第456話 ヒーラーから逃げるな
危なげなく成れの果てを突破した努たちPTは、さして休むこともなく古城階層の攻略に入った。クロア、エイミーの近接アタッカー二人に、避けタンクのハンナ、ヒーラーのユニス。そして努は白魔導士2という変則的なPTということもあってか、それを調整する役に回っていた。
「ツトムさんって、実はヒーラー以外の志望者だったりします?」
「え? 違うけど」
「……ですよねぇ」
押し切れる場面では進化ジョブを駆使しアタッカーとして火力を出し、手応えのある中ボス系統のモンスターには一時ヘイトを買って避けタンクをしたりと、努の柔軟な立ち回りを前にしたクロアは感心するように息をつく。特にフェンリル親子の住まう九十二階層の全殺しルートにおいて、努の仕事量は群を抜いていたように思えた。
現にその後ろでは九十二階層ということもあって無意識に手を抜いていたハンナが、努にタンクを補佐される形となったのがよほど悔しかったのかぐぬぬと呻いている。それにユニスも弱点のない優等生を妬むような目つきで、平然とした顔で答えやがる彼を睨んでいた。
「ツトムは地味に前から色々やってたしね。ヒーラーは勿論、アタッカーもタンクもできて、今度は生産職にまで! よりどりみどり!」
「今のところはどれも中途半端って感じだけどね。こういう変則的なPTなら役にも立つけど、ちゃんとしたPTなら器用貧乏すぎて用なしだよ」
エイミーからのよいしょにそう返しながら、努は鬱蒼と茂る木々を眺めてふと遠い目になった。
「でも流石にこの三年で無限の輪最弱は脱却できると思ってたんだけど、コリナのパワーよ」
「んー、確かにツトムってまだ肉弾戦は得意じゃないっぽいけど、遠距離から頑張れば何とかなるんじゃない?」
「歯でエアブレイズ噛み砕いて無効化してきて、それに動揺してる間にお腹をズドンだよ」
「解釈の仕方がすごいことになってる。わたしまだ見たことないんだけど、本当にそんな化け物になってるの?」
進化ジョブでアタッカー向きのステータスを手にしてから、コリナは生粋のモーニングスター使いとして恐れられるようになった。前世はさぞ鈍器の扱いに長けた武将だったに違いない。そんな彼女からすれば自分はそこら辺の雑兵に他ならないだろう。
そうした雑な決めつけを努は訂正しないまま、地面に落ちていた水晶のように輝く珍し気な氷の中魔石を拾う。
「そういえば、フェンリルって精霊だったんだね。この前精霊術師が使役してるの神台で見たよ」
「あっ、そうなんだ?」
「どうも使役するための専用ルートがあるらしいね」
「ほぉー」
アルドレットクロウの精霊術師を見た限りでは、努の見慣れない精霊は何匹も見かけた。精霊術師の進化ジョブはどうやら正統進化のようで、新たに使役できる精霊が増えるようだった。努の見た限りでは雷、氷、光、闇の精霊を神台で確認している。
その中でも氷属性の精霊であるフェンリルは特殊で、九十二階層の親子救済ルートを辿ることで百階層を越えなくても使役できる唯一の精霊だった。それを発見したのはフェンリルに異常な執着を見せていたアルドレットクロウのPTであり、リーレイアもその後条件がかなり面倒くさいそのルートを攻略してフェンリルの使役に成功していた。
「動物好きなら涙なしでは見られないくらい感動的らしいよ。前向きな親と子の別れみたいな場面があるみたいで、フェンリルだけは大事に扱ってる精霊術師も多いってね。観衆からも人気あるみたいだし」
「何でそれをわざわざ終わった後に言うのです……。そのルートはよくわからないのですが、見逃す終わり方もあったはずなのです」
攻略速度を速めるためにフェンリル親子共々虐殺しているPTの一員である自分が言うのもなんだが、ユニスはそう口を挟まずにはいられなかった。そんな彼女に努はにべもなく言い放つ。
「全員轢き殺した方が経験値美味しいからね。僕もさっさとレベル上げなきゃいけないし」
「……経験値よりも大事なことがあるのではないです?」
「現実じゃそうかもしれないけど、神のダンジョンにはないでしょ。フェンリルは何度でも生き返って誰でも元気よく迎えてくれるし、経験値にもなってくれるよ」
「相変わらずの捻くれ具合なのです」
「未だに百階層越えてない誰かさんのために最速で攻略してあげてるのに、酷い言いようだね」
「三年前に突然探索者を引退した誰かさんに言われたくはないのです。はぁー、それでエイミーと私がどれだけ苦労したことか」
「勝手に手を貸してきてからの苦労自慢きっつ」
「はぁ!?」
再会した当初こそかなり気まずげにはなっていたものの、ダンジョンで攻略を進めていくうちに二人は以前のような調子を取り戻してきていた。そのことが嬉しくもあるのかユニスは叫んでいるもののその声色は上向いている。
「クロアちゃん、そっち持って?」
「いや! エイミーさんの手を煩わせるわけには! 自分がやります!」
「いや、そこで無理しなくても」
「どりゃー!!」
「おー、すごい」
その横ではエイミーとクロアが風呂敷型のマジックバッグを広げて、氷の大魔石の回収作業を行おうとしていた。しかし彼女はエイミーの手前ということもあってか、謎の男気を見せて大魔石を一人で担ぎ上げて回収していた。
「……刻印、するっすかね」
まだ飽きずに言い合いをしている努とユニスに、エイミーへ良い所を見せようとアピールに必死なクロア。そんなペアの間に入っていけなかったハンナは、一人彫刻刀のようなものを手に取って努の真似事をしていた。
――▽▽――
「女連れで古城階層の攻略とは、随分と呑気なものだなっ……!」
百番台以降をランダムに表示する小さな神台の前でそう愚痴っている男は、舌打ちを漏らしながらハーレムPTの中にいる努をねめつけていた。
九十九階層までで努は今日の探索を終えるようで、若干見覚えのある狐人の小さな女性はPTメンバーに頭を下げて回っている。せっかくの休日にそんな映像を見せつけられたのがよっぽど気に食わなかったのか、彼は手に持っていたワイングラスをダンッと音を立ててベンチに叩き付けた。ただそれはワイングラスを綺麗に模った障壁魔法だったため、破片が飛び散ることなく溶けるように消えた。
「あいつは自分の置かれている状況を理解していないのか!? アルドレットクロウも本格的に潰しにかかる準備をしてるって言うのに……!」
「そう心配なさるなら直接伺えばいいじゃないですか。オーリも歓迎してくれますよ」
そんな彼が座っているベンチを障壁魔法で構築していたスオウは、色白で小さい手の甲を押さえながら九番台を見ている兄にそう忠言する。すると彼はアルドレットクロウのクランリーダー交代を発表している神台から目を逸らした。
「ふんっ、どうせ追い詰められでもしたらあちら側から伺いを立ててくるだろう。それまで精々アルドレットクロウに苦しめられるといい。それで少しはあの能天気もマシになるだろう」
元々は迷宮都市を治める貴族であるバーベンベルク家の長男であり、現在は一桁台に映る最前線PTの一員でもあるスミスは、気品のある金髪を揺らしながら忌々し気に呟いた。
三年ほど前に探索者としての活動を始めていたスミスとスオウは中堅にまでは辿り着いたものの、そこからは停滞の一途を辿っていた。
神のダンジョンという魔力の溢れる環境において障壁魔法が上手く機能しないことは、バーベンベルク家の二人にとって利き腕利き足を奪われることと同義だった。それに加えて障壁魔法のリハビリにも多くの時間を取らなければならなかったため、探索者としての実力も伸び悩んでいた。
いち早く結果を求めるのならそもそも再現できるかもわからない障壁魔法に時間を割かずに、努に教えられた通り探索者としての実力を伸ばす方が手っ取り早くはあった。二人共ぬくぬくの温室育ちということでもなかったので単純な武器を使ったモンスターとの戦闘は可能だったし、それにスキルを合わせれば人並みには戦える。
だがそれでも二人は、特にスミスは神のダンジョン内においても障壁魔法を使うことに拘った。それは未来に向けた投資といえば聞こえは良かったが、彼はバーベンベルク家の尊厳が掛かっているからとプライドを押し通したに過ぎない。傍から見れば完全な執着といえるものだった。
そんな彼に比べるとスオウは冷静であった。確かに神のダンジョン内で障壁魔法が使えるのならそれが最善ではあるが、それは不可能であるかもしれない。その可能性も考えて彼女は探索者としての実力も、バーベンベルク家としての仕事も、神のダンジョン内での障壁魔法の再現もバランス良くこなしていた。
しかしダンジョン外ならば容易に出来ることが、ダンジョン内ではまるで出来ない。そのストレスは相当なもので、それに一心で向き合いすぎたスミスは髪を掻きむしって投げ出すこともあった。その間を埋めるようにスオウは障壁魔法の練習をして、じきに帰ってくる兄を励ました。
そうして時折止まりはしながらも互いに支え合って一歩ずつ進み続け、苦節二年。遂にスミスは神のダンジョン内でも障壁魔法を発現して維持することに成功した。
その一つの成功から一気に障壁魔法のコツを掴んだスミスと、それを模倣して再現を成功させたスオウは、初めこそバリアの下位互換と言われていた迷宮マニアからの評価をものの見事に覆した。それから半年もしないうちに障壁魔法を使いこなす二人を中心としたPTは一桁台まで登り詰めていた。
(それなのに、なんだ! その程度の気概なわけではあるまい!)
そんな過程を辿ってきたスミスだからこそ、奇策一辺倒で本質から逃げている様子の努が許せなかった。
確かに今は新たに進化ジョブが導入されたことで、白魔導士がアタッカーをこなすことは多い。むしろ両方こなせなければ二流といった扱いを受けるだろう。今更ヒーラー一本では実力があろうとも時代遅れと言える。
しかし今ではアタッカーとヒーラーを同時にこなそうとするがあまり、両方とも中途半端な白魔導士が多く見受けられる。それこそ両方こなせていると言えるのは一番台のステファニーくらいであり、他のヒーラーはどちらかに重心が傾いている。
そんな環境だからこそ、一流のヒーラーとしての立ち回りを貫き百階層を初めて攻略した努の立ち回りには可能性が見えた。中途半端に役割をこなすなら徹底してヒーラーをしてくれた方がありがたいことは、タンクのスオウも共感してくれたし自分もそう思う。その者が結果を出せば他の白魔導士も原初を思い出して追従するだろう。
(だがあれでは、中堅の下位互換でしかない。下手に神台を見て真似ても意味がない。自分の強みを、個性を無くしてどうする。貴様がその程度なわけがないだろっ……!)
だが、今の努は中途半端にもほどがある。先ほども小さい神台に目を凝らして立ち回りを見ていたが、なるほど確かに全ての役割をある程度こなせるような器用さはある。しかし努の真髄はそこではない。
今のステファニーをも生み出した、ヒーラーとして底知れぬ力量。それに、自分の障壁魔法に対するようなプライドも確かに感じていた。ヒーラーとしては誰にも負けないという自負と、それに違わぬ努力に実力。
もし努が本来の白魔導士一筋で努力を重ねれば、三年前以上に成長して今の環境にも付いてこられる予感がある。自分のように長く苦しい歳月などかけずとも、最短距離で無限の輪の一軍ヒーラーに返り咲くことは十分に可能ではないのか。
もし無限の輪が一軍の位置を落としたくないと言うのなら、自分たちが協力することもやぶさかではない。努を含め無限の輪には少なからずの恩がある。突然何も言わずに三年も消え失せたことも、直接話せば水に流して力を貸そう。
それなのに何故、周りに頼らず独りよがりにあれこれと手を出して可能性を潰してしまうのか。特に生産職なんてもってのほかだ、今更そんなことをしてどうするのだ。貴様のヒーラーに対する気持ちはその程度だったのか。
自分は二年、どんなに結果が出なくてもそれを握り締めて離さなかった。死んでも離さない気持ちすらあった。それは奇しくも同じだと、もしくはそれ以上なんじゃないかとすら思っていた。それなのに……。
「来週も空いてますし、一度クランハウスに訪ねてみましょうよ」
「知るかっ。俺は死んでも行かん! 半端者に構ってる暇などない!」
「……はぁ」
相変わらず頑固な兄にスオウは諦めたようにため息をつく。
だがこの頑なな頑固さがなければ、神のダンジョン内で障壁魔法が使えるようにはならなかっただろう。もし兄がいなければ自分は障壁魔法には早々に見切りをつけて、未だに中堅どころの探索者でもしていたに違いない。頑固な兄が単独で突破口を開いてくれたからこそ、自分は美味しいところだけ頂いて障壁魔法を使えている。
「……待つしかないかなぁ」
兄から聞かされた話では、どうもクランリーダー交代を機に、アルドレットクロウ工房が画策を巡らせて努個人を本格的に潰そうとしている動きがあるようだ。暇がない癖によくもまぁ父上に頭を下げて貴族の伝手まで使って調べているものだと思う。
ただそういったことを追求して無理に動かそうとしても余計に悪化するだけなので、努が思い通りに動かずぷりぷり怒っている兄は放置するしかない。ただその点に関しては努も似たようなものだと思っていただけに、スオウは彼がヒーラーとして再び本格的な活動をしないことは少し意外だった。
ただもしかしたら、興味本位で始めた刻印が思いのほかアルドレットクロウ工房に目をつけられ、障壁魔法を馬鹿にされていた兄のようになってしまったことも考えられる。それならもう二人は膠着状態だ。どちらも譲らずに反発し合うだろう。
「どっちもどっちじゃないといいけれど」
「何がだ」
「何でもないよ」
「何でもなくはないだろ」
上から目線な妹の発言が癪に障ったのかスミスは突っかかったが、スオウは澄ました顔で障壁魔法を展開して接触を完全にシャットダウンしていた。それから二人の間で何分か障壁魔法による小さな小競り合いが繰り広げられた。
それにしても、生産職勢さすがに