第435話 ゴスロリおばさん

 

「何で帰ってこないんだ……?」


 ちょっとした挨拶をした途端にディニエルの目の色が変わったのを察知して逃げるようにギルドへと帰っていた努は、少し待てどもハンナたちが帰ってこないことに不思議そうな表情を浮かべていた。そうしているうちに他のPTが黒門から出てきたので、邪魔にならないよう横に逸れた。


(……ん?)


 その黒門から出てきたのは何人か見覚えのあるPTだった。ユニスを引き継ぐ形で金色の調べの一軍ヒーラーとなった狐人のミルウェーと、熊人ということもあってか努よりも身長が高いタンクのバルバラ。その二人は三年前から外見がそこまで変わっていなかったので、すぐに見分けはついた。

 そんなPTの中で最後に黒門から出てきたレオンは、神台で少しだけ見た時と同様に外見の違和感が強かった。短く刈り上げていた感じだった金髪は大分伸びていて、その出で立ちにも何処か前のような覇気がない。

 ただそれでも冴えないバンドマンを演じている俳優のような印象を受けるのは、レオンの顔面スペックや身体的な魅力が高いからか。何があったか詳しくは知らないがどう転んでも結果は良さげな彼の様子を見て白けていると、こちらに気付いたバルバラが大きな熊耳をもたげた。


「ツトムさん、ですよね?」
「どうも、お久しぶりです」
「あぁ、本当にツトムさんですね。あれ、ディニエルと一緒に潜ってませんでした?」
「何故か知らないけど、まだ二人だけ帰ってこないんですよね。もしかしたら探索が物足りなくてまだ潜ってるのかも」
「……今のディニエルなら有り得るかもしれないですね」
「……ツトムか。久しぶりだな」


 バルバラはそう言って苦笑いしながらも、何処かにディニエルが映っている神台がないか探し始める。するとその後ろにいた何処か浮かない顔をしたレオンからも声をかけられたので、努は目を合わせて応じる。


「なんか大分雰囲気変わりましたね?」
「そういうツトムも、雰囲気変わってねーか? なんつーか、丸くなった?」
「ディニエルにも同じようなこと言われましたけど、僕はそうは思わないですけどね」


 そう返すとレオンはバツが悪そうに顔を下向かせた後、ふと思い出したように尋ねてきた。


「……ツトムは、これから探索者に復帰するんだよな?」
「そうですね」


 そう言うと彼は晴れない顔つきのまま自嘲するよう軽く笑った。


「……でもまぁ、ツトムなら問題ねーのかもしれねぇな。頑張れよ」
「……? あぁ、はい」


 前ならうぇいうぇい騒いで肩でも組んできながら言ってきそうなものだが、彼はひっそりとした励ましを送ってくるだけだった。何だか調子が狂うなという思いも込めてミルウェーに視線を送ってみたが、彼女も困ったような顔をするだけで助け船を出してくれることはなく、そのまま会話は終わり金色の調べのPTはそっと立ち去っていった。


(大手クランだった時代に比べると落ち目なのは確実だけど、それでも百三十一階層までは辿り着けてるのに何であんなに落ちぶれてるんだろう。クラン絡みで何かあったのかね)


 金色の調べの内情については特に把握していなかった努は、そんな憶測を浮かべながら腕を組んでいた。現状の神のダンジョンにおける高難度の階層については見解の別れるところではあるが、百階層以降で挙げられやすいのは百三十一階層だ。この階層からは一人でのを強制されるし、百三十五階層では今までと違う連携が求められるため上位の神台に映る前の壁とされている。


(レイド戦みたいな白門ってやつも出現するみたいけど、迷宮マニアみたいに張り付いてないと見るのキツいよな。頻度としては一日一回あるかないかって話だし)


 百階層以降では見慣れた黒門ではなく白い門が稀に出現することがあり、そこでも同様にレイド戦が可能なようだった。その時にはレイド戦専用の神台も出現してかなり注目が集まるようだが、特に時間帯などは決まっていないため確実に見ることは難しいようだ。


(『ライブダンジョン!』のレイド戦って基本はお祭りゲーだったしそこまで高難易度ではなかったよな。白門がその位置付けなんだろうけどあんまり突破してるの見ないし、エンドコンテンツ寄りの調整でもされてるのかな? 神台で見た感じでも、ぱっと見じゃよくわからないんだよな。多分、この世界独自のものなんだろうけど)


 刻印といった要素は名称こそ違うが、努が破損する幾多もの確率の壁を潜り抜けて作り上げた黒杖に付随している宝玉と仕様はそこまで変わらない。それに百階層以降のモンスターもある程度見知っているものも多い。

 ただ今までの百階層までに比べると、外見からすれば全く知らないモンスターもいくつか見かけるようになった。なので新しい情報ばかりが目立つせいで少し見ただけではよくわからんというのが正直なところだった。それに百四十階層までは特殊な環境での探索を強いられるので、百三十階層を超えた後もそこで停滞してしまうPTが多いようである。


「ちょっと」
「…………」
「ちょっと!」
「……?」


 魔力を込めた指輪を媒体に障壁魔法を多重展開し、猛々しい巨大な闘牛のようなモンスターの突進を受け止めているバーベンベルク家の長男であるスミス。そしてその後ろで一緒に手を当てて障壁魔法を展開している長女のスオウが活躍している姿を神台で見ていると、突然耳にキンキンと来るクレームのような声をかけられて肩を叩かれた。


「ほら、やっぱりツトムじゃないの! 私の見間違いじゃなかったでしょ!?」


 今のところは一人なのでトラブルが起きないよう努は穏便な態度で振り返ったが、声をかけてきた当の人物はそう主張しながら近くにいた仏頂面の男性に向かって喚いていた。その男が先ほどまで二番台に映っている者だったことからして、自分に背を向けて今も喋っている女の見当もついたので途端に努は目を不機嫌そうに細めた。


(ウザいおばさんムーブが極まってきたな)


 黒を基調としたゴスロリ風な装備を着ているアルマを痛々しそうな目で観察した後、努は視線を横にずらした。


(まぁ、それよりも後ろにいる子の方が僕は気になるけど。この三年間で虫系モンスターを操れる女王とかの問題は解決して、アルドレットクロウとも和解したのかね? 嘘だぁー?)


 ヴァイスの隣に引っ付いている少女には確かな見覚えがあった。前例のない大規模な迷宮都市でのスタンピードで肉親を失い、その後王都でのスタンピードに乗じてテロを起こしたオルビスの共犯者である、ミナという少女。死者が多く出た迷宮都市でのスタンピードは思ったよりも心に残っていたので、彼女についてもよく覚えていた。

 その境遇にこそ同情の余地はあるものの、結果的に彼女が加担したそのテロの被害は大きく、少なくない人が死んだ。その中にはアルドレットクロウのクランメンバーも存在していたので、直接手を下していないとはいえ共犯者であるミナへの復讐を考える者もいたほどだ。

 しかしそんな彼女も今では、紅魔団の一軍タンクとして活躍しているようだった。基本的な暗黒騎士の立ち回りに加え、蟲化というユニークスキルによって虫系モンスターの能力を一部使えるのがタンクとしては大きな強みだ。中でも甲殻のように皮膚を硬化させることと、自力での再生能力は努からすれぶっ壊れに他ならない。

 それに加えてアーミラと同じようにユニークスキルの派生も使いこなすようになったヴァイスに、今も黒魔導士として目立った活躍をしているアルマ。その中にユニークスキル持ちのタンクと、冒険者という珍しいジョブで軽いバッファーをしながら受けタンクをする男も新たに加わったことで紅魔団の一軍は安定感と個々の力がより発揮されるようになった。


「本当に復帰したみたいじゃない。ほらこれ、貸した方がいいかしら?」
「結構です」
「なによ、つれないわね」


 わざわざセシリアから黒杖を貸してもらいこれ見よがしに突き出してきたアルマは、若干口を尖らせながらそう言い捨てた。するとその横にいたヴァイスも無言ではあるが挨拶するように頭を下げてきたので、努もそれに応じた。


「三年前から大躍進しているようで何よりです」
「…………」
(相変わらず返事するまでが長いな。待てば返してくれるんだろうけど)


 そう言われたヴァイスは真顔で固まったままだったが、努はそのまま返事を待った。そしてアルマが間を取り持とうか迷うほどの沈黙が続いたが、彼女が口を出す寸前にヴァイスは謙遜するようにふるふると首を振った。そして神台の方を見つめる。


「……ガルムが喜んでいたな」
「あー、初めは結婚報告か何かだと誤解されてたみたいですけど」
「……俺も、歓迎する。何か助けられることがあれば、言ってくれ」
「それはどうも」


 するとヴァイスもこくりと頷いた。そしてその様子を窺っていたアルマはため息をついた後、黒杖をセシリアに返した。


「何をやってたかは知らないけど、さっさと上がってきなさいよ」
「…………」
「ねぇ」
「いちいち突っかかってくるなよ、面倒臭いな。ヴァイスさん、この人どっかにやってくれます?」
「こっ……! すぅー……」


 そんなにべもない努の物言いにアルマは反射的に口を開きかけたものの、人目のあるギルドということもあって何とかそれを押し留めて深呼吸していた。その様子をミナは目を丸くしながら眺めていて、セシリアは何とも言えないもにょもにょとした顔をしている。


「ねぇ。今の私ってアタッカーの中でも三本指に入る探索者って言われてるんだけど? ほら、周りを見てみなさいよ。結構みんな注目してるでしょ?」
「で、三番手のアルマさんは名も知れない僕に何が言いたいわけ?」
「……えぇい! ならはっきり言ってやるわよ! 三年前とはお互いの立場がもう違うのよ! だからもっとへりくだりなさいよ! ほら! 私を誰だと思ってるの!! 私は百六十階層まで潜ってるPTのアタッカーなのよ!! ヴァイスに次ぐ!」
「そうなんだ、すごいね」


 もはやなりふり構わず冗談みたいなマウントを取ってきたアルマに、努は素直な感想を返した。その態度が気に食わなかったのか彼女が更に何かを言おうとしたところで、ヴァイスがそっと止めに入る。


「アルマ」
「……何で本気に捉えてるのよ。はぁ……。もういいから、探索、頑張りなさいよ。あんたに注目してる古参の探索者、いっぱいいるんだから。精々期待を裏切らないよう頑張ることね」
「言われなくてもわかってるけど」
「ねぇ、貴方って素直に言葉を受け取ることが出来ないわけ?」
「はいはい、ご忠告どうも」
「……ヴァイス、何とか言ってやりなさいよ」
「…………」


 それからアルマはしばらくヴァイスの返事を待ったが、努が立ち去った後も彼が喋ることはついぞなかった。

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