第679話 彩烈穫式天穹
春、夏、秋将軍を撃破した冬将軍:式は四本腕となり、それぞれに刀や薙刀などを手にしている。まだ腰に差してある刀や背負っている春将軍:彩の扇子を用いることもあるが、夏将軍:烈の黒槍だけは破壊しているので所持していない。
その他にも冬将軍:式は各将軍の特性も受け継いでおり、中でも厄介なのが秋将軍:穫の舞踏だった。
「っち。また復活しやがったぞ!」
冬将軍:式は左手の二刀を振るい桜吹雪と氷の礫を飛ばしながらも、右手の薙刀を用いての舞で春将軍:彩を蘇生させた。二度目の光景を前にアーミラは苛立ちの声を上げ、エイミーは横目で起き上がった将軍を見る。
「コンバットクライ」
冬将軍:式に受け継がれているからか扇子こそないが、春将軍:彩は代わりに桜色の刀を用いて接近戦を仕掛けてくる。そんな将軍を無視するわけにはいかず、ガルムが咄嗟の判断でヘイトを取る。
雷よりは容易く、水より扱いは難しい氷魔石を用いて魔流の拳の使っているハンナは、自身の青翼を拡張するように魔力を帯びた氷を纏わせていた。初手で扱った氷天波より難しい拳を彼女は複数扱いつつ、冬将軍:式を単身で引きつけて離さない。
そんな彼女に効果時間が切れる間際にヘイストを打ち最低限のヘイトしか稼がないよう徹底している努は、冬将軍:式と春将軍:彩を視界に収められるようフライで位置を調整した。
(冬将軍:式の蘇生はダルいけど、順調に削れてはいる。借金こさえてたハンナもようやく黒字になってきた。精神殺して投資した甲斐があったね)
魔流の拳による自爆は戦況を歪ませたものの、ハンナは努が命題とした黒槍の破壊を為した。舐めプダンスはまごうことなき戦犯だったが、あの自爆はPTリーダーからの指示を通すために起きたものである。努からすれば及第点は越えていた。
ハンナの活躍によりVIT無視の爆発を起こす黒槍が破壊できたからこそ、ガルムがHP二割を切り限界の境地を用いても耐えられる状況に持ち込むことが出来た。そして今も爆発に過剰なリソースを割く必要もなく立ち回れている。
更に一度自爆したおかげかハンナは氷魔石の扱いに磨きがかかり、三体吸収している冬将軍:式を相手に単身で凌ぐことに成功していた。氷による翼の拡張で彼女の扱える魔力総量が跳ね上がり、遠距離攻撃を魔流の拳で相殺できていることが功を奏している。
「ハンナ、そのまま押せ。アーミラは春将軍:彩の処理」
確かに冬将軍:式の舞による蘇生は厄介であるが、それを行っている間は隙を晒すので火力を出すチャンスでもある。努もここぞとばかりに進化ジョブを解放し冬将軍:式に遠距離から火力を叩き出す。
それに蘇生された将軍たちは恐らくHP三割止まりであり、主要武器を持たず切れ味の良い刀止まりだ。冬将軍:式に回復の舞を安易に打たせなければさしたる脅威ではない。
ただそれ以前の秋将軍:穫を倒すまでにそもそも武器破壊するくらいの余裕は存在し、努はその好機を見逃した形となった。
(秋将軍:穫の武器破壊する余裕はあったけど、なんか引っかかるんだよなー。冬将軍のお馬さん出てきてないのも気になるし)
しかし彼は嫌な予感を覚えてPTの立て直しに留め、敢えて先に踏み込んでいた。
80階層主である冬将軍はHPが三割を切ると手笛を吹き、その巨体を乗せても風のように走れるほど巨躯な馬を呼び出していた。武器を破壊したら代わりにそういった類のものが呼び出されるのではと努は警戒していたのだが、今のところ黒槍の代わりに馬が出てくることはない。
(本来ならもう少し手こずる相手なはずだけど……)
春、夏、秋を吸収した冬将軍:式。異形の四本腕は左右によって用途が分かれており、右は近接、左は遠距離が基本である。だがそれは完全に決まっているわけでもなく、稀にまだ腰に差している刀に切り替えてその特性を変える。
遠距離系は冬将軍:式の氷礫や刃。それに春将軍:彩が操る細かな刃にも似た桜吹雪。秋将軍:穫の薙刀による斬撃と夏将軍:烈が拳に熱を溜めて放つ熱波の四種類。
近接は冬将軍:式の切り口からその身を凍り付かせるような刀に、桜吹雪の切れ味を集積して高めた桜刀、それに他の将軍と比較すると力が弱かった秋将軍:穫と違い、異形の手で振られる薙刀の威力は馬鹿にならない。
だが魔流の拳を極めんとするハンナはそんな冬将軍:式をむしろ押せるほどだった。氷魔石を用いた拳を陽動に使って翻弄し、無色の魔石による純粋な火力で怯ませ好きに動かさせない。
それに160階層主であるウルフォディアと半年近く死闘を繰り返していたガルムも交代し彼女を休ませる時間を稼げているため、戦況は一時の危機から一転して優勢を保っていた。
「龍化」
そして既に万全な状態で龍化を扱える状態にまで戻ったアーミラの一刀で、冬将軍:式の右腕が一本落ちた。目の色を変えて彼女を見据えた将軍の懐に、膨大な魔力を変換し氷の翼を煌めかせたハンナが潜り込む。
「空絶」
氷により拡張された翼でより大きな魔力を練り上げ、空間を断絶するように放った拳での横薙ぎ。腹部が抉られ光の粒子が漏らした冬将軍:式は思わず力が抜けたように片膝をつく。
「岩割刃、ブースト」
「セイクリッドノア」
そこにすかさずエイミーが入り込み冬将軍:式の首元に双剣を突き刺し、ブーストの推進力を利用し掻き切る。努はガルムが引きつけていた春将軍:彩を聖なる月で押し潰す。
冬将軍:式の姿が消えて先ほど聞いた時よりも低い鐘の音が響き渡るまで残心を崩さなかったハンナは、鋭い目付きのまま息を吐き氷の翼を下ろした。ぱきぱきと音を立てて崩れ去る氷の羽々は月光で反射しながら地に落ち、その役目を終えた。
氷翼は翼を疑似的に拡張することで扱える魔力総量を上げることが可能になるが、翼が凍傷を負うので短時間しか扱えない。ハンナはばさばさと翼を振って氷の欠片を落とし、次の戦いに備えている。
「……!?」
その姿を横目で見ながら猫耳を立てて鐘の音を聞いていたエイミーは、突然月光による影が増えたことに気付き跳ね上げるように身を翻して空を見上げた。
いつの間に満月の中心に位置取っていた人型のそれは努たちが視線を集める中、光の粒子を纏いその姿を露わにした。
四季将軍:天。全ての将軍が解放されたことで顕現せし頂。その手は六本にまで増え、鎧兜に隠れる頭は左右三つに増えて虚空を見据えていた。
そんな四季将軍に鳥居の外から駆けて向かったのは、体毛が燃え上がっているかのような赤兎馬。そのまま空を駆け上がり月の下で嘶く赤兎馬を出迎えた四季将軍は、宙に浮く馬が身につけていた大弓と矢筒を引き上げる。
彩烈穫式天穹。将軍がその穹を手に持つと刻印装備のように紋様が浮かび上がり、三種の輝きを見せた。そこに夏を思わせる色はなく、代わりに赤兎馬がたてがみを深紅に染めた。
「コンバットクライ」
「師匠」
「はい」
いの一番にガルムがヘイトを取って位置をずらし、青翼の調子を確認するように動かしていたハンナは問題ないと判断し努に魔石の補充を頼む。既に彼女が消費した魔石の計算を終えていた努がマジックバッグを交換する。
(……赤い馬は圧があるな。とはいえあの大弓でVIT無視の爆撃されたらガルムが溶けそうだし、何とも言えない)
あの弓と馬の光り具合からして各将軍に応じて変わると見てよく、仮に『ライブダンジョン!』だとしたらその組み合わせで変わるであろう四季将軍は運営が相当に気合いを入れて作ったものだと窺える。
そんな四季将軍を鑑定してその名を明らかにした努は、不意を打たれたように固まった。ガルムも敵意を取れている感覚こそあるが、四季将軍が未だ赤兎馬に乗ったまま動かないことに訝しげな顔をする。
すると四季将軍はその輝く大弓を天に向け、矢筒から儀式用にも見える装飾が施された矢を番えて照準を空に向ける。そしてその矢は夜空に放たれ、雷のように轟いた。
大きな月の光によってひた隠されているものの、夜空には様々な星が砂金のような光を放っている。その星々は四季将軍の放った矢によって落とされ、この地の幕を閉じるように墜落し始めた。
そんな星降る天辺を前にハンナは唖然と口を開き、ガルムは動く様子のない四季将軍を睨みながら指示を仰ぐように犬耳を逸らす。アーミラは再び使えるようになった神龍化を切るべきか逡巡し、エイミーは考え込んでいる努の様子を窺うように顔を覗き込んだ。
「……ツトム?」
「……随分と派手な、全体攻撃だね。ガルム! 戻ってこい! アーミラはレギオン準備!」
エイミーからの声掛けで思考の世界から抜け出した努は、人に試練でも与える神のように馬上で腕を組んでいる四季将軍を前にこれがヘイト無視の全体攻撃であることを察した。
「中々これは……神台映えしちゃうね。エイミーからすれば生唾ものなんじゃない?」
先ほどまで深刻そうな顔をしていたとは思えない努の空を見回しての冗談めいた囁きに、エイミーはきょとんとした表情で見つめ返す。そしてその期待に応えるように神の眼を呼び出し、世界の破滅を映してカメラ目線になる。
「なっ、なんじゃこりゃーー!? どうすんのこれー!?」
「この様子じゃ逃げ場もないし、迎撃するしか道はない。ハンナ、魔流の拳で星を消すチャンスが来たぞ? もし全部壊せたらあの阿保ダンスも帳消しにしてあげるけど」
垂れ幕のように星が落ちてきている状況にもかかわらず脅すように声を低くした努に、ハンナは鼻が詰まった豚みたいな音を漏らした。
「冗談キツいっすよぉ!? そんなデカくはなさそうっすけど、メテオ割るようなもんじゃないっすかあれ?」
「魔流の拳伝承者なら星砕きくらいはこなさなきゃね」
「……いや、なんかそれはかっこいいっすねぇ? 星砕き……良い響きっす」
「ガルム、アーミラ、最悪身を挺してでも僕を守ってもらうよ」
そんなハンナから視線を外して実質的な死刑宣告を言い渡されたガルムは真顔で頷き、アーミラはへらへらと笑った。
「あぁ」
「マジかよ。神龍化で翼作って全員包めばどうにかなるかぁ?」
「神龍化をここで切るのは駄目ね。それでここを凌げたとしてもあれ――四季将軍と戦闘はあるに決まってる。ジリ貧になるのは避けたい」
「先の勝ちを見据えて結構なこったな。死ぬのは怖くなくなったか?」
真意を問うように見つめ返してきたアーミラに、努は力が抜けたような顔で呟く。
「どうだろうね。でもまだ絶望するには早いかな」
「そうかよ。まぁ、フライで浮かんで俺とガルムで包めばウルフォディアみたいに何とかなるかぁ?」
「そうする他あるまい」
「お陰様でお団子レイズもあるしね。少なくともここで全滅することはないし、やるだけやってみよう」
そんな努の楽観的な物言いと背負っているお団子レイズを前に、PTメンバーたちは落ち着きを取り戻して迎撃の準備を進めた。
(何だよ、式神:月って)
絶望するにはまだ早い。だが絶望の早とちりをしてしまいかねない情報を努だけが握っていた。式神:月。四季将軍を鑑定した際、やけに月が大きく見えたので念のため調べたことで得た副産物。
(180階層特有の時間経過による黒――ってわけでもない。あれは間違いなくモンスター。四季将軍と赤兎馬だけじゃない。一体何をしでかしてくるんだか……)
ある種絶望的であるこの戦況でもまだまだヒーラーとして粘れる自信こそあるが、四季将軍に加えて式神:月という不確定要素を前にした努の心に諦めの気持ちが渦巻く。
だが頭の中の絶望を過大評価して自滅していく者たちを、努は元の世界の三年間で何人も見てきた。どれだけ愚鈍なPTメンバーと共にエンドコンテンツに挑んだとしても、『ライブダンジョン!』後期の努は最後まで勝利の可能性を追い続けた。
天と地ほどの差。それを引っくり返すためにも努は式神:月のことを表に出さないまま、降る星々に抵抗の意を示した。
星砕きの練習にアルマ引っ張りだこ!?
まだ帝都だっけ…