第572話 よく見れば可愛いかも?

 

 アーミラPTとステファニーPTの共同探索が成立し、165階層のモンスターたちは物凄い勢いで狩られていく。


「ストリームアロー」
「アンチテーゼ」


 ディニエルの放つ矢は流星の如く降り注ぎ、空の王であるはずの竜たちが成す術もなく地に堕ちていく。地上ではステファニーがミミックを相手に他の遠距離スキルよりは効きの良いアンチテーゼを使い、赤いヒールで迎撃している。


「どーーん!!」
「岩割刃」


 そんなディニエルに負けじとハンナは雷の中魔石を砕き、その両拳を避雷針のように掲げて氷竜に雷をお見舞いしている。エイミーはミミックが移動の際に用いる箱底から出る触腕を狙い、隙を見ては貝の紐でも切るようにして致命的なダメージを与えていた。

 間引きの風景が一時間を過ぎた頃、浮島の上空に突如として黒い物体が出現した。それが隕石のように降ってくるのを見計らい、二つのPTは間引きを中断しその着弾地点へと向かう。

 そして巨大ミミックが地表に落ち、浮島に激震が走る。その着地によって起きた衝撃と暴風で木々が千切れんばかりにざわめき、まだら模様の雲が吹き飛ぶ。

 銀や金ほどのわかりやすい煌びやかこそない漆黒の巨大ミミック。だがその色は黒門のような異物感はなく、てらりと輝くその外観は艶めかしさすら感じられる。

 そんな巨大ミミックは鍵穴のような鼻を犬のように鳴らした後、飛行船のある方をがばりと向いた。そしてその大口を開けて狂喜乱舞するように叫び散らし、桃色の巨大な舌がぶるんぶるんと振られる。


「なんか、あのミミックだけわんちゃんみたいっすよね」
「意味がわからない」


 間引きに一区切りをつけてステファニーPTと合流したハンナの呟きに、ディニエルは回収した矢に歪みがないか確認しながらにべもなく返す。


「そーっすか? ルークの召喚してるミミックとか、まんまあの感じが小さくなってるから可愛いっすけどね。犬みたいに顔ぺろぺろしてたっすよ」
「…………」


 何を言ってるんだこいつは、と言わんばかりの顔なディニエルは、どうにかしろこの馬鹿をと言いたげな目でゼノを見た。


「見慣れれば意外と可愛いものだと言う者も、最近増えてきているようだぞ? 一部のモンスターの愛玩化も進んでいることだし、ミミックが番犬になる日も近いのかもしれないね!」
「おー!」
「……それで、構成はどうするの」
「やめろー」


 そんなものより猫の方が断然良いと言わんばかりに猫耳を揉んでくるディニエルに、エイミーは軽く抗議している。まだ巨大ミミックが動かないことをいい事に好き勝手しているPTメンバーを、ステファニーとアーミラが窘める。


「巨大ミミックの討伐PTと、他のモンスターを引き付ける囮PT。その二つに分けて突破を目指します。ゼノはミミックを、ビットマンは他のモンスターのヘイトを取って下さいませ」
「任された!」


 魔法系スキルを逃さず受け止められるキングベールを使えるゼノは、意気揚々に胸を叩く。するとアーミラは身長差の激しい二人を見比べた。


「間引き役は一先ずハンナかディニエルか?」
「それも悪くはありませんが、弓術士はストリームアローなどの魔法系スキルを使わなければミミックに対しても有効打を放てます。恐らくハンナも同じなのでは?」
「うっす。あれに効かない魔流の拳は大体わかったっす!」
「それならわたくしが引き受けても構いません。ツトム様のようにはいきませんが、似たようなことは出来ますし」


 ウルフォディア戦で見せた努のアンチテーゼによるモブモンスターの殲滅は、専用の刻印装備があってこそだ。だがステータスが彼よりも高くスキル技術もずば抜けて高いステファニーならば、それの真似事くらいは造作もない。


「んー、でもステファニーもアンチテーゼで火力出るんじゃない?」
「とはいえ、ディニエルやハンナほどではありません」
「そうなるとわたしも巨大ミミック相手だと怪しいところだし、間引きの方が役立てそうかな。これもあるし」


 エイミーはそう言ってマジックバッグをごそごそした後、毒々しい色の液体が入った瓶を取り出した。するとステファニーは穢れでも見るように目を細める。


「……噂の毒ポーションですか」
「巨大ミミックに効くほどの量はないけど、普通のミミックならこれで仕留められるんじゃない? あとは底を上手いこと切れるのを祈るしかないけど、巨大ミミックには通用しないからねー」


 ミミックの物理的な弱点としては口から覗く舌と箱底の触腕だが、まず口に関しては魔法は食われ物理は閉じて遮られるのであまり意味を為さない。底の触腕は一度攻撃してしまえばあとは根を張るようにして地中に隠されてしまうため、チャンスは一度きりだ。

 ただ巨大ミミックは飛行船へ移動するために触腕を使わざるを得ないので、その分攻撃の機会は増える。だがその巨体故に近距離系はまともに近づけず、双波斬だけではあまりダメージが入らない。


「……しかし、よくこの状況下で手に入れましたね。ユニスの伝手ですか?」
「あ、これは自作だよ。素材は沼階層と深淵階層から取ってきてやつ」


 そんなエイミーの言葉にディニエルの猫耳を揉んでいた手が止まり、アーミラも少し目を見開いた。


「素材集めも自分だけでしなくちゃならなかったから、巨大ミミックに効くほど量産は出来ないけどね。アルドレがずるい!」
「……いやお前、いつの間にやってやがった?」
「鑑定士のレベル上げついでにやってただけだよ。人に飲ませられるレベルじゃないから黙ってたけど、モンスターになら関係ないし」
「悪い猫だ」
「今度はこっちの番だぞ~」


 いたずら猫のように手をわきわきとさせているエイミーは、ディニエルの少々パサついている金髪を弄ってツインテールを作り始めた。


「では囮役はしばらくの間その三人に任せますわ。あとの七人で巨大ミミックを削ります」
「あぁ。ハンナ、飛ばし過ぎんなよ?」
「この後模擬戦も控えてるっすからね!! あんまり魔流の拳使いすぎちゃうと反動がキツいっすから、ほどほどに頑張るっす!」
「…………」


 そんなハンナの明け透けな返しにアーミラは歯でも抜けたように口を開け、ステファニーは盛大な苦笑いを零した。


「そうしてお互いに力を入れず、165階層そのものを突破できないとなれば本末転倒ですわ。かといってあまりに全力を出し過ぎるのもPTとしてはよろしくありません。それはお互いに理解しているでしょうし、言わぬが花ですよ」
「岩ぬが、花……?」
「ハルトより馬鹿なんじゃないか……?」


 巨大ミミック戦後の模擬戦を意識すぎては共同探索する意味もない。それを露ほども理解していなさそうなハンナを前に、ポルクは同じような口調でやかましい鳥人の名をあげながら困惑したように呟く。


「そろそろ巨大ミミックが動き始める! ビットマン、エイミー、ゆくぞ!!」


 そんな中、飛翔の願いによる空中浮遊で巨大ミミックの様子を窺っていたゼノは戦闘の合図を告げた。それを受けたエイミーはディニエルの髪型をちゃちゃっとポニーテールに戻し、坊主頭のビットマンと共に空中へ飛び出し出撃する。

 その三人が目にした巨大ミミックは、夏バテでもしているように大きな舌を地表に垂らしていた。それを足場にして銅、銀、金のミミックが数十匹ほど滑り落ちてくる。

 ミミックたちは地に降りると雨で濡れた水滴でも払うように体を震わせ、唾液を振り払う。そして衝撃地に目掛けて遠くからモンスターも集まり始め、空から見る森がざわめいている。


「コンバットォ、クライ!!」
「ウォーリアーハウル」


 ゼノは銀色の波動を放ち口の中から出てきたミミックたちのヘイトを一気に取り、ビットマンは盾を打ち鳴らしモンスターのヘイトを手広く取る。

 すると巨大ミミックが箱底の触腕を突き出し、その第一跳躍を済ませて周囲のモンスターから一気に離れる。その着地地点の上空に移動を完了していたステファニーたちは戦闘準備を進めていた。


「それでは、私たちも始めましょう。アンチテーゼ」
「おー」
「ストレングス」
「…………」


 ステファニーはアンチテーゼを詠唱し攻撃的なヒールに切り替え、ディニエルは気の抜けるような返事と共に矢を番えた。

 ポルクはSTRが上がるスキルを各人に付与し、巨大な宝玉が特徴的な杖を撫でる。一軍の新人である女性はさながら昔のコリナのように身を縮こまらせつつ、マジックバッグから不釣り合いな大剣を引き出した。


「まずはリーダーの挨拶から始めましょうか」
「本物の大剣ってやつを見せてやる」
「ディニエルには負けないっすよー!」


 ステファニーに目の物を見せてやろうと意気込むコリナとアーミラ。そしてハンナは巨大ミミック戦後の模擬戦を夢想しながら、無色の中魔石を両手に持つ。

 そして巨大ミミックが地表に着弾したのを皮切りに、二つのPTは動き出した。

 コメント
  • 匿名 より: 2023/06/27(火) 7:51 PM

    熟練度とか関係なく刻印無しのアンチテーゼはゴミスキルじゃなかったん?

    スキルとしての問題の話だからステとか関係なくステフには無理だと思うんたげどな〜

  • 匿名 より: 2023/06/27(火) 8:00 PM

    相性の問題でゴミスキルがダメージソースになるんじゃない?
    努と違って通常攻撃でもダメージ稼げるし

  • 匿名 より: 2023/06/27(火) 11:19 PM

    ミミックには属性ダメだってどっかになかったっけ

  • 匿名 より: 2023/06/28(水) 2:44 AM

    属性というか魔法系スキルがダメ(ストリームアローも属性関係なく魔法扱いでダメなんだろう)、物理も利きにくい(中身以外)
    アンチテーゼは謎というかまあご都合スキルだから何の物理でも魔法でも属性でもないんだろ、じゃないと努活躍出来ねえからな

  • 通りすがりの猫 より: 2023/06/28(水) 3:12 AM

    努の帰還クエストのために、ユニス狐と行った帝都ダンジョンで生産系スキル取得してましたね。
    2パーティー共、努の仲間と弟子って何かの伏線でしょうか?

  • 通りすがりの猫 より: 2023/06/28(水) 3:19 AM

    わんこみたいな飼いミミックってプレイ・バイ・メイルゲーム、アラベスク#2エルハーダの秘宝(有限会社ホビーデータ)に出てくる番箱だよね。

  • 匿名 より: 2023/06/28(水) 4:48 AM

    ステフはアルドレで作ったアンチテーゼ用の刻印装備を使ってるんじゃないの
    ツトムが作ったやつの大幅劣化ではあるんだろうけどやらないよりはマシな程度の性能ではあるんだろ

  • 匿名 より: 2023/06/28(水) 7:41 AM

    アンチテーゼ特化とかいいつつ汎用刻印だからな
    立ち回り強化というか
    どの状態どの職で使っても強いよ
     
    威力等はそのままだけど

  • 匿名 より: 2023/06/28(水) 10:14 AM

    ステータスは10レベルごとにしか上がらないから努とステフのステータスは一段階しか変わらない
    100レベル以降はステータスの変化が鈍化するから努とステフのステータスはほぼ一緒のはず

  • 匿名 より: 2023/06/28(水) 10:16 AM

    アンチテーゼって刻印装備あってもゴミスキルじゃね?
    進化ジョブの下位互換じゃん
    ネタビルドなのに努の真似してアンチテーゼ使うやつの無能感すごい

  • 匿名 より: 2023/06/28(水) 10:57 AM

    今回は打撃・魔法系ともに有効打になりにくい相手っていう状況だから多少廉価版装備でもアンチテーゼも選択肢に入るんだろうね
    先入観と汎用性ばっかりに固執して強化系刻印着こんでスキルでぶん殴り続けてる人よりは、状況により他人のやり方を取り入れる方が柔軟で有能なんじゃないの

  • 匿名 より: 2023/06/28(水) 11:02 AM

    アンチテーゼに致命的なリスクがなかったらそうだったかもな?

  • 匿名 より: 2023/06/28(水) 12:06 PM

    刻印装備がない時点でアンチテーゼのリスクとリターンが釣り合ってない気がする
    巨大ミミックが初見じゃなくてある程度挙動理解してるとしても、野良とのレイド戦は不確定要素満載で事故りそうだから様子見せずに初手でアンチテーゼはなしよりかなあ
    コリナとゼノは別パーティだからレイズできないし

  • 匿名 より: 2023/06/28(水) 12:23 PM

    アンチテーゼの効果切れてからでもレイズ間に合うし、他に回復役が居てポーションもあるんだし、殲滅力を上げるほうが安全じゃないかな。
    無限の輪との共闘だし、ツトム様を意識しちゃって内心はまったく冷静ではないってのも期待してるけど。

  • 匿名 より: 2023/06/28(水) 12:39 PM

    猫アレルギーや犬アレルギーの人ってどうしてるんだろ?

  • 匿名 より: 2023/06/28(水) 1:14 PM

    コリナとゼノいるしな、2PTだとPT全体回復は1PTなのか2PTなのか気になるが
    コリナ居りゃ死亡リスクは少ない(死ぬ気配あったら先に予約入れれるし)ポーションで十分回復出来るしね

  • 匿名 より: 2023/06/28(水) 1:30 PM

    ゴミダメしか出ない進化ジョブ魔法と素殴りよりもVIT減衰しかうけないアンチテーゼのがダメージ効率良いってめっちゃ説明されてたやん

  • 匿名 より: 2023/06/28(水) 1:51 PM

    比較的効率いいってだけで、そもそも特化装備じゃないアンチテーゼなんてダメージたいして出ないだろ
    ハンナ・ディニエル・コリナ・アーミラ・刻印装備の人がいるんだからステファニーのアンチテーゼなんてあってもなくても火力変わらん
    コリナを活かすためにむしろステファニーは付け焼き刃のゴミアタッカーなんてやらずにヒーラー専念すべきだろ

  • 匿名 より: 2023/06/28(水) 2:00 PM

    刻印装備の大剣士の人が緊張でドジって即死したら誰も蘇生できないけどね

  • 匿名 より: 2023/06/28(水) 2:06 PM

    そもそも火力不足で負けたから2PTで挑んでるのに火力求めないでどうするのか

  • 匿名 より: 2023/06/28(水) 2:11 PM

    いやだからステファニーのせいでコリナがヒーラーやらされて全体火力落ちる可能性の方が高いって
    コリナだって回復しようと思ったら進化ジョブ解除しなきゃいけないんだから

  • 匿名 より: 2023/06/28(水) 4:07 PM

    アンチテーゼの反転ヒールとかは物理魔法の攻撃スキルじゃ無くて補助スキル(バフ・デバフ)扱いなんじゃ無いかな
    天空階層の敵はアンチテーゼのヒールを確か気にせず突っ込んで来て避けもしかなったはず

  • 匿名 より: 2023/06/28(水) 4:22 PM

    コリナじゃ箱の中身攻撃するの難しいのでは、メイスだし
    ディニエルは中身撃てるから問題なさそう
    というか接近するのも躱せる速さとかないと危ないんだろうと思う、投擲技あるけどメイス戻ってこんしなあれ

  • 匿名 より: 2023/06/28(水) 5:29 PM

    ツトムが自分以外に唯一白と進化ジョブを両立して使いこなしてるって言うレベルのステファニーのアタッカーをゴミは草

  • 匿名 より: 2023/06/28(水) 9:11 PM

    だから白魔の進化ジョブがゴミなんじゃないかって話だろう。
    ただでさえ進化ジョブにリソース振るより元ジョブ1点集中の方が良いとか迷宮マニアの意見としてあるし、努を出すならヒーラーは聖戦士2名がベストになるかもといった予想もしてた。

  • 匿名 より: 2023/06/28(水) 10:17 PM

    聖騎士にしたって介護いるからな、ヒーラー状態脆いし、なってる時間が短い、どんどん進化しにくくなるってのもあるから長期には微妙
    VITも光弾食らって致命的になりかねない程度だし、最終的には微妙な立ち位置になりそう

  • 匿名 より: 2023/06/29(木) 12:53 AM

    前話読めばわかるけど、ヘイト的に巨大ミミック組は回復はあまり気にしなくていいからほぼ攻撃に集中する感じじゃないの
    状況としては、最初のスタンピードの時のカニ追いかけてた暴食龍へのダメージレースみたいなもんだし

  • 匿名 より: 2023/06/29(木) 2:25 AM

    囮PTのが大変そうではある、金ミミック一体に努PTもかなり苦戦してたしな、さっさとやらんとタンク一瞬でとけそう
    そういやこっち刻印装備もろくに揃ってないし(型落ち品は使ってるけど

  • 匿名 より: 2023/06/29(木) 4:47 AM

    ゴリナは単体物理攻撃がメインなんだから自衛のできるヒーラー枠に添えるのが最善だろ
    ヒーラーに求められてることが何か分からんのか?

  • 匿名 より: 2023/06/29(木) 7:42 AM

    10:17
    努が先を見据えて言ったことに読者が希望的観測を踏まえて言ってもね。
    規格外がいないパーティとしては、当然刻印装備ありきで聖戦士2、タンクのできるアタッカー1、遠近攻撃可で精霊契約できる精霊術士か遠距離物理優先で弓術士1、バッファーか器用貧乏でも色々できて回復もできるから安定しそうな灰魔1辺りが読んでる限り良さそうだけど、火力不足になりそうな気もする。
    個人的には努Pの話が好きだから無限の輪が3軍を作って若い探索者を育てる話が読みたいんだけどな。

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