第641話 鳥籠の小鳥

 ホムラが無限の輪PTでまだ醜態を晒していなかった頃。カムラPTも同じく巨大社でモンスターと戦いPT合わせをしつつ最上階を目指していた。

 こちらもハンナとエイミーを入れた臨時PTとなっているが、主軸はアルドレットクロウのルーク、セレン、カムラが担っている。


「召喚――式神:鶴。式神:兎。式神:犬」


 召喚士のルークは魔石と精神力を媒体にモンスターを召喚して戦うジョブであり、今は帝階層で出現する式神を主に扱っている。そんな彼の前に召喚陣が瞬時に描かれ低コストの式神たちが新たに生み出された。

 その間にも既に召喚されていた低コストの式神たちは、それぞれ特徴的な攻撃を行っていた。式神:鶴はちゅんちゅん光線。兎はてしてし風弾。犬は軽快なステップで近づき厚紙で構成された牙で噛みついている。


「コンバットクライ」


 モンスターのヘイトを主に受け持っている騎士のセレンは、澄ました秘書のような面持ちで式神:鶴から繰り出される光線をいくつもパリィして捌いている。

 彼女がかけている眼鏡やエイミーが髪に付けているリボンなどは、ダンジョン産の装備におけるアクセサリー枠である。その他にも指輪やイアリングなど様々存在はするが、それらはいくら付けても発動するのは一つだけであり、その効果も武器や防具に比べるとささやかなものだった。

 だが浮島階層でドロップする眼鏡類のアクセサリーにおいて、騎士用のものはパリィの猶予時間を僅かに引き延ばすという代物だった。パリィ出来るか出来ないかで生死を分ける状況もある騎士にとって、その装備はほぼ誤差であるアクセサリーという枠には収まらなかった。

 そんな眼鏡をかけているセレンは努が見込んだ騎士であり、パリィを主軸にした刻印装備を仕込まれた人物でもある。まだガルムほど神のダンジョンで経験を積んでいないとはいえ、ある程度戦闘慣れしてきたモンスターに対してのパリィは有効的に機能し始めていた。


「治癒の願い、迅速の願い、守護の願い。祈りの言葉」


 だがセレンのパリィも百発百中というわけではない。手のかかる妹がPTから抜けたことで自然と支援回復の対象が手広くなった祈禱師のカムラは、パリィを仕損じて光線を身に受けたセレンにスキルを回してすぐに癒した。

 進化ジョブの解除も視野には入れていたセレンは以前のように余り物でも投げ渡されるような回復でないことは理解し、横目でカムラに冷めた視線をくれた後に式神:兎の頭突きをパリィして殴り飛ばした。

 祈祷師は事前に願いスキルをいくつも回して後の支援回復を取り置いておき、緊急時には祈りの言葉によりその願いが叶う時間を早めることで対処する。そのタイムラグが生じる分、白魔導士よりは精神力やヘイト上昇が緩やかな仕様になっている。

 そんな祈祷師の中でもカムラは努がにっこりするほど綿密なスキル回しを行う王道のヒーラーであり、その支援回復は滞りなくPT全体に回っていた。彼は時折首から下げた数珠に触れて叶い待ちのスキルを管理しつつ、臨時PTメンバーであるうねった白髪の双剣士を眺める。


(面だけなんて噂もあったが、ソーヴァより尖った万能型だな。神台で見るより迫力がある)


 そこらの野良猫とは別格の品がある血統書付きのような白猫は、同時に野生顔負けの狩猟技術を身につけてもいた。ブーストによる人間離れした挙動で的確にモンスターの弱点を突いて狩っていく姿は異様だが、戦闘が終わると途端に愛嬌のある動きを見せる。

 帝都のダンジョンでは男女関係が禁忌とされていたため、探索者は潜っている間はやましいことは考えないよう無意識レベルで訓練されている。その中でもカムラは合法である男娼にすら手を出さない規律を持ち合わせていた。


(ホムラがいないだけでここまで認識が変わるとは思わなかった。眼福)


 だが今回初めてホムラがいないPTを組むことになったカムラは、猫耳から尾までもろ出しのエイミーや、ぶかぶかのシャツでこそあるが豊満なボディラインが垣間見えるハンナに目が吸い込まれていた。

 勿論迷宮都市に来てからは深夜の神台を拝見することもしばしばあったとはいえ、探索活動中は帝都での癖もあってかやましい感情が燻ることすらなかった。だがそれは妹のホムラが思いのほか心の防波堤となっていたことを彼は理解させられた。

 そんなこちらの心情を察したのか、ルークは避けタンクをしているハンナを眺めながら隙を見て今の揺れ見ました? と言わんばかりの顔を向けてきた。それにカムラは口を引き結びゆっくりと頷くに留める。


(とはいえ、鼻の下を伸ばしてる場合でもない)


 エイミーはまだしもハンナには誰でもわかる問題がある。なのでカムラは戦闘が終わっても何故か魔石を拾う気配すらない彼女に近寄った。


「何故、魔流の拳を使わないんだ?」


 そんなカムラからの問いにハンナは戸惑ったように固まった後、おずおずと見上げてきた。何だこの可愛い生物は?


「え。あー、魔石のPT負担があるっすから、あんまり使わないようにしてるっす」
「確かに一理あるが、それじゃあ魚のない三番定食みたいなものだろ?」
「……?」
「魔流の拳を使わないハンナは、肉抜きのハンバーガーみたいなもんだってさ」


 カムラのちょっとした冗談の意味がまるでわからず首を傾げていたハンナは、エイミーからそう補足されても未だにピンときていない様子である。


「別に魔流の拳なくてもあたし強いっすよ?」
「いや、それはまぁ、そうなんだが……?」
「魔流の拳使わない方が避けタンクとしては強いと思うよ。それじゃ物足りないっていう言い分もわかるけどねー」
「そうなのか? 少し、窮屈そうにも見えるが」


 カムラから見るとハンナは狭い鳥籠に閉じ込められて動けない小鳥のように見えた。それに魔石を拾わない仕草も何やらエイミーを怖がってのことのようだったので、密かに虐待でもされているのかと心配になるほどだ。


「!!」


 そんなカムラの同情するような言葉にハンナは目を大きく見開いた後、首がもげんばかりに頷いた。


「そうなんっすよ! せっかく魔流の拳伝承者にまでなったのに、みんな全然使わせてくれないんっすよ!」
「なるほど。ならせっかくの機会だ。好きに使ってみればいい」
「えっ、いいんっすか!?」


 まるで初めておもちゃを与えられた子供のように目をキラつかせているハンナ、そんな尊敬の上目遣いを一身に受けていたカムラは、エイミーの匙を投げるような目にも気付かなかった。そして外に出たがる小鳥を籠から解放してやるような面持ちで魔流の拳の使用を推奨した。


「いくっすよー!!」


 カムラから進言されエイミーから何も言われなかったハンナは早速魔流の拳を使い始め、式神たちを蹴散らした。そしてドロップした魔石に恐る恐る近づいて拾っていいか目で許可を求める様は、カムラの庇護欲を大いに刺激した。

 いいんだぞ。ここでは好きに拾っても。そんなカムラの申し出にハンナは目一杯喜んだ。

 それからハンナは魔流の拳の本領であるモンスターからドロップした魔石を拾っては魔力を吸収し、また倒しては拾うことを繰り返した。そんな彼女の異様な動きに対しても祈るだけで支援回復が成立する祈祷師のカムラは、目に見えて活躍し始めた彼女に満足したように頷く。

 そんな好循環に陰りが見え始めたのは、巨大社の最上階でインクリーパーと百羽鶴を相手にし始めた時だった。


(ヘイトの取り方が尋常じゃないぞ。セレンに交代もさせない気か……?)


 百羽鶴のヘイトは魔流の拳を思う存分使っているハンナに集中しすぎている。そして彼女自身もそれを望んでいるらしく、カムラがそれとなく呼び掛けても聞く耳を持たなかった。

 ハンナは前回の百羽鶴戦において無意識レベルで学習していた。

 前回はガルムにヘイトを取り返しタンクを交代する目途が立ったから、努は支援回復を取り上げることが出来た。だがもし自分が異常なヘイトを買ってさえいれば、死んだ際にそれを受け持つのはヒーラーだ。そんな地獄への切符をヒーラーの分も買ってやれば、努は生かさざるを得なくなったはずだ。

 ただそれを師匠相手にやると無限の輪追放も視野に入るレベルだとは本能的にわかっていたので、ハンナは魔流の拳を使っていいと許可をくれたカムラ相手にそれを実行していた。

 そんな独断専行のハンナとその馬鹿をろくに止めもしないカムラを前にしたセレンは、早々に百羽鶴のヘイトを取るのを止めてインクリーパーに集中した。


「そんなにあれと心中したいならどうぞご勝手に。私は早上がりさせてもらいます」
「いや、そんなつもりはないんだが……」


 セレンの言い分はもっともであるが、かといって今更ハンナに魔流の拳を使うのを止めることを強く言うのは何だか憚られた。そんな煮え切らない様子のカムラに彼女はじろりとルークを見た。


「鼻の下を伸ばしていたルークも同罪ですよ。せめて採算は取って帰ってきて下さい」
「えぇ……?」
「…………」
「鳥籠に入れられた可哀そうな小鳥だと思った? 残念! 雷鳥でしたっ! そそのかした責任は取ってよねー?」
「……そうだな。何とかする他ない」


 そんな酷い飼い主だと内心思われていたことを察していたエイミーは、どうにかしてくれないかと頼るような視線を向けてきたカムラをバッサリ斬り捨てた。


「あたしがぁ! さいきょーの避けタンクっすーーー!!」
「おっぱいに……おっぱいに釣られたぁ……」
「…………」


 それから千羽鶴が出た後も留まることを知らない自我むんむんの鳥人を前に、男性陣二人はいつの間にか握らされていた地獄の片道切符に付き合う他なかった。その間にセレンとエイミーは付き合ってられるかと二人でギルドに帰っていた。

 コメント
  • 匿名 より: 2024/05/17(金) 6:48 AM

    カムラは祈れば必中の祈祷師だから誰が相手でもスキル回し出来る自信があったんだよ
    事実最初は無難に回せてたし
    ただ相手の性格までは考慮してなかっただけさ(致命的)

  • 匿名 より: 2024/05/17(金) 7:52 AM

    黒杖100階層までの武器って書いてる人いるけど、2週目から作れるなら百階層以上でも使えるのが当たり前では?

  • 匿名 より: 2024/05/17(金) 8:36 AM

    自信があっても事前にいくらでも出来ることをやらずに最大級の失敗してたら自信の意味ないな

  • 匿名 より: 2024/05/17(金) 8:58 AM

    黒杖まだギリギリ型落ちまでは行ってないんじゃね?
    並ぶ性能の武器は出てきてそうではあるけど

  • 匿名 より: 2024/05/17(金) 10:12 AM

    廃人努が高校3年間を無駄にして作った武器だからね
    強化前の素体となった杖も金宝箱産のレアドロだし

  • 匿名 より: 2024/05/17(金) 10:29 AM

    現時点、威力最強武器はアーミラの使い捨て特大剣のはず。
    ステフが黒杖クラスの杖を使っているなら型落ちもわかる。
    武器は冒険者のレベルとスキル、バフ等で強くしてる様に思うけど

  • 匿名 より: 2024/05/17(金) 3:19 PM

    533話より
    「それに紅魔団が所持している黒杖の性能は現在の環境ではもうそれほど特異的でもなく、適性のある白魔導士でなら実用性があるレベルだ。」
    ウルフォディアの時点でこの評価だし、もう型落ちで良いんじゃない?

  • 匿名 より: 2024/05/17(金) 4:21 PM

    93話より
    「支援スキル効果上昇、支援スキル時間延長、支援スキル範囲増大、支援重複開放、回復量増加、回復スキル範囲増大、精神力消費減少、精神力増大、精神力自動回復力上昇、支援回復スキル詠唱短縮」
     
    このうち、「支援スキル範囲増大、支援重複開放、回復スキル範囲増大」は1パーティだと意味をなさない
    白魔なら「支援回復スキル詠唱短縮」もいらんかも
    青ポーションとジョブ進化&解除で精神力回復してる現状だと「精神力自動回復力上昇」も置物かも
    実質刻印5つと同等やな
     
    ただ、複数パーティ戦やレイド戦だと勝手が違ってくる

  • 匿名 より: 2024/05/17(金) 5:15 PM

    黒杖は神運営のプレゼントだしツトム限定で追加効果とかありそう
    レベル100以上が条件とか

  • 匿名 より: 2024/05/17(金) 6:25 PM

    刻印でいるのは腕力増強とスタミナ増強だな、白魔の長所伸ばさず何伸ばすんだよ…。

  • 匿名 より: 2024/05/17(金) 6:39 PM

    ゴリラの神の敬虔な信徒は白魔ではなく…

  • 匿名 より: 2024/05/17(金) 8:03 PM

    今週更新なくて悲しみ

    時に618話のトップ絵の美少女は誰なんだぜ?

    脳筋祈祷師は腕力とクリティカル特化にしたら良いんじゃないかな

  • 匿名 より: 2024/05/17(金) 8:05 PM

    >匿名 より: 2024/05/17(金) 5:15 PM
    メタ発言になるけど、この作品はユニークや厨武器でのゴリ押し脳筋攻略へのカタルシスが醍醐味だから、いまさら主人公優遇要素が追加されることはないと思うよ
    「俺だけ◯◯な件」みたいな量産作品は見飽きてるし
    え?精霊?知らない子ですねぇ

  • 匿名 より: 2024/05/17(金) 8:16 PM

    支援重複開放は一人でも重ねがけできるようになったはずだから1PTでも有効
    なおバフ管理の難度

  • 匿名 より: 2024/05/17(金) 10:42 PM

    2024/05/17(金) 8:05 PM
     
    えー、それ言ったらライダンは「俺だけゲームというものを知っている件亅じゃん
    十分チート枠なんですよ

  • 匿名 より: 2024/05/17(金) 11:07 PM

    敢えて言うなら(ゲーム)知識チート系ではあるけど、それを逆手に取ってくる事もあるからいやらしいダン神

  • 匿名 より: 2024/05/18(土) 1:17 AM

    今だに使い道があるのは間違いない黒杖をダンジョンから持って現れた男
    そりゃあ神の子説でるのも当然か。
    売っぱらってるけど。

  • 匿名 より: 2024/05/18(土) 1:28 AM

    この話「まだこの世界の武器は黒杖超えてない」から始まってるんよ
    だから自分は火力として型落ちって話をしてたよ
     
    白が使ってもまだ使えるレベルだからそんなに強くはないけどね

  • 匿名 より: 2024/05/18(土) 3:46 AM

    ネトゲでもそれまでの激レア最強武器で廃課金の最大強化までしたの
    に、次の階層のボス泥その次の階層のレアドロで一気に型落ち以下扱いされるとかあるあるだし
    むしろ刻印の発展がなかった時代長かったの差し引いても十分持った方じゃないかな

  • 匿名 より: 2024/05/18(土) 5:35 AM

    まあ黒杖は白魔用なだけあって攻撃向けの宝具付いてないし
    進化ジョブのある現環境だと支援回復特化すぎるが故の「実用性はある」止まりなのかも
    火力そのものは100階層のレアドロップ相応でしかないんだろうし
    黒杖より素の火力高い杖に刻印施す方が使い勝手の良い武器に仕上がりそう

  • 匿名 より: 2024/05/18(土) 8:34 AM

    カムラくん思ったより俗っぽくて一気に親近感湧いたけどあらかじめ取扱説明書をもらっておくくらいの慎重さは欲しかったわね……w

  • 匿名 より: 2024/05/18(土) 9:02 AM

    最初は「読者が読んでみたい設定」で痛快爽快に進むけどだんだん山なし落ちなしの日常系に推移していくのが典型的ななろう系

  • 匿名 より: 2024/05/18(土) 11:01 AM

    強キャラが俺ツエーしてる横で「普通に戦ってればクリアできますよ」ってめっちゃ高レベルの普通で殴りまくるのがライダンの醍醐味

  • 匿名 より: 2024/05/18(土) 11:07 AM

    黒杖が強いのは、その副次効果(消費軽減、詠唱短縮等)であって、杖単品の性能としては、90階層以降の宝箱から出る杖だったはず。
    刻印でも同様の副次効果は得られる(413話)とあるが、刻印では、現状10個も副次効果は得られない。
    アルマが使う分には、その副次効果が十全に発揮されないためにパッとしないが、白魔が使うなら環境最強装備の一つでは?
    ちなみに、今でも努は白杖(刻印を施してあるけど)だぞ。

  • 匿名 より: 2024/05/18(土) 11:18 AM

    ついでに言えば、杖の違いは「能力値の何処に補正がかかるか」
    だけの違いで、どの杖を使うかは趣味と言ってもいい。
    重要なのは副次効果の有無だよね。

  • 匿名 より: 2024/05/18(土) 12:15 PM

    今回のコミックで知的で凛としてて清楚で素晴らしい精霊術師の女性でてたけど、彼女を加入させたらよかったのにどうしてあんな精霊狂いを選んでしまったのか・・・

  • 匿名 より: 2024/05/18(土) 12:16 PM

    ちょっと前にほとんどの効果が腐ってるよって話あったろ……

  • 匿名 より: 2024/05/18(土) 1:16 PM

    11:07
    努が杖を状況で使い分けてる。白杖固定じゃない。
    479話>努はマジックバッグから複数の杖を出しては見比べながら答える。
    602話>巨大生物の古骨からそのまま削り出したかのように無骨な杖。浮島階層の宝箱からドロップした近接特化の古ぼけた杖は、先ほど精霊奴隷をしていた際に用いていたものである。
    印象操作は不要。

  • 匿名 より: 2024/05/18(土) 1:44 PM

    618話の女の子は、今回公開されたのに出てくる清楚な精霊使いのはずだぞ

  • 匿名 より: 2024/05/18(土) 2:27 PM

    黒杖、白でのオンリーワン性能があるとしたら……やっぱり七色の杖次第では?

    少なくとも同じ七色の杖被りをしなさそうというだけで特別では?(類似効果や、上位互換は出てくるかもしれないけれど。)

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