第502話 アガッてきた!

 

(今までは手を抜いてたのかと思えるぐらい活躍しやがるのですね。……私と同じくらい刻印してた癖に、一体いつ練習してやがったです?)


 エイミーが偵察している間にせっせと刻印している努をねめつけながら、ユニスもクロアから貰ったクッキーをちびちびとかじりつつ万年筆を走らせる。

 あれから数部屋ほど探索を進めていくと、努の言う通りユニスにもアタッカーとして前線を援護する役目は嫌というほど回ってきた。ただどちらかと言えばその忙しさに嫌気が差すというより、彼との差を見せつけられる精神的苦痛の方が大きかった。

 自分がアタッカーとして火力支援を行うと、クロアは目に見えて努の時ほど活躍ができない。何処か不自由そうに大槌を振るい、多数の兵隊蟻を前に防戦一方になる場面も多かった。

 なのでユニスも努の立ち回りを参考にクロアを活かすよう試行錯誤してみたが、数戦だけでは彼のようにいかなかった。それからは火力支援の中心をハンナに変えてみたが、結局は帝都で何年も共にしてきたエイミーが一番合わせやすい。


「うー」


 巣穴の中で大量の兵隊蟻と戦闘しなければならないという環境では縦横無尽に飛べず、魔流の拳も威力の制限を受ける。それに加えてハンナ自身の不調もある現状では彼女をそこまで頼りにはできない。


(エイミーに火力支援することも悪くない。悪くはないのですが……)


 斥候役として150階層特有の知識を詰め込みクロアへの指示出しに頭のリソースを割きつつ、並大抵の双剣士では有り得ない量のスキル回しで兵隊蟻を殲滅する。そんなエイミーへの火力支援は決して悪い選択肢ではないし、事実努もその方針には賛成していた。


(でもPTとして見ればやっぱりクロアを活かした方が良さそうなのです。クロアの方がエイミーより劣る分、上げ幅が大きい。それに一度後手に回ると反撃の機会も中々自力で見出せない。だからこそこっちがその切っ掛けを作るのが大事だと理解はしてるのですが……)


 エイミーは探索者としての経歴も長いので安定して90点叩き出せるが、まだ荒削りなクロアは60点がいいところだ。時折光る物は見せるものの、咄嗟の判断力や追い詰められた時の挽回力などはやはりエイミーより劣る。典型的な中級者と上級者のような差があった。

 だがそんなクロアを白魔導士の支援で活かすことができればその差を埋めることもできる。事実努はそうしている。特に進化ジョブによるクロアへの火力支援は恐ろしいほど的確であり、彼女の窮地を幾度となく救った。

 そういった支援を何度か受けたクロアは明らかに動きが良くなった。死を覚悟した場面で助けられて継続的な戦闘が出来ることで、150階層特有の環境にも慣れて動きが最適化されていく。

 それにクロアの調子も目に見えて上がっている。それは努がアタッカーとして出しゃばらず、あくまで火力支援に徹していることが大きな要因だろう。だからこそクロアは好き勝手に暴れ回り、エイミーよりも多い討伐数を気持ちよく叩き出している。


(あれだけエイミーみたいなスキル回しが出来るなら、普通はアタッカーとしての下心が出るはずなのに。よく自制できるのですね)


 努とのスイッチにも慣れてきたので彼の動きを見る余裕も出てきたが、彼の精神力を追い込んでから進化ジョブに移行する姿は狂気的と言っていい。そこから始まる攻撃スキルの乱打は一見するとただの遠距離アタッカーだが、放たれるスキルはクロアの火力支援のみだ。

 今セイクリッドノアを撃てば確実に兵隊蟻を十数匹巻き込める機会すら見逃して精神力を温存し、クロアの火力支援にのみ努める。短期的に見れば努の実力すら疑われるような絶好の機会を逃す様。だがそれと引き換えにどんどんと上がっていく彼女の調子と討伐数を見れば、それは白魔導士として正しい選択だろう。

 その結果で得た自信でクロアの動きはどんどん前衛的になり、それを努の火力支援が後押しする。それでますます調子づいて良い結果を出すという、勝利のループが二人の間で起こっていた。


「あたし今日だめっす。終わりっすよ」


 そんな二人とは打って変わって敗北のループに入っている者もいる。魔流の拳は暴発し、触覚を無くした兵隊蟻の不規則な動きを見切れず何度も蘇生されているハンナは一人項垂れていた。


「女王蟻の部屋はかなり大きいみたいだし、そこでの挽回期待してるのです」
「ってことはそれまでお荷物ってことっすよね……」
「そんなことないのです。避けタンクとしての役割はこなせてるのですよ」
「でもいつもより全然だめっす。めちゃくちゃ死ぬっす」
「それは避けタンクの宿命なのです。魔流の拳の暴発も少なくなってきたし、いずれは調子戻ってくるのですよ」
「そうっすかね。でもユニスから支援もらってこの様っすけど。それも打ち切られたし。師匠はそもそも支援すらしてくれないし」


 もはやどんな言葉も届かなさそうなどんよりハンナを前に、ユニスはちらりと努の方を見やった。ただ一応彼女の様子を窺ってはいたであろう彼は放っておけと言わんばかりの目をしていた。


(取り敢えずエイミー活かしつつ、クロアに合わせる練習も今のうちに済ませておきたい。あれを捨て置くのは惜しすぎるのです。まさかここまで伸びるとは……)


 150階層に入った当初はエイミーハンナが中心となって攻略していくのだと思っていたが、努の支援でクロアがここまで伸びるのなら彼女を活かさない手はない。


「やっぱり毒で弱らせるよりはエアブレイズで怯ませてくれる方が助かりますね」
「ん。誤射が怖いのですが、少し試してみるのです。……あれと同じというわけにはいかないのですが」
「いやー、正直ツトムさんが異常なだけだと思うんで、全然大丈夫です。クロアも合わせられるよう頑張ります!」
「はーぁ。わたしもツトムの支援があればな~」
「お前マジでぶっ殺すのですよ?」


 それから戦闘終わりの移動の際にはクロアとエイミーと軽い打ち合わせをしつつ、ユニスも慣れない火力支援の最適化に努めた。

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