第638話 所詮は白魔導士
175階層に転移した努は早速巨大社に向かい、そこを登っていく中で臨時のPT合わせをしつつ最上階を目指していた。
「コンバットクライ」
「パワースラッシュ!」
(実家のような安心感)
とはいえ三種の役割を担う無限の輪のメンバーが揃っているため、PTとしては三人だけでも安定感があった。
ガルムはタンクのお手本のようにヘイトを取りモンスターを引きつけ、ヒーラーの努が支援回復してそれを後方から援護する。その二者が戦況を支配している間に、龍化したアーミラが暴れ回りモンスターを減らしていく。
帝階層で出てくる様々な式神への対処も徐々に慣れ、ガルムのパリィ成功率は更に増した。アーミラも良く出る式神:鶴を一太刀で仕留めることも可能になり、徒手空拳で飛び回る兎への対処も慣れてきた。
「っち」
だがそれでも大剣士というジョブでは小回りの利くモンスターが相手にしづらいのは変わらない。戦闘時間が長くなるにつれて小手先での誤魔化しも効きづらくなり、アーミラは仕留めづらい式神:兎や蛙に舌打ちを漏らす。
「円舞斬」
その横合いから剣士の王道スタイルである黒いロングソードと小盾を装備したソーヴァが踏み込み、火のエンチャントを付与した斜めの回転斬りで式神:兎の群れを纏めて打ち払った。
そして手品のように武器を切り替え、討ち漏らした兎にはレイピアを素早く振るい一手、二手と追い詰めて刺し殺していく。
その間に彼を追いかけ大口を開けて飛び掛かった式神:蛇を、アーミラが迎え撃つようにして真っ二つに捌いた。それに対応するため進化ジョブを解放しようとしていたソーヴァは、スキル名を発しようとしていた口をぱくぱく鳴らすに留めてモンスターを殲滅していく。
(以前に増して痒い所に手が届くこと。進化ジョブもタンクだしエイミーとはまた違った小回りの良さがあるなぁ。ガルムと組んだら実質騎士二枚みたいなもんだ)
ソーヴァとは100階層攻略以前にバーベンベルク家とギルド募集の野良PTで組んだことがあるが、あの時から順当に技術を磨き上げたようだった。
元々は孤高の探索者として有名だった紅魔団ヴァイスのファンボーイであり、マルチウエポン使いの彼を真似る器用なアタッカーだった。だがいくらヴァイスの動きを再現出来ようともユニークスキルだけは真似できず、その事実から目を背けるように迷走していた。
しかしその現実を受け入れてからソーヴァは更に装備の幅を広げ、今ではその数だけ見ればヴァイスより扱う幅が広い。
特に新作の魔道具には目がなく、炎の魔石を利用した火炎放射器などを用いる場面も度々見受けられた。そして刻印装備への適応も上位探索者の中では早く、今もアルドレット工房の若い職人たちと話し合い様々な刻印を我先にと試している。
確かに外のダンジョンで数年彷徨い落ちている武具を拾って生き残ってきたヴァイスと比べると、武器の扱いに関しては深みが足りない。だが目新しいものに次々と手を出してはすぐに悪くない練度で扱えるソーヴァは、努からすればアプデの申し子に見えた。
(ホムラ……肩の力抜けよ)
アタッカーのソーヴァは早くもガルムやアーミラの死角を補い連携できるようになっていたが、対するホムラはぼっち一直線である。見たところマイペースな性格ではありそうだが、やはり初めてお兄ちゃんと離れたPTになったこともあってか動きが大分固い。
「ディサイシブ」
それに普段はすぐに二段掛けするリスクリワードも一回に留め、与えたダメージに応じて自分のHPを回復するスキルを多用して一人でも成立するような戦い方をしていた。彼女のHP状況を表す白いゴスロリ服は赤くなったり白くなったりを繰り返している。
(あれでもある程度見通しは立つけど、ヒール一つで冷や冷やさせられるのは御免だな)
この世界ではデフォルトで見えないHP。だがそれはステータスカードで閲覧できるスキル説明で出ている通り、確実に実在するものである。そしてそれを視覚的に見られるようになる装備はいくつかあり、ホムラが着ている白いゴスロリ服もそれに該当する。
HPが三割を切った状態では赤色に変化し、上回ると白色に戻っていく。なのでヒーラーは暗黒騎士に対して赤色を維持する形で立ち回っていく必要がある。
しかし回復しすぎてしまえば三割以上となりステータスが戻ってしまい、ヘイストと同じく身体感覚の変化が不意に起きて致命的なミスに繋がりやすい。かといって放置しては暗黒騎士の個人技頼りとなり、一度のミスも許されない息苦しい状況に陥る。
それこそ『ライブダンジョン!』でも暗黒騎士、狂戦士のHP管理をすることはあったが、初めは胃が痛くなるようなプレッシャーに陥るヒーラーがほとんどだ。タンクが生きたらタンクの手柄、タンクが死んだらヒーラーの責任なんてこともザラだったので、努としては棒立ちの肉壁と言う他なかった。
『ライブダンジョン!』のようにHPの数値や絶対にブレないヒールの回復量を目安にも出来ず、あのゴスロリ服とホムラの状態観察だけで見極めろという状況。そんな芸当は数年PTを組んでいるお兄ちゃんでもなければ無理だろう。
「鑑定、ホムラ」
なので努は地道にレベル上げしていたサブジョブの鑑定士スキルを用いた。すると指定された彼女の頭上に名前やジョブが浮かび上がり、HP18という数値も表示された。
リスクリワードにより最大HPは100から70に減り、そこから三割以下に減ったHPは21。そこを上回らなければホムラのリスクリワードは解除されずステータスは維持され、その状態に慣れれば調子も戻っていく。
(自傷でHP調整するのダルそうだし、最悪なのはリスクリワードが解除されること。ディサイシブと被らせなければ大丈夫だろうけど、基本撃つヒールかなー。メディックにもビクついてるから差別化してやるか。人にリスクリワードがブラされるのは我慢ならないみたいだし)
こちらが送るメディックにすら警戒するような視線をくれることからして、ホムラは死ぬことよりもリスクリワードが不意に解除されることを嫌がる節が見られる。なので努は回復効果のないメディックは雑に飛ばし、撃つヒールは支援スキルと同様に事前の知覚すら難しい形で付与した。
「メディック、ヒール」
まだ警戒心の強い野良の暗黒騎士についつい目がいくが、彼女だけに付きっ切りというわけにもいかない。普段に増して攻めっ気が強いガルムが被弾覚悟で火力を出したところに努はヒールを合わせ、その怪我を負ったと同時に癒す。
「プロテク、ヘイスト。ホーリーレイ」
黄土色と青色の気が四人の移動位置に予測配置され、VITとAGIを継続的に上昇させる。それから進化ジョブを解放しガルムとホムラがヘイトを受け持つモンスターに聖属性の光線を放って撃滅し、火力支援も適宜行う。
その間もスポイトで一滴一滴と垂らすようにホムラのHPを回復させていくにつれ、彼女の放つディサイシブの頻度は正常に落ち着いていった。そして回復スキルと同じ緑色の気であるメディックへの警戒心も薄まり、撃つヒールを意識することもなくなった。
(撃つヒールが無難ではあるけど、追い込まれた時は飛ばすヒールもありかな。数値化も出来たし多少は鑑定できなくなっても問題ない)
こちらの世界に来てからのブランクも今となっては埋まり、努の使うスキルは『ライブダンジョン!』の時と変わらない数値感覚で扱えるようになった。そのブレない基準から精神力を込める上げ下げも確立したので、努の計算が狂うことは有り得ない。
鑑定による数値に加えてホムラのゴスロリ服によるHP管理に、彼女がどのようにして戦い、何を好み、何を嫌うのかも観察できた。その前提さえ確立してしまえば『ライブダンジョン!』と同様に立ち回ることも可能になる。
(瀕死タンクたまんね~。あのHP表記維持して暴れさせるの気持ち良すぎだろ。二段掛けまだぁ~?)
それから巨大社の最上階まで努たちPTはノンストップで駆け上がったが、その間にホムラがヒーラーにリスクリワードを乱されることは終ぞなかった。その頃には野良猫のようだったホムラもガルムと肩を並べ、ツトムの支援回復を前提に立ち回り始めていた。
そして30階の扉前で軽く休憩を取ってからインクリーパーと百羽鶴戦に入ることが決まると、ホムラはすすっと努に近寄った。
「やっぱり他の白魔導士と、少しは違うみたいだね?」
「リスクリワード二段掛け、期待してますよ」
「……ふーん? でもさ、白魔導士って復活は出来ないんでしょ? 蘇生だけだよね?」
そんな努の言葉にホムラは満更でもなさげに呟いたが、すぐに残念そうな顔に戻ってそう尋ねた。多少は出来るヒーラーならリスクリワード二段掛けも上等であるが、蘇生と復活で体力回復の違いがあるのは彼女の趣向からして頂けなかった。
「確かずっと限界を維持してると頭が持たなくなるから、敢えて死んでるんですよね」
「ま、そんな感じ。物理的にリセットされるからね~」
「なら頭だけ回復できるかちょっと試してみていいですか?」
そう言って頭に触れてヒールしてもいいか尋ねてきた努に、ホムラは訝しげに首を傾げつつも了承した。そして努は彼女の黒髪に触れ、生命危機から離脱して疲弊した脳を洗浄するようにヒールをかける。
「んくっ」
まるで頭にメタルシャワーでも被せられたような反応をしたホムラの着ているゴスロリ服は、洗濯でもされるように白く染まっていく。その様子を見た努は残念そうにぼやく。
「やっぱり頭だけ回復させるのは無理があるか。ホムラさん、頭の調子はどうですか?」
「……悪くは、ないね? 何だかいつもの回復スキルよりはいい感じ」
「ただこれだとリスクリワードも解けちゃうんで戦闘中には無理ですね。頭だけ回復できるならこれで死なずにいけると思ったんですけど」
「まぁ、蘇生でも別に大丈夫だよ。お兄ちゃんも復活は余裕ある時しかしてくれないし」
しかし先ほどの感覚は新体験だったこともあり、ホムラは不思議そうに努を見上げながらそうフォローした。
確かに努は自分の邪魔をせず肝心なところでは回復してくれる良きヒーラーではあったが、ホムラにとってメインディッシュである行為が白魔導士であるが故に出来ない。その前提があったのでホムラは努に期待していなかった。
リスクリワード二段掛けにより減った六割減った最大HPは、死んで復活されることで一気に取り戻される。そうすると生を実感するような感覚に陶酔することが出来る。
確かにHP三割を維持して戦い続けることも良いが、そのフィニッシュがなければ物足りない。だから復活がスキル的に絶対出来ない白魔導士は魅力的には映らなかった。
だが、先ほど努から受けたヒールには、それにも似た感覚が確かにあった。そのことで白魔導士の前提が揺らいでいたホムラは、不思議そうに彼の後ろ姿を見つめるばかりだった。
D&Dのレイズとリザレクって分かりやすい例えでした(笑)
野良ぬこ状態のホムラに撃つヒールで餌付けして落ち着いてきたら、神経洗浄脳ヒールで依存させるのですね。
ブラコンゴスロリのホムラが兄以外にデレる状態になったら、兄のカムラはどう思うのでしょうね。(努のヒーラーとしての能力に一目置いてはいるようですけど。)