第479話 刻印無双したーい!!

 

「古参の探索者たちが出払っていて良かったのですね」
「……何で?」


 そう呟くユニスに努は刻印しながら目もくれなかったものの、少しは悪いと思ってはいるのか売り言葉の一言は返した。すると案の定彼女は黄金色の尻尾をはち切れんばかりに膨らませ、買い言葉を叫ぶ。


「お前が探索というものを舐め腐ってるからです! これで孤高階層詰まったら承知しやがらないですよ!」


 無限湧きするミイラの雑魚敵に、ツタンカーメンのような仮面をした古い包帯で体中を巻いている巨人。それが130階層主だった。

 ただのミイラから顔だけ犬や猫の姿形をしている守護者などの雑魚敵は単純に戦闘を仕掛けてくる他、放置すると階層主に中々ぶっ壊れな刻印を施したりもするのでとにかく手数が必要となる。しかしここでも相変わらず努は刻印していたので、実質四人PTのため単純に雑魚敵を倒す手数が不足した。


「後半は50レベル相当の刻印するもんだから、思わず学びにいっちゃったんだよね。雑魚敵も手伝っての合体技みたいな感じだったし」
「レベル上げの間違いなのです」
「おかげで上がったよ、1」
「やかましいのです!」


 わざとらしく一本指を立てる努を小動物のように威嚇してくるユニスの後ろで、ハンナと共にドロップした極大魔石を眺めていたエイミーは二人の話を聞いて困ったように白眉を八の字に曲げた。


「ミイラ取りがミイラになってるの、初めて見たかも」
「……そもそもミイラって実際に発見されてるの?」
「昔に蘇生魔法の発展を信じた王族たちがこぞってミイラになってたって聞くよ? 今でも王族のミイラ探してる人もいるらしいし」
「そうなんだ。考えることは意外と同じなのかもね」
「包帯巻こっか?」
「せめて新品にしてくれない?」
「刻印付きだよ?」
「自分で刻むんで」


 階層主に刻印を施す守護者は普通に強く反撃もしてくるので倒すのに多少苦労するものの、最後に刻印油を壺から注いで刻印を成立させるミイラは脆い。なのでそいつを狙って妨害して刻印を成立させなければいいだけだとクロアは言っていたが、その雑魚敵の代わりに努が刻印油を注いでいた。

 刻印油を注ぐだけで経験値がもらえるのなら手間が省けて助かる。とはいえ恐らく130階層でのレベリング想定としては30から、頑張っても45レベルほどだろう。最後に階層主が包帯を外した際に見える体中に刻み込まれた刻印だけはレベル50相当だったが、雑魚敵がせっせと刻んでくれるのは30から40前後だった


(ユニスのレベル帯ならPTに協力してもらえば割と効率的にレベリングできそうだけど、協力必須はキツイな。結局40から先のレベル上げはダルいし)


 130階層主をひたすら刻印で強化しつつ確定ドロップする刻印油を使っていけば、20から40レベルまでは割と早く上げられそうではある。ただPTを組まなければいけない割にはうま味が刻印士一人にしかないのは微妙なところだ。


(孤高階層に救済措置あればいいんだけど、情報見た感じではなさげ。でも神台なくて開拓されてない分、直接調べれば刻印士関連の発見はワンチャンって感じかな。もしくはアルドレット工房が既に発見して秘蔵でもしてるか)


 孤高階層は階層主戦である135階層以外は神台で見ることも出来ないので、その構造は主に探索者同士の口頭で伝えられている。探索者の中には文字の読み書きがあまりできない者も珍しくないからだ。

 ただ無限の輪ではあのハンナですら多少の読み書きならできるため、孤高階層については各々のメモ書きを元にオーリが文章をまとめて本の形式で残していた。それはクランハウスであらかた目を通しているが、そこには刻印士の視点がない。

 特に140階層にて刻印装備を納品して突破する場所に関しては努も注目していた。その条件としては自身の手で開けた宝箱からドロップした装備に、40レベル相当の刻印が施されている必要がある。

 孤高階層は変則的なので実質的には135階層が目玉とされているが、140階層にも何かあるのではと努は睨んでいる。ただレベル上限開放などのイベントはないようなので、努としてもあまりピンとくるような予測はできていない。


「……あまり褒められるような突破の仕方ではないが、おめでとう」
「ガルムに皮肉られるくらいには酷かったんだ。僕視点はそこまで大変そうじゃなかったけど」
「もっとガツンと言ってやるのですよ! 甘やかすとどんどん付け上がるのです!」


 130階層からギルドに帰還すると、若干の呆れ顔なガルムからそう窘められた。それでもどこ吹く風な努を見てユニスはガルムの大きな背中を催促するように叩く。

 そんな中こちらをうっすらと横目で窺っていた受付嬢に努が視線を向けると、彼女は目が合ったことを喜ぶようにとびきりの笑顔を返してきた。それに降参でもするように努は苦笑いしながら視線を逸らす。


「ギルドも一枚岩じゃないみたいだね」
「……あぁ。嘆かわしいことにな。あれも見ない顔だ。アルドレット工房の息がかかっていてもおかしくはない」


 そう言ってガルムも新人の受付嬢をじろりと睨んでみたものの、顔を赤くして感激している様子の彼女を責める気にはなれなかったのか同じくそそくさと視線を戻した。


「もしかしたらあの人、ガルムのことが好きなだけかもしれない。ステータスカードの更新あそこでしようか」
「血迷ったか?」
「凄い! 刻印士のレベル54なんて初めて見ました! なんて言ってくれそうだし」
「……言っていいのか?」
「いいんじゃない? それに一ヶ月近く一人でしこしこレベル上げてたんだし、少しくらいは良い目も合ってもいいでしょ。凄い装備いきなりプレゼントして喜ばれたーい!」
「少し黙るといいぞ」


 そもそもギルドに潜る時には必ずステータスカードの確認はされるので、もしギルドにアルドレット工房派閥の者がいるなら盗み見ることはできるだろう。それにレベルを隠すつもりは毛頭ないので肩で風を切りながら受付嬢のところにいってもいいのだが、にべもなくガルムにそう返された努は大人しく黙った。


「二人共、ちょっと頼みたいことがあるんだけど」
「?」


 そうこう話しているうちに何故かユニスとハンナに保護者みたいなクロアが受付嬢に難癖をつけ始めた姿を眺めた後、努は同じくその状況を静観していたエイミーとガルムに手招きした。


 ――▽▽――


「模擬戦ねぇー。135階層に向けて?」


 草原階層でウォームアップに逆立ちしながら喋っているエイミーに、努はマジックバッグから複数の杖を出しては見比べながら答える。


「出来るだけそうならないよう善処はするけど、対策はしておかないといけないしね。絶対に探索者同士の戦闘が起きないなんてことはないわけだし」


 135階層では実質的にゲームと同じようにランダムで野良PTを組まされるため、アルドレット工房はオルファンを筆頭に多数の探索者たちを抱えて自分が潜るタイミングで動かしてくるだろう。その結果アルドレット工房陣営の探索者四人とPTを組まされてしまっては、135階層の突破は非常に厳しくなる。

 そうならないためにも努も自分の陣営になる探索者たちを増やさなければいけない。そのためにまず刻印士のレベルを50以上に上げ、中堅探索者たちがどん詰まりを起こしている141階層から150階層主の対策装備を作り上げていた。

 そしてそれは先ほどカミーユを通してギルドの探索組に寄付されたので、早ければ数日で成果を出して注目を集めてくれるだろう。実力自体は既に格上のモンスター相手に鍛えられているのだから、初期で覚えるような最低限の刻印装備から適正装備に着替えるだけで相当楽になる。


(そもそも勢力争いに関心のない中堅上位をどれだけ引っ張れるかの勝負。ここで大差をつけなきゃ話にならない)


 普段から素材の卸売から流通までアルドレット工房に世話になっている生産職たち。その者たちから装備を調達している探索者は多いが、アルドレット工房自体と直接繋がっている者は少ない。ただ普段から顔を合わせている生産職から頼まれてアルドレット工房側に協力する探索者は多いので、現時点では周りの探索者全てが敵に見えるといっても過言ではない。

 しかし中堅の中でも上位な者ほどクランとして独立しているため、アルドレット工房にも自分にもさして関心を寄せてもいない。関心があるのはどちらに属する方が利益を得られるかのみ。そんな者たちをいかに味方づけるかが鍵だ。そしてその者たちが今何を欲しているかは、ライブダンジョンでの環境変化に適応してきた努なら手に取るようにわかる。


(主力メンバーがいないシルバービーストがアテになるかも微妙なとことだしな。自前で用意できるに越したことはない)


 人数だけでいうなら孤高階層に潜れる者が何十人といるシルバービーストが味方陣営にいるのは心強いが、努自身は上位メンバー以外と交流はない。ミシルから協力してやってくれと頼まれてはいるものの直接喋ったこともない奴の陣営と、元々は自分たちと同じ境遇だったオルファン陣営。いざという時どちらに味方するのかと言われると、あまり期待もできない。

 それにどれだけ自分の陣営と組める確率を上げたところで、最終的にはPT選出の運ゲーだ。意外と対策しなくてもエイミー、ガルム、クロア、ハンナと組めるかもしれないし、その逆も然りだ。


「やっぱり、ツトムは模擬戦やる気ないよねー。適当に流してる感じ」
「……筋は悪くないが、決め手に欠けるのは確かだな」
「ですよねー」


 そのため対人戦の対策は必須なので、ガルムとエイミーを相手に草原階層で模擬戦をしていた。そして模擬戦が終わった後に二人からそう指摘された努は、納得と言わんばかりにため息をつく。

 少なくとも日本に帰った後の三年間はチームでの対人戦ゲームをしていたので、ガルムとエイミーを相手取る思考自体は立てられるし、進化ジョブによるステータス変化に模擬戦をこなしていた下地もあって勝負にはなる。仮に135階層で運悪く一対四になったとしても、何とか凌ぐことも可能ではある。

 だが人相手にスキルを放つということは、努にとってかなり抵抗のある行為だった。銃で的を撃つのは心理的に容易だが、人を容赦なく撃てる者など中々いない。

 とはいえ光の粒子になるとはいえ二足歩行のモンスターを相手にすることも初めは抵抗があったとはいえすぐ克服できているので、一般人よりかは僅かに抵抗は少ない。模擬戦も無限の輪の中では多少やっていたので鍔競り合う勝負くらいはできる。ただ相手を戦闘不能にするような大怪我を負わせたことはないし、だからこそ努は昔から今まで無限の輪最弱の名を欲しいままにしてきた。


「ま、それもいずれは解決するしいいんじゃない? 一回ボコボコにされればツトムも吹っ切れるでしょ。……ほら、あのー」
「何だよ」
「ディニちゃんにさ、足撃たれた時みたいにさ? ……あー、でもあの時ですらツトム、反撃はしてないんだっけ。それも逆に怖かったけど」
「実際、運悪くオルファンと同じPTにでもなったら普通に拷問じみたことはされそうだしね。味方面してる狸の恨みも代わりに晴らしてくるだろうし。……そうなったら腕すっ飛ばすようなスキルを人相手には打てませんとはならなそうだけど」


 いざという時になったら自分はやれる。やれない奴の典型例みたいなお気持ち表明だ。ただ人間相手に攻撃するくらいならば大人しく拷問を受け入れるなんて器の広さが、自分にはないことは誰よりも理解している。指をハサミで切るか、切られるか。地獄のような選択肢ではあるが、切る方を選ぶとは思う。


「先に荒療治するのもいいけどね~。わたしが憎まれ役になってあげてもいいんだよ?」
「嫌いになりたいわけじゃないし、無理しなくていいよ。ガルムもね」
「……ここで対人戦の耐性を無理やりにでもつけさせておくのも、優しさだとは思うのだがな」
「いっそディニエルがいてくれたら良かったのかもしれないね。まぁ、実際いてもやらないだろうけど」


 最悪を想定しての対策として二人に傷つけられるならまだ許せる余地はあるのかもしれないが、絶対に大丈夫なんて自信もない。その時にならなければどうしようもないと、努は腹をくくった。

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