第816話 選択
それから数日間も努は精力的に動いた。日々の探索に加え、ユニークスキル持ちのレオンに刻印装備や金銭での交渉を持ち掛け、エイミー救出の際にPTを組んで欲しいことを頼んだ。
「いいぜ。俺も人生で一度くらい女神をこの目で拝んでおきたかったんだ。エイミーちゃんの見た目ってのはアレだけどな!」
「……ありがとう」
レオンが渋るようなら最悪、何ら確証のない民間療法のような金玉ヒールを引き合いに出して金狼人が生まれるかもしれないぞと嘯くつもりでいた努は、すんなり引き受けてくれた彼に感謝した。
「ダチを助けんのは当然だろ?」
「ダチ……?」
「ぷっ、くくくっ……友達じゃないってさ? レオン」
宇宙猫みたいな顔でそうぼやいた努に、同席していたルークが堪え切れずに笑う。それにはレオンも珍しく不満げな表情を露にした。
「そりゃねぇぜ」
「あ、友達ね? ……まぁ友達か」
「そこ、迷うところか?」
「でも友達程度でここまで引き受けてくれるわけなくない? ユニークスキル持ちとはいえ神に敵対するか普通?」
「……じゃあ、親友ってことか?」
「僕の親友はガルムくらいなんで、まだその域には全然到達してないね」
「おぉい!? ……俺にとっちゃ、貴重なんだよ。男のダチってやつはよ。それがいなくなんのは困るし、寝覚めも悪い」
ハーレムクランを創立しているレオンは普段接するのは異性が多く、同性は少ない。ただ同業者や飲み仲間には男性も少なからず存在し、ハーレム築くなんてようやるわと、ある種尊敬の眼差しを向けられることも多かった。
ただレオンが最前線に付いていけず落ち目になった時、周囲が離れるよりも先に彼自身が心を閉ざし同性とは疎遠となってしまった。中には心配して訪ねてくる友人もいたが、レオンはそれらも跳ね除け殻に閉じこもった。
ハーレムクランという異質さと、探索者として大成しているからこそレオンは誰とでも話せた。だが自分が落ち目になってしまってからはその自信も喪失し、同性からヒモ男と評価されるのが何よりも怖くなった。
子を数十人抱えても金狼人が生まれることはなく、自分だけユニークスキルも派生しない。アタッカーとしてもタンクとしても二流止まりで、妻たちに食わせてもらっている日々。男としての情けなさを感じずにはいられず、されど現実は辛く酒に逃げるしかなかった。
だからこそ三年ものブランクを空けて同じく落ち目だった努に救われた。ユニスとクロアにおんぶにだっこでありながら、一切話も聞かずに刻印している努の姿。そしてヒモキャリーだと批判されてもさして気にすることなく駆け上がっていく様を見て、ようやくレオンも開き直れた。
「あー、ハーレムクランだからやっかまれてる感じ?」
ずけずけと物を言う努に対し、レオンは呆れ顔で首を振る。
「ま、そう思ってもらって構わねぇよ」
「……でもレオンは割と男からも人気じゃなかった?」
「ま、色々あるのさ。お気楽に見えるレオンにもね」
「ふーん。でもそれだけじゃあれだし、ちょっとは先払いしようかな」
「おっ、ごちそうさまでーす!」
「お前は自分で払えよ、羽振りいいだろ?」
「まだクランリーダーじゃないもーん」
そんな努の存在が影の支えとなり、レオンは再び表舞台に立つことができた。今はかつてのダチたちとも和解し、ヒモであることが情けなさすぎて顔を合わせづらかったんだと自白しケラケラ笑われてもいい関係まで回復し――
「ヒール」
「うおっ!? えぇ、何だぁ!?」
「おまじないみたいなもんだね」
そんなエモい雰囲気の中で急に股間を掴まれたレオンがギョッとして立ち上がる。小学生ぶりに人のモノを触った努も席に座り直して手を払っていると、ルークが物欲しそうな目をした。
「……僕も最近勃ちが悪くてね?」
「夜の店に行けばあるでしょ、性欲増進とかそういうやつ」
「最前線の白魔導士がしてくれるから効き目が期待できるんだよ! 僕もエイミー奪還に協力するからさぁ!!」
「ユニークスキル持ち以外はお呼びじゃないんだよ、失せな」
「酷い……酷い……」
しくしくと泣き真似をするルークを置いて、努は支払いを済ませギルドを出ていった。
努がその翌日に向かったのは迷宮制覇隊のクランハウスだった。そこでユニークスキル持ちである副隊長にエイミー奪還のための協力依頼を、クランリーダーであるクリスティアに頼む算段だった。
事前にアポは取っていたので受付はすんなり通されたが、案内された会議室にはクリスティアの他にも様々な人がいた。
(あ、説明会で腕折った人)
飛ばすヒールの効果をその場で証明させるために自分の腕を折らせた男に自然と視線が吸い寄せられていると、目が合った彼は目礼してきた。それに努も軽く礼を返しつつ、今回のお目当てである狂戦士というユニークスキル持ちの副隊長や、以前ガルムエイミーとメンチを切り合っていた獣人二名を見回す。
兎人の女性は防音のバリアを張れる白魔導士であり、前回ギルドで会った時も顔を合わせていた。その隣にいる犬人の男は油断のない目でこちらを見据えている。両者とも目礼は返ってこなかった。
「……ツトムが来るまでに会議を済ませていた。そのまま奥へ」
「あっ、はい」
何か気まずいなぁと努は思いながらも、奥に準備されていた向かい合わせの席に座った。その対面にクリスティアも座ったところで、努は話を切り出した。神華に囚われたエイミー救出のためにユニークスキル持ちの副隊長に協力をお願いできないか。
それに対しクリスティアは浅黒い瞼を閉じて首を横に振った。
「……残念だが、人の命一つのために大きなリスクは取れない」
「その分、礼は惜しみません。僕の作った刻印装備を使えば隊の生存率も上がるでしょうし、金銭面も即金でお支払いします」
「確かにノースキルノーステータスの影響は私たちも無視できない。ただ外のダンジョンにおいての生存率を上げるための装備は、もう最大限と言ってもいい。生存率に直結するのは、ふとした油断を突かれての死だ。それを防ぐためには訓練で鍛える他ない。金銭も他から多数の支援があるため不要だ」
「……そうですか」
「……仮に、神華に身体を乗っ取られたというエイミーを抑えられる戦力が揃ったとしよう。だがそのエイミーを助けられる方法には懐疑的だ。死ぬ間際まで追い込めば他の受肉体に移るとは言うが、その後にまたこちらで確保したエイミーが乗っ取られる可能性は大いにある。それを防ぐ手立てが見当たらない」
「それについてはまだ確約はできないんですが、明日には目途が立つかもしれないです。……あー、神威と接触できるかもしれなくて。神には神をぶつけるしかないかなと」
バリアもかかっていないこの場所でその単語を言うか努は迷ったものの、既に神華が迷宮都市に攻め入っている現状で隠せるものでもない。なので素直に明日どうにかなるかもしれないことを告げた。
その手立てについては孤高階層にある祭壇で10日目となる翌日、何かしらの進展が期待できる。ただその内容はまだ神のみぞ知るところであるため、時を待つ他ない。
「……曖昧な情報」
「そうですね。僕自身も知らないので何とも」
「であれば、副隊長を貸し出すわけにはいかない」
「……そうですか」
もうこれ以上努が出せる有効札はない。であれば現状の戦力で装備を整えつつ、明日に期待する他ないだろう。
するとクリスティアは努を落ち着かせるように言い含めた。
「……過去に、妻と子供がアントによって巣まで引きずり込まれてしまった男がいた。その男は友人たちを説得して回り、勇敢にも巣に攻め入った。そして友を全て失い、妻と子を取り返せることもなく、一人生き残ってしまった」
「わかりましたよ」
「いいや、わかっていない」
席を立とうとした努の手をクリスティアは掴んで止めた。
「ツトムやクランメンバーにとっては大切な仲間なのだろう。だがそれを取り返そうとするがあまりに手を広げれば、それらも纏めて失うことになる。そうなれば一生、その喪失感に苛まれることになる」
「なら、諦めろと?」
「諦めろ。これ以上犠牲を出さないために」
クリスティアからあまりにも直球な言葉を投げられた努の顔が硬直した。その後に会議が終わってもずっとこの場を離れない迷宮制覇隊の者たちを胡乱げに見回す。
「もし諦めなかったら、どうするつもりですか?」
「……どうした、ものかな」
実力行使も辞さない構えであるものの、クリスティアの歯切れはかなり悪かった。それに努は拍子抜けしつつ、掴まれている右手をそっと引こうとするが離してはくれない。
彼女は努に対して武力による制圧は大きな禍根を残すことになることを、若木から言い含められていた。それに大賢者イゾルデもいい顔をしないのは疑いようがなく、クリスティア自身も彼とは引き続き良い関係を築いていきたいと考えている。
だがそれにかまけてこのまま放置してしまえば、彼はユニークスキル持ちを引き連れて帝都へと向かうだろう。
それで神華を討ち果たすのなら万々歳だが、全滅した場合は迷宮都市の損失は計り知れない。それは巡り巡ってスタンピードへの対処が後手に回る事案になり得るだろう。そうなれば民草は際限なく死ぬ。
クリスティアが迷宮制覇隊を運営してきた数百年。それは命を天秤にかけてどちらを選ぶかという選択の連続だった。知人、友人、同胞、恋人、家族。クリスティアはそれらを考慮することなく救える人数を基準に選択し続けてきた。
「ツトム。……諦めてくれ、頼む。ユニークスキル持ち、それにツトムも失われるかもしれない賭けを、私は許容することができない。神竜人の娘、カミーユもそれを望まないはずだ」
「……諦めるのは無理です。ただ、明日。明日になれば神華に対抗できる手段が見つかるかもしれないんです。そうすればそれは賭けにならない。せめて明日まで見逃してもらえませんか?」
「……何も失わずに全てを取り戻す。そんな選択肢を探したところで、見つからないものは見つからない」
クリスティアの目が淀んでいく。数百年間手を差し出してもくれない神などに頼るつもりは毛頭ない。祈る代わりに命の選択を続けてきた彼女は決断した。
「捕らえろ。手段は問わない」
「フラッシュ」
そんな彼女の言葉と共に、背後で控えていた兎人の女性が目くらましを放つ。選択の火蓋が切って落とされた
更新ありがとうございます。
カクヨムで先に拝読しましたがコメントはこちらにて。
つとむさんは下ネタやらが飛び交う会話はガルムとはあまりしないだろうし、この二人は別枠の友人・仲間だろうね。
クリスティアさんが心配なのは判るし、副隊長を出張させられないのもまだ協力しないだけで済むよ。でも力づくで止めるのは余計なお世話かな。クラン外のユニークスキル持ちを連れて行かない状況だったら放っといてくれたのだろうか?