第497話 壊される概念

 

(……なんかクロア、悪いことしちゃってるみたい)


 数日前から努が打ち出したPTの方針は、クロアからすれば全軍突撃みたいなものだった。それに迷宮マニアや探索者たちからの意見も大分荒れていることからして、それを実行している自分の罪悪感が杞憂でないことは明らかだ。

 何せ普段のようにタンクが一番にヘイトを取らず、エイミーが釣ってくるところから戦闘が始まる。ハンナはコンバットクライを放つも、エイミーが釣ったモンスターには敢えて当てずに多数受け持つ。

 それからクロアはエイミーと共に前線を張っていつもと違い明確な敵意を向けてくるモンスターと戦い、その後ろにいる努とユニスが後方から火力支援を主に行い迅速に殲滅していく。だがその間に避けタンクがしくじればすぐに戦線は崩壊するし、モンスターに狙われるアタッカーのリスクも普段より大きい。

 そんな戦い方はPTの基本である三種の役割から明らかに外れていた。タンクが上手くヘイトを取れなければアタッカーが狙われてしまい、ヒーラーの支援回復先もブレてしまう。そこから何とかPTの態勢を立て直そうとするもグダグダになり結局はモンスターを各個撃破し、無理やり戦闘を終える泥臭さは初心者PTあるあるだ。

 そもそもクロアが初心者だった頃から三種の役割は浸透し始めていたので、自己中心的な立ち回りは彼女からすれば御法度なことばかりだ。百階層も突破できない初級者ならまだしも、中級者でこんな立ち回りをする者など皆無だろう。

 だからこそヘイトを受け持つタンクに一切の気を遣わずにモンスターを好き放題ぶん殴ることは、長年培ってきたアタッカーとしての常識が拒んでいた。むしろ罪悪感すら覚えるような行為。


(もうこの感覚が馴染んできてるのが怖いよ……。変な癖つかないかなぁ?)


 だが数日でそんなクロアの常識も壊されつつあった。それは努の人並み外れた提案にむしろ楽しそうな顔で従うエイミーが間近にいたことと、自分の思っていることを過剰な言葉で代弁していたユニスの影響が大きかった。

 エイミーは荒唐無稽とも言える努の言葉を正しく理解しているようだった。元々アタッカー4が最適解だった時期に活躍していた過去もあるし、環境そのものが違う帝都のダンジョンで活動していたこともあってか彼女は立ち回りの幅が広い。

 それに持ち前の鋭いセンスも合わさってか、努が理想として掲げたアタッカーとしての動きを早々に再現していた。そんな彼女の背中を何とか追うことで、クロアもまたその理想に近づくことができた。

 そしてエイミーの立ち回りを模倣していくにつれて、努が発した言葉の意味も段々と理解はし始めた。安定的な三種の役割で150階層を突破するのがいかに困難なのかは、先駆者たちを見ればわかる。だからこそ火力で一気に押し切る方が危険に見えてむしろ安全だということ。

 しかしそれでも本当にこれでいいのかという疑念を拭いきれはしなかったが、それを代弁でもするようにユニスが騒ぎ立ててくれた。そして努の言葉を聞いて渋い顔で納得し立ち回りを変えていく様は、彼女を通じてクロアにも響いていた。


「ハンナ、何であれで死なないのです……? さっきは私でも避けられるような攻撃喰らって死んでたのに」
「メディック過剰に打って余裕持たせると調子乗る時あるからね。もう少し支援スキル減らして攻撃に回していいよ」
「お前はお前で攻撃しすぎな気もするのですが……。なのに何でモンスターから狙われないのです。媚でも売ってるのです?」
「お前はよく狙われてるもんな。僕が引退してた三年間探索者やっといてヘイト管理も出来ないってどうなの?」
「……私も進化ジョブ使って先にぶっ殺せばいいだけなのです!! 今に見てるのですよっ!!」
(クロアじゃあんなに突っ込めないしなぁ。ツトムさんは本当に気にしてなさそうだけど、周囲の目が怖すぎて無理だし)


 努との関係自体はそこまで悪くはないものの、流石にユニスほどずかずか突っ込むような言い合いはできない。それは彼自身というよりは周囲が許さない気配をクロアは感じていたので、意外と古参であり無神経な彼女の物言いは傍から見る分にはありがたかった。


「クロアの立ち回りも良くなってきてるけど、エイミーの補佐とか考えずに前出ていいよ」


 そんなユニスの物言いからようやく解放されたらしい努は、垂れた犬耳で聞き耳を立てていたクロアに気付いてかそう言った。すると彼女は申し訳なさげに黄土色の尻尾を下げる。


「それならいっそのことクロアとエイミーさんを逆にした方が早いんじゃ……?」
「エイミー差し置いて火力出すのは忍びないだろうけど、斥候と釣り役も結構繊細な立ち回り要求されるし、エイミーに押し付けた方がいいかな」
「お~い。私だって全然前に出られるぞ~」


 そんな二人の会話に聞き耳を立てていたエイミーは、少し遠目から怨念のような声を上げながら手を振っている。


「……まぁ、クロアも器用だし斥候出来なくはないんだろうけど、僕から見ると火力出す方が得意だと思うんだよね」
「そうですかね……?」
「うん。まだ遠慮してる部分があるんだと思うけど、エイミーより前に出る感じでいいよ。役割的にはエースアタッカーみたいなものだし、全員踏み台にして戦果総取りするぐらいの気持ちでよろしく」
「……このPTのエースといったら、むしろハンナじゃないですか?」


 こんな無茶苦茶な編成でも何とかなっているのは、クロアから見ればハンナの活躍が大きいように思えた。普通の避けタンクなら確実に死ぬ状況であろうと、魔流の拳で打開し逆転していく様はとても華がある。


「いやー、ハンナはエースというよりはジョーカーじゃない? そもそもあれはぶっ壊れだから気にしなくていいよ」
「……でも、自信ないです。火力なら遠距離スキルあるツトムさんの方が出せるんじゃ?」
「僕は軽い指示出しと全体を見て足りないところをカバーする。ユニスは支援回復も担ってる。クロアは火力を出すことに全集中できるポジションってだけだよ。自信も何も、現状でも問題はないから大丈夫だと思うけど」
「正直、プレッシャーが凄くて折れそうです……。」
「……エースって表現が悪かったかな。でもそれぐらい期待はしてるから、プレッシャー感じてるのは間違いじゃないよ。頑張れ~」


 努は最後こそ笑顔でおちゃらけるよう言いはしたが、話の内容はちっともクロアの心を安らげてくれるものではなかった。むしろ釘を刺してくるような言葉に思わず彼女の頬は引き攣る。

 それこそエイミーとの交代も考えるくらい言ってくれれば、少しは肩の荷は下りただろう。どうして肩の荷をむしろ増やすようなことを笑顔でしてくるのか。


(前の私ならこんなチャンス、絶対に物にしようと思ってたはずのに……怖い、怖いよ……)


 あのエイミーと共に前線を張らせてもらいながら、PTリーダーの努からも期待されているこの状況が絶好の機会であることは疑いようがない。だがもしこの好機を取りこぼしてしまうところが浮かんでしまうと、その恐ろしさで震えが止まらなかった。

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