第544話 Avidなら

 

「……これはまた、珍しい来客だな」


 ギルドを離れてからはやけにしおらしく先ほどのドッキリについて弁明を重ねるロレーナを連れて、努はクランハウスに帰る。すると何だかぐったりしている様子のガルムがそう言って出迎えてきた。

 その言葉に努は首を傾げていたが、リビングを覗いてみると納得した。


「おや、お邪魔したかな?」


 少々酒を嗜んでいる様子のカミーユと、彼女に膝枕されながら遠慮なく寝ているリーレイア。そんな光景を目にした努は乾いた笑みを浮かべながら、おどおどしているロレーナを連れてリビングを通り抜ける。


「いえいえ。それが起きたら面倒そうなので、そのまま寝かしつけておいて貰えると助かります。少し静かな場所でロレーナと話したかったんで」
「私も少しツトムと話したかったのだがなぁ。新通貨の件とか、その他もろもろ」
「最近、何かと忙しいですからね。お互いに」


 それこそ新通貨の流通に一枚噛んでいるギルドは大分忙しないことになっているし、自分もこれから中堅たちが買った刻印装備のアフターサービスでてんてこ舞いになる。そんな中わざわざ時間を取ってくれたであろうカミーユに手を振り、変に気を遣って気配を消していたロレーナを庭に招き寄せる。

 ハンナが毎朝瞑想しているからかそこだけへこんでいる芝生を跨いでゆったりと座れる木の椅子に腰かけ、ロレーナにその対面に座るよう手で示す。そこに彼女はちょこんと浅く座った。


「改まって二人で話すのって、いつぶりくらい? それこそ初めに回復スキルの検証した後に、神台市場で会った時以来だったり?」
「いや、流石にそんな前じゃないです。うちのクランハウスで何回かありましたよ」
「そうだっけ? 何だかんだで誰かいた気もするし、二人だけで話す機会はほとんどなかったと思うけど」


 努はクランハウスに帰る道中で、ロレーナからあの場で刻印装備を求めた理由はいくつか聞いていた。

 初めは努が引き続き最前線組には刻印装備を売買しないことを喧伝するため、敢えていの一番に質問して撃沈する役目を買って出たこと。ただその後のことは完全に情緒が自爆しただけであり、ツトムのせいではないことは道中でしつこいぐらいに弁明されていた。


「…………」


 ただそのことを先ほどまくし立てるように話したせいか、ロレーナは改まって言葉に詰まっていた。それを見た努は目を丸くした後にけらけらと笑う。


「あれ、もしかしてもう話したいことは話し切った感じ?」
「……まぁ、そうとも言えますね。話してるうちに自己解決しちゃったっていうか」
「流石、弟子の中でも一番の年長者なだけあるね」


 確か自分より一つ年上であると認識していた努の言葉に、ロレーナは文句を言いたそうな顔のままピシリと固まった。


「ス、ステファニーだってそんなに歳変わりませんよ。それよりも探索者の実力とレベルの方が大事じゃないですか?」
「年齢については詳しく知らないけど、もう全員僕よりレベルは上じゃん。師匠を踏み台にして先に進むんじゃなかったっけ?」
「そこまでは言ってないです~。それに、仮にツトムを超えられたとしても師匠であることに変わりはないでしょ。育ての親がいつまで経っても親なのと同じです」
「まぁ、それはそうかもね、僕としては後の好敵手として育ってくれても良かったんだけど」


 そんなロレーナの謙虚な態度に、努は少し物足りなさそうに呟く。

『ライブダンジョン!』黄金期の白魔導士において努は全一の自負があったし、実際最強と謳われていたクランで一軍のヒーラーを務めていた。時折おっ、と思う白魔導士こそいたが総合的には自分に届かない者しかいなかった。

 だからこそこの世界ではそんな存在が出てきてほしいなという思いもあり、自分の柄でもない育成にまで手を伸ばした。ただ『ライブダンジョン!』のあれこれを初心者に教えていた経験が精々である自分が指導したところで、弟子たちを理想通りに育てられるわけもない。

 結果的には指を噛み千切るパワー系狂信者に、何故かスポーツ選手みたいな転身を果たしていた兎、出来損ないのマルチ狐など、自分が想定していた結果とはまるで違うヒーラーたちが生まれた。

 そしてロレーナの言う通りその三人は大小あれど師という認識を捨てきれずにいた。ステファニーだけは及第点といったところだが、かつての師を搾りカス扱いにするくらいが努からすれば丁度いい。


(やっぱり、ここでもライバルは祈禱師になるのかな。とはいえあれ以上がこの世界で出てくるなんて到底思えないけど。僕みたいにそのまま転移してきてくれないかな)


『ライブダンジョン!』において努は確かに白魔導士全一だった。だがヒーラー全一かと問われれば、明確に答えることは出来ない。祈禱師のAvidというプレイヤー。女アバターで恐らく男性であろうAvidは、努の覚えている数少ない好敵手の内の一人だ。

 努は幼少期からサンタクロースを疑るような性格だったが、何事もそつなくこなせる能力はあった。そして『ライブダンジョン!』においては誰かの立ち回りを模倣するのが異様に上手かった。

 初めに白魔導士として活動を始めた時はそんなことなど露知らず、神台に映る一人のヒーラーに憧れていただけだった。その者が映る神台を徹底的に見て立ち回りを徹底的に模倣しようと努力し、その実力差を埋めようと邁進する日々。

 だが模倣が完璧になっていくにつれて、その立ち回り自体の欠点も浮き彫りになってくる。それが見つかる度に憧れだった白魔導士への尊敬は徐々に下へと落ちていく。そして最後にはもう使えないと言わんばかりにそのヒーラーを自分の足掛かりとして踏みつけ、また新たな目標を見つけては手をかける。

 そんな梯子を登っていくような行動を繰り返し、おびただしい数の基礎から応用を編み出した努は独自の白魔導士として頂点に君臨した。

 ただ努はそれに飽き足らず、アタッカーやタンクも同じようにして上位ランカーまで登り詰めていた。そして欠員が生じた臨時PTで、本職のアタッカーやタンクを超すバリューを出すことにハマっていた時期があった。そのPTから裏でこっそり勧誘されようものなら、指先から脳汁が染み出てタイピングがエクスタシーになる始末だった。

 だが、そんな努でもAvidの祈禱師は模倣ができなかった。理論値だけでいえば白魔導士よりも回復量、ヘイト共に優秀である祈祷師。だがそんな理論値はそれこそチートでも使わない限り不可能なものだった。

 それをAvidは毎回行っていたわけではなかったが、どのクランが一番早く新しいレイドボスを倒せるかというここぞの場面。そこで生み出された祈祷師の理論値を叩き出す立ち回りだけは、神台で見ても再現できる気がしなかった。

 それこそ実際チートだとか、運営サイドの人間なんじゃないかと疑惑が浮かぶほどの立ち回りと成果。だが同様のことを言われた経験があり、Avidと同じPTを組んだことがある努は彼の実力が本物であることをわかっていた。

 何せAvidは神台に映ることさえなければ、その未来予測ともいえる祈祷師の理論値をおおよそ再現できていたからだ。PTを組んでいればその神憑り的な立ち回りが日常であり、努はそれを間近で観察した後にメタを編み出し彼をヒーラーとして下した。


(でもあれが転移してきたら逆に駄目かもな。何が何でも活かしてやるけど)


 ただAvidはチャット専であったし、神台に映ると極端にパフォーマンスが落ちる内気な人だった。そのため当時のオフ会にも顔を出さないような人だったので、仮に転移してきたとしても祈禱師としてやっていけるか不安ではある。

 だがそれでもちゃんとパフォーマンスが出せるなら素でコリナを上回る予測能力を発揮し、祈禱師全一になっていたかもしれない。そんな妄想をしながら、ここ最近刻印で忙殺されていた努は久しぶりにのんびりとしていた。


「……今のツトムから見ても、その、好敵手みたいな人っていないんですか?」
「今の環境下だとウルフォディア超えたヒーラーがそうなりそうだけど、何とも言えないね。カムラは少し面白そうだけど、他はそこまでの気概なさそうだし」


 そうなったらいいなと思ってはいたものの、結局それは無いものねだりだ。過去の『ライブダンジョン!』では確かにいた数々の好敵手。だがそれはその時の環境と初体験な自分でなければ味わえなかったものに過ぎず、いくら追体験しようとしてもそれと全く同じものは手に入らない。むしろこんなものだったかとがっかりすることがほとんどだ。

 ただ、自分はそのがっかりすることを期待している節もあった。やっぱりあの時の『ライブダンジョン!』にいた数々のプレイヤーは凄かったんだ。そう思い込みたい欲求もないとは言えない。


(懐古厨がよ)


 そう考えると自分も一種の老害に位置するかもしれないし、神の意図によって環境を修正させられているだけなのかもしれない。だがあの時の戦友たちのことを思うと放置も出来ないのが正直なところだ。

 排水口でも詰まっているように停滞した環境は気持ち悪い。その詰まりを解消して流れてしまうのが自分を慕う弟子だろうが知り合いだろうが、むしろ流れてしまえとすら思う。死ぬほど嫌な思いはするかもしれないが、物理的に死ぬわけではない。


「それこそ落ちぶれたミシルを復帰させるため、って発破かけたらシルバービーストの職人たちは本気出しそうなもんだけど」
「……ツトムにも共感とか、そういう感情はありますよね?」
「いや、あるよ? だから僕としても苦渋の決断ってやつ」
「雰囲気とか言い方って、大事ですよね……」

 コメント
  • 匿名 より: 2022/12/30(金) 2:25 PM

    面白かったです
    来年も楽しみにしてます
    今年もお疲れ様でした

  • 匿名 より: 2022/12/30(金) 2:26 PM

    雑魚はダリルと努が封殺してるし、攻撃避けれる、致命が当たっても即回復出来るゼノ、火力支援も攻撃も回復も出来るソニア、アタッカー最高火力持ってるアーミラ
    まあ負けようがないわな、うつす価値無しみたいな

  • 匿名 より: 2022/12/30(金) 2:31 PM

    異世界人が全員あまりにも弱すぎるからツトムが懐古厨になってるんでしょ
    雑魚ばかりの環境に一石を投じるなら同じ異世界人になるのは当たり前の発送だと思うけど

  • 匿名 より: 2022/12/30(金) 2:45 PM

    ネトゲと一都市のさらに一部じゃ人口規模が違いすぎる

  • 匿名 より: 2022/12/30(金) 2:55 PM

    地方の仲間内でお山の大将やれた朴訥な時代と、オンライン対戦で身の程を叩き込まれる上に、更に世界大会のネット配信でトッププロの対戦を簡単に観戦できる今の環境の違いか。

  • 匿名 より: 2022/12/30(金) 3:00 PM

    目的や目標のない状態ってのは病むからな。
    その意味では、地球でプロゲーマーやってた頃はさぞかし充実してただろうな。
    ダンジョン探索者の人口を1000倍にでもしないと、ツトムの望む環境は手に入らないだろうし。
    ああだから、人口を増やす(減らさない)一手としての中堅冒険者への装備販売なのか。

  • 匿名 より: 2022/12/30(金) 3:27 PM

    世界大会の弱小リーグで全敗したときはメラメラしてたんかな
    山は頂上に着いた時より登る時、なんなら準備してる時が一番楽しいからな
    山なら下山すればいいけど、実力?はわざと下がるわけにもいかんし、追いつくのを待つしかないのは萎えるわな

  • たかなしねこ より: 2022/12/30(金) 3:58 PM

    曹操の話をすると曹操が来るといいますし、彼?もそのうちやってくるかもしれませんねww

  • 匿名 より: 2022/12/30(金) 4:14 PM

    更新ありがとうございます。
    リーレイア寝落ち退場でカミーユ待機ですか。これはこれで次回楽しみです。
    ロレーナはなんか自己解決してますね。やっぱり手のかからない弟子。
    つとむさん的には狂信者と同等以上にヒーラーが上手くて、兎みたいに勝手に成長できて(独自性は別)、(現在は軟化してて微妙な)狐みたいに自分を越える気概を持ってるくらいのがお好みなんです?
    Avidは、調べたら「熱心」とか「貪欲」って意味が出てきたから、『ライブダンジョン!』では間違いなく廃人の部類。メタ的に転移はないだろうと思ってるけど、あえて理由を挙げるなら、「神台(神の目)に映るのを避けてたし、映っても本来のパフォーマンスを発揮しなかった=神運営には有力候補として補足されなかった」というところ。
    そういえばつとむさんの『ライブダンジョン!』時代のプレイヤーネームって本編に出てました?異世界に招かれてからずっと本名プレイですけど。

  • 匿名 より: 2022/12/30(金) 4:38 PM

    出てないね。バズった動画出てきたけど。
    「ボイチェンクソガキ成敗配信」と「ヒーラーガイジ」
    これめっちゃ見たいなwww

  • 匿名 より: 2022/12/30(金) 4:39 PM

    登場の前ふりかな?

    古参の回復職や盾職探索者にとって努は、
    師とかかつての目標ってだけじゃなくて、
    どん底から救ってくれた恩人でもあるから、
    他の元目標の人に対してはともかく、
    努に対してだけは敬意を持ち続ける、
    って事例も多少はないとおかしいかなとは思う。

  • 匿名 より: 2022/12/30(金) 4:47 PM

    異世界人同士で競うよりも、ユニークスキル持ちとか武術歴100年の長命種とか才能と努力を高レベルで兼ね備えたトップアスリートみたいな探索者とかを相手に競い合った方が見応えはありそう。

  • 匿名 より: 2022/12/30(金) 4:47 PM

    薬師でお婆さん超えてやるぜぐらいの気概は努にもなかろ

  • 匿名 より: 2022/12/30(金) 5:36 PM

    好敵手欲しいならステファニー達に刻印装備渡せばいいなんてコメもあるけど、そうじゃないんだよなぁ
    たとえ現状では同一条件下で負けたとしても、努からすれば追い越せる算段がつく領域内の話でしかない
    求めてるのは知識と知恵を尽くしてもなお自分に匹敵しうる好敵手であって、今回程度の状況も打破できないような軟弱ではない

  • 匿名 より: 2022/12/30(金) 5:45 PM

    ゲームとリアルの感覚の違いもあるでしょう。
    ゲームはあくまでロールプレイだし生活かかってないし、飽きたり不快だったらやめるだけだから。
    仕事での人間関係で考えたら、やっぱ不義理は信用失くすでしょ。

  • 匿名 より: 2022/12/30(金) 5:59 PM

    正直他プレイヤーは出てきて欲しくないなぁ…

  • 匿名 より: 2022/12/30(金) 6:08 PM

    更新感謝

  • 匿名 より: 2022/12/30(金) 7:31 PM

    転職機能あれば他ジョブを極めるとか他の楽しみ方もできたんだけどなあ
    神運営は努の為に転職機能実装はよ

  • 匿名 より: 2022/12/30(金) 8:16 PM

    努が弟子を突き放した感じなのは馴れ合いによって誰も傷つかないような温い環境が結局ゲームの寿命を縮めてしまうと思ってのことかもね

  • 匿名 より: 2022/12/30(金) 8:26 PM

    更新あざす! 
    今年も一年ありがとうございました!
    ロレーナデート回!と思ったらしんみり懐古回。。
    新年SSの前フリなんジャマイカとおもったり。。

  • 匿名 より: 2022/12/30(金) 8:49 PM

    更新ありがとうございます
    お陰様で今年も楽しく過ごせました。来年も無理のない程度に更新よろしくお願いします!

  • 匿名 より: 2022/12/30(金) 8:54 PM

    努の揉まれてきたネットの海とライダン民のツトムに引き上げられてやっと井戸から登り始めた差というか、努は広い星空を知ってるけどライダン民の見る星(師)はツトムなんだなっていう。この辺視座の高さというか違いが出てて好き。

  • 匿名 より: 2022/12/30(金) 9:07 PM

    参った。「座視の高さ」ね。
    言い方が上手いよ。ちくしょー!
    激しく同意。

  • 匿名 より: 2022/12/30(金) 9:10 PM

    ごめん。「視座」でした。座視のコメを訂正します。

  • 匿名 より: 2022/12/30(金) 9:14 PM

    でも努ってガチクラン入って楽しくなくなって失敗したんじゃなかったっけ
    そう考えるとまたやらかしフラグなのかも知れない

  • 匿名 より: 2022/12/30(金) 9:22 PM

    ガチクランはガチクランで楽しんではいたけど、エンジョイ勢バカにしてたけど交流の中で目を覚まされたり、大会を病欠したフレにリアル優先とは何事か!とブチ切れて引退まで追い込んだりとか、色々経験して黒歴史積み重ねてたんじゃなかったっけ?

  • 匿名 より: 2022/12/30(金) 9:36 PM

    2022/12/30(金) 9:14 PM
    そうじゃないと思う。
    クランを重視しているからこそ地雷恋愛を怖がってるし、ツトムとしてはいろいろな意味でゲーム的な効率と攻略の停滞は禁忌扱いなんじゃないかな。

  • 匿名 より: 2022/12/30(金) 9:36 PM

    > 大会を病欠したフレにリアル優先とは何事か!とブチ切れて

    どちらかというと現在のディニエルがそれやってる

  • 匿名 より: 2022/12/30(金) 9:42 PM

    そっか。ディニちゃんはそういう立ち位置か。

  • 匿名 より: 2022/12/30(金) 9:47 PM

    白門の特別レア枠で転職チケットとか出ないかな?
    まぁリアル世界でジョブチェンジするのは立ち回り弱くなるから地雷になりかねないけど、やっぱり合ってないジョブだと感じてる人にはありがたいだろうね

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