第640話 生の実感
努がホムラに提案したのは、彼女が対ウルフォディア戦で見せたブラッド系のスキルを主軸にした立ち回りだった。その系統のスキルはHPを犠牲にすることが発動条件のため、リスクリワードは実質的に使えなくなる。
それにホムラは難色を示したものの、限界の境地が切れて身体も脳も死にかけの状態での頭ヒールも提案すると、それで天秤は傾いたのか装備を整えるや否や飛び出していった。
(復活による最大HPの戻り幅と、脳内麻薬が擦り切れた脳みそ交換でトリップしてる感じだったもんな。軽い感じでも悪くなさそうだったし上手くいくだろ)
現代知識を用いた脳ヒールでホムラがどんな反応をしたかは既に確認しているため、その期待には恐らく応えられるだろう。そしてリスクリワードによる最大HPの毀損がないからか先ほどよりも元気な彼女に支援スキルを送りつつ、横目で神の眼を見やる。
(カムラ君、祈禱師は再現性ある運用するのに、こと暗黒騎士に関しては妹を見習え! って目が曇ってるのがなぁ。リスクリワードは暇を持て余した廃人の遊びに過ぎないぞ)
確かに暗黒騎士の立ち回りにおいてリスクリワードによる瀕死タンクは面白くはあるが、HP三割以下を常に維持しなければならないタンクが王道には到底なり得ない。そんな芸当が出来なきゃ戦えないジョブなら、副業が強すぎる召喚士ぐらいの比率になっていなければおかしい。
それこそ『ライブダンジョン!』の切り抜き映像でノーダメ5分討伐! というサムネで暗黒騎士と狂戦士のリスクリワード編成なんてものもあったが、それは何十戦と攻略済みのモンスターに挑みようやく撮れた上振れに過ぎないことがほとんどだ。
確かにそれは見栄えこそ良いが、単なる縛りプレイを数撃っただけのマイオナ厨とも言える。それで信者にプロ並と褒められて廃人気取りまでされると失笑せざるを得ず、努が中級者だった頃であれば引用コメント付きで晒し上げでもしていただろう。
ただマイオナ厨が無限リセマラで砂金を探している一方、数時間のライブ映像を通しで見てもリスクリワードを扱えている廃人がいることも事実だ。
(リスクリワードだけで見れば廃人に手をかけてはいる。こっちじゃライブダンジョンよりデメリット多いしな)
その点ホムラはこの世界独自のリスクリワードによる体力毀損があるにもかかわらず、初見のモンスターを相手でも瀕死タンク運用が出来ている稀有な例だ。あれなら過去の努も晒し上げることなくにっこりである。
だがそんな芸当を暗黒騎士全員が再現出来るわけがない。それこそ自分の全盛期みたいな活躍をしている白魔導士や、アタッカー顔負けの火力を叩き出す祈禱師のような別枠である。
(それで地雷生産機になってるのは頂けないけど、兄妹離れすれば少しはマシになるだろ)
いくらホムラが瀕死タンク運用で頭一つ抜けているからといって、凡人がそれを真似ようとしても無理がある。100人真似れば1人くらいは適応できる暗黒騎士が出るかもしれないが、残り99人はマイナーな立ち回りに固執するだけの雑魚に成り下がる。
「メディック……被弾しないなぁ」
そうぼやく努のメディックは今も百羽鶴の羽根矢をも小盾で綺麗に弾き返したガルムに届く。
「シールドバッシュ」
ホムラが蘇生されて休憩がてら装備を整えている間、ガルムは進化ジョブを解放したまま百羽鶴を圧倒していた。戦えば戦うほど百羽鶴の攻撃パターンを記憶し、モーションが固定されているバックステップからの羽根矢はほとんどパリィで凌いでいる。
犬耳を駆使した空間把握により、上に撃ち出された後に回り込んで追尾してくる光線もまるで見えているように避ける。その間を縫うようにホムラは走り込み黒剣に手を当てた。
「エンチャント・ブラッド」
(出たね、ぶっ壊れスキル)
自身のHPを3割消費することで使用することの出来るそのスキルは、一つの装備にHP吸収効果を付与する。HPを消費することで使えるブラッド系スキルの中でも破格のコスパであるそれは、防戦一方にでもならない限り消費したHP以上の回復を得られる。
ガルムが進化ジョブも用いて相当なヘイトを買っていることをホムラは察し、自身も黒の波動を放ちながらそれを解放する。
「ブラッドスラッシュ、ブラッドスラッシュ」
アタッカーのステータスに変化した状態で、HP1割を消費しての強烈な赤の斬撃を二連撃。だが事前にエンチャントされたHP吸収効果も相まってその消費量は実質的に半分となっている。
「ヒール、メディック」
精神力消費が少ない代わりにHPを消費するデメリットを持つブラッド系スキル。だがそれを理解しているヒーラーがいればそのデメリットは気にならなくなる。
エンチャント・ブラッドによるHP吸収が無駄にならないよう努はホムラのHP管理をしつつ、若干動きに疲れが見えてきたガルムにメディックを送り体力を保たせる。
「あはっ! ブラッドディセイズ!」
「ミスティックブレイド」
まるで自分の意図を組んでくれるように飛んでくるヒールにホムラは更にギアを上げ、HP4割を犠牲にして一時的な体力損耗を相手に起こさせるデバフスキルを放つ。するとガルムも火力重視のスキルを使ってロングソードを振り、二人の競り合うような猛攻で百羽鶴の頭が一つ落とされた。
(オートアタックで火力出せるのズルくねー? 傷が付けられる相手ならスキル使わなくても結構回復するなぁ)
『ライブダンジョン!』では精神力を使わず自動で繰り出される攻撃を意味するオートアタック。だがこちらではそれに個人技を乗せることが出来るので、エンチャント系スキルは優遇されていると言える。
「エンチャント・フレイム。アークブレイド」
「パワースラッシュ!」
そんなエンチャント系スキルを四属性扱える剣士のソーヴァは適宜味方にも付与しつつ、剣に応じた属性の斬撃を放つスキルで百羽鶴を追い詰める。彼にエンチャントしてもらい炎を帯びた大剣を両手に、アーミラは歯を剥いて飛び掛かった。
その強撃で3つ目の首も落ちたところで、残った百羽鶴の口から墨汁のような液が漏れる。そして宿主を水場に導いた寄生虫が一斉に出ていくように、体の至る所から黒い触手が這い出てきた。
「セイクリッドノア」
第二段階目に突入した百羽鶴の足下から湧いた緑色の蛇に、努はすぐさま満月を模した聖属性スキルを放つ。するとその緑蛇は毒霧を撒き散らすことなく浄化されたが、セイクリッドノアにより黒い触手が破裂してうねった。
「クイックステップ」
そのまま黒い触手は溶解液をホースのように撒き散らそうとしたが、ブーストにも似たスキルで瞬時に動いたソーヴァが針金を投げ縄のようにして歯止めをかけた。ただ一人で完全にコントロールすることは出来ないので、溶解液がアタッカーやヒーラーの方に向かないよう誘導するだけに留めた。
「あはははっ!」
その溶解液を頭から浴びても尚、ホムラは黒剣で触手を突き刺していた。彼女の皮膚を溶かすようにしゅわしゅわと泡立っていた溶解液は、十数秒後にはHP吸収で相殺されたのか血で満腹になったヒルのように剥がれていく。
「ソーヴァ、その調子で部屋を溶かしておいてくれ。アーミラもまずは部屋破壊を優先で。千羽鶴が出てきた後も目標は百羽鶴に絞る」
事前に共有はしていたPTの目標を努は再度連絡しつつ、ホムラと同じく溶解液に首元を溶かされていたガルムを見やる。だが今の彼は回復を欲していなさそうだったので、プロテクとヘイストの継続とメディックで抑えた。
(うちの狂犬も強いぞぉ~。進化ジョブ出てからは普通にアリだしな。流石に初見のモンスター相手には怖いけど、勝手のわかってきた百羽鶴なら問題なし)
火事場の馬鹿力は何もホムラだけの特権ではない。タンク職しか出来なかった時代ですら狂犬と恐れられていたガルムもまた、背水の陣による脳のリミッター外しは十八番《おはこ》である。
普段はどこまでも冷静なガルムの目が異様に開き、その尾が逆立っていく。そして自分から獲物を横取りしようとしているホムラを一瞥した後、ロングソードを両手に持ち替えて触手を矢継ぎ早に切り落とした。
(二人ともイカれてますと。ガルムも3割維持してみるか)
溶解液が降り注ぐ中での狂人と狂犬のデュエットに努はドン引きしつつ、支援回復を継続しながら杖でぷすぷすと障子を突いて回っていた。色折り神に補足されている今となっては部屋の修復機能が作動し、その穴は次々と塞がれていく。
以前に毒霧が充満していた時でも千羽鶴が来るまで数十分はかかったので、意外とこの悪戯みたいな穴あけは部屋破壊の達成において馬鹿にならない。ソーヴァも手綱を操作するように触手の溶解液を壁にぶつけて溶かし、アーミラは大剣で斬って回っている。
そして15分が過ぎたところで努はガルムにヒールを2つ飛ばして呼び戻しの合図を送った。
「あれ、もう終わりぃ?」
「花を持たせてやる」
飼い主に呼び戻されたガルムをホムラは煽ったが、彼は舌打ちでもしそうな顔でそう言い残して前線から離脱した。そしてフライで飛び退いたまま努がいる場所に着地する。
「まだまだやれたぞ」
「なのに下がらせて悪いね」
「まったくだ」
そんなガルムの珍しい愚痴に努は軽く笑って答えながら、少し歪んだ小盾を交換して再度ヒールをかける。ガルムは犬耳をぴこぴことさせながらされるがままだったが、最後にはよくわからなそうに首を傾げた。
「ホムラ曰くこれで生を実感すると言っていたが、そこまでのものか? 気分こそ悪いものではないが」
「人によるんじゃない? 中堅探索者とかゼノ工房でも実験しても、そこまで言う人は珍しかったし」
「よくわからんことは言っていたが、腕は確かだな。タンクでなら張り合えるが、火力は負けていた」
「ブラッド系のスキルはHP消費する分、精神力消費が少ないからねー。実質白魔導士の精神力も使ってるようなもんだから気にしなくていいよ」
「うむ」
そんな努の言葉にガルムは納得したように頷くと、長距離走の後にクールダウンでもするようにゆっくりと息を整え始めた。そして休憩を終えてからは努の障子穴あけを手伝った。
それから十分後。部屋破壊の条件は満たされ千羽鶴が挨拶しにやってきた。キツツキが木の穴に顔を突っ込むように出てきた巨大鶴の頭。それは百羽鶴と探索者の方向に二分割され、光線を溜めるように光が集まり始める。
「逃げろー」
努たちはその光線から逃れるために巨大社から離脱し、倒壊と共に千羽鶴の全容を垣間見る。無限に存在するのではと錯覚するほど飛んでいる式神:鶴の群れに、それを統括する戦艦のような千羽鶴。
「……ゅーっ」
「バリア。ガルム、しばらくはよろしく」
そして千羽鶴の乱入で体力どころか気力も尽きたホムラは、ゴールテープでも目の前にしたように息を切らして現れた。フライを維持するのもしんどそうな彼女のために努はバリアで空中に足場を作って彼女を座らせ、ガルムにヘイト取りを任せる。
「お疲れ様です。では早速」
やばいことはしてませんよと証明するためにも努は神の眼を呼び寄せ、ホムラを透明の椅子に座らせてその頭を両手で鷲掴みにした。
「オーバーヒール」
「!?!?!?!?!?」
1人を全回復させることが出来るがヘイト上昇の観点でコスパの悪いスキルを使い、努は死の淵にいたホムラを一気に回復させた。そして脳の汚染物質を絞るように手の平を捻ると、途端にホムラの手足が壊れた人形のようにバタついた。
(お、HP9でも大丈夫そう。効きが悪そうならアンチテーゼでHP1まで追い込んだんだけど)
回復スキルを反転させるアンチテーゼを使えば痛みもなく追い込むことが出来るので、ご満足頂けないのならそれから脳みそオーバーヒールをするつもりだった。だが次第に手足の動きも鈍くなり椅子に身を任せるようになったホムラの目は、まだ火花でも散っているようである。
(しばらくは白魔導士としか組みたくない脳みそにしてやるからな~)
「――――」
兄妹離れをさせてブラッド系統のスキルを主軸にしたまともな暗黒騎士を増やすために努はホムラの頭をぐりぐりし、彼女は半ば意識を飛ばし口から涎を垂らす他なかった。それからガルムが音を上げるまでホムラは身体を時折ビクつかせながら横たわったままで、戦線に復帰することはなかった。
龍化で意識無いとはいえ仲間ぶった切ってたら
襲い掛かる=害意と取られ禁忌判定でモグリ化って
可能性も無い訳じゃないのに止めないカミーユも危機感無い