第501話 アタックナンバー4

 


「フラッシュ」


 黒門で転移した先は少しだけ洞窟に入っている状態で、後ろから微かに光が差しているものの薄暗い。そんな中ユニスが目を薄めながら光量を抑えた光を洞窟の奥へと放つ。

 その光に感化されるように洞窟の壁に生えている苔が薄白く発光し始め、連鎖が流れて洞窟の先を照らし出した。その光景にハンナはイルミネーションでも見たかのように感嘆の声を漏らす。


「フライ。フラッシュ、バリア」
「通路三つー、きのこなーし、足音なーし。んじゃ、行ってきまーす」


 その光苔で洞窟の視界を確保した斥候役のエイミーはピコの作成した資料片手に指差し確認をした後、ユニスが作ったランタンを受け取りスキップでもするように駆けていった。


「やっぱり通路で好き勝手飛ぶのはしんどそうっすね。大技も使えないし部屋で戦わないと」
「基本はそうなのです。蘇生する時は敢えて通路で戦った方がいいのですが……ハンナは気にしなくて良さそうなのです」
「蘇生よろしくっす~」


 数百単位で発生する蟻系モンスターの群れを狭い通路に誘い込み数匹ずつ迎え撃つのは正攻法ではあるが、毎度それでは探索時間が足りなくなる。なので前線のハンナやクロアを蘇生する時にだけ通路に避難するのが無難だ。


「おい、150階層まで来て刻印するんじゃねぇです」
「お前、納期ヤバくないの?」
「…………」
「待っている間は暇ですし、全然いいですよ。その分、部屋ではご活躍頼みますけどね~」


 いよいよ150階層ということで黄土色の尻尾は忙しなくなっているものの、意外と余裕はありそうなクロアはそう言いながらユニスの肩を揉んでいる。


「死んだら覚悟しておくのです……」
「師匠も当然あたしより火力出すっすね?」
「今のお前相手なら余裕そうだけど」
「はっ!? ちょっ……覚悟、しとけっす。あたしが全部ぶっ殺してやるっすよ!!」
「それで無茶して死んだら蘇生しないのですよ。あとそれ、中魔石っぽいし没収なのです」
「この規格はギリギリ小魔石っすから! やめるっす!」


 ハンナが149階層で拾った闇の中魔石らしきものをこれ見よがしに取り出したところで、ユニスは半目で刻印に使う万年筆を彼女に向けながら咎める。それから我が子のように魔石を守る彼女の抵抗虚しく、クロアによってそれは没収された。


「絶対他にも隠してやがるのです。全部出すのですよ」
「あまり舐めないでほしいっすね。別に小魔石でも数さえあれば大技は撃てるっすから、没収しても意味ないっすよ」
「それなら猶更いいじゃないですか? 少し検閲するくらい」
「……やっぱ嫌っす」


 それからエイミーが帰ってくるまでにハンナが探索中にこっそりくすねていた魔石はユニスとクロアに回収され、努は何着か刻印装備の仕上げを済ませた。


「取り敢えず様子見で二部屋くらい把握してきたよーん」
「刻印できなかったのです……」
「あまり長居もしたくないし、さっさと行こうか」
「迷宮都市の探索者だと長時間の探索慣れてなさそうだもんね。わたしたちは帝都のダンジョンで慣れちゃったから問題ないけど」
「話聞く限り、帝都のダンジョンってなんか一回り古風じゃない? 外のダンジョンに近いというか」
「……確かにそうかも。迷宮都市の神のダンジョンの方が色々便利だよね。あっちには進化ジョブとかもなかったし」


 そうこう世間話はするものの半日以上も洞窟で過ごしたくないというのは共通認識なのか、五人の行動は迅速だった。準備運動も兼ねて地に足つけて飛ぶように走っていくエイミーとクロアに、フライの三人組もすいすいと付いていく。


「ここが初めの部屋だね。入ったら巣穴からどんどん出てくるよ」


 通路の先に見える開けた場所は蟻の巣部屋であり、探索者が侵入した時には至るところに開いている穴から兵隊蟻ソルジャーアントが這い出てくる。既にエイミーが通った後だからか、既に目視できる数の兵隊蟻が歩いているのが窺えた。


「基本は今までやってきた流れだけど、巣穴での戦闘は不慣れなところもあるから各自修正よろしく。それじゃあ行こうか」
「ヘイスト。プロテク」
「おっけー。よーい、どん!」


 そう言うや否やエイミーがいの一番に突撃し、それにクロアも遅れることなく付いていく。それから一呼吸置いてハンナも部屋に入り赤い闘気が見えたところで、努とユニスも押し入った。

 小さめの軽自動車ほどの大きさがある兵隊蟻が天井の巣穴から飛び出し、コンバットクライを放っているハンナ目掛けて落ちてくる。それを彼女はひらりひらりと躱しつつ、小魔石を割って魔力を循環させている。


「双波斬」
「パワースイングッ」


 その前方では特攻隊の二人が背中合わせで兵隊蟻を次々と捌いている。合計すればハンナに負けず劣らずの数を引き付けている二人はしばらく放置していても問題なさそうだ。実際149階層でもそこまでカバーする必要はなかった。

 ただ巣穴の中である150階層では149階層と違い、天井が存在する。そのため前後だけでなく上下の警戒も怠ることはできないが、前線は基本自身の前方に集中せざるを得ない。


「エアブレイド。ホーリーレイ、ホーリーレイ」


 そんな上からの奇襲を対処するのは遠距離アタッカーの役目だ。初めから進化ジョブで150階層に入っていた努は彼女たちの上にいる兵隊蟻を風刃と聖光で弾き飛ばす。

 その右方では光の魔力を手足に纏わせたハンナが兵隊蟻の頭盾ごと殴り飛ばしていた。周りの蟻を巻き込んで吹き飛ばしヘイトを稼ぎつつ、そこそこ広い空間を飛び回り兵隊蟻の腹部先から飛ばされる酸液を壁に当たるよう避けていく。


(やっぱりクロアだな)


 ハンナの動きは決して悪くはないが、やはり普段と比べて見劣りするのは明らかだった。なので努は今回クロアに火力支援を重点的に向けることを決め、彼女の動きを最も注視した。


「エアブレイズ。七色の杖」


 クロアの大槌が頭盾で僅かであるがいなされ、深手を負ったもののまだ動ける兵隊蟻が反撃に出ようとした時。彼女が退こうとする最中に風の刃が頭盾を切り裂き兵隊蟻を真っ二つにした。そして深海階層でドロップした杖から放たれた渦潮は、上空から落ちてきた兵隊蟻をぐちゃぐちゃに引き千切り粒子を撒き散らす。


(僕も近距離アタッカーしたらもう少し感覚は掴めそうだよな。やりたくないけど)


 近距離アタッカーの周囲にいる敵をやみくもに攻撃するだけで火力支援とは言えない。適切な場所、適切なタイミングに行うことで最大限の効果を発揮するのは勿論だが、何よりアタッカーの士気が上がることが努にとっては何よりも優先するべきことだった。

 努が資金を溜めるためにやり込んでいたゲーム界隈において、20代半ばという年齢は引退を考える歳だった。それでも努が世界大会に出場するチームにまでのし上がったのは、全盛期である10代のプレイヤーたちを乗せに乗せるスキルがあったからだ。

 クロアだけでも難なく仕留められる敵や次に目をつけているものには手を出さず、彼女の障害と成り得るものだけを狙って排除していく。それにクロアが気持ちよく暴れられるような領域を広げ、上空は一切気にしなくていいように努める。

 スペースに限りのある巣部屋という構造上どうしても狭苦しくなることもあるが、クロアだけならば攻撃スキルを集中させれば確保できる。


(そろそろ厳しいか)


 しかしクロアが調子づいて暴れる程にヘイトを買い続け、いずれは上空に避難しなければならない状況自体は発生する。ただ槌士は強烈な一撃を叩き込むための助走と足場は不可欠なため、フライをそこまで有効的には使えない。


「バリア」


 だがクロアの周囲にバリアを置いてやれば踏ん張るための足場は確保できる。それを丁度良い塩梅で張るのは支援回復をしているユニスの役目だ。

 バリアを空中の足場として活用するのは帝都で既に使っていたのか、ユニスはお手の物だった。そのためクロアは一旦上空に退いた後でもすぐ足場を利用して戦線に復帰し、大槌を思う存分振ることができていた。

 先ほどと比べて明らかにクロアの周囲だけ空間が確保され、それに追従するように彼女の撃破数は増加していく。完璧なタイミングで援護が飛んできて何も気にせず力を振るえる状況に思わず笑みを零している彼女に、エイミーは視線をやりつつも猫耳をぴくぴくさせてその音を察知した。


「団子来るよ!!」


 彼女の警告と共に上の巣穴から真っ黒な球が落ちてくる。兵隊蟻が手足を繋ぐことで構成された球形。それは地面に着弾すると同時に花開くように舞い落ち、中心から真っ白な外殻の呪蟻カースアントが数匹紫色の胞子を放つ。


「エアブレイズ、エアブレイズ、エアブレイズ」


 味方への巻き添えなど一切考慮されていない呪いの胞子で、みるみるうちにキノコまみれになっていく兵隊蟻。その元凶である胞子を散らすように努は風の刃を放ち戦況に切れ込みを入れた。


「せいやっ!」


 その隙間に入り込んだハンナが光の魔力が溢れる拳を差し込み、右腕を添えて砲撃でもするようにぶっ放した。兵隊蟻は手足の繋ぎを更に結束させハンナの魔力砲から呪蟻を守ったが、それを受けた蟻たちは内から浄化されるように消えていく。


「ハイヒール」


魔流の拳の制御に失敗して火傷したようにボロボロの右手を振っているハンナに、ユニスから回復スキルが飛ぶ。


「ホーリーレイ。ホーリーレイ、セイクリッドノア」
「!!」


 そんなハンナが開けた穴に入り込んで呪蟻を仕留めんとするクロアに向かう兵隊蟻を、努は妨害する。そしてこれ見よがしに派手な聖砲撃を呪蟻に向けて放つと、近くにいたユニスの狐耳が立った。

 すると彼女の身体から聖なる気が溢れ出し、進化ジョブに切り替わったことを言外に告げる。派手なセイクリッドノアが事前に打ち合わせていた努と役割を交代するための合図だからだ。

 それは努の知っている用語でいうところのスイッチである。役割を同時に切り替えて交代する意味であるスイッチは、特に進化ジョブを使用する環境では必須だ。

 スイッチしてから努は火力支援をユニスに任せ、従来のヒーラー通り支援回復を行うことになる。そして進化ジョブの条件である一定量の回復を済ませた後はユニスの合図で再び役割を入れ替える作戦だ。


「どりゃああぁぁ!!」


 ただ最後に努が放ったセイクリッドノアを防ぐために兵隊蟻が盾となっている間、一気に距離を詰めていたクロアは呪蟻に肉薄にくはくしていた。それでも何とか数匹がかりで守ろうとする兵隊蟻ごと、クロアは大槌を振り抜く。

 地を穿ったような轟音と共に兵隊蟻の外殻はひしゃげ、そのまま横っ面を捻るように纏めて地面に叩き伏せる。地面が揺れるような衝撃。

 卵のように柔らかい呪蟻の足はぴくつき、クロアの頭に生えかけていた紫色の茸はころりと落ちた。


「……私の出番は?」
「この先嫌というほどあるでしょ」
「……せっかくだし七色の杖でも試すのです」


 進化ジョブになったはいいものの、もう本格的な火力支援が必要なさそうな三人を見てユニスはしょんぼりした。

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