第639話 肝心の死
巨大社の最上階でもはや顔馴染みになりつつあるインクリーパーを努たちPTは手早く倒し、引き続き出現した黒の百羽鶴を相手に激戦を繰り広げていた。
(本当に悪くない……これなら白魔導士でもいい感じ)
そんな中ホムラは一度もリスクリワードを乱されることなく、良い塩梅で矢でも撃つように回復スキルを送ってくる努に舌を巻いていた。
帝都では神の禁忌のこともあり家族としかPTを組んでこなかったホムラは、アルドレットクロウに加入直後はロイドの勧めもあり兄以外のヒーラーと組むこともあった。だがどいつもこいつもリスクリワードを乱すばかりだったので、次第に回復スキルを回避するようになり最後には放置されるのがオチだった。
しかしそれでも暗黒騎士なら進化ジョブを解放してのディサイシブで自力での超回復が見込め、稼いだヘイトはタンクで死にかけるほど攻撃を受ければ消化できる。ホムラはアルドレットクロウ所属のヒーラーから放置される環境でむしろ抜きん出た実力を発揮し、兄が来るまではヒーラー殺しと恐れられていた。
「ぜぇ、い!」
百羽鶴から放たれた強撃の羽根矢をホムラは小盾と部分鎧で逸らすように受けるも、衝撃が来てなお剥がれない。まるで喰らいつくように競り合う羽根矢を彼女は気合いの声と共に何とか受け流し、痺れた左腕を下ろす。
だがそのおかげで彼女の持ちすぎていたヘイトは多少薄まり、進化ジョブの条件を満たしたことで威力を高めたディサイシブを使うことも可能になる。それで再びヘイトを取りつつも自力で回復し、またタンクに戻って攻撃を凌ぐというのが暗黒騎士の王道パターンだ。
ただ進化ジョブの手札を切る前に緑の気体が後ろから飛んできて、腕と胴体を包んだ。そのヒールによりじくじくと傷んでいた箇所が冷やされるように癒えていく。
(白魔導士の回復、ポーションぶっかけてるみたい。そういえば違いあったなー)
お兄ちゃんこと祈禱師の願いが成就することによる回復は内側から治っていく感覚だが、白魔導士のヒールは外から治っていく感覚がある。まさしく緑ポーションを飲んで治すか、怪我した箇所に直接かけて治すかといった違いが感じられた。
普段は祈禱師の回復を受けているホムラからすると違和感こそあるが、特定の箇所を瞬時に治せるのは白魔導士の特権である。怪我を負ってもすぐに癒され万全の状態で動けることは彼女にとって新鮮だった。
それにリスクリワードによる最大HP減少の弊害も、癒しの光に代わるメディックによって緩和されている。普段と仕様こそ違うが二段掛けをしても努に乱されることがない。次第にそのことを意識することもなくなり、ホムラの思考が戦闘のみに研ぎ澄まされていく。
「あは」
初めてホムラがその境地に至った時は、神のダンジョンで全滅の危機に瀕し自身の右腕が大熊に食い千切られた時だった。自分の利き腕を失ったことの衝撃に、動かそうとしても右肩がもぞもぞとしかしない現実。
兄と姉は光の粒子を漏らして死に、父と母は吹っ飛んで見えなくなった。その惨状を処理しきれず頭でもおかしくなったのか、何故か笑いが零れた。
「あはははっ」
自分の右腕を不味そうに捨てた大熊の顔面に飛びつき、残った左手で目を掻き分けて引き千切った。それに怯んでいる内に大熊の背中を滑り、父の落としていた剣を拾ってとにかく刺した。
その時は無我夢中で階層主である大熊を一人で倒したが、命の危機に追い詰められるような経験は神のダンジョンでは日常茶飯事だった。探索者を襲う盗賊から階層主級のモンスター。それを続けていくにつれてホムラは大熊の時と同じような感覚を掴んだ。
「あはははははははは!!」
何か大事な物を失ってしまい錯乱でもしているようなホムラの笑い声。だがその狂気とは裏腹に百羽鶴の羽根矢を向かい様に見切って避け、四面ある鶴の顔から放たれる光線をその身に受けながら接近する。
リスクリワードによる戦闘系の全ステータス一段階半の上昇もあり、横の鶴から放たれる牽制の光線はいくつか受けても倒れない。それに彼女へ追従するように放たれていた緑の気が次々と着弾し、その火傷を治していく。
そもそも探索者に接近すらさせないよう徹底している百羽鶴であるが、もし近づかれた場合でも後ろに飛び退いての羽根矢を繰り出すカウンターがある。迫りくる彼女の他にも鬱陶しい子犬がいたこともあってか、百羽鶴はその大翼を広げた。
「兜割りぃ!」
その前兆を見逃さなかったアーミラは龍化したまま床を踏みしめ高く飛び上がり、その翼に大剣を振り下ろした。ド派手な衝撃音と共に百羽鶴はがくんとその身を落とす。
「パワースラッシュ!」
「シールドバッシュ、とぉ、わたしもブラッドスラッシュ!」
百羽鶴の懐に潜り込んだホムラは進化ジョブを解放しアタッカーのステータスに変化させ、鳩尾を抉るように小盾をお見舞いした。そしてアーミラに感化されてか赤い妖気を纏った黒剣で彼女とは逆側の翼を切り裂く。
「エンチャント・フレイム」
ソーヴァは白金スライムの粘体を編み込んで作られた針金をマジックバッグから引き出して走り、百羽鶴の鳥足や翼に絡めてから炎を纏わせた。そして最後に鳥足の方でぐるぐる巻きに縛ってから離脱する。
もがけばもがくほど針金が絡まり身動きが取りづらくなった百羽鶴は、その場で踏ん張るように力を込めて無理やり外そうとしている。その間に袋叩きにしている三人を横目に、努は針金を出来るだけ回収しようとしているソーヴァに声をかける。
「それ、結構な値段しない?」
「まぁな。帝階層のモンスター相手にも多少は持つだけある」
そうこう話している内に百羽鶴に絡まっていた針金は力づくで広げられ、アーミラやホムラの斬撃で伸ばされたところを切られてソーヴァの回収作業は徒労に終わろうとしていた。
だが帝階層に応じて強化されたグリフォンのような百羽鶴を数十秒拘束できるだけでも儲けものであり、その価値は貴重なモンスターの素材を贅沢に使っていることもあり良い値である。
「帝都でこれと同等のやつを仕入れてくれるらしいからな。在庫処分だ」
「なるほどね。メディック、ヒール。アルドレットクロウの規模ならスタンピードついでに取引まで出来るのか」
努たちがそんな雑談を挟みながらも百羽鶴との戦闘は続き、十数分ほど経過した。その間に百羽鶴の頭は一つが潰れ、羽根矢の在庫も二回切らして第二段階に掛かろうとしていた。
(あ、そろそろ死にたい)
だがその頃には異様な集中力で百羽鶴の羽根矢すら受け流していたホムラの思考に雑念が混じるようになり、身体の痛みも感じるようになっていた。巡っていた脳内麻薬の分泌が少なくなり、一度死んでリセットしたい気持ちが出てくる。
なのでホムラは百羽鶴の即死しない光線などを受けてヘイトを消化しつつ、努の方を何度か見やった。だが彼はまだヘイトが消化しきれていないとハンドサインで伝えてきて、メディックとヒールを変わらず回してきた。
「コンバットクライ」
ホムラが前に出ていた間に温存していたガルムは正面の鶴のヘイトを取り、集中力の切れたホムラと交代する。近くで見ると巨人にも見える彼に目で促され、ホムラは若干きゅんとしつつも前線から少し下がった。
しかしヘイトを消化しなければいつまで経っても死ねないため、ホムラは引き続き百羽鶴の右と後ろの顔に光線を撃たれ続けた。
(死にたい~~。はやくしにたいよぉ~。もう、そろそろいいよね……?)
いつまで経ってもブレることのないリスクリワード下の体力管理に、体力を少し回復してくれるメディックもあるので問題はない。だが即時回復の出来る白魔導士は祈祷師に比べるとヘイト消化が遅くなることは盲点だったホムラは、もう一思いに殺してくれと言わんばかりの顔をしていた。
そしてそろそろ蘇生されても努にヘイトが跳ねることはないと自分で判断したホムラは、一応光線を受ける体をしつつも身を任せるように力を抜いた。そしてその光線が小盾を滑るように腹へ次々と着弾し、その身を焼き焦がしていく。
(……あれ?)
そこから吹き飛ばされて光の粒子でも漏れ出ると思っていたお腹周りは、何故か穴も開いていない。ホムラはふらふらと立ち上がりつつも追尾性のある光線をボーっと見つめた後、横合いから薙ぎ倒されるようにその身で受けた。それでようやく覚えた違和感。
(あっ……! これヒール合わせられてるぅ!! 何でぇ!? ツトム~~~! もう殺してくれ~~~!!)
実質的に焦らされた形となったホムラはぎょっとしたように努の方を向いたが、彼はとぼけたように杖を掲げるのみだった。そんな彼にホムラは思わず自身の持つ黒剣に視線を落としたが、思い直したように立ち上がり光線から身を守る体を取る。
別に死のうと思えば自殺なりクリティカル判定の頭を狙わせるなりで即死は出来るが、そんな姿を神台に映せばタンクとしての実力すらも疑われてしまう。あくまで戦闘中の仕方がない場面で死んで蘇生されるからこそ良いのだ。学園をズル休みしたような蘇生など気持ち良くもない。
「う゛ぅ~~~」
回復良し、メディック良し、だが肝心の死は遠ざけられるという今までにない経験にホムラの口から苦渋の声が漏れ出る。そしてようやくその時が来た。
「ごふっ」
黒い羽根矢がホムラの腹を貫通して床に射止める。彼女はもがくようにその羽根を握ったが間もなく力尽き、粒子化して消えた。そして努がレイズを放ち彼女を安全な場所で蘇生する。
「ふぅ」
「ヒール」
蘇生により新品な脳に入れ替わったことで目覚め自体は良い。ただ蘇生だとリスクリワードによる最大HP減少が戻った体感が少ない。やはり復活でなければHPの戻り幅が実感できないのは白魔導士でも変わらない。
起き抜けのヒールも確かに良いが脳自体は蘇生で新品のため関係なく、HPの戻り幅でちょっとした病気から復調した程度のものだ。これならば前に直接頭を触られてのヒールの方が可能性を感じた。
健全なリンパマッサージが本当に健全そのもので終わったような顔をしているホムラに、努は苦笑いしながら予備の装備を置いて着替えるよう促す。すると彼女は着させられていた敗者の服をバスタオル代わりにして、努がこちらを見ていないのを確認して着替え始める。
「プロテク、ヘイスト、ヒール。リスクリワード運用は問題なさそうですね」
「そだね。でも祈禱師の方がヘイト低かったのは盲点だった。おかげで中々死ねなくて気が狂いそうだった」
「すみませんね。お詫びといってはなんですけど、ちょっと提案したいことがあるんですが」
「何?」
物足りなさ満々であるホムラに努はリスクリワードを使わない立ち回りを提案したが、彼女は乗り気ではなかった。だがそれに続いた言葉で少し心を動かされたのか、了承するや否や装備を整えすぐに前線へ飛び出していった。
ハンナを使いこなせる祈祷師が
パワーで教えるゴリナ以外に使いこなせるとは思えないな