第684話 知らぬが仏
「ツトムー!! よくやったぞー!」
「悪くない散り様だった! 次も頑張ってくれ!」
「ツトム……? 何でこんなところに」
「どうもー」
「おっ! 今日はなんか対応いい感じ!」
ギルド第二支部はお通夜状態だったものの、まだ努が全方位に喧嘩を売ったことを知らない神台市場の観衆たちは彼の健闘を称える空気だった。そんな声掛けに努は普段よりもにこやかに答え、両隣にいるガルムとエイミーは彼がまた何か口走らないか冷や冷やしている様子である。
「ハンナ! めっちゃ良かったぞ!」
「流石、魔流の拳伝承者!」
「完璧だったぞ! ダンス以外!」
「ガルムー! 惜しかったぞ! 気にするな!」
「エイミー! 格好良かったぞ!」
「アーミラ様……。このような場所にまで足を運んで頂けるとは……」
努以外のPTメンバーも各々素晴らしい活躍を見せてくれたからか、観衆たちの声はとても温かった。そんな歓声にハンナはむふふ顔で手を振り、アーミラは地に手を付けて崇拝する勢いの竜人集団に辟易した様子である。
「落ち着いて移動してくださーい! 走らないでー!」
ギルド第二支部近くにある神台ドームに人が流れたおかげで殺人的な混雑こそ避けられているものの、先ほどまで一番台にいたPTが突然現れたことで観衆たちは騒ぎ始め、警備団はどっと発生した人波のコントロールを必死に行う。
指定席に座っている迷宮マニアは何やら後ろが騒がしいなと思いつつも、続々と180階層に向けて潜り出したアルドレットクロウや無限の輪、シルバービーストPTから目を離さずにいた。そして指定席の脇を通り過ぎていく努PTの面々を見て思わず万年筆を落とす。
するとそんな騒ぎの元凶を見かねてか、指定席の頭上に広がる空の席からバーベンベルク家長女のスオウが障壁を足場にしてするりと飛んできた。
「これはこれは皆様方お揃いで、どうされましたか?」
今日は商工会の会談を済ませた後だからか髪を後ろに纏めメイクもバッチリな彼女は、性格がキツそうな印象を和らげての笑顔で話しかけた。それに努は申し訳なさそうに眉を下げて礼をする。
「スオウさん。急で申し訳ないんですが障壁席を見繕ってもらってもいいですかね? ちょっとギルドでは静かに見られなくなってしまったので」
「なるほど。それは災難でしたね。ではご準備いたしましょう」
初見の180階層主相手にあれほどの健闘ぶりを見せたのだ。ギルド第二支部といえど大騒ぎになったに違いないとスオウは得心のいった顔になり、笑顔を見せて障壁席の組み立てを始める。
「物は言いようだな……」
死に酔ってギルド長にまで八つ当たりし職員からも不服を買ったであろう努に、アーミラはジト目で呟く。そんな彼女に対して沈黙は金だと努はお口をチャックし、さっと寄ってきたバーベンベルク家の執事に凝った刻印が施されている魔貨を納めた。
そしてちゃきちゃきと障壁席を設けエレベーターみたいな障壁を連れて案内してくれたスオウに会釈し、透明な扉が閉まり周囲が淡白く染まったところで努は口を開いた。
「あのままギルドで好き放題言ってたらどうなっていたことやら」
「カミーユにぶっ飛ばされてたんじゃない?」
「やっぱり持つべきものは戦友ってわけ。ギルド出禁にでもされてなきゃいいけど」
エイミーからの白々しい横目にそう返して肩をすくめた努に、元ギルド職員であるガルムは眼光を鋭くさせて腕を組む。
「ギルドは神の意に沿う代行者に過ぎない。神から追放でもされれば出禁も可能だが、虫の探索者であろうがギルドを利用する権利はある。何人たりとも、それこそ神竜人であろうが神のダンジョンに入る者を制限することは出来ない」
「カミーユはまだしも、他の職員さん方はとてもそんな目付きしてなかったけどね」
迷宮都市にもいなかったくせしてこの三年間を全否定してきたエアプの迷宮マニア風情が。ギルド銀行から何まで利用禁止にしてやろうかと言わんばかりの顔を、ギルド第二支部にいた職員の大多数はしていたように思えた。
そのことについてはガルムを憂慮していたのか、困ったように藍色の犬耳を伏せる。
「ギルドも元々は神のダンジョンに通ずる魔方陣を偶然見つけただけの探索者であり、神の意思を出来得る限り汲み取って場を取り持っているに過ぎない。ただ、今となってはそんなギルド長の遺した意思も薄れているのは事実であろうな。カミーユさんは探索者を惹き付けるカリスマ性こそあるが、数百人規模の職員を纏めるのが得意なわけではない」
「そんなババァを影から支える奴がどっかにいればなー。何年か前に探索初心者を喰う虫共を律儀にぷちぷち潰してた奴とか、向いてっと思うんだが」
「娘自ら母親を押してくるの、流石に気持ち悪いよ」
「師匠、副ギルド長になるっす! そしたらあたしもみんなに自慢できるっす!」
努の暴言も既に忘れていそうなハンナの能天気な発言に、彼は障壁なのに高反発で座り心地の良い椅子に座ってふんぞり返る。
「虫の探索者も駆除できない立場とか、胃に穴でも開きそう」
「そんな立場でいてくれてるカミーユに感謝しようねー」
完全な宥めモードに入っているエイミーに努はうげーっとした顔をした。
「でも魔貨はやりすぎでしょー? 国でもないのに通貨発行権持つとか、迷宮都市にG流通させてる王都も黙ってない。それに帝都のロイドとも裏で手を組んで目一杯ギルドの枠を広げて、ギルド長の遺した意思とやらはどこにいったんですかね」
「ギルド長にもギルド長の事情はあるんでしょ。金とか権力になびくような人じゃないのはわかってるでしょ? ……何ならツトムになびいて失策してる方がまだ想像がつくけど」
「全て僕の計算通りってわけね。そういう裏で画策してそうなのはロイドでしょ。そろそろ王都からも帰ってくるって話らしいけど……それはさておき見ますか」
そうこう話しているうちにアルドレットクロウの一軍PTが先んじて180階層に入ったので、努はメモ帳を片手に一番台を注視した。そして冬将軍:式に速攻を仕掛けて春将軍:彩を出現させたディニエルに、アーミラはかーっと息を吐く。
「初めから冬将軍残せるの楽でいいなァ。四季将軍まで一時間くらいでいけるか?」
「夏は確定で武器破壊して、その他一つ武器破壊も考えるとそれくらいかかるかな。ご飯でも頼む?」
「そうしてくれや。コリナたちが帰ってくんのも二時間くらいはかかるだろどうせ」
「あたしも欲しいっす!」
アーミラの他にも必要かどうか努が目線で尋ねると皆が同意したので彼は障壁扉をノックして開き、少し離れた場所で待機していた給仕の者にルームサービスを頼んだ。それからバーベンベルク家の誇る料理人たちが作った料理の数々が部屋に運ばれ、それをつまんでいる間に4PTが180階層に入り階層主の攻略を進め始めた。
「ステファニーたちは明らかなタンク不足だし、四季将軍は無理だろー。いっそのこと秋将軍を馬に回して検証してほしいけど」
「こうして見るとやっぱ夏将軍がキチぃな。どんなタンクでも辛そうな顔してやがる。暗黒騎士のホムラは相性良い方か?」
「自力で回復できるから他のタンクよりは耐久できてたね」
「夏将軍はタンクで安定的に受けるんじゃなくて、いっそのこと被弾覚悟で一斉に殺し切る方がいいかもね。タンクでもアタッカーでも受けるダメージは同じっぽいし」
「あの槍を掻い潜るのも地味にダリぃけどな……」
アタッカー2、バッファー1、タンク1、ヒーラー1の構成であるステファニーPTは、既に夏将軍を下し秋に差し掛かっていた。武器破壊は春と夏を選び、努たちの反省を生かし二分割にしようとしている。
ただその他のゼノPT、ルークPT、ユニスPT共に夏将軍:烈には苦戦している様子だった。VIT無視の爆発は勿論、三秒触れられての即死爆発もあるので受けタンクが普段通りに機能しないことでPTの連携が乱されている。
「鑑定。お、武器ごとにモンスター出るとかもあるかと思ったけど、馬固定か」
それから数十分後に式神:星フェーズに到達したステファニーPTの前には、努たちの時と同じく四季将軍:天と赤兎馬が姿を現した。
「あとエイミー。あの月、鑑定できる?」
「ん? 鑑定。……式神:月ぃー? あー、ツトムが勝負を急いだのはあれが理由?」
「詳細は見えないよね?」
「多分、神台越しの低下を加味しても無理だね。式神:星も名前だけだったし」
「だよね、良かった。鑑定士レベル30台の僕だと神台越しに鑑定できないから、神台で判明しない限りは情報独占できるかもね」
「はっ? んだよそれ。式神:星だけじゃねぇのか?」
「今度は月砕きっすか。燃えるっすね」
「……なるほど。だがツトムはあれをどういうものだと想定していたのだ?」
「僕としては式神:星と同じく落としてくると思ったんだけど、アテが外れたね。これでステファニーたちにあっけなく答え合わせされたらギルドで誤魔化したのも意味なくて泣いちゃう」
そして神台越しの鑑定で式神:月の存在を知ったエイミーは訳知り顔で頷き、他は三者三様の反応を見せた。
それからステファニーPTは式神:星の飛来に対しお団子レイズによる保険をかけつつ、ディニエルにその命運を託した。四季将軍:天よりは小振りなものの帝階層における最高峰の和弓を携え、アルドレットクロウの資金力を最大限に活かした魔法矢を用いて式神:星を打ち抜いていく。
「あー、総力は変わらない感じか。じゃあタンク浅いラルケじゃ持たなそう」
式神:星を全て無力化してみせ、その後に四季将軍:天が小手調べに放った矢も正確無比な射撃で落として見せたディニエルであったが、夏と春の特性を備えた赤兎馬まで手は回らなかった。
努たちは三つの武器を受け継いだ四季将軍:天を持て余し全滅に至ったので、ステファニーたちはバランスよく赤兎馬にも配分する形とした。だが桜吹雪と爆発を撒き散らして走る赤兎馬が暴れ回るのに手をつけられず、ステファニーPTは崩壊の一途を辿った。
『ヒール……!』
ステファニーもまたヒーラーとしては努に引けを取らない支援回復を行い、マジックロッドによる攻撃的な立ち回りは彼をも凌駕する妨害能力を見せた。ただ四季将軍:天と赤兎馬を相手にメインタンクが1人という編成事故はどうしようもなく、戦況を安定させることは叶わずヘイトが溢れ出た。
「出来ればこのまま式神:月は気付かれてほしくないもんだけど……ユニスのところが怪しいか? 確か鑑定士かじってた奴がいた気がする」
「でも、あのPTじゃ冬将軍:式を越えるのも怪しくない……?」
未だに夏将軍を相手に爆死を繰り返してぴーぴー喚いている三番台のユニスを前に、エイミーは残念そうな目でぼやく。
「フルアーマーのゼノたちも期待できないし、ルークたちも駄目かな。カムラがまだ本調子じゃない。これ一通り見終わったらクランハウス帰ろうか。二回目は記事で見ても変わらなさそう」
そう見切りをつけた努は今後の金策も考えてか刻印装備を見繕い始め、アーミラたちは健気に頑張る弟子たちを前にマジかこいつと言わんばかりの顔でその作業を見送っていた。
ツトム、情報収集を迷宮マニアに頼むことあったよね。自分で取る事に拘ってないんじゃない。そもそも、星以降の情報を知りたい訳で、そこまで行けるパーティーが、ステフしかいないし、それでさえ構成事故なら、見る価値ないよね。
今ある情報だと、武器破壊の最適解を考えるくらいしか、出てないし。