第648話 胃袋マジックバッグ
それからガルムとコリナのぽっこりお腹が落ち着くまで待った後、努たちPTは障壁フライ便を利用し少々遅れてギルド第二支部に到着した。
人口密度の高い迷宮都市の中でも贅沢な土地面積を確保し大手企業が本腰を入れて作り上げたことで、ギルド第二支部はバーベンベルク家の公共施設に負けず劣らずの規模である。最近は探索者に限り入場制限がなくなったことで、どぎまぎしながら目を輝かせている新参者が多く見受けられる。
だがそんな開放的な空間の中でも騒ぎが起きれば人だかりが出来て空気が淀む。その残り香と一番台に映るアルドレットクロウの一軍PTメンバーが一人いないのを見て、努は鼻で笑った。
「そういえばビットマン入れ替えだと一軍は175階層からやり直しか」
「道理でディニちゃんいないわけだねー」
昨日発生した唐突なメンバー変更により、まだ千羽鶴を突破していないホムラが一軍に加入することになった。なので一軍は18時間かけて突破した175階層をやり直すことになり、その無茶で体調を崩していたディニエルは休養も兼ねて不貞寝している。
そんな彼女の代役として抜擢されたソーヴァは渋い顔でタンクを主体としたサブアタッカーとなり、ホムラがサブタンクをしつつ抜けた火力を補う編成となった。
(あの様子だと階層主も待ちの姿勢かもな。やだやだ)
結果的にはホムラの後出しにより無駄足を踏むことになった一軍であるが、ディニエルと違いステファニーはそれに苛立つ様子はなくむしろ余裕さえ窺える。神台越しでもやけに目が合う絵画のような彼女から視線を逸らした努は、二番台に視線を移す。
(ルークの方が成長してないか? ラルケと代わられなきゃいいけど)
二軍はソーヴァの代わりとなるアタッカーはすぐに補充されたが、突然妹に見切りをつけられた形となったカムラは完全に調子を崩している。だがそんな新参と不調のヒーラーの穴を埋めるように立ち回っているルークは召喚指針の要点を掴み、召喚コスト踏み倒しの鬼となっていた。
(ユニスのPTも地味に張り付いてくるな。後追い狐がよ)
そんな落ち目の二軍を追い抜け追い越せの勢いであるユニスPT。ステファニーとは違う意味で怖い目になってきた彼女が指揮を執っての追い上げと、そんな彼女の理想を影から補佐する灰魔導士ソニアの実力は申し分ない。
(とはいえ他のメンバーが可もなく不可もなくだし、調子崩してる二軍に勝てるかも怪しい。無難に収まるなら単純に最前線の下位互換なんだけど……)
ただその他PTメンバーは元々シルバービーストの最前線にも入れず、エイミーやガルムに比べるとパッとしない野良感の拭えない獣人ばかりである。その立ち回りも最前線にいる同じジョブの動きを表面的に真似ているに過ぎず、かといってそれが完全に身に付くほど熟達しているわけでもない。
攻略動画を見漁って上位勢の小手先を真似るものの、それが定着する前に次々と出回る立ち回りなり環境ビルドなりに目移りする中級者。三人だけを見ればそういう評価に落ち着く。
浮島階層ではユニスのストッパーになり得ていた灰色の猫人も、一番台に映ることもある帝階層ではまさに借りてきた猫のように大人しい。タンクの熊人と竜人も神の眼を気にして無難すぎる立ち回りに纏まり名前すら覚える気にならない。
(……後追い狐め)
だがユニスは重騎士の熊人に刻印油をふんだんに使った刻印装備を自前で生産して渡し、段々とフルアーマーに改造してきていた。竜人の騎士にはパリィの猶予時間が僅かに引き延ばされる眼鏡をかけさせ、猫人の精霊術士にはエレメンタルフォースを多用させている。
それらは努の考案してきたビルドの丸パクリである。だが獣人たちは以前と違いユニスのために自我を消して突っ切る方針のようなので、現状では不格好そのものだが180階層までには形になる可能性がある。
「ディニエルまだ休みっすか。お見舞いでも行くっす?」
「せっかくの休日を邪魔なんてしたらわたしでもキレられるよ」
「大袈裟っすねー」
(こっちもようやく馬鹿が脱走しない鳥籠を手に入れたんだ。180階層には形にしないと)
今も律儀にハンナの映る神台を見ては名も無き魔流の拳を分類し書に纏めていた、魔流の拳の伝道者たち。その成果もありいくつか有効的な拳も見つかったので、それを扱わせれば彼女は避けタンクとしてより一層飛躍するだろう。
「あんだけ腹膨れてたのにもう澄まし顔かよ。胃袋どうなってんだ?」
「伊達に大きいわけでもない。しかしコリナの方こそどうなっているのだ?」
「胃袋にマジックバッグでも詰めてんだろ。ほら、剣を呑み込む手品みてぇによ」
「…………」
「冗談だぞ?」
迷宮都市で休むことなく実力を磨きパリィの尖り性能もあるガルムに、帝都のダンジョンを攻略した異色のエイミー。その二人が作り出す安定した戦況をハンナが変に乱さなければ、アーミラの神龍化が存分に火を噴く。
(一軍のタンクがホムラに変わったからもう少しハンナ活かさないと厳しそうだけど、階層主次第でもあるからなー。千羽鶴みたいにデカめならハンナアーミラで刺して、中規模ならガルムエイミーでどうとでもなりそう。……階層主お先にどうぞ対策でコリナたちにも頑張ってもらいたいけど)
「ふぅー、ふっ、ふっ」
しかし当人のコリナは今も詰め込んだ白米の消化に苦労しているようで、妙な息遣いを響かせ大きな卵でも抱えているように歩いていた。学生相手に食べ放題で勝負を挑んだ大人のような末路である。
そんなコリナを甲斐甲斐しく世話しているダリルとクロア。その後ろでそんな苦しいならスッキリさせてやろうとスナップを利かせた拳で空を切っているリーレイアと、それを窘めているゼノ。そのPTメンバーの面々を眺めていると、アーミラがぬっと顔を出してきた。
「おい、さっさと行こうぜ。あんなのろまに抜かれる気か?」
「そうなるとまたガルムに叱られそうだ」
「せっかくアルドレットクロウの一軍が足踏みしてくれているのだ。おめおめと一番台を渡しておくわけにもいくまい」
「ちゃっちゃと突破するっすー!」
「三度目の正直―!!」
そんなエイミーの合図と共にハンナは駆け足でコリナたちPTを追い抜き、努たちもそれに続いた。そうして先に受付列へ並び始めた者たちをコリナは眩しそうな目で見送った。
狐「しょうがないからワタシがオマエ(努)の戦法を検証して正しさを証明してやるです。感謝するといいです(余計なお世話」
こうですよねワカリマス