第476話 ヒモキャリー

 

「あ、あいつ。本当に何もしやがらないのです……」


 砂に埋もれた地魔石を仕事終わりの農民のように汗を流しながら拾っていたユニスは、悠々自適に宙を浮いて手伝う気配もない努を見て信じられないとでも言いたげに目を見開いている。

 PTの方針を最速での階層更新に切り変えてからは、モンスターがいるいないにかかわらず黒門まで最短距離で突っ切ることになった。そうすればモンスターの群れを避けるために迂回することなく進めるので探索時間は大幅に減るが、その分振り切れなかった大量のモンスターとの戦闘時間は増える。

 それに黒門前にモンスターがいては扉が開かず先に進めなくなる仕様があるため、引き連れたモンスターは必ず殲滅しなければならない。そのため黒門最短突っ走りの強行軍をするには戦闘に余程の自信がないPTしかできないが、クロアたちの実力は装備階層よりもずっと高い。

 なので強行軍を行える実力こそあったが、以前よりも忙しなく余裕のない立ち回りを強いられることとなった。それに加えて努は索敵や戦闘は勿論、魔石や刻印油の回収作業にすら加わることなく付いてくるだけになったので、実質的には四人PTのようなものである。

 正確にはバリアで作った作業台でダンジョン産の衣服を中心に刻印装備を量産しているのだが、遠目から見ればサボっているようにしか見えなかった。神台から見れば余計にそう見えるだろう。


「あそこまで割り切れる人も中々見ませんね。普通は神の眼を気にして何かと手伝っちゃうもんですけど……」


 その近くでスポイトを使い刻印油の回収をしていたクロアは苦笑いしながら、刻印刻印とぶつぶつ呟きながら付いてくるだけのお荷物と化した努を逆に感心でもするように眺めていた。

 アイドルの中でも実力派だったクロアは、事務所からのお願いで新人をキャリーすることも珍しくなかった。そんな彼女の経験則からしても、神の眼がある中であそこまで探索をサボれる人物は見たことがない。


「あれはあれでどうなのです? 確かに探索速度は上がったのですが……この先本当に大丈夫なのですか? あいつ」
「この前も話しましたけど、キャリーされて到達階層だけ上げてもその人の実力は据え置きなので、その後の探索では役立たずになるのが大半です」
「本当に刻印だけでカバーできるのです? そんなに強力ならそもそも、アルドレット工房がとっくの昔にやってるはずなのです。つまりはそれが出来ない何かしらの要因があるはずなのですよ」
「……それをツトムさんに言ったんですか?」
「ですです。でも!! そうしたら鼻で笑われたのです!! せっかくこっちが心配してやってるのに!! どういう了見なのです!?」
(何か、動物? みたいな可愛さなんだよなー。不思議とあざとさがない。エイミーさんが楽しそうに弄り回してる気持ちも少しわかるかも)


 ぷりぷりと怒った様子で地団駄を踏んでいる彼女を見て、クロアはそんなことを思いながら戦闘終わりの回収作業を雑に終える。


「そろそろ行きましょうか」
「……もう少しだけ」
「はい駄目ですよー。さっさと行きましょー」
「わ、わかったから離すのです」
「もう回収作業終わって大丈夫ですー! 先行きましょー!」


 回収する時間も惜しいので珍しい魔石や刻印油以外は砂漠に捨て置いている中、名残惜しそうに魔石を拾おうとしたユニスをクロアは米俵でも担ぐようにして黒門へと向かう。


「師匠、実はあたしよりも馬鹿説はないっすか? 最近他の人に聞いてもわけがわからないって言われてばっかだし、あと新聞とかでも。あれってちゃんと頭の良い人が書いてるっすよね?」


 回収作業の終わりを告げられて最後に質の良い土色の地魔石をポーチ型のマジックバッグにしまったハンナは、黒門に入るのだけは早い努を見ながら隣にいるエイミーに話す。するとしゃがんで水筒の水を飲んでいた彼女は白い尻尾を揺らめかせる。


「考えてなくてもたまたま上手くいった人と、考えてちゃんと上手くいかせる人は違うんじゃない? まぁ、そこまで突き抜けられるなら逆に凄いと思うけどにゃー」
「……なるほどっす?」
「ドンマイ♪」
「あ、やっぱあたしのこと馬鹿にしてたっすよね!? そんな感じがしたっす!」


 エイミーから慰められるように肩をぽんぽんと叩かれたハンナは、ハッと気付いたようにその手を振り払う。


「でも実際のところ、わたしがツトムに期待しすぎてるってこともあるかもね~。ツトムだって失敗しないわけじゃないんだし、他の人の意見も間違ってるわけじゃないと思うよ」
「そうっすよ! あとガルムもっすね! ……ツトムなら問題ないしか言わなくなった時は、ゼノとかコリナから残念な人を見る感じで見られてたっすよ」
「ならわたしもそんな感じで見られてたのかな? あれと同じ扱いは止めてよね~」


 嫌そうに落ちていた魔石を蹴り飛ばしながら黒門に小走りで向かうエイミーに、ハンナはやいのやいの言いながら付いていった。


 ――▽▽――


「今日は随分と方針を変えたな。明日からもこのまま続ける気か?」
「まぁね。そろそろ百番台にも映るだろうし、警護はよろしく頼むぞ~」
「止めろ」


 そう言って応援でもするように肩を揉んでくる努をこそばゆそうに払ったガルムは、元気そうな彼の後ろでクタクタな様子のPTメンバーを一瞥する。

 ガルムはランダムに映し出される小さな神台を見回って、努たちが階層を次々と進んでいく様を視聴していた。そして休む間もなく120階層主の攻略へと進み、一時間も経たぬうちに突破したのを最後に帰ってきていた。


「ガルム、見ていたのです?」
「あぁ」


 するとユニスはへたっていた金色の尻尾を警戒でもするように立て、呑気に神台を見ている努をビシッと指差した。


「なら少しはこいつを叱ったらどうなのです!? 階層主戦ですら見向きもしなかったのですよ、こいつ!! 120階層の割には強かったのに!! あと休憩短いし水しか寄こさないのはどうなのです? 何もしないならせめてお茶とかお菓子くらい準備してくるのです!」
「そういう方針なのだろう?」
「それならそれなりの態度というものがあるのです!! こんな調子で早く探索終わっちゃってこの先大丈夫なのです!? あのアルドレット工房に目を付けられてるのに!!」
「……ふむ、その辺りの考えは私も詳しく聞いておきたいところでもあるが、ツトムなら既に自身で対策を進めているだろう。私たちが聞くまでもない」
「…………」


 さして気にしていないように見えるガルムを見たユニスは、駄目だこいつもエイミーと同じタチかと言わんばかりに空を仰いだ。そんな彼女の大袈裟なリアクションを見てクロアはくすくすと笑っていたが、ふと気になった顔で神台を見ていた努の肩をちょんちょんと叩いた。


「そういえば無限の輪の探索時間って、他のクランに比べても時間短いし時間帯も微妙ですよね。せめて午後からにしてずらす分、夜の時間を伸ばすとかはしないんですか?」
「勿論、スポンサーとかで食っていくならそれもありだけどね。ただ結局一番台取っちゃえば視聴者は増えるし、規則正しく探索して健康的に階層伸ばした方が逆に効率いいと思うんだよね」
「もし私がそれ言ったら、机上の空論って迷宮マニアからけなされまくりますよ?」
「曜日とか時間帯気にして潜る戦略も悪くないとは思うけどね。現にクロアはそこまで強くなってるわけだし」
「……私もエイミーさんみたいに、歌って戦えるアイドルになりたいですから」


 しかし現実はそうもいかない。今や事務所に所属して団体を組まなければアイドル売りができる状況ではないし、大きい組織に所属することのメリットはある分デメリットもある。そしてエイミーのようにアイドルとしての華もありながら探索者として活躍できる者など、三年経った今でも現れていない。

 そんな現実を嫌というほど見てきた彼女からすれば一番台を取るなど言うのもおこがましいし、何なら滑稽にすら感じてしまう。

 その諦観しているような雰囲気がクロアの言葉から伝わったのか、努は思いついたように一番台を指差した。


「なんか最近はエイミーとPT組めただけでもう満足って顔してましたし、新しい目標として一番台に映るっていうのはどうですか?」
「は、はぁ……。一番台ですかぁ。そりゃあ、映れたら、凄いですけどねぇー」
「でもエイミーみたいなアイドルになりたいんだったら、いずれは映るようになりますよね? それこそ初めは人の少ない曜日と時間帯を絞ってとか、やりようはありそうですけど。エイミーも最初は小賢しい手を使ってたみたいですし」
「誰が小賢しいじゃい! 立派な戦略だよ、戦略!」


 そんな二人の近くでちゃっかり話を聞いていたエイミーは努を爪でぷすぷすと突いた後、くるっとクロアの方に振り返る。


「まー、確かに。ツトムって簡単そうに一番台とか言うから胡散臭いよねぇー。実際はそんなに簡単なものじゃないし、クロアちゃんの思ってる気持ちも何となくわかるよ」
「そ、そうですね。勿論、ツトムさんは本当に一番台取ってますから嘘ついてるわけじゃないんですけど、ちょっと私は付いていけないというか」
「うんうん、わかる。わかるよクロアちゃん……」


 何やらしみじみと目を瞑り思い出を噛み締めているエイミーを横目に、努はピンと来ていない顔のままクロアを一瞥する。


「まぁ、実力は足りてるんで。前のコリナみたいなものですよ」
「……?」


 そう言って説得を諦めたのか神台に視線を戻して何も言わなくなった努を前に、クロアは消化不良でも起こしたようにもにょもにょとした顔のまま取り敢えずユニスを弄りにいった。

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