第814話 サバサバ系
「死ぬかと思った……」
命からがら天空階層での探索を終えた努は、ぐったりとした面持ちでギルドの黒門から帰還した。その後ろからガルムも珍しく目をしょぼつかせながら続く中、アルマはギルドの鑑定額が楽しみなのか顔をニヤつかせていた。
「これなら明日も天空階層いけそうね!」
「そーっすね! やればできるもんっす!!」
「ははは……」
まだまだ元気な黒魔導士と避けタンクを前に、前線を張るアタッカーとして機能していたコリナは気まずげに笑いながら努にちらちらと視線を送っている。
「今日はたまたま命拾いしただけだから、明日は潜らないよ」
そんな努の言葉にアルマはまたまたご冗談をと手を振りながら受付列に並ぶ。
「でも全滅はしなかったじゃない? しかも全滅前提で万全な装備まではしていなかった状態で!」
「ガルムの負担がデカすぎるから無理だよ。ハンナが死んだら普通は全滅してるよこれ」
ガルムやコリナは160階層のウルフォディアで半年近く詰まっていたこともあり、天空階層の練度は今も錆び付いていない。米粒を数えるようなレベル上げもしていたのでモンスターの特徴や挙動も自然と頭に叩き込まれている。
だがそれでもモンスターの攻撃をほとんどパリィしなければならないガルムの負担はかなり大きい。まともな刻印装備のなかった時代に逆戻りしたようなもので、モンスターの通常攻撃を食らって限界の境地に入るほどだ。
それに避けタンクのハンナがPTにいる現状では、白魔導士の努がヒーラーとしてバリューを出すにはガルムをどうにか持たせるしかない。そのためガルムの被弾に合わせて未来予知じみたヒールを当てるのが前提となり、これがまた神経を使う。
「アルマも黒魔導士としてベストは尽くしてると思うけど、今のままじゃガルムとハンナの上振れ前提だから全滅してむしろ損する可能性の方が高い」
「ふーん。じゃ、今後に期待ってことでいいのかしら? まだ私含んだPTだと連携も浅いし、あんたも刻印装備でどうにか対策はするんでしょ?」
「まぁね」
「なら今日はたまたまのボーナスってことにしておきましょうか」
(遠距離アタッカーとしては悪くない。これで進化ジョブもまともならかなり良い線いってるんだけどなー)
それからふふんと上機嫌に鼻歌を歌い始めたアルマを横目に、努は内心で彼女のアタッカーとしての評価を下す。
アルマとPTを組んでみた所感としては、エクスプロージョンの即爆発が光っていた。アンデッド化したガルムに殺されかけたコリナもろとも吹き飛ばしての介入や、モンスターの怯みを誘発させたりといった対応は上手かった。
今回はタンクとヒーラーの負担が重かったものの、アルマも別に遊んでいたわけではない。ステータスが半分になっている状況下でも多彩な遠距離魔法でモンスターの弱点属性を突き、午後からは刻印により変わった感覚やラチェットロッドにも慣れて早回しも使いこなしていた。
まさに痒い所に手が届く遠距離アタッカー。仮にノースキルノーステータス下でなければ瞬間的な火力も見込めるため、最前線の中でPTを組んでも良い黒魔導士ではあるだろう。
ただ進化ジョブのデバッファーに関しては努から見れば改善余地がある。黒魔導士の花形は見事なものだが、裏方業務は平均点。アルマの評価はそんなところだった。
そして努たちはPT契約を解除し、ギルドに預けていた戦利品や魔石の鑑定額も出揃った。今は天空階層に潜る探索者も少なくなり、尚且つ光魔石は明かりとして生活に必要不可欠であるため需要が高い。
「あら? ギルドにしては初めから悪くない金額じゃない?」
「勉強させて頂いております」
ここも腕の見せ所だと金額交渉もする気満々だったアルマであったが、ギルドもこの緊急時に魔石は確保しておきたかったのか対応は良かった。
「これだけはぁ~……これだけは取っておいて欲しいっすぅ~……」
「どうせしばらくは使えないんですから、今溜め込んでも意味ないですよ。それにまだマジックバッグにもいっぱい貯めてますよねぇ?」
「それはそれ、これはこれっす」
「全部売っちゃってくださーい」
「かしこまりました」
少し珍しい形をした最高品質であろう光魔石をハンナは手放そうとしなかったが、結局全部売って出た総額のGを五等分とした。その金額に顔をにまにまさせていたアルマは、ようやく我に返ったのか咳払いする。
「これ、慣れてきたら良かったわね。はい」
「明日も潜るし、一旦PT終わるまでは持ってていいよ」
「あら、そう? なら預かっておくわね」
片眉を上げたアルマはラチェットロッドを自身のマジックバッグに仕舞うと、感慨深げに息を吐く。
「しっかしあんた、よくもまぁあれだけ気が回るわね? 普段はこれにメディックも追加してるんでしょ?」
「慣れれば多少は真似できるようになるよ、誰でもね」
「ふん、そうかもね。一昔前と違って」
今はスキルも半分に制限しているため、努はメディックを封じた状態で立ち回っていた。それでも謙遜する彼にアルマは鼻を鳴らしつつ、腕を組んで視線を逸らす。
「ま、あんたも白魔導士としてのベストは尽くしてるんじゃない? ガルムも大のお気に入りみたいだし」
「さいですか」
「……何よ?」
(お局にでも気に入られたみたいだな)
彼女はまだ二十代後半で黒髪長髪の美人な部類のはずだが、段々と35歳サバサバ系女子に見えてきてもいる。
そんな幻視に努が苛まれている中、ガルムは一人うむと呟いていた。
――▽▽――
そうして翌日の探索もアルマと約束して解散し、努たちもクランハウスへと帰還した。それから夕食を食べた後に努は一人ギルドへと出向き、PT契約した状態では入れない孤高階層へと転移する。
一人で挑むことが前提である孤高階層は神台に映る機会がない唯一の場所である。そんな場所で努はやけに足音だけが響く階層を、迷いのない足取りで進んでいく。
孤高階層の中にある祭壇。それは特定の刻印装備を着た状態で横たわることで特別な宝箱が出現するギミックであったが、こと努においてはその仕様が異なっていた。
彼が祭壇に横たわると頭上から光が射し、それは時計で言うところの2まで到達したところで収まった。
ノースキルノーステータス下になって徹夜検証した初日、努は孤高階層にも潜っていた。そしてこの階層では仲間という位置付けの黒いのっぺらぼうのマネキンに招かれ、この祭壇へと辿り着いていた。
「……単純に日にち待つ感じか? 何ならジェスチャーでいいから意図を伝えてくれよ」
初回はただ頭上が光っただけ、その翌日はその光が少し右にずれてから消失。そして今日は2時の方向まで移動した後に消失した。推測するにあと10日で一周はするので何かが起きるのであろうが、神威の意思で動かされているであろう黒いマネキンは微動だにせずうんともすんとも言わない。
「令和の問い合わせフォームだったら炎上してるぞ? 回答に12日かかるとか」
「…………」
「これで何もなかったら糞運営もいいところだぞ」
そんな文句に答えるものは祭壇に現れず、静寂だけが返ってくる。それに努はうんざりしながらも、念のため他の推測も交えて孤高階層での検証は行った。
守精指輪を外してから横たわってみても光は射さない。指輪を嵌め直せば射すが、今日の分は既に消費したとでも言うように2時から先へは進まない。光の筋に手を伸ばしてみても指先は何の抵抗もなくすり抜けていく。マネキンの肩を叩いてみたが、のっぺらぼうの顔は正面を向いたままだ。
(これで何もなかったら本当に帝都まで殴り込みに行くしかないぞ)
努は祭壇から起き上がると、一度だけ頭上を見上げてから踵を返した。その背中を黒いマネキンは最後まで顔のない頭で見送っていた。
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