第629話 散々助けてやって育ててもバリューを出せない輩
「ガルム、ハウル追加で厚めによろしく。もしかしたらあの鶴ごとにヘイト分離してるかも」
「ウォーリアーハウル」
アーミラが百羽鶴に痛恨の一撃でも食らわせたのならまだしも、軽くいなされた状態から即死もあり得るような反撃をされるヘイトの跳ね方は早々ない。事前にわかっていた百羽鶴の情報と違い、あのケルベロスのような鶴一つ一つが別のモンスター扱いである可能性がある。
なので努はウォーリアーハウルで全体のヘイト稼ぎを頼みつつ、アーミラが床に広げていたマジックバッグをしゃがんでくるくる巻いて回収した。その所業に神龍化する気満々だった彼女は着けたての煙草を没収されたような目になった。
「ヒール。もしあの鶴一つ一つにヘイトがあると仮定すると、神龍化で一撃かましたらずっと狙われて死ぬよ」
「めんどくせぇな。まずは一発ぶちかましときたかったが」
神龍化は精神力の他にも体力を大きく消費し、短時間での連続使用は命を削る。なので階層主戦ではまず初めに神龍化して一撃入れ、数時間ほど間を空けて再び使うのがセオリーである。
そんな努の話を耳ざとく猫耳で捉えていたエイミーはその仮定が正しいか探るべく、鑑定をしつつ百羽鶴の威力偵察を始めていた。
「っ……!」
ガルムはウォーリアーハウルを発動したことで百羽鶴から徹底的に狙われる羽目になった。前面の鶴からは色折り神により補強された壁をも貫く極太の光線が発射され、左右の鶴はその首を正面にもたげてちゅんちゅんと光線をお見舞いしている。
後ろの鶴は天井を見上げて光線を花火のように放ち、滞空したそれは流れ星のようにガルムを狙って追尾する。彼はそれらの攻撃をPTメンバーが巻き添えを食わないよう位置を調節しつつ、光線ごとに対応して見事捌き切っていた。
「ヒール、メディック」
大奥のようなこの部屋の広さはガルムがタンクとして動くには十分だが、努からすれば天井がある分フライで飛んでの視界は制限されている。そのことに少し歯がゆさこそあるが、今のところはPTメンバー全員の状況は掴めていた。
ガルムは極太光線だけは必ず避け、他の被弾は必要経費として割り切りながらもクリティカル判定は貰わないよう盾や鎧で受け切る。それをヒーラー用の刻印装備を持つ努が回復スキルで癒し、タンクの体力を管理する。
努からの支援回復を受けたガルムは更に動きを冴え渡らせ、数多もの光線を掻い潜り百羽鶴に接近した。
すると百羽鶴は距離を詰められるのを嫌がるように大翼を羽ばたかせてバックステップし、そのついでに羽根矢を放った。そのついでとは思えない強烈な威力を秘めた羽根矢を受けたガルムは、歯を食いしばって耐えたものの最後には押し切られて床を転げた。
そんな彼が息もつく間に左右の鶴はつつくような光線を浴びせ、後ろの鶴も嘴の先に光線を溜めて上に放とうとする。
「夢幻乱舞」
エイミーは幻影を生み出し共に双剣で乱舞するスキルを使い、歴戦の双剣士にでも取り憑かれたような手捌きで後ろの鶴を叩き切る。そしてその乱舞が終わりを迎えようとしたところで鶴の目が光り、彼女を射殺さんと光線の矛先を変更した。
「ブースト」
乱舞系のスキルは最後まで打ち切るモーションでスキル補正の乗った強烈な一撃を加えることが出来るが、死んでしまっては元も子もない。エイミーは冷静にブーストで行動をキャンセルし、追尾してくる光線を引き付けて疾走する。
「やっぱり個別扱いか」
「ウォーリアーハウル」
「ヒール」
エイミーに跳ねたヘイトをガルムは手盾を鎧にかち合わせて鳴らして取り返す。そして追尾光線は避けつつ左右の鶴の攻撃は受けてヘイトを消化し、努からの手厚いヒールの到着に口端を上げた。
そんなガルムの活躍をハンナは熱心な目で見つめていた。そして餌をねだるひな鳥のような顔で努の方に寄る。
「師匠! あたしも出ていいっすか!?」
「まずは後ろの鶴だけ狙って殴ってくれ。コンバットクライも顔面狙いで」
「ういーっす!」
ガルムを見てタンク精神に火でも着いたのか、ハンナは意気揚々と飛び出した。そして追尾光線を延々と放っていた百羽鶴の後ろ頭に赤い闘気を放ち、マジックバッグから魔石を引き出し魔力を吸収する。
そうこうしている内に軽い威力偵察を終えたエイミーがフライで後退し、努の傍に音も立てずに着地した。そして細長い尾を思い悩むように揺らし百羽鶴を見据えながら報告する。
「鑑定結果はレベル低いセレンとそこまで相違ないね。色折り神とインクリーパーとの愛の結晶がどうたらこうたら、余計な情報が書かれてるだけ」
「骸骨船長の次はまたフェンリル親子みたいな感じかな。百羽鶴からすれば僕らは親の仇か?」
「それにあの頭ごとにヘイトが独立してるのは間違いなさそう。カムラPTの百羽鶴はあんなに首うねうねしてなかったし」
カムラPTの百羽鶴は一匹のモンスターとして統一されていた印象だったが、努たち相対している百羽鶴はその身に四つのモンスターを融合させているような様子だった。実際に左右の鶴を横切ったエイミーは視線だけは受け、後ろの鶴には脅威と補足された。
「近づかれるのは嫌がってたから近接戦はそうでもなさげ? でもあの羽根、わたしたちが食らったら即死だろうし正面からは迂闊に近づけないね」
「その分、数に限りはあるかな。わかりやすく羽根抜けしてるし」
現状の騎士としては最強の刻印装備を着ている170レベル越えのガルムですら、クリティカル判定を貰えば致命傷は免れないであろう漆黒の羽根矢。それは明確な脅威ではあるが百羽鶴の内翼は羽根抜けで白い箇所が目立っていた。
あの羽根を切れさせることが出来ればアタッカー陣が即死の恐怖に怯えることはなくなり、攻撃のチャンスを生み出せるだろう。百羽鶴の攻略法を組み立て始めた努が焦れている様子のアーミラに指示を出そうとした時。
『ケェーッ!?』
耳をつんざくような鶴の鳴き声。それが響くと同時に百羽鶴の体が浮いて天井に激突し、魔力の余波で衝撃が走り部屋が揺れる。
「あー……。ちょっと、上手くいきすぎちゃったっす?」
自身が持っている魔石を全て翼で変換させてアッパースイングを放ち百羽鶴を一人でぶっ飛ばしてみせたハンナは、魔流の流れが良かった魔正拳を放った右拳をにぎにぎしながら首を傾げた。
そして百羽鶴はめり込んでいた天井から落ちて床にどすんと落ちる。それにはアーミラも唖然として追撃する気も起きなかった。
ハンナは事前にマジックバッグの内容を改められているため、基本的には無色の小、中魔石しか持っていない。その予備と属性魔石はPTリーダーの努が判断して適宜渡し、他のPTメンバーはハンナがドロップした魔石を着服しないよう目を光らせている。
なのでハンナは事前に与えられている少量の無色魔石のみで魔流の拳を使うため、無茶はできないよう仕組み作りが為されている。だが彼女は小、中魔石の魔力を抽出して纏める高度な魔力操作を成功させ、奇跡のような一撃を放っていた。
そんなハンナの所業に、神龍化をお預けされていたアーミラは叫び散らす。
「いつ盗んだハンナゴラァ!?」
「ぬ、盗んでないっすよ! なんか手持ちのやつで上手くいっちゃったっす!」
「……違う魔石の魔力を同質化させるのは不可能じゃないけど、何十個も纏めるのは現実的じゃないって話だったよね? そうなると、今後は魔石もハンナに一切選ばせずに魔力の質も敢えてバラバラにしておく方がいいかな」
「そもそもさ、抜け道を探すなって話じゃん? 今度は質がバラバラでも自分で統一とかしでかすんでしょ?」
「なんか上手くいっちゃったっす、てね」
ならばそれを見越してハンナが暴発しない仕組みに改善するかと切り替えた努に、エイミーはそもそもの前提を話しながら呆れた目をしている。
そんなハンナの魔流の拳とスキルを組み合わせた一撃を食らった百羽鶴がその身を起こす。後ろの鶴は子供にぐしゃりと握り潰されたような有様であるが、まだその芯は失っていない。
その間にハンナの下にフライで寄った努は、彼女のマジックバッグに無色と風の魔石を追加で詰め込んだ。
「ハンナ、もう攻撃には使うなよ。ヘイトの消化に専念して全力で避けろ」
「えー? でも今あたし、ちょー調子良いっすよ?」
「少しは避けタンクとして成長したところを師匠に見せてみろよ」
「……しょうがないっすね~。りょーかいっす!!」
そう努から言われて追加の魔石を投資されたハンナは鼻を高くし、直接託された風の小魔石を受け取り飛び出した。
そんなハンナを百羽鶴はトーテムポールのように首を回転させて見逃さず、しわくちゃな風貌の鶴が正面に切り替わった。そして力を溜めるように大翼を閉じた後、彼女に向けて羽根矢を大量に射出した。
「すっ!」
百羽鶴の挙動は事前にヘイトを買ったガルムのおかげである程度観察できているため、ハンナは風の魔力を纏わせ縦横無尽に飛び回り羽根矢を避け続けた。それでいてガルムと同じようにPTメンバーを巻き添えにしないよう配慮もしている。
「おい、俺もやっていいよなぁ!? あいつも好き勝手したんだしよぉ!!」
「もう好き勝手できないよう枠組みは組み直すから、頼むよ」
「……俺が抜け道探すような奴じゃなくて、よかったなぁ? おい!」
「コンバットクライ。タウントスイング」
そう当たり散らしこそするがマジックバッグを地面に広げることはなかったアーミラに、努は困ったような笑顔を浮かべながら悪いねと片手を上げた。それにガルムも応じるように百羽鶴のヘイトを粛々と取り始める。
(とはいえ、実際ハンナのやらかしであることに変わりはない。もしこれですぐに死ぬようならガルムでもヘイトを買い切れないし、そうなればアーミラに神龍化切らせて乱戦しかない)
いくら穏静の刻印でヘイトを抑えていようが、レイズによる蘇生で対象者のヘイトを受け持つことになれば焼け石に水である。死ぬことで半減されるとはいえ過剰なヘイトを稼いだハンナの負債は背負いきれない。
(まぁ、この絶好の機会で死ぬような器じゃない。振り回されるPTメンバーが発狂する気持ちはわかるけど、ああいう手合いの中じゃハンナはまだマシな方なんだよなぁ……。投資の採算が合うだけ偉いっていう)
だがハンナがそのやらかしを補って余りある活躍をすることも事実だ。彼女は百羽鶴に向かい風となるよう調節して風を放ち、羽根矢の勢いを弱め余裕を持って躱している。あの調子ならば早々死ぬことはないだろう。
ヘイト管理に潔癖なヒーラーなら真っ先に見限るような存在であるが、ここぞという場面で成果を出せるのなら多少のやらかしは多目に見る。
何なら何度も同じ過ちを繰り返す割にここぞという場面ですらやらかすPTメンバーが多い中、努は投げやりにならずヒーラーとしての責務を果たし続けた。『ライブダンジョン!』で培ったその達観した精神はプロゲーマー時代にも役立ち、対ハンナでも遺憾なく発揮されている。
(ガルムおこで草。いい感じだったもんな)
ただ予期せぬ形でハンナにヘイトを取られ突然サブタンクに回らされたガルムの尾の逆立ち具合を見て、努は密かに笑みを零した。
ハンナはメンバーに感謝しないといけない
抜ける原因になるまである