第484話 精神の自傷
小さな巨人のような見かけをしたジャガーノート・ミニに頭を踏み潰され、粒子となって消えていくモイの姿。それを努は既に精神だけは自殺を済ませているような目で見送った。
その後はロイドに買収されていた二人が積極的にタンクをしてくれたこともあり、七色の杖と威力増幅の刻印を利用した防御無視の攻撃を好きに打つことができた。
それに同じような刻印を施している装備をしていたロイドが黒魔導士のアタッカーとして協力してくれた甲斐もあってか、特に苦戦することもなく迅速にジャガノミニを討伐することに成功していた。
「お疲れ様」
「ご協力どうも」
ロイドの労りに何の感慨もなさそうな返事をした努だったが、かといって気が立っている様子もなく自分から感謝を込めて手を差し出した。そんな努に彼は意外そうに口を少しポカンと開けていたが、すぐ握手に応じた。
「それじゃあ、お先に失礼しますね。ギルドで色々手続きしなきゃいけないんで」
そうロイドに言い残して離れると努は帰還の黒門に入った。そしてギルドの黒門から出てきてすぐ受付に向かおうとしたところで、突然後ろから手を取られた。
ギルドの黒門には不正利用されないために門番が配置されているので、その相手が不審者というわけではないだろう。だがそれでも努は反射的にその手を払いのけて素早く距離を取った。
「……大丈夫か?」
「……あぁ、すみません」
心配そうな目で覗き込むようにこちらを見ていたカミーユに、努の強張っていた表情は少し和らいだ。
「納品した装備は手筈通り配ってもらって大丈夫です。それと――」
「そうじゃない。君が大丈夫かと、聞いてるんだ」
「……公衆の面前でよくそんな台詞言えますね?」
少し茶化してみても一切引く気のなさそうなカミーユを前に、努は困ったように首を傾げながら一先ず黒門前から離れようと目線で提案した。それに彼女は応じたものの囚人でも監視するような雰囲気で後ろを付いてくる。
「他の人は帰ってきましたか?」
「いや、まだだ」
「へぇ。ハンナ辺りは早いと思いましたけど」
「戦闘が少し長引いていたからな。結局はハンナの圧勝だったが」
「でしょうね。山籠もりで修行してたような人に勝てるわけないのに、よくやりますね」
「ここでいいだろう」
神台が見やすい場所に行こうとしたところでカミーユに腕を掴まれ、あまり人気がない外れのベンチに座らされる。何だか学生の頃に先生から説教される前のような空気感がおかしくて、努は少しへらへらしていた。
「……感情を押し殺している故の笑顔、というわけでもなさそうだな」
「いや、別に神のダンジョン外で人を間接的に殺したわけじゃないですし、大丈夫ですよ。……大丈夫ですよね? 実はモイが帰ってきていないとか」
「それなら今頃大騒ぎになっている。彼女は普通に黒門から帰ってきたし、ツトムが神の怒りに触れたわけでもない」
「それならいいじゃないですか」
「それならいいという顔を、神台に映っていたツトムはしていなかったぞ。自覚がないのか?」
モイとの戦闘中に攻撃スキルを放って足を消し飛ばした時、誰がどう見ても努は戦いたくないという表情を浮かべていた。それは別に付き合いが長いから分かったわけではない。他のギルド員も努が辛そうにしているのは気付いていたし、オルファンですら同様だった。
「……正直私は、ツトムが死にたくない一心だけだと思っていた。だがその裏には誰も傷つけたくないという気持ちもあったのではないか? ……その優しさを、私は気づけなかった。それどころかそれに付け込むような提案までした」
「もし僕が本当に優しかったなら、モイに手柄を上げさせてましたよ」
「そんなことをしたところで、仮初めの名声があの子の実力を上回ってしまうだけだ。収める器もないのに突然大きな力を持ってしまったものは、それを持て余して破滅するしかない」
「おとぎ話でよく聞きそうなやつですね」
何てことなさげに答える努に、カミーユは悲しげに眉を曲げて彼の頭にそっと触れる。
「……確かに、今回は私が心配しすぎただけかもしれない」
「そうですよ。手、どけてくれます?」
「酷い言い草だな」
そして苦笑いしながら頭を撫でるのを止めたカミーユに、努はうんざりしたようにため息をつく。
「確かに人に向かって攻撃スキル放って怪我させるのは僕のやりたくないことでしたけど、探索者をやっていく中でしょうがないことでもあります。中々上がりにくくなったレベルを上げるために一日中モンスター狩るようなものですよ。凄いダルくて嫌ですけど、目的のためならそれも妥協してやらなきゃいけない」
「そうか。うん、そう捉えるのはいいかもしれないな」
「だからこそ、それを僕に強制してきたアルドレット工房にはツケを払ってもらいます。まぁ、以前のソリット社と同じような感じですね。独占していた利益を削りに削って、歳だけ重ねてるような職人たちは一日中刻印しなきゃいけないようにしてやりますよ。高い飯と女ばかりで暇そうですし」
「やる気がありそうで何よりだよ」
相変わらずこういう時だけ表情豊かになる努を前に、カミーユもにんまりと笑みを浮かべた。そして再び彼の頭に手を添える。
「今回は私の勘違いだったようだが、もしまた何かあった時は頼ってくれ。別に私じゃなくてもいい。ガルムやエイミーもそれを望んでいるだろうしな」
「機会があればそうしますよ」
「……今がその機会だとは思わないか?」
「しつこいですね。……そんなに神台から見たら酷い顔してたんですかね、僕は」
「あぁ」
そう断言された努は神台を見ながら複雑そうに表情を曇らせた。
「ガルムたちに見られなかったのは幸いですけど……今って写真機も増えてるし絶対撮られてますよね。明日記事が出たらガルムたちからも同じように詰められそう」
「良い機会じゃないか」
「外で殺したわけじゃないんですから、本当に人から慰められるほど落ち込んでないんですよ。転んでできた擦り傷にレイズでも撃たれてる気分です」
「大人になってからの擦り傷は痛いからな。いたいのいたいのとんでけー、をしてやるぞ?」
「アーミラにでも言ってあげたらどうですか」
明日も同じように過剰な心配をされるのかと思うと頭が痛くなりそうで、それを紛らわせてくれるカミーユの手に今だけは感謝した。
良くも悪くもゲームを楽しんでるだけだから、実際に人を切り裂くってなると戸惑うあたりライブダンジョンを正当に攻略してるのはツトムだけなのかもしれない