40

 

 努、ハンナ、クロアの三人が黒門から転移してくると同時に、百十階層の奥にある大きな油池に設置されていた水車が徐々に動き始める。その水車から運ばれていく油は各アトラクションへと運ばれていき、最難関と名高いボルダリングには壁からランダムに配置された取っ手やロープが浮き出てきた。

 その油回しやアトラクションの起動は、最奥にいる巨大な蛸がせっせと触手でハンドルを回して行っている。そしておおよその起動が済むと、スポッシャーは金曜ロードショーよろしくシルクハットを取って挨拶した。

 そんなスポッシャーの様子を見て鼻で笑った努は、魔石を砕いて魔力を身体中に循環させていたハンナに尋ねる。


「実際にこっちへ転移してくるとやけに大きく感じるんだっけ?」
「そうっすねー。あたしはそれで捕まった気がするっす」
(本当に百十階層まで潜ってきちゃったけど……。大丈夫なのかなぁ……?)


 呑気な調子で喋っている二人を前にしているクロアも、神の眼もあってか緊張感のない犬耳を招き猫のように丸めた手でくしくしと掻いている。だがそんな可愛らしい動作とは裏腹に、内情は不安で一杯だった。


(ハンナはスポッシャーを討伐しようとしたことはあるみたいだし、ディニエルに匹敵するって期待も持てる。正直、無限の輪が攻略速度を落としてでも迎えに来るっていっても不思議には思わないしね)


 先ほど刻印階層中ボスの巨大樹の化け物であるオイリーフで戦闘の慣らしをした時にも感じた、ハンナの圧倒的な個の力は今でも推し量れない。人の中でも更に小さいその体躯で一軒家を易々吹き飛ばせるような巨大根のぶん回しを容易に受け流したり、避けタンクであるにもかかわらずレベルの高い自分よりも明らかに火力を出したりと滅茶苦茶だ。

 それは唯一無二となった魔流の拳という存在があってのことなのだろうが、それに加えて彼女のリスクを恐れない子供のような無邪気さのある立ち回りも噛み合っている。長年アタッカーとして活躍してきたクロアから見れば危うい選択肢を彼女は押し通し、思いもよらない結果を生み出していた。

 そしてそれを努が補佐して上手く軌道修正すれば、ハンナは確かに三大アタッカーにも負けず劣らない力を発揮するだろう。彼女自身、完全に努に背中を任せることを厭わない信頼を持っていることも大きい。


(ツトムさんは今でもヒーラーとしてPTの力を十全に引き出す力と、リーダーとしての指揮力があるのは間違いない。でも今回の問題は、スポッシャーの触手を捌けるだけの戦闘力があるかどうかにかかってる。だけど見る限りじゃ、アタッカーとしては並みの域を出てない)


 だがそんなハンナでもスポッシャーの触手は五本を相手取るのが限界だ。残る三本はツトムとクロアでどうにかするしかないのだが、彼が二本も担当できるのかは今でも疑問であり大きな不安材料の一つではあった。

 確かに白魔導士の進化ジョブはアタッカー並のステータス値とスキルを使えるようになるため、理論上ならばスポッシャーの触手二本を相手にしても追いつけるだろう。だが三年間神のダンジョンから離れていてアタッカー経験もない努にとってそれは、完全な机上の空論である。

 頭で理解しているからといって、すぐに想像通りの行動と結果を生むことなどできない。もしそれが出来るのなら進化ジョブのある今、アタッカーとヒーラーを兼任できる白魔導士が山ほど生まれているだろう。だがそれが可能なのは上位の神台に映っているような数少ない白魔導士だけで、その中でもアタッカーとヒーラーの得意不得意が分かれている。

 そもそもアタッカー志望だったにもかかわらず不幸にもジョブは白魔導士だった者は最前線で戦えるものの、そちらに力を入れている分ヒーラーとしては二流にならざるを得ない。その逆も然りのため、両方が迷宮マニアから評価されるまで出来ているのはそれこそ一番台のステファニーくらいだろう。


(……クロアに、やれるの?)


 ただ、希望がないわけではなかった。アタッカーとしては期待できないにせよ、努はただのヒーラーではない。今も上位の神台に鎮座している無限の輪の創設者で、一番初めに百階層まで到達した者である。それに一度とて死んだことのない彼が無策で階層主に挑むわけがない。

 そんな彼の強みとしてクロアが最も評価しているのは、アイドルだったエイミーを百階層を攻略する探索者にまで押し上げたマネジメント能力にある。


(それこそあのハンナだって元々は私みたいにそこそこのアタッカーだったって話は聞く。無限の輪でも元から規格外に強かった人って、意外とディニエルくらいしかいない)


 初期のメンバーは各々の事情でギルド職員に転職していたガルムとエイミーで、二人が一時離脱した後はダリル、ディニエルにハンナ、アーミラと続いて五人PTとなった。そしてハンナが避けタンクとして名を馳せ始めた頃にゼノ、リーレイア、コリナも加入した。

 特に後半の三人が加入した時にはクロアも探索者としての活動を始めていたため、そのメンバーのパッとしない印象は今でも覚えてはいる。だが今ではその三人の名前を知らない者の方が少ないだろう。

 努にはエイミーを初めとして、様々な探索者を指導して伸ばす力もある。その力を見込んだからこそクロアは大炎上の中を突っ切ってこの臨時PTに加入したのだ。そしてそんな彼の力は、この現場で発揮されるのではないか。


(槌士のスキルも全部把握してたし、実際立ち回りについて聞いてみても妙に納得感があった。あとは実戦で、って感じなのかな……)


 後はこの百十階層で身を持って成長してみせよ、ということなのではないかとクロアは予期していた。そうしなければ突破することが出来ないという追い詰められた状況でこそ、アタッカーとしての実力が伸びるということなのだろうか。


(実際、今日はいつもと違う感じがする)


 思えば今まで攻略情報があまりない相手に挑むという経験もなく、久々に違うPTを組んで階層主に挑んでいることもあってか妙な高揚感があった。この戦いで自分は大幅に成長できるのではないか、という期待もあってクロアは取り出した巨大槌の持ち手を強く握りしめる。


「フライ」
「コンバットクライ」


 そして努とハンナのスキルを始動する声と共に、スポッシャー戦は幕を開けた。

 コメント
  • 匿名 より: 2020/09/23(水) 8:42 PM

    ↑のコメントについて思ったことですが。
    アイテムに関してはポーション各種出てますし、攻撃アイテムもアルドレッドクロウが魔導具で攻撃してる場面もありました(自クランの生産部門で開発したと思われる)
    攻撃では無いですが、努も成れの果て戦で魔導具でバリアっぽいもの張っていたり。
    そういったアイテムは武器(属性矢とか)や魔導具扱いなのではないでしょうか。

  • 匿名 より: 2020/09/23(水) 10:34 PM

    黒杖は白魔導士用に作った武器なので、アルマと努(もしくはセシリア)では光る宝玉の数が違っていましたね。
    武器効果とは違うかもしれませんが、ヴァイスの武器がユニークスキルの影響で赤く光っていたり、ゼノがエンチャントホーリーで光らせて、ディニエルが使う時に眩しがっていたりとかも有りました。

    廃人様が廃強化した黒杖(宝箱品大量使用、白魔導士特化武器)が宝玉が光る程度の変化なので、現実に落とし込むならその程度の変化になるのかも。
    宝箱率も極端に低いようですし、神台上位に入れない探索者はお金もないと思われるので、運良く出ても使えないネタ装備は使わず売ってしまうのではないでしょうか。
    (見た目重視の改造も、ゼノを見てると伝手とお金がないと難しい様子)

    あと毒には致死量があるので、経口摂取と傷口から微量入るのでは、効きがかなり違いそう。
    シェルクラブ、かなり大きいですし…
    ぶっとい注射で大量に流し込めば別でしょうが。

  • ブルー再生 より: 2020/10/02(金) 5:05 PM

    自分が言ってる攻撃アイテムは加工無しのドロップアイテムでって事ですね
    →誤解される書き方しましたけど流石に本筋のメインに関わるポーションのおばあさんや成れの果て戦の結界は覚えてますよ、あとはソーヴァも攻撃アイテム使ってますね
    →問題なのはライダンの世界の住人だと常識的なアイテムの事が書かれてないんですよね、これが職人産なら種類が多すぎるのであまり書かなくても良いですが誰もが手に入りベースである迷宮産の設定が書かれてない事になる訳ですし

    黒杖とヴァイスとゼノは違いますね、特にヴァイスとゼノはあくまでも能力の応用ですし
    黒杖は、光ると言っても宝玉が光るからそんなものとしか思いませんし
    →例えるなら動くと残像が出たり常に剣閃が赤いとか、1回転すると服が鬱陶しい光を放ったり腕を上げるとスポットライトが当たったり呪われてる訳でも無いのにヤバそうな煙が常に装備から出てたりとかですね
    →でも今だと刻印装備が猛威を振るってるので使えそうなんですよね、それに降板って言ったって最高装備に比べたらで製作者も使って貰うために最高階層で使えないほど弱く設定する訳じゃないんですよ、ドロップ装備の確率が不味い事を考えると結構使っている人いそうなんですよね

    カニは傷だけじゃ無くて顔面に毒樽を投げ付けるという意味でぶっ掛けるなので一定量のダメージに達したらステータスに任せてひたすら皆で毒樽をカニの顔面に投げ付け経口摂取させるシュールな状況の事言ってます。
    努とエイミーとガルムが
    『うおぉぉぉぉぉぉぉぉ!!』
    とか言ってカニに経口摂取させるため顔面に樽をひたすら投げつけてる訳ですね
    ちなみに自分は口をめっちゃ閉じてるか泡があるので経口摂取させるには魚に盛るしか無かったという解釈をしてます。

  • 匿名 より: 2020/10/22(木) 2:39 PM

    アイテムについては、そもそもの前提から違いそうです…
    神ダンジョンだとドロップは魔石のみ、稀に出現する宝箱からはモンスター素材、武器や防具、マジックバッグやカメラなどの逸品物が出る。
    その他加工に使えるような素材は採取(魚や貝なども可)や採掘は可能。
    外のダンジョンだと死骸が残るのでモンスターも素材になる、じゃなかったかと。

    樽を投げるのはシュールですねw既にどこかが試してそう。
    その場合気になるのは、
    大容量マジックバッグですが樽はいくつ入るのか?
    そもそも液体毒を樽(木製)に入れて大丈夫なのか?
    (滲み出たり揮発したり…瓶にしても緩衝材が必要なので扱いは難しそう)
    投げる時に蟹は大人しく動かずにいてくれるのか?
    (タンクが抑えるからあまり動かないだけで、基本は動き回るのでは)
    蟹や周囲が毒塗れになって味方は平気なのか?
    樽の破片でケガしない?
    (何かの拍子に口に入ったり、揮発したのを吸ったりして毒状態になりそう)
    そして受付の自傷行為や誤射すら、非効率を理由に嫌がる務にそれは許せるのか?

    食事に毒を仕込む方が、一周回って楽なのではないでしょうか。

    装備品は剣閃や光や煙はスキルで似たようなのがありそうor普通に作れそうなので、わざわざレア装備にする意味があるのかなと思います。
    気に入ってそのスキルを多用してるなら、既に二つ名がついてそうですし。
    スポットライトは課金(ガチャ品)ならありそうですが、1コンテンツでしかない塔のドロップや無課金で作れる生産品にそこまでの性能が持たせられるのかどうか…
    務とほぼ同時期くらい(連載開始から逆算して)にそれなりに色々なMMOを遊びましたが、そんな印象を受けました。
    私は特に違和感なく、楽しく読めています。

    作者様、いつもありがとうございます。

  • はれ より: 2020/10/25(日) 2:05 PM


    なんかめっちゃ語ってますね。先ずアタッカの武器の説明が一度もなかったわけじゃないんだけどね?
    闇と光の階層で天地開闢の説明あったじゃん。ディニエルの弓もちゃんと武器だし!
    特別に強いものがよく説明されるから覚えやすいのはわかるけどちゃんと読もうね?
    あと毒とかそんなに溜めたら警備団に捕まるほどの逮捕案件なんじゃない?
    人にも通じないというわけじゃないし。
    完全に危険人物だと思うね。
    ゲームじゃないんだからそんなに溜めたらしんどいし金もかかるし地味だし!
    攻撃消費アイテムはどうせゲームではほとんど威力ないし使われないじゃん。
    作れる環境用意して素材も出るんだから作ってよね?世界観を無視しないでよね?
    別にグーム要素とか詳しく説明しなくてもいいじゃん!
    大した事を書いてないのにも関わらずこんなに面白いのを感心しながらみてるんだから!
    そんな読んでも覚えてない説明書いているより続きを書いてほしいわ!
    サクサク進めてほしいわ!めっちゃ好きだわ!続き見たいわ!
    まー、ここまで言ってから言うにはなんだけど別に否定する気はないんだ。
    そんな意見もいるとは思うしでも多分そこまで詳しくゲーム要素に書けば話の雰囲気が変わると思うのであまりしてほしくはないんだよねー。
    キャラの性格からストーリの展開まで色々困ると思うし。
    あー、続き見たい!じゃね~おつかれ~

  • はれ より: 2020/10/25(日) 2:23 PM

    あと、武器に毒が塗れるなら武器を弾くカニの甲殻も平気だと思わない?
    樽とか投げたらすぐに砕いて毒が塗られたカニの武器で攻撃してそう。
    苦労して自分から全滅に行きたいの?ハードモード好きなの?

コメントを書く