を巡らせることが可能という利点もあって魔流の拳自体は発動しやすかった。
ただそれを実戦レベルで使えるのはハンナと、警備団のブルーノくらいだ。それに彼、もしくは彼女も筋肉鎧というユニークスキルを利用してのゴリ押しに過ぎないため、メルチョーのように使えるのは今でもハンナだけである。
「まぁ、それでもあの事件の被害を補填できるかは微妙だよなー」
「帝都に逃げられたってやつだろ? むしろ、よくその後に修行とか行けたよな。普通なら死ぬ気で探しに行きそうなもんだけど」
「きっとあの胸には胆力が詰まってるんだよ」
「ツトムの夢と希望の間違いだろ」
ハンナは探索者としての実績も決して悪くはないのだが、それにも増して何かしらのトラブルに巻き込まれることが非常に多い。特に数十億の資産を騙し取られて逃げられたという大事件が新聞で報道された時は話題を呼んだし、そこまで遺産を遺されるほど努から特別な扱いを受けていたのかとゴシップ的な話も盛り上がっていた。
「本当に帰ってきたんだな、ツトム」
「何で百階層で引退しちまったんだか……いくらツトムでも、これから最前線に戻れるのかねぇ」
「それでもツトムさんなら、可能性はあるんじゃないですかね。動きもそこまで悪くなっているわけではありませんし、あの身体つきからして三年間遊び惚けていたわけでもなさそうです」
「まぁなぁ……。何か起こしてくれるっていう期待はしたいもんだが、前の状況とは違う。もうヒーラーの環境も成熟してきてるし、ここから革新的な何かを掴むのは難しくないか? 祈祷師ですらもう開拓し終わってるのによ。白魔導士なら尚更だし、今から追いつくだけでもしんどそうだぜ」
その神台の最前線に居座っていたピコを筆頭とした古参の迷宮マニアたちは、努の映像を見ながらあれこれ議論していた。既に迷宮マニアとして顔が知れている者たちは、そのほとんどが今日の朝刊で努復帰について熱の籠った記事を寄稿したり、独自の媒体で乗せている。
日夜神台を視聴し神のダンジョンと探索者と密接にかかわってきた迷宮マニアたちからすれば、努を忘れることなど有り得ない。今では探索者の役割の中で常識となっているタンクとヒーラーの立場を実績と共に確立させ、多くの者たちの可能性を切り開いた唯一無二の存在である。
そのうえで探索者としての活動経歴も凄まじい。今も一番台で活躍しているステファニーと、走るヒーラーを確立させたロレーナ。そして今も帝都で活躍していると噂なユニスの師であり、一番初めに百階層を攻略したPTのリーダーを務めていた猛者でもある。更にこれは百階層の解釈にもよるところではあるが、彼は今まで一度も死んでいない。特に九十階層での起死回生と、神の領域に踏み込んだ百階層での所業は今も迷宮マニアの間では語り継がれている。
ただ、そんな彼の活躍も三年という月日が過ぎれば一般的な人々は忘れていく。それを危惧した迷宮マニアたちは努が帰ってきたという情報を察知するや否や気合いの入った記事を書き上げ、彼の実績や名声を布教していた。
「ディニエルと一緒にいる人、誰?」
「あー、なんか顔は見たことある気がする」
「ふーん。あれがツトムって人?」
ただそれでも娯楽で神台を見ているような一般層にはあまり届かなかったようで、前列にいた迷宮マニアたちは後ろから聞こえた声にがっくりしていた。三年前から迷宮都市で神台を見ていた者は顔を見れば思い出しはしたものの、迷宮マニアほど驚きはないのかそこまでの反応はない。百階層以降から迷宮都市に移住してきた者からすれば本当に誰なのかわからないだろう。
「……しかし、何でまたディニエルがツトムを手伝ってるのかね。あれじゃ、ツトムの良さも見えないだろうに」
「むしろそれを狙ってるんじゃない? ディニエル、ツトムと確執があったみたいだし」
「百年以上生きてるエルフだろ? ……まぁ、だからこそなのかもしれないが、それでもそんな当て擦りまでするほど大人げないとも思えないけどな」
傍から見ればツトムがディニエルに寄生して階層更新していると見られても不思議ではない神台での状況に、迷宮マニアは訝しみながらも真相はわからなかったのか頭を掻いた。
それから夕方ほどまではディニエルとハンナが中心となって中ボス級のモンスターを倒し、可もなく不可もなくといった様子でヒーラーをしている努がドロップ品を拾いながら階層更新していく様は続いた。
――▽▽――
「これで刻印に必要な刻印油っていうのはある程度集まったのかな?」
オイリーフという木の化け物であるトレント系の中ボスを周回して品質の高めな刻印油を手に入れた努の言葉に、ディニエルは目だけを動かして彼の方を見た。
「無限の輪はハンナのせいでそこまで余裕がなさそうだし、初期資金の足しにでもすればいい」
「それはお気遣いどうも。自分の分は自分で稼がなきゃね」
「…………」
「聞いてる?」
「な、なんっすかぁ!?」
借金についてのコメントは差し控えているのか、ハンナは若干気まずそうな顔のまま無言を貫いていた。しかしそんな風に努から話を振られた彼女はぎょっとしたような顔で青翼をはためかせた。
(今のツトム程度の白魔導士は、アルドレットクロウなら何人もいる。それにこれから追い上げるにしても、それこそ無限の輪が全力で介護しなければそこまでの差は縮まらないし、百階層以降の環境に付いてこられるかも怪しい。人間の癖に、三年も棒に振ったから。それに今もだらだらと……。三年前の方が実力も気概もあった)
ハンナとちちくり合っている努への評価はディニエルから見て高くはない。実際に会ってみればその事前評価も変わるかもしれないと思ったが、むしろ前より弱くなっているのではないかと疑念すら湧いてくる。
(……無駄な確認作業でしかなかった。結局これから先も期待はしてしまう。休んだ意味がない)
ただそれでも過去の実績と、自分を二流だと言わしめた努なら何かしら起こしてくれるのではないか、という期待は持たざるを得ない。そうでなければこの三年間、自分は何のために探索者活動をしてきたのかがわからない。努には何としてでも最前線に復帰してもらわないと困る。でなければあの発言を撤回させることも出来ない。
だからこそ、以前に比べて何の畏怖も感じさせない努の丸くなった態度には苛々とさせられる。何をのんびりと攻略しているのかと叱責を飛ばしたくなる場面は何度もあった。レベルも立ち回りも今では雑魚そのものなのだから、変なプライドは捨てて自分を利用するぐらいの気概は持ってほしいものだ。
「それじゃ、今日はわざわざ手伝ってくれてありがとね」
努の一挙一動が何かと鼻につく。後ろにいるハンナが全力で警戒するような殺気を、弱者故に感じないことも。遊び人のように日焼けしたその顔も。澄ましたような声も自分を苛つかせるために発しているのではないかと思うほどだ。もう探索者としての実力で見返すだとか関係なく、今すぐ力づくで締め上げて悲鳴でも上げてほしい。
(ハンナを敵に回すのは懸命とは言えないけれど、決して勝てない相手じゃない。それにまた足でも撃てばあの時みたいに戻るかもしれない)
勿論、同じ過ちは起こさない。ただそんな考えが浮かんでしまうほどにディニエルは荒れていた。ここまで自分を年単位で苛つかせた人間は初めてなので、こういった感情も経験がない。だからこそ常識や良心などかなぐり捨てた手段が浮かんでは消えていく。
そんな彼女の今にも噴き出そうな衝動をハンナも察しているのか、じっとりとした汗を額から流しながらすぐ戦闘に入れるよう魔石を握り締めている。もしディニエルが弓に手をかけようとしたその時に対抗できるように。
「それじゃ、おつかれー、様です」
何となしに出した挨拶の途中で努はディニエルの顔を見て地雷を踏んだことに気付いたのか、すぐに言葉を付け足してから帰還の黒門に入っていった。
「…………」
その直後にディニエルが渾身の力が籠った矢を帰還の黒門に撃つと、瞬く間にひび割れて崩れ落ちるようにしてそれは無くなった。
そもそも帰還の黒門が壊せるということに唖然としているハンナの前で、彼女は怒りを抑えるように重い息を吐いた。
しかしそれでも収まらなかったのか落ちていた矢を思いっきり蹴り飛ばして地表を削り取った彼女は、新たに何処かで出現したであろう黒門を捜しにゆっくりと歩きだした。そしてその余波で身体中が砂まみれになっていたハンナも、口を一文字に結んでそっと足を進めた。
更新お疲れ様です!
ディニエルの憎しみと愛情は表裏一体という感じに見えます(^^;
続きが楽しみ過ぎますっっっ!!!