第691話 魔石売買所のリリス

 アーミラの手前ハンナのぎゅー機会を逃した努は、戻ってきた彼女たちにこれから無限の輪と取引している各方面に話を通してくることを告げた。


「ババァもババァだが、てめぇもてめぇだからな」
「お互い様だね」
「……男なら折れてやれや」
「大概のことはどうでもいいけど、男には譲れないところもあるんだよ。アーミラもスポンサーには今のうちに話通しておいてね」
「…………」


 俺はもうそっち側確定かよ、と言わんばかりの顔をアーミラはしている。だがそれに文句が出る様子もないことを確認した努は、一度クランメンバーたちを解散させてまた夜にギルドへ集合して探索を始めることとした。


「まずはポーション屋っすかね?」


 そうして各々のメンバーが散っていく中ハンナは一人残り、当然のように付いて来ようとしていた。ただ無限の輪でスポンサー契約をしていないのは努を除けば彼女だけであり、話を通す必要がないので実際暇を持て余していた。


「森の薬屋には閉店間際に行く。まずは魔石売買所、次にドーレン工房……はガルムが行ってくれてるから、最後に森の薬屋かな」
「ギルド銀行はいいっすか? ゼノがお金なくなっちゃうって言ってたっすけど」
「一応分散はさせてるから、仮になくなったとしても大怪我で済むよ」
「あ、大怪我はするっすね?」
「そりゃそうでしょ。迷宮都市の最大手銀行だぞ?」
「探索者はみんな使ってるっすもんねー……」
「ま、ギルドも一枚岩じゃない。どうにかなるよ」
「そうっすかー? やっぱあたしが一肌脱ぐしか……」
「やめてねー」


 そんなハンナを下手に放置すれば、クランの危機に自分だけ動かずにはいられないと張り切って余計な真似をしかねない。なので努はお姉ちゃんに任せなさいと袖を捲ったハンナを連れて魔石売買所へと向かった。


「リーリースー。いるっすかー?」
「お、ハンナじゃん。性悪男と一緒に来るとは珍しい」


 ドーレンの孫娘であり魔石売買所の店長も務める褐色メスガキ、もといリリスは珍しいペアでの来訪に受付から身を乗り出して目を丸くした。

 そして魔流の拳を扱うハンナのために仕入れている魔石を準備しようとしたところで、努がそれを止めて先ほどギルドで起きた事の概要を話した。


「……ギルド長と敵対して第二支部出禁とか、前代未聞でしょ。どんな物言いしたらそこまでの罰則受けるわけ?」
「先に喧嘩売ったのはギルド長っぽいっす。それを買う方もおかしいっすけど」
「あれに楯突く自殺志願者なんかによくもまぁ付いてるね。流石にちょっとは身の振り方を考えなよ」
「まー、師匠なら大丈夫じゃないっすか? リリスはどうするっす?」


 ハンナにそう尋ねられた彼女は疑るように努を見やった。それに彼はにっこり笑顔を返す。


「ギルドに楯突いてまで取引を続けろとは僕も言えない立場だからね。ここで手を引くと言われても恨むつもりもないよ」
「よくわかってんじゃん」
「でもさ、180階層主の魔石は一番に欲しくない? 今のところ僕らが手にする可能性が高いし、リリスが賭ける価値はあると思うんだけど」


 そんな努の物言いがハッタリでないことは、昨日神台市場で180階層戦を観戦していたリリスも理解していた。確かに世間で見ればアルドレットクロウの評価が頭一つ抜けているが、昨日の時点で180 階層に最も食らいついていたのは初見の努PTだったと言える。

 それにツトムがこれまでどのような探索人生を歩んできたのかを、リリスは魔石買い取りを通じて目にしてきた。幸運者騒動やらスタンピードやら、90階層や100階層の奇跡やら。


「……別に。興味はあるけどギルドと敵対してまで手に入れたいわけじゃない」
「そもそも魔石買い取りの時点でギルドとは競合関係にあるし、取引先も差別化してるでしょ? 今のうちに取引継続してくれるなら階層主の魔石は丸々そっちに渡すよ」
「美味しいところ取りはさせないってわけね。……まぁねー、実際あんたらが180階層初突破するってのも、夢物語ってわけじゃない」


 努との腐れ縁やお得意様である無限の輪のハンナやリーレイアを抜きにしても、今の努PTには投資する価値がある。じゃあ協力してくれるっすかと目をキラキラさせているハンナを前に、リリスは一本指を立てた。


「ただし、今はあんたらから聞いた情報しか私は持ってない。どうせ明日には騒ぎになるだろうから、そこの情報くらいは見てから判断させてよね」
「それは勿論。ただその判断は明日中で頼むよ。断られた時には別口探さなきゃいけないし」
「私以外のロクな別口があるかっての。取引継続したら跪いて足でも舐めろよー?」
「おっす!」
「いや、あんたじゃないから。ちょ、何!? やめてよねっ!」
「あたしはあたしのやれることをするっすから!」
「ぎゃーーっ!? 本っ当に舐める奴があるかーーー!!」


 まさにどんぐりの背比べである二人のイチャコラを横目に、努は店員を呼んでハンナ用の魔石を仕入れておいた。今のところ魔石の質を縛ることでしか魔流の拳を良い塩梅で扱う方法はないので、リリスが選定した魔石があるのは努としても助かる。

 そして自分もクランの役に立つのだと執拗に足を舐めようとしてきたハンナを撃退してぜーぜー息を切らしたリリスは、止めもしなかった男の店員に八つ当たりして他の魔石も取って来させた。


「リーレイアの分も買ってきなっ!」
「はいはい。光魔石多めで助かるよ」
「ハンナ! お前は足舐め代払えっ!!」
「えー!? むしろこっちが払ってほしいっす!!」


 それから無限の輪のメンバーが入り用になるであろう魔石を買って取引を済ませた後は、先ほどの所業もあってか努たちは魔石売買所から早々に追い出された。

 その後に森の薬屋にも行ったがお婆さんは薬草摘みで留守とのことだったので、弟子のエルフにギルドのことについて伝言を頼んだ。その後も日本食に似た食材を調達してくれる貿易商の者や、ドーレン工房、ゼノ工房にも直接足を運んで報告は済ませた。


「変なところは丁寧っすよねー」
「律儀と言え律儀と」
「じゃあギルド長にもりちぎ? にするっすよ。そしたらロイドから乗り換えてくれるかもっすよ?」
「何でフラれたみたいになってるんだか」
「でもそんな感じっすよね」
「そっすね」


 それで会話を打ち切った努はギルドに入って銀行の受付へと向かう。ギルド職員を見る限りカミーユとのいざこざは既に伝わっているようだが、第二支部より剣呑な視線を向けられることはなかった。

 それから魔石購入分のゴールド引き出しを行ったが、特に問題なく受け付けてくれた。少なくともギルド銀行の資産凍結とまではいかないらしい。それが意外だということが表情に出ていたのか、銀行の事務員は苦笑いを浮かべた。


「帝都を見習って紙にでもしてくれたら魔貨も推せたんですけどねー。魔石じゃGとさして扱い変わりませんよ。ギルド長は現場をわかってない」
「数えるのも一日こなすと大変そうですしね」
「そうなんですよ……。手首が痛いのなんの。もはやヒール漬けですよ」


 実際に金品整理を行う事務員からすれば魔貨もGも労力は変わりなく、帝都の紙幣を羨む声は多いようだった。その事務員の愚痴には周囲も同意見なのか静かに頷いている。


「ツトムさん、もし入り用でしたら是非融資させて下さい。資料はこちらに纏めてありますので」
「お気遣いありがとうございます。今のところは大丈夫ですが、もし機会があればよろしくお願いしますね」
「じゃああたしにお金くれてもいいっすよ!」
「ハンナさん、まずは融資という単語の勉強から始めましょうね」


 それにギルド銀行としては他にも顧客は多いとはいえ、刻印装備による儲けで預け入れの金額がトップクラスである努を蔑ろにする真似はしないようだった。


「それじゃ、180階層いきますか」
「今日で突破しちゃうっすよ~。リリスにも魔石あげたいし、ちゃっちゃと倒したいっす!」


 それからガルムたちが来るまで努とハンナはギルド食堂でだべっていたが、利用を禁止されるような通告はされなかった。

 コメント
  • 匿名 より: 2024/12/26(木) 11:20 PM

    ギルドが迷宮都市から追放出来るってマ?領主はバーベンベルク家だから越権行為じゃね?勝手に住民減らされたら税収下がるんだから。努はトップクラスのクランリーダーだから高額納税者だろうし、スミス・スオウの探索者としての師匠筋で個人的な交流も在る。魔貨利権潰した件で恨まれたとしても功績の方が上回ってそうだし、例えロイドの要望だとしても貴族を敵に回してまで強行手段を取れるものかな?ギルド出入り禁止はギルドと所属探索者間の問題で済むし。

  • 匿名 より: 2024/12/26(木) 11:36 PM

    まあギルドがツトムを殴り棒にした記事書かれてるのをツトムのせいにしたのとか無理筋だもんな

  • 匿名 より: 2024/12/26(木) 11:51 PM

    森の薬屋に圧力かけるのはギルドでも無理だし、装備はゼノ工房があれば最低限何とかなる…魔石の買取ルートさえ残せれば取り敢えず第二支部設立前程度の探索環境で落ち着きそうかな?そこまで影響ないかもしれんね

  • 匿名 より: 2024/12/26(木) 11:58 PM

    魔石の売買もツトム信者の中堅探索者に代理取引させるって手もあるし、同盟組んでるシルビにお願いするって手もある。装備関係はデカい貸しがある紅魔団に頼めば、紅魔団と関係が深い凄腕ドワーフ職人の装備が手に入るかもよ

  • 匿名 より: 2024/12/27(金) 12:07 AM

    ソリット社の社長は割と話せる感じだったし、スミスかスパーダに仲立ちをお願いして和解すればメディアも抑えられるな

  • 匿名 より: 2024/12/27(金) 12:08 AM

    あんまり描写されないけど、探索者とはバチバチやりあってても、周辺産業には基本丁寧律儀だったからな。
    その背景が活きてきてるところが読めるの嬉しいわ。

    薬屋さんが居ないのが何かしら不穏な展開の伏線じゃないことを祈る。

    ハンナはバカで金勘定は鳥。ってことを自分でもネタに昇華してないかw

  • 匿名 より: 2024/12/27(金) 12:15 AM

    >第646話 神華の使徒
    この辺り読み返せば現状の動きも大体読めてくる。

  • 匿名 より: 2024/12/27(金) 12:59 AM

    森のお婆さんと会えなかったのがなんか不安…

  • 匿名 より: 2024/12/27(金) 1:03 AM

    カミーユは流石にロイド関連で嫌われ者買って出ただけだとは思うけどね、、、

  • 匿名 より: 2024/12/27(金) 1:06 AM

    ギルドからの融資の提案が気になる。ツトムが刻印装備でしこたま儲けていて借金が不要なことくらい、ギルド銀行はよく知っているだろうに。邪推すれば融資を受け入れて利息という形で上納金を納めれば味方になってやるよ、という提案なのだろうか

  • 匿名 より: 2024/12/27(金) 1:06 AM

    バーベンベルク家を頼ろう。そうしよう
    今こそ弱体化した貴族復権の時

  • 匿名 より: 2024/12/27(金) 1:43 AM

    更新感謝、更新しか勝たん。
    融資の提案は普通に銀行としての利益やノルマの為じゃないかな、与信を積んでおかないと雨降ってる時に傘取り上げられるから儲けてるうちに金利を払って信頼を築きましょうって事だと思う。ただ大金を預けてるだけの人だと、それが無くなったらただの人だからね。そんな機会が来た時には銀行も貸すわけないから、ここで言うツトムの機会があれば〜っていうのも実際に利用する気もなく社交辞令で言ってそう。

  • 匿名 より: 2024/12/27(金) 1:49 AM

    ハンナは本質を突くねぇ

  • 匿名 より: 2024/12/27(金) 2:04 AM

    >2024/12/27(金) 1:06 AM
    >2024/12/27(金) 1:43 AM でも言われてるけど、銀行は融資することが商売の基本行動。預金は本質的には預金者から”借りてる現金”だから。
    貸したら確実に貸した額より稼げる相手には基本的に融資を勧めるのは一般的な企業で言う通常の営業活動。と言うかそれを「融資」と言うと言ってもいい。
    だからハンナにはお勉強を勧めているw貸したら全部溶かすからなw『融資』とは言わない。

  • 匿名 より: 2024/12/27(金) 2:05 AM

    更新ありがとうございます。
    予想より小悪魔っぽい名前が出てきたね。うん可愛い。
    つとむさん金融関係の知識しっかりしてるし、挨拶回りも欠かさないし、さすが元の世界で商社に内定してただけある。
    プロゲーマー時代も内外の調整役やってそう。
     
    ハンナとのワンチャン狙ってる連中へ。515話読みましょ。

  • 匿名 より: 2024/12/27(金) 2:06 AM

    ハンナには融資という単語の他にも常識とか理性とか言う単語の勉強も必要な気がする

  • 匿名 より: 2024/12/27(金) 2:08 AM

    捕捉:与信の概念がこの世界にもあるか分からんけど、与信積んどけと言うのはまあ順当なアドバイスでもある。
    どちらかと言えばネトゲ沼に漬かってたツトムが金融概念に詳しいのかが分からん。
    大学の専攻なんだったっけ。

  • 匿名 より: 2024/12/27(金) 3:10 AM

    ハンナのぎゅーっを逃したか…まぁ180階層攻略出来れば『やったっすよー!』って抱き着いて来そうだしチャンスはまだある…

  • 匿名 より: 2024/12/27(金) 3:17 AM

    厳しめの父親から、自分と同じ大学受かったら好きにして良いと言われて、見事合格して好きにネトゲやってたみたいだね。結構良い大学の文系学部ならそれなりに経済関係の知識もあるでしょ

  • 匿名 より: 2024/12/27(金) 3:23 AM

    話数オタクに乗って515話見てきたけど、ハンナの件以外にも今とやや符合する話だった。
     
    この後あんま覚えてないんだけど、アーミラがナニしちゃったのか気になってナニがイライラしてきた……。

  • 匿名 より: 2024/12/27(金) 3:50 AM

    更新ありがとうございます。
    ほっこり回。

  • 匿名 より: 2024/12/27(金) 4:21 AM

    第2支部って、出来てからそれなりに経ってるよね。
    黒門使ったら帝都ダンジョンに飛ばされるならとっくに飛ばされてないとおかしい。
    そういう罠を仕掛けるなら最初に仕掛けてるでしょ。

  • 匿名 より: 2024/12/27(金) 5:03 AM

    >それと帝都の神のダンジョンを視察と新たな魔道具の捜索をしていたロイド。
    686話が今回の伏線じゃないかと、他のコメントにもあるのはこれ

  • 匿名 より: 2024/12/27(金) 5:19 AM

    ハンナはバカだけど人並みの貞操感はあるっぽいし金のために如何わしい事する、させるはあまりにも危険すぎて無理でないかね
    天変地異がそのまま飛び回ってるような女だぞ・・・

  • 匿名 より: 2024/12/27(金) 6:31 AM

    どちらかと言えば暫定神の子発見報告して何かしらのアイテム貰って帰ってきたロイドが、第二支部に新たな機能追加したんじゃないかな
    この先ツトムが第二支部利用したら帝都ダンジョン飛ぶみたいな感じで

  • 匿名 より: 2024/12/27(金) 6:52 AM

    いやロイドじゃなくて普通にステファニーの工作でしょ
    ステファニーの策で努は初見攻略する羽目になって、その結果努が死に酔ってプレミした
    それをステファニーが最大限利用して勝負に勝ちに行ってるだけ

  • 匿名 より: 2024/12/27(金) 7:03 AM

    ハンナさんの事だから足を舐めにというか脚を舐めにいってそう、というか舐めたろこの鳥女

  • 匿名 より: 2024/12/27(金) 7:20 AM

    返済能力のない奴に金を貸すとしたら体目当てかな
    努は無利子で貸して強制徴収してるけど
    ぎゅーくらい利息を貰っても罰は当たらないよね…逃したけど

  • 匿名 より: 2024/12/27(金) 7:56 AM

    アーミラのあれは童貞こじらせた高校生がイキってるやつでしょ
    その後に本物のリーレイアが格の違いを見せつけてたのが答え

  • 匿名 より: 2024/12/27(金) 8:05 AM

    食堂使えて良かった。コリナがギルドの椅子全部ぶっ壊さずに済んだ。

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