第698話 噂をすればPart2
「僕もあんな風にエクスヒール打ちてぇ~~~。結局180階層の死に際でしかまともに打ててなくないか?」
ギルドの一番台に映るゼノを見ながらぼやいた努の言葉で嫌な場面を思い出したのか、ガルムは苦虫を嚙み潰したような顔で野菜スティックをぽりぽりと食べた。
ハンナはキンキンに冷やされた採れたてトマトにしゃぶりついた後、ギザ歯のアーミラと歯型が違うことで盛り上がっていた。そんな果汁だらだらの二人に呆れた様子でナプキンを渡したエイミーは、改めて一番台を眺める。
「聖騎士のあれは強いけど、なんかゼノPT全体的にキツそうだね。何でだろ?」
「何故でしょーかっ?」
答えが出るのが楽しみだと言わんばかりの顔でPTメンバーを見回した努に、トマトのへたをつまんだアーミラはしらーっとした目を合わせた。
「……まさかヒーラーの差とか言うんじゃねぇだろうな」
「アーミラ君、せいかーい!」
「いらねぇ」
見え透いた正解の褒美に差し出したきゅうりをアーミラに拒否された努は、残念そうに一口かじった後に塩をぱらぱらとかけてから再び食した。今日の野菜は今朝採れたてというだけあってかポリっとした食感が強く、独特の青臭さすら心地良い。
「でもさでもさ、ヘイト稼いでもいい聖騎士が雑にエクスヒール打てるのは強くない? それにコリナだってヒーラーとして悪くはないでしょ?」
「それはそうだけど、前線にいながらヒーラーこなすなんて僕でも難しいよ。少なくとも人間にはまだ無理な領域じゃない?」
ヒーラーを担っているゼノ、コリナ共に前衛職であるため、上空から戦況を俯瞰して支援回復する努と比べてしまえば当然その精度は落ちる。
前線を走るヒーラーとしてはロレーナが浮かぶが、彼女は兎人特有の長耳による聴力で戦況を把握できる特異さがあるからこそ成立しているに過ぎない。それを人間であるゼノとコリナが真似することは不可能に近い。
「それこそ半年近く戦って慣れ親しんだウルフォディアとか、あんまり強くなかった骸骨船長にならあの立ち回りでも問題なかったけど、四季将軍相手にあのままじゃ通じない。少なくともどちらか一人はヒーラーとして構える必要があるんだけど……」
その点から考えるとゼノは選択肢に入れない。夏将軍:烈の爆発を受け継いだ赤兎馬のヘイトを受け持てるのは彼しかいないので、キングベールが打てないヒーラーを続けるのは無理筋である。
なので消去法でコリナ一択となるが、彼女が前のようにヒーラーとして専念するのは難しいだろう。ガルムは四季将軍:天の攻撃を持ち前の目で見切って食らいつく神台のコリナを見て顎を撫でた。
「強すぎるのも考えものというわけか」
「あー。それこそコリナ、四季将軍の弓弾けるくらい強いもんねぇ……。あれを凌げたのは今のところディニちゃんだけ。それほどのアタッカー捨ててまでヒーラーに徹する方がマイナス大きいかも」
「何で俺より弱いくせにお前らアタッカーしてるの? 問題だね」
「……あいつはそんな自我出してるようには見えねぇけどな」
「狂戦士ムーにヒーラーやれって言える人がいるかどうかだね。そしてそう言われたコリナがヒーラーに徹するも自分より不出来なアタッカー陣を前に、自我がむくむくしてきてPT崩壊までが見える、見えるぞ!」
「今度はトマト詰めるよー」
「やめてねー」
今はまだ四季将軍:天の底が見えず前線が足りない状況のため、死神の目で前線を維持できるコリナが出張ってPTの戦闘時間を増やすこと自体は悪くない。だがあれはあくまで戦闘経験を積むための時間稼ぎに過ぎず、赤兎馬の討伐も無理であろう立ち回りだ。
今はコリナの雑な願い回しで足りない回復をゼノがエクスヒールでカバーすることで何とか戦況は持っているが、四季将軍:天からのヘイトを加味するとそれも二回が限度。三度目のエクスヒールを使えば確実にヒールヘイトを稼ぎすぎて四季将軍:天からも狙われ、ゼノが死んで戦況は崩壊する。
「でもやっぱあれが出来る聖騎士は強いよねー。普通のヒーラーなら気を遣うヒールヘイトとかレイズもヘイト稼ぎに出来るのズルくなーい?」
「タンクとヒーラー両方まともに出来るような化け物、まだいません。出てくるにしても僕らより数世代は先かなー」
本来ならヒーラーが狙われる危険を伴う味方への支援回復がタンクのヘイト稼ぎとして機能し、自身でモンスターの攻撃を受けることでヘイト減衰も期待できる聖騎士は『ライブダンジョン!』基準ならTier1ジョブといったところである。
ただゲームと違い実際にモンスターと対面して戦況を維持するタンクをしながらも、ヒーラーとして広い視点まで持てる者が生まれるにはまだ神のダンジョンの歴史が浅すぎる。そんな打って投げれるような二刀流が生まれるのは数世代先だろう。
「白魔導士みたいに後衛×後衛ジョブならどうにかなるけど、祈禱師みたいな後衛×前衛ジョブはどうしたって難易度が高いよ。やるなら各自で臨機応変にとか考えずに、PTリーダーがきっちり管理しないと無理そう」
「おっ!! じゃああたしが進化ジョブ使えないのもしょうがないっすね!」
「お前は僕が管理しているにも関わらずヘマしてるから逆に凄いよね」
「むふぅ~~~」
「…………」
凄いという言葉の響きだけを耳にしてドヤ息を吐いたハンナを前に、アーミラは胡乱気に努を見た後に指で頭をくるくるパーした。それにエイミーも追従して器用に目をくるくる回す。
「なるほど。ツトムの理論に当てはめると、私たちの進化ジョブはハンナ以外噛み合ってはいるのか」
「エイミーだけ少し特殊だけど、他はそうだね。中でもタンクできるアーミラは貴重で180階層では切り替え必須だから、頑張ってね」
「なら俺も管理してみせろよ」
「僕だって進化ジョブはまだ完璧じゃないんだ。おめぇも頑張るだよということでどうぞよろしく」
「ツトムは完璧だと思うが」
「……こいつのおべっかは抜きにしても、元々対人戦を抜きにすればいい感じじゃなかった?」
恥ずかしげもなく完璧とのたまうガルムを横目にそう補足したエイミーに、努はうーんと腕を組む。
「僕も大したもんだけど、今はまだステファニーに劣るね。マジックロッドしかり、スキル操作しかり。進化ジョブの考え方とか立ち回りでは上回れそうだけど、ステファニーは弟子の中でもヒーラーの本分を守ってる方だからなー。アタッカーの自我に呑まれることもない。手強い相手だよ」
「師匠、ドンマイっす」
「それはお前が言う言葉じゃないね。死ねよ」
「死ねよ!??? えっ……死ねよ!?」
ヒーラーの貴重な脳のリソースを喰っている脳無しタンクの馬鹿丸出しな発言にそう返した努は、その辛辣さに思わずギョッとしたハンナに構わず話を続ける。
「とはいえ180階層の攻略に限れば勝てない相手じゃない。所詮相手は同じ人間だからね。それこそ白魔導士なのに100年近い修練を積んだ弓使ってるダークエルフが相手でもなければ、泣き言は言えないね」
迷宮制覇隊の隊長である白魔導士のクリスティアは、まだ進化ジョブがなかった時にも関わらず暴食竜の素材で作られた呪弓を扱い火力支援を行っていた。アタッカーのステータスを手に入れた今となってはジョブの武器適正がないにもかかわらず、その豪矢で外のダンジョンのモンスターを殲滅して回っているらしい。
「……なんかいるけど」
そんな努の言葉をその長い耳で捉えていたのかは不明だが、少し離れた場所から噂のダークエルフが歩み寄ってきた。エイミーの呟きに努も振り返ってクリスティアの姿を捉えると、思わず苦笑いする。
「クリスティアさんって噂されたら出現するタイプ?」
「さてな」
クリスティアの後ろに控えている歴戦の戦士たちにガルムは牽制の視線を向け、努にこちらの席へ移るよう手招きした。それに努は面倒くさそうな顔をしたが、彼が有無を言わさず立ち上がってからはへいへいといった様子で席を移った。
「外のダンジョンは神のダンジョンと違って昨日と今日の環境が突然変わるアプデじみたことは起きないので、急激にモンスターの強さがインフレ化していくことはない」「ミナという虫系統のモンスターのほとんどを指揮下における存在のおかげもあり、今では逆に特定のモンスターを保護するような活動まで起こる状態になっていた」
「最前線の探索者たちは周囲の到達階層を気にするあまりろくに休暇が取れず、回復スキルで体調を誤魔化しながら潜っていたことで精神状態を崩す者も現れ始めていた」
「最前線組からすれば皆が一斉に探索を止める間引きの時期は、周囲を気にせずにリフレッシュができる良い機会にもなっていた」
ちゃんと現在の間引き遠征がどんなものなのかは書いてあるよ
何年も通っている馴染みのある街場では、遠征組の豪遊目当てにカジノまで出来ていて、前回もそこで遊んでいたりもしてる。
また前回の遠征は早馬の知らせで短縮されたが、間引き自体はやり遂げてる、合間の移動がバカンスから超特急になっただけ
ミナの虫制御が一部効かなかったりはしたが、元が既にヌルゲーだから大した影響はなかった。あくまで王国はであって帝国は事情が違うが
なおあくまで間引きであって、間引きをしてもスタンピードは必ず半年に一度、迷宮都市にやってくると76話にある。でも描写がなかったってことは、盛り上がりもなく完封したんだろうね