第815話 おかわりしろDeath
恐らくあと10日で神運営が何かしらの対応をすることは見込めているが、それがプレイヤーにとって望ましいものであるかはわからない。プレイヤーにとって有利なバグはすぐに緊急メンテするくせに、不利なバグはいつまでも放置する。それが運営というものだ。
だからこそ神運営に神華の対応を任せきりにしていては、このままエイミーが器にされ続けてしまうかもしれない。そんな未来を回避するべく努はこの一週間もノースキルノーステータス下の検証を続けていた。
「呪寄でステータス大幅低下させたらノースキルノーステータス無効化できたりしない?」
「しねーです」
「……アンデッド化状態になれるやつとかないかな。呪術師でそういうのなかったっけ?」
「マデリンに聞けデス」
何故か機嫌の悪いユニスと刻印装備の検証は続けたが、ノースキルノーステータスを軽減する仕様が新たに見つかることはなかった。現状は進化ジョブでステータス半減をマシにしつつ、~身系シリーズの刻印で必要な個所を二段階上げるのが限度だ。
ただそれでもA+が精々であり、刻印で強化されない他のステータスはA-からB+に留まる。尚且つ進化ジョブを解除すれば三段階低下は免れないため、ノースキルノーステータスの影響を受けていない中堅下位の探索者に劣る。
(物理的に行くならユニークスキル持ち集めるしか方法はないか……。コリナアーミラいるだけまだマシだけど、まずはヴァイスの奪還からか? あれは神華側だけど別の事情がありそうだったし。あとはミナは蠅の王治せば、レオンは金狼人の子供を授ける金玉ヒールでも売りつければいけそう。ブルーノと……迷宮制覇隊の副隊長もユニークスキル持ちだったか。あの二人はどうすりゃいいかな)
「…………」
(なんか今日もいるな)
そんなことを考えながら刻印検証をしている間、やたらと自分たちの様子を窺ってくる兎耳やらネズミ耳やらが視界の端に見えることも増えてきた。初めはユニスもしっしと追い払っていたが、何度でも生き返るスケルトンの如く湧いてくる彼女らにうんざりしたのか今はもう何も言わずに刻印している。
「あれは何なの一体?」
「おめーが知る必要はねぇです」
ロレーナは全ステータスを損失しているため、暇そうなら刻印装備の整理でもしてもらおうかと努は思っていた。だが事情を知っていそうなユニスはなしのつぶてであり、ロレーナに直接聞こうにも何故か全力で逃げられるため努は首を傾げるばかりだった。
ユニスと夜通し刻印して脳ヒールを処置した後は、努も一度クランハウスに帰って風呂に入ってから三時間ほど眠る。それから起き抜けに脳ヒールを自分に行い、寝ぼけ眼で朝練に励むガルムたちを見送る。
魔流の拳が使えなくなった今も庭に座って瞑想しているハンナは置物のように動かず、彼女の肩に止まった小鳥が羽繕いをしている。その風景を横目に努はアーミラが購読したままの新聞をしばらく流し読んでいると、一足先に朝練から帰ってきた者の足音が聞こえた。
「お疲れ」
「……この程度の距離で疲れる自分が嫌になりますけどね」
努からタオルを受け取ったリーレイアは神妙な顔でそう言うものの、以前のような不安定さは見られず前向きになり始めていた。
最近のリーレイアは家事手伝いの他に、朝練や神台視聴にも精を出すようになっていた。ノースキルノーステータス下における治安の悪化がなくなってきたことに加え、単に時間の経過が彼女に落ち着きを取り戻させた。
「ツトムも参加したらどうですか?」
「コリナにボコられるから嫌だね」
「変に煽らなければコリナに目をつけられることもないでしょう?」
「かもね。ま、土台無理な話だけど」
そう言って呆れ顔のリーレイアを置いていき、努は瞑想を終えてソファーに座っていたハンナの後ろに回り込む。そして禿げた翼を診ながらヒールをかける。
「もしこれですぐ治るようになったら、あたし無敵じゃないっすか?」
「そう都合良くはいかないもんだよ、人生は」
努は砂漠に水でも撒いているような気持ちになりながらも、ハンナの気晴らしに付き合っていた。一昨日には毎日診る意味はないと一蹴してみたが、またハンナの翼を抱いての被害者面が再発したので渋々やることにしている。
それから朝練から帰って身支度を整えてきたクランメンバーと一緒に朝食を摂った後、努は一足先に紅魔団のクランハウスへと出かけた。蠅の王を診療するためだ。
「あと一週間後くらいにはーちゃんの元になったモンスター届くみたいだから、それで治療が進むことに期待って感じかな」
「わかった!」
ミナは植物状態となった蠅の王を献身的に介護しながらも、まだ前向きな表情を保っていた。ただ一ヶ月、二ヶ月と経ち、手を尽くしても改善の兆しが見えないまま出口のない日々が続けば、その笑顔がいつまで持つかはわからない。
なので努もハンナの時とは比べ物にならないほど真剣に診療しており、一週間後のモンスターを解剖しての構造理解にも手をつける心積もりである。
そうして蠅の王の診療を終えてミナに何か気になることはないか確認した後、努は早足で迷宮都市の外壁へと向かう。
門を抜けてしばらくフライで飛ぶと、一見すると何もない場所に辿り着く。だが努が虚空を軽く叩けば、そこには確かに硬い手応えが返ってきた。外からは見えないよう隠蔽された障壁魔法。その内側に、神華によって神龍へと変えられたアーミラが隔離されている。
「今日も随分と豪勢な飯だね」
『ヴゥ』
「わざわざ書かなくてもわかるよ」
『ヴァ? ヴゥ』
娯楽、飯。指先で地面を削りそんな単語をつい癖で描いたアーミラは、竜人たちが準備してくれた牛一頭分の生肉をぺろりと平らげていた。
バーベンベルク家とも繋がりのある大きな商家。その代表は竜人であり、彼は神龍のアーミラを喜んでもてなしていた。
富も権力も手にした今、頭を垂れる相手などもうこの世にはいない。バーベンベルク家が相手ですら、無理に頭を下げろと言われれば迷宮都市を出ていく心積もりがある。だが自分からひれ伏したくなる存在がいることが、彼にはたまらなく嬉しかった。
『カッ』
「あんまり手玉に取りすぎるなよ?」
『ヴゥ?』
そういう手合いの変態共が多いんだ、と笑うアーミラに努は軽く言い含めると、彼女はてめぇが言うなと声を低くした。それには努も思わず笑みを浮かべていると、アーミラが爪先で牛のあばらを器用に摘まみ上げてブレスで焼いた。
『ヴ』
「……まぁ、今の見た目なら問題ないけどさ。人で考えたら気持ち悪くない?」
『ア゛?』
ある種ふーふーしてから手渡しされてるようなものだと努は思ったが、アーミラは俺の注いだ酒が飲めねぇのかと言わんばかりの顔をしている。
そしてこれをして喜ばぬ竜人はいなかったんだぞと腕を組む彼女を前に、努は微妙な顔のまま骨付き肉にかぶりついてみた。
「めっちゃ生焼け」
『…………』
「いや、それはそれでキツいね」
ならまたふーふーしてやろうか? と目で尋ねてくる神龍に対し、努は牛なら大丈夫かと骨付き肉を一本だけ完食した。おかわりは断った。
そっか、ツトムはこの状態でも喋れるのか……