第817話 鉄砲玉
「バリア」
スキルによる目くらましは詠唱によりわかりやすいため、努は目を閉じたまま進化ジョブを解放しステータスを変化させた。そして努が展開したバリアは確保に駆けていた獣人二人の進行を防ぐ。
だが既に努の手を押さえていたクリスティアは、目を瞑っていても多少の状況把握はできていた。そこから努を手繰り寄せ接近戦で関節を決めにかかる。
エルフは長い時を生きる性質上、暇つぶしにあらゆることを学ぶことが多い。その中でも武術に秀でている者は敵に近づかれたことを考慮し、ナイフや素手での対抗策を会得する傾向が強い。その例に漏れずダークエルフのクリスティアも一通りの武術は心得ている。
「…………」
更に努がノースキルノーステータスの影響を受けていないかもしれないことを、クリスティアは考慮していた。
関節を決められる寸前、努はステータス差に任せて腕を引き抜こうとした。だがその力は真っ向から受け止められることなく、むしろ引く勢いに合わせて身体ごと引き込まれる。咄嗟に踏ん張ろうとした足を払われ、努の視界がぐるりと回った。
模擬戦で手合わせしてきたディニエルすら凌ぐ柔術の極致。いかに努がここ最近の鍛錬で鍛えステータス差があろうとも、接近戦において数百年の研鑽は覆らない。
「くっ」
気付けば努は床に顔を押し付けられ、後ろ手に回された腕の関節を決められていた。逃れようと身を捩った瞬間に肩を捻られ痛みが走る。それに努が苦悶の表情を浮かべた直後、彼の左中指に嵌めている指輪が主人の危機を察知し輝き出す。
『グルァ!!』
「待てっ!!」
努の精神力を媒体に顕現したフェンリルが、その勢いのまま体当たりでクリスティアを突き飛ばす。そして爪から生やした氷棘で追撃しようとしたフェンリルを努が強く止め、血が流れることはなかった。
「フライ」
思わぬ精霊の出現に流石のクリスティアも目を丸くしながら吹き飛ばされたものの、フライで態勢を整え努が張っていたバリアを足場として止まる。ただその背後にいた獣人二人は異様に目をかっ開いていた。
「探索者風情がぁぁぁっ!! クリスティア様に何をっ!!」
前々から気に食わなかった。人々のために数百年身を粉にして活動している伝説的なお方に対し、さして敬意も払わぬお遊戯迷宮で人気者気取りの猿が。あのお方がその失礼な態度を寛大な心でお許しになられているだけなのに、尚もつけ上がるその精神が。
「エアブレイズ」
そんな犬人の気持ちに同感だった兎人も、殺す気の精神力と狙いを込めて風の刃を努に向けて放った。それは圧倒的なステータス差のある努のバリアによって通らなかったが、その殺意は壁越しでも彼に伝わった。
(そんなに死にたいのか?)
白魔導士のバリアすら割れないことからして、力の差は歴然であることは獣人たちも理解しているはずだ。にもかかわらず殺意を剥き出しにしてくるその愚かさを、努はスキルを行使して理解させたくなった。
(……むしろ、それも狙いなのかもな)
ただ獣人二人は躍起になっているが、その背後にいる顔見知りの男と副隊長は戦闘準備こそしているものの動いてはいない。フェンリルは不愉快そうではあるが雑魚には目をくれず、ユニークスキル持ちの副隊長を注視していた。
そもそもクリスティアは自分がここに訪ねてくることを事前に知らされていた。にもかかわらず自分に対して敵対心剝き出しな獣人たちをわざわざ同席させた意味。
まずは単純な力での制圧。それが叶わぬなら獣人二人に敵対心を煽らせ、反撃したツトムが迷宮制覇隊の隊員を傷つけたという名目で裁判に持ち込み拘束する。暴力と法の二段構えなら、むしろ殺してくれた方が儲けものといったところだろうか。
そんな状況を前に殺意で触発された努の頭が冷えていく。そして未だ悪足搔きをしている獣人二人に問いかけた。
「バリアも破れないのに勝てるわけないだろ? 捨て駒にされていることも理解できないのか?」
「はっ! 孤児の女一人にもまともに対処できない軟弱野郎が。命を選択する責任も取らず、口だけは達者だな!?」
「エアブレイズ」
聞く耳を持たない犬人は止まらず剣でバリアを一枚叩き割り、兎人も攻撃の手を緩めない。そしてその背後にいるクリスティアは無機質な目でそれを眺めるばかりである。
その現実を前に努の瞳も人間性を失っていく。日本で育ち培った常識では解決できない問題に対処するために。
「マジックロッド」
ノースキルノーステータス下では低下しているDEXにより、現状ではもはや扱えない岩杖のテクトナイト。だがそれをひょいと操作して安定させた努は、自分のバリアごと割りながら犬人の腹目掛けて放った。
「おえ゛っ!?」
それを鳩尾に食らった犬人の身体がくの字に折れ曲がり、血の混じった吐瀉物を床にぶちまける。剣を取り落とし腹を押さえて痛みに悶えることしかできない男を努は見下ろす。
「反撃されないとでも思ってたのか? 間抜けが。ヒール」
善悪の判断もまだつかない餓鬼相手ならまだしも、大の大人が殺意を持って刃物を振り回してくるなら正当防衛は辞さない。ただクリスティアの狙いがある手前、内臓が破裂し放置すれば死に至るであろう彼に努は最低限の回復を飛ばし生き長らえさせる。
「エアブレイズっ」
「エアブレイド」
その隙に風の刃を飛ばしてきた兎人に対し、努は初期スキルで迎撃する。本来であれば上位スキルであるエアブレイズが当然打ち勝つ。だが圧倒的なステータス差があるため拮抗すらせずに風の刃が兎人に迫る。
「バリア」
それを努は自身のバリアを展開して防いであげた。回避行動こそとっていたものの致命傷は免れなかったであろう兎人は、その現実を前に杖を持つ手が小刻みに震え始める。
それでも尚動かなかったクリスティア。部下二人が殺されかけているのを黙って見届けている彼女に、努は首を傾げてみせる。
「助ける素振りもない。隊員が殺された方がむしろ儲けものですか?」
「…………」
「流石、命を選択してきた迷宮制覇隊はやることが違うね。ご苦労様」
鉄砲玉役を見下げる努の発言に兎人は歯軋りするも、力の差を身をもって理解させられている犬人がいる手前再び攻撃する気にはなれなかった。するとクリスティアは暴食龍の骨を用いた弓をマジックバッグから引き出し、矢を番える。
「……ステータスの半減が適用されず、精霊術士でもないのにフェンリルを呼び出せる。神華に対抗できうる力を持つ者をみすみす失うわけにはいかない」
「なら神華がまた迷宮都市に攻めてこないことを祈って過ごせばいいんですか? そうしているうちに帝都で神華が祀り上げられでもすれば、それこそもう手がつけられない」
「……帝都も一枚岩ではない。そう単純に事は運ばない」
そう話しているうちに、クリスティアの意図を汲んだ副隊長が長剣を抜いて一歩前に出る。警備団長のブルーノに匹敵するほどの巨躯。野性味溢れる眼光を放つその男から目を離さぬまま、努は隣にいるフェンリルの肩を撫でる。
「殺すなよ」
『ガゥ』
フェンリルは無茶を言うなといった目付きこそしたものの、努の言葉に渋々と応える。そして狼耳をピンと立てて周囲を見回すと、何かを察知したように努へ短く警戒の声を上げた。
その意図を努が問い返すよりも早く、副隊長が踏み込んだ。それをフェンリルが氷鎧を身に纏って迎撃し、氷と鋼がぶつかり合う轟音が会議室を揺らす。
衝撃の余波で机や椅子が吹き飛び、砕けた破片が宙を舞う。その向こうで弓を引き絞ったまま微動だにしないクリスティアと、テクトナイトを浮かせている努の視線が交わった。
更新ありがとうございます