第493話 羽振りのいい鴨

 

「あれっすか。一匹だとよくいるモンスターって感じっすけど」


 148階層から時々出現するようになる様々な蟻系のモンスター。その中で最もポピュラーな兵隊蟻ソルジャーアントのはぐれ個体を見つけたハンナは、拍子抜けしたように呟く。

 金属のようにつるりとした光沢感のある頭にくの字の触覚。それをダウジングマシンのように動かしてハンナを認識した数匹の兵隊蟻は、土煙を上げる勢いで六本足を動かし突撃してくる。


(防衛軍にでもなった気分だな。中学の時にやっただけだけど)


 派手にロケットランチャーでもぶっ放して巨大な蟻たちを死骸ごと打ち上げたいところだが、生憎そんな近代兵器はない。それに巣の中ではそこまで派手な魔法は撃てないし、兵隊蟻などの大きさもあそこまで絶望的ではない。

 しかしフェンリルの親くらいの大きさはあるので、努からすればもはや虫というより巨大な機械のように見えた。そんな兵隊蟻をハンナは正面から迎え撃つ。


「ほっ」


 軽自動車ほどある質量での純粋な体当たり。それをハンナは水の魔力を纏わせた拳で横に受け流して転ばせた。

 態勢を崩した兵隊蟻の位置に合わせて飛んでいたクロアが上から大槌を叩き付けると、鉄でも叩いたような甲高い音が響く。しかし先端だけ鋭利な形状をした槌での殴打は兵隊蟻の甲殻を貫き通し、頭がひしゃげるとすぐに光の粒子が漏れ出して動かなくなった。


「まぁ、虫系統のモンスターって大体そうだよね」


 その間に兵隊蟻の背中に飛び乗り触覚を狙って斬っていたエイミーは、まるで酔い潰れたようにふらふらとした足取りになった個体を見て経験則が通じることを確認していた。その後無邪気な子供にでも解体されるように兵隊蟻は切り刻まれた。


「うーん。実際はこれより少しちっちゃいっすよね?」
「兵隊蟻に関してはそうだね」
「問題は数っすね。中魔石以上は使えないみたいっすから、あんな数で押し切られるとしんどいっす」


 一個体だけで見れば深淵階層ではむしろ弱いくらいのものだが、少し遠くには真っ黒な川が流れていると錯覚するほどの群れで構成された兵隊蟻が見えている。それは探索者だけでなく深淵階層のモンスターすら単純な数の暴力で付け狙い、個体でいえば最強格である黒鎌だろうが殺す勢いだ。

 たとえ数千匹黒鎌に殺されようが粒子化途中の仲間の死骸を踏み潰し、一匹でも喰いつかんと迫る。そして一度でも喰いつかれて態勢を崩してしまえば兵隊蟻はゾンビさながらに群がっていき、後に残った闇魔石を担いで川のように流れる群れに戻っていく。

 148階層では空から黒い川を安全に眺めることができるが、149階層では遠距離攻撃を持つ呪蟻カースアントに羽のついた兵隊蟻の個体も出張ってくるので呑気に見学もできない。


「巣部屋の構造によって頑丈なところもあるからそこで迎え撃つ感じかな。まぁそこの判断はエイミーに任せてるから、ハンナは持たされてる分で頑張ればいいよ」
「……別に小魔石だけでも多少は魔力溜めれるっすから、そこそこの大技は撃てるんすけどね」
「巣が崩壊したら皆生き埋めで全ロストだよ。そしたら問答無用で教会服着てもらうからな」
「それはマジで嫌っすよ。あの素材だと蒸れてしょうがないっすから」
「…………」
「……?」


 一人だけ特注の緩めなワンピースのような服装をしているハンナの言葉にエイミーは白けた目で彼女の大きな胸を見下ろして、大分厚着なユニスは真意がわからなかったのか狐耳を曲げている。


「刻印装備が高騰してる今じゃロストの損害も前より大きいから、ノリでぶっ放すのだけは止めてくれよ」
「わかってるっすよ。でも結局あの数がなだれ込んで来ても全滅っすよね? 魔石の受け渡しでもたもたしてても厳しそうっすけど」
「そういう判断は今回エイミーに任せるつもりだから、僕たちは黙って言うこと聞いて火力出しとけばいいんだよ」
「ういーっす」
「……こういうのって普通はヒーラーがしてくれるんだけどなー」


 そういったPT全体の指示出しについては、基本的に後衛かつ支援回復の役割であるヒーラーが受け持つことが多い。なのでエイミーが嫌みったらしい口調で呟くと、ユニスもまたわざとらしくため息をつく。


「どうせ暇なんだから黙ってやるのですよ」
「うわー開き直りー。刻印士としても白魔導士としてもツトムにサポートしてもらっていいご身分だねー?」
「久々にアイドル扱いされて浮かれ気味の奴に言われたくねぇのです。クロアに散々持ち上げられてよかったのですねー?」


 プロレスじみた口論を繰り広げる二人を見ているクロアは、ただそれを黙って味わうような顔をしている。


「仲良いっすね」
「そりゃあ、二年近く帝都にいたみたいだし?」
「あたしは二年山籠もりっすよ」
「僕も帰ってる間は結構山登ってたよ」
「……なんか、山登りと一緒にされるのはムカつくっすけど?」
「僕も三年かけて築いた資産をまんまとカモられてたことにムカついてるけど?」
「おー。なんかこれ、あたしたちも仲良いっぽいっすね!」


 エイミーとユニス同様に歯に衣着せぬ物言いが出来る仲だと主張するハンナを、努は残念な子を見るような目で一瞥する。


「だといいね」
「……はいはい。師匠は素直じゃないっすね、全く」
「そもそも勝手に弟子面してきていつまでも師匠師匠って呼んでくる……24歳? の女って怖いよね」
「23っす!!」
「そっすか」


 ――▽▽――


 いくつかのダンジョンを回ってモンスターの間引きを済ませた最前線組たちは、何年も通っている馴染みのある街場で休養を取っていた。


「勝てるわけがない勝負に挑む理由がわからない」
「馬鹿だからじゃないですか?」


 そして毎度のように目の色を変えてカジノに足を運んでは馬鹿みたいに資金を溶かしているクランメンバーの男性諸君に、ディニエルは心底理解できないような顔で呟く。そんな彼女と食事を共にしていたステファニーはにべもなくそう言った。


「ですがあの馬鹿たちのおかげでこの街も随分と潤っているみたいですし、いいのではありませんか? 迷宮都市の探索者なら破産まではしないでしょうし、その分いい思いもしたと思い込めているのなら」 


 その潤いのおかげでカジノ内の施設は非常に整っている。食事処には専属のシェフが常駐しているし、風呂場も驚くほど広くスパまで充実していた。それらを無料で堪能できるのは金を落とす馬鹿たちのおかげでもある。


「……それにしても、よく食べますわね。おかわりをお願いできますか?」
「畏まりました」
「…………」
「すみません」


 そんな二人の食事に同席していたコリナは、話に花を咲かせる暇もなく出来立てもちもちのパンをぱくぱく食べていた。その傍にいたリーレイアは軽く謝りながら店員からバスケットを受け取る。


「相変わらずの食い意地」
「……それにしてもディニエルは何故ここに? こういったところは嫌いそうですが」


 リーレイアの問いかけに彼女はひっそりと目を閉じる。


「賭け事には興味ないけど、半年前にスパが新設されたっていうから。確認」
「エルフって美容に興味なさそうですが」
「森で暮らしてるエルフにならその認識は正しい。私はエイミーの付き合いで何度かそういうところにも行ってたから、少し興味がある」
「あぁ、なるほど」
「お土産も要求されてるし」


 エイミーが迷宮都市に帰ってきた際にこの街について話した時、ディニエルはこのスパの偵察と収集を任されていた。その戦利品である石鹸や化粧水を見せてきた彼女を見てリーレイアは納得した。


「ガルムはお留守番で可哀想、でもなさそう。金と女で息抜きできるわけでもなさそうだし」
「あの人はツトムとワイン会してた時が一番楽しそうでしたね。それにダリルのこともありますから」
「ふーん。……相変わらず刻印士なんてしてるの? あれは」


 途端に軽蔑するように目を細めてそう言ってきたディニエルに、リーレイアは苦笑いを零す。


「そうですね。私としてもいっそのことヒーラーに絞って一軍に入ってしまえばいいと思っていたのですが」
「確かに今は半端者が随分と多いですからね。ツトム様ならそんな有象無象を抜き返すことも出来たでしょう。それに元からアタッカーとしての一面も垣間見えていましたし、進化ジョブも使いこなせるでしょうから」
「なるほど。全く同じ考えというわけではないですが、わかる気がします。なので私も進言したのですが……」


 ステファニーの考えに多少共感できるところもあったリーレイアが感心したように息をつくと、ディニエルは不可解そうに眉を顰める。


「……そこまでわかっているのに何故それをさせなかった? 力づくでもさせるべきだった」
「確かにツトムは一見力づくに弱そうですが、それでも意思は曲げませんよ。それは貴女が一番理解してるはずでは?」
「知らない」
「あ、でもツトムさん。私たちが帰ってくる間に追い抜いておくって言ってたような……」


 おかわりのバスケットに入ったパンも空っぽにしたコリナが思い出したように呟くと、ステファニーは爛々らんらんと桃色の瞳を輝かせた。


「まぁ、それは楽しみですわね。ツトム様にはもう天空階層まで攻略するビジョンが見えているのでしょうか」
「希望的観測」
「流石に冗談でしょう。ただゼノから聞いた話ではツトムは刻印士として大成するそうですし、そう遠くはない未来なのかもしれませんね」
わたくしとしては大歓迎ですわ。のんびりぬるま湯に浸かるのもいいですが、そればかりでは飽きてしまいます。たまには倒れるくらい暑いサウナにでも入りたいですわ」
「初期の150階層ぐらいの環境が丁度よかった気もしますね。ディニエルもあの頃が一番ギラついてましたし」
「ふふ、ツトム様が帰ってきてからはそのギラつきを取り戻しつつありますよ?」


 そんな神のダンジョン談議に花を咲かせていると、頼んでいたコース料理が続々と運ばれてきた。


「高いお金の味がしますぅ」


 それに真っ先に手をつけたコリナの呟きを聞いたディニエルは、馬鹿どもが吸い込まれていくカジノの入り口を見やった。

 コメント
  • 匿名 より: 2021/12/01(水) 6:14 AM

    年齢と知性と作法は当てはまらない
    わざとらしくバカキャラに知性の役割は

  • 匿名 より: 2021/12/01(水) 6:29 AM

    ぬ、そうか…三年の歳月は、ユニスを成長させる事は出来なかったのか。(何を)

  • 匿名 より: 2021/12/01(水) 6:31 AM

    バカンス組の反応は丁寧に見てみたい
    努の刻印を見下されるシーンがあれだけあったのだから見返すシーンも同じくらいないとね

  • 匿名 より: 2021/12/01(水) 6:32 AM

    自分も中学の時に地球防衛していた。
    なんか懐かしい。

  • 匿名 より: 2021/12/01(水) 7:37 AM

    ロリ巨乳とまだ呼んでいいのか

  • 匿名 より: 2021/12/01(水) 7:40 AM

    刻印装備で努自身どころか、探索者全体の攻略進度が上がってるとは思わないよなぁ
    ステファニーさん、努とダンジョン談義で一番盛り上がれるであろうスペックがあるのに本当に残念ww

  • 匿名 より: 2021/12/01(水) 7:55 AM

    本編2年ってコメちらほら見るけど半年に一回のスタンピードが2回しかなかったから本編1年くらいじゃないの?2年って何処から出てきたのか逆に気になる

  • 匿名 より: 2021/12/01(水) 8:48 AM

    努「帰ってくる前に追い抜いておきます(自分だけが追い抜くとは言ってない)」
    努が死ぬのを避けてる(今はマシになった)ことを知ってる元無限の輪なら、努パーティが攻略単独トップになることはないと想像できるはずだけど…
    あ、そもそも売り言葉に買い言葉の強がりだと思ってるのか

  • 匿名 より: 2021/12/01(水) 8:53 AM

    「ディニちゃん弓術士として頑張ったんだね!一流認定してあげるよ!まあ、超一流である僕には到底届かないんだけどね^ ^」
    「あと、人を見る目は三流以下かな?w」
    こんなかんじのを嫌味ったらしくねちっこく言って欲しい

  • 匿名 より: 2021/12/01(水) 8:56 AM

    本編「二人との別れ」
    > (元の世界でも二年経ってなきゃいいけど……。二年遅れの就活はしんどそうだぞ)

    となっているから

  • 匿名 より: 2021/12/01(水) 9:01 AM

    148,9階層のアリは、次階層のモンスお試し用かな?

  • 匿名 より: 2021/12/01(水) 9:13 AM

    > 匿名 より: 2021/12/01(水) 8:56 AM
    ありがとう、その後の話でも2年近く誰かと共同生活を送っていたってあるしそこだけの誤植ってわけでもないだろうから2年が正なのかな?

  • 匿名 より: 2021/12/01(水) 10:10 AM

    更新ありがとうございます!
    女子会メンバーが怖すぎてドカ食いゴリナさんが癒し枠に感じますww
    三年かけて築かれた環境がほんの1ヶ月程度でぶっ壊されてるとは普通考えられないでしょうね……
    そもそもライバルである他の探索者ごと一緒に追い付いてくるって発想ツトムじゃなきゃしないでしょうし

  • 匿名 より: 2021/12/01(水) 10:32 AM

    まだだ、まだ笑うんじゃない···(プックク

  • 匿名 より: 2021/12/01(水) 10:49 AM

    王都から戻って来たあとのスタンピードは「あるにはあったけど、特に大きな事件も起きず、物語的に不要だからあえて触れられていない」って可能性もあるな。
    まぁ、小説は論文や議事録じゃないからね。
    その辺は作者の匙加減なんだろうな。

  • 匿名 より: 2021/12/01(水) 11:04 AM

    もう笑ってるやんw

  • 匿名 より: 2021/12/01(水) 11:26 AM

    >匿名 より: 2021/12/01(水) 10:10 AM
    努からしたら、
    3年経っても基礎すらできてない環境を、突貫工事で組み立てた
    って認識だろうね
    「あいつら屋根も壁もない吹きさらしの家でなんで満足できてるんだ…?」

  • 匿名 より: 2021/12/01(水) 11:39 AM

    いまの最高階層て何階なの?

  • 匿名 より: 2021/12/01(水) 11:57 AM

    69話によると、160階層で詰まっているようです。
    > 160階層の攻略に詰まっていた最前線の探索者たちがごっそりといなくなったことで、

  • 匿名 より: 2021/12/01(水) 11:58 AM

    160で詰まってる
    アルドレ工房の最高峰と努の刻印レベルは同じ程度らしいからバカンス中に伸びた刻印レベルで装備渡してクリアはできると思う
    同じ刻印帯の無限の輪も160階層はクリアできそう

    女子会で最初から努の話題を出すのではなく、別の話題から自然に努の話題に移るの作者の技量が窺える
    主人公のことしか話してないキャラたちはちょっとね

  • 匿名 より: 2021/12/01(水) 12:14 PM

    いうてステファニー席にいるならほっといても無限に話すでしょ

  • 匿名 より: 2021/12/01(水) 12:21 PM

    ディニエルの力づくでもさせるべきだった発言を気にしている人は、例えば身内がやくざになりそうだとか、受験勉強すべき時に遊び歩いているとか、そういった状況を考えてみてもらいたい。それ自体は相手の将来を慮った考え方であるわけで、刻印師の可能性皆無だと思っているディニエルからしたら身勝手なだけの意見・発想ではない。
    結果力づくでさせていないけどね。
    ダメだと分かれば戻ってくる可能性もある状況だし。
    ライダンは今のところ身内にザマァしたいっていう物語ではないかな。
    身内相手だと、凄い・想定以上だ・想像もしていなかったくらいの感想だよね。

  • 匿名 より: 2021/12/01(水) 12:36 PM

    見事な殺ンデレ+ムチゴリ回であった

  • 匿名 より: 2021/12/01(水) 12:47 PM

    この和気あいあいとした感じいいなー
    遠征組の戻ったときの反応が楽しみ!

  • 匿名 より: 2021/12/01(水) 12:56 PM

    ゴリナは何故ゴリナになってしまったのか…。

  • 匿名 より: 2021/12/01(水) 1:41 PM

    とはいえディニに限らず大体のキャラが心の底で期待しているのは「他を圧倒する最強ヒーラーツトム」だからなぁ
    帰還前のツトムの最強ムーブが頭にこびりついて離れない状態を引きずってるように思える

    1ヶ月で環境を激変させたことについては末恐ろしさを感じはすれど手のひらクルーするのはまだ先かな思う

  • 匿名 より: 2021/12/01(水) 1:43 PM

    コリナも強くなったな~
    昔なら委縮しながら食べてただろうに今は平然と食べてるw

  • 匿名 より: 2021/12/01(水) 4:28 PM

    二言しか喋ってないのに大体コリナで上書きされるポテンシャル

  • 匿名 より: 2021/12/01(水) 4:44 PM

    更新感謝
    同い年で草
    クロア臨場でいつかいなくなるとか嘘でしょ(泣)
    もう3パーティで運営してくれよ

  • 匿名 より: 2021/12/01(水) 4:47 PM

    業界全体を進歩させるツトムとトップクランに寄生するだけのディニエル

    たかが一探索者がなんでツトムを見下してんのか

    ってことになりますね

コメントを書く