第700話 彼女に会うまでは

 ロイド曰く、迷宮都市の神はかつて神華しんかが気まぐれに自身の半身を分けて生み出した分体らしい。神の威を借りる者として名付けられた神威かむいは神華と数十年過ごした後、彼女に見限られ放逐された。

 それから数百年後。迷宮都市に突如として神のダンジョンが生まれた。それは魔法が使える貴族の保護下でしか生きられなかった人々にステータスとスキルを与え、この世の常識を大きく捻じ曲げた。

 神華はそんなわけもわからぬことが出来る力も知恵も神威に授けていなかったが、そこまで成長したのなら自分が渡した半身くらいの力は返してくれと申し立てた。そんなダンジョンを独自に創造できるだけの力があるのなら、半身の力など取るに足らぬものだろう。

 しかし神威はそれに応じることなく神華が真似をして飛ばした神の眼を完全に遮断し、迷宮都市から出てこなかった。そんな彼にいよいよ業を煮やした神華が仕掛けようとしているのが聖戦であり、目的は引き籠っている神威との邂逅かいこうと神力の一部返還。

 そしてその足掛かりとしてロイドと同じく100階層を初突破し神威との関わりを得たであろう、キョウタニツトムの身柄を確保すること。そんな聖戦に至るまでの経緯と目的を聞き終わった努は、げんなりした顔をした。


「……離婚した妻が後になって財産分与を請求してる、みたいなお話ですね」
「傍から聞けば下らぬものだが、人知を超えた者同士の争いごとであることに変わりはない。迷宮都市と帝都は否が応でも巻き込まれるだろう」
「それが数年後には確実に起きるってことですか……。具体的な日時とかは決まってないんですか?」
「仕掛けるのは神華側だからな。そのために神華の弁護人とも言えるロイドが勝率を上げるために方々を回っているのだろう。その準備が終われば仕掛けてくるはずだ」
(頼む神威。さっさと財産分与してくれ)


 努が『ライブダンジョン!』で名を連ねていた者たちの中で候補に挙がったKAMI谷を頭に浮かべながら内心ふざけていると、クリスティアは補足する。


「現状では迷宮都市に軍配が上がるだろう。だがロイドは神華の使徒としての力を下賜かしされている。神具――神台や黒門を作る魔道具の作成。それとステータスやスキルを一部授けることも、剥奪することもできる。実際に私も試しにヒールを剥奪された」
「強すぎないですかそれ? スキルを返して欲しくばこちら側につけ、で探索者ほとんど寝返りそうですけど」
「あくまで神華から下賜されているだけの能力であるから、その剥奪は持って一日らしい。だがそれでも使い道はいくらでもあるし、まだ隠している手もあるだろう。それこそ外でレイズが出来ると言われても驚かない」
「……ギルド第二支部は間違いなく神具が関わっているでしょうし、ギルド長はそのついでに亡き夫を生き返らせてやるとでも言われたんですかね」
「死者蘇生は人が古来から願うものだ。それにそもそも神竜人という種族柄からして、現世に顕現した神華に協力すると言っても不思議ではない」
「なら僕のPT終わりですね。ギルド長の娘いますよ」
「……この話を聞いても尚、神のダンジョンの探索を続けると?」


 常識知らずでも見るような目をしているクリスティアを前に努はぶーたれた。


「実は僕も神威の使徒でした、なんてことなら動くのもやぶさかではないですけど、本当に違いますからね。そもそも名前すら初めて聞きましたし、僕が独自に出来ることはないですね」
「いやまぁ、カミーユが君を追放して神の子気取りだと言った状況的にそうであるのだろうがな。だが君こそ逃げなくていいのか? 神華とその使徒に狙われる立場だそうだが」
「逃げるにしても、王都に逃げたら逆に危なそうですけどねぇ。王族は頼りになりませんし。それなら灯台下暗しで実は神威の使徒面してる方が捕まらずに済みそうです」
「……私を信頼出来るならという前提こそあるが、迷宮制覇隊で保護することも出来る」
「それはありがたい申し出ですけど、今は僕のプライドというか、威信が賭かった勝負の最中なんですよね」


 神華と神威の聖戦が起きれば迷宮都市に激震が走ることは確定的であり、ロイドが帰ってきたことでその余波もこうして伝わってきている。でもMMOやめれないんだけど。神はまだ僕を見捨てていなかったようだ。


「……帝都の神に狙われていることを知っても尚、ダンジョンに潜り続けるのか」
「一応、200階層攻略したら神威と接触できるかもしれないっていう建前もありますよ」
「建前なんだ」
「建前ですねー。今は180階層攻略以外どうでもいいですもん。それこそ迷宮都市が崩壊寸前にでもなれば、他のPTの攻略も止まるので満を持して逃げますけど」


 MMOはやめられないがPCが倒れるのはヤバいので、そうなった時は流石に手を止める。そう本気で言っている様子の努を前に、クリスティアは思わずため息をつく。


「……わざわざ忠告した意味はなかったか?」
「いや、何やらきな臭いロイドに関しては詳しく知りたかったので、本当にクリスティアさんには頭が上がりませんよ。わざわざありがとうございます。それを探るはずだったカミーユが取り込まれちゃったので八方塞がりだったんですよ」
「その割には余裕そうだが」
「まだ実際にスキル剝奪とかされてないので、実感が薄いのかもしれませんね。すみません」
「……大賢者イゾルナが懇意にするわけだ。最長老に近い彼女からしても、君は特異なのだな」


 森の薬屋の店主であるイゾルナはポーションの母であり、彼女の後に生まれたエルフの老化を数百年遅らせた偉人として知られている。そんな彼女から見ても努は特異的な存在なのだろうか。


「私はどちらにも与しない。ただ神の使徒でない君が、神竜人を救ってくれることは祈っている」
「それ、イゾルナさんにも言われましたよ。何でロイドを選んだ裏切り者を救わなきゃならないんですかね」
「彼女にもやむにやまれぬ事情があるのは理解しただろう」
「だったら自分で助けて下さいよ。それこそクリスティアさんが無限の輪に入ればよくないですか? 入ってくれるなら僕の詳しい出自もお話できますけど」


 そんな努の申し出にクリスティアは口元を隠すのも忘れて歯を見せた。


「は、は、は。私が、無限の輪に?」
「探索者たちがモンスター間引くのを義務にしたことでスタンピードも一段落ついたんじゃないですか? それに神々の聖戦とやらもありますし、200階層に向けて探索者をエンジョイしませんか」
「それならツトムこそ外のダンジョンに顔を出してくれ。他の探索者と同様に死に慣れてしまったのは残念だが、それでもまだ死への敏感さは兼ね備えているようにも見える。君はとても良い指揮官になれるぞ。副隊長も喜ぶ」
「じゃあ今度外のダンジョン間引きにいくので、神のダンジョンで即席PTでも組みません? クリスティアさんの立ち回りには興味を惹かれるので、実際に近くで見てみたいんですよねー」


 そんな折衷案はどうかと歩み寄ってきた努を前に、クリスティアは頬をかいて視線を逸らした。


「……そこまで言ってくれるのはありがたい限りだが、実際にPTを組んだら若木にどう釈明すればいいかわからない。すまないな」
「これも先輩からの間引きだということでここは一つ」
「折った責任は取ることだ」
「えー。若い芽、摘んでいきましょうよ」
「エルフに向かって言う言葉ではないな」
「ダークエルフならお好きだと思ったんですが」
「は、は」


 神華に神威とスケールの大きい話ばかりでもはや笑うしかないクリスティアに、努はその後もディニエルネタを続けた。

 コメント
  • 匿名 より: 2025/02/06(木) 2:28 PM

    >2025/02/06(木) 1:38 PM
    そもそも神のダンジョンでは能力一切使えない気がする

  • 匿名 より: 2025/02/06(木) 2:29 PM

    クリスティアが笑ったの最高すぎるな
    ツトムほんとにただの貰い事故で可哀想…殺してやるぞ天の助

  • 匿名 より: 2025/02/06(木) 2:36 PM

    女神に生み出された俺だが穀潰しって言われて追放されて数百年、自力でダンジョンを生み出したら人々に大人気になってウハウハしてたら親である女神から仕送りしろって擦り寄られてるがもう遅い

  • 匿名 より: 2025/02/06(木) 2:38 PM

    更新お疲れ様です。

  • 匿名 より: 2025/02/06(木) 2:39 PM

    ヤバい、ディニエル復帰ルートが潰されようとしているw

  • 匿名 より: 2025/02/06(木) 2:39 PM

    薬屋のおばあちゃんの名前は初出かしら?

  • 匿名 より: 2025/02/06(木) 2:45 PM

    半身を分けて生み出したなら子供ってことだよね。
    それを夫婦の例を出すから違和感。

  • 匿名 より: 2025/02/06(木) 2:46 PM

    更新ありがとうございます。
     
    神さまの理由がね…。それよりクリスティアさんが無限の輪に入ってくれたら面白そう。ぜひ前向きに検討して欲しいわ

  • 匿名 より: 2025/02/06(木) 3:13 PM

    クリスティアさん、気さくでかわいいな。

  • 匿名 より: 2025/02/06(木) 3:20 PM

    でもFPSやめれないんだけどwww

  • 匿名 より: 2025/02/06(木) 3:26 PM

    この二人の会話、なんかいいな

  • 匿名 より: 2025/02/06(木) 3:36 PM

    おお、真ヒロインの名前がやっと判明した嬉しい
    エルフが薬屋のおばあちゃん以外、みんな若い見た目なのにも理由があったんだ
    これは大賢者

  • 匿名 より: 2025/02/06(木) 3:41 PM

    神話だと自分から生まれた子供と夫婦になるのはよくある爛れ具合

  • 匿名 より: 2025/02/06(木) 4:11 PM


    まあ現状強力で信頼できそうな仲間一人でも欲しいよねぇ
    って単純に180階で詰まってるし、マジで現状クラン内にいない
    職の仲間でも増やさないと周りに取り残されそうだ

  • 匿名 より: 2025/02/06(木) 4:24 PM

    神様って兄弟や親子で結婚してるのよくあるし…→離婚のたとえ

    ギルド長、ツトムは神威の使徒じゃないって遠回しに知らせようとしたのかなー

  • 匿名 より: 2025/02/06(木) 4:28 PM

    雌雄同体で神様系もあるから、ちゃんと半身って言う可能性はある。
    それとは別に痴話喧嘩説もあってある意味神話。

    君は伝説を目撃する!

  • 匿名 より: 2025/02/06(木) 4:39 PM

    廃ゲーマーが異世界だと異質すぎて偉い人達にこいつすごいって認められるのなろうじゃんって思った、いやなろうなんだけどさあ

  • 匿名 より: 2025/02/06(木) 4:47 PM

    神威の性格もおおよそ想像できるな
    今さいっこうにいいもの作ってんだ邪魔すんなばばあって感じにしか思ってなさそう
    努に対しても最低限礼は尽くしてるし好きに使ったろって感じか

  • 匿名 より: 2025/02/06(木) 4:52 PM

    ツトム本当にただの巻き添えで笑う
    圧倒的戦力で攻めてきたロイドたちに絶体絶命に追い込まれてドクロ船長が「助けに来たぜ」と階層ボス引き連れて現れたら熱いな

  • 匿名 より: 2025/02/06(木) 5:07 PM

    ロイド、スキル付け替えとかヤバい。

  • 匿名 より: 2025/02/06(木) 5:10 PM

    クリスティアさんおいでよー

  • 匿名 より: 2025/02/06(木) 5:12 PM

    ハンナ「スキル封印?そんなの関係ないっすね」
    狂戦士ムー「ヒールが出来ないなら拳で語るまで」

  • 匿名 より: 2025/02/06(木) 5:19 PM

    ディニエル戻る前にクリスティア加入って想像したら面白すぎる

  • 匿名 より: 2025/02/06(木) 5:21 PM

    神威、前世の記憶(元ライダンプレイヤー)を元にダンジョンを創造?

  • 匿名 より: 2025/02/06(木) 5:21 PM

    コメみておもったが
    ダンジョンコアとマスターみたいに
    転生者と神は別で,温泉アドバイザーしてる可能性もあるか

  • 匿名 より: 2025/02/06(木) 5:30 PM

    いや、カミーユの立場からして裏切りではないでしょ。ツトムの出自も知ってるし使徒でないこともわかってるから、守るためにロイドからツトムとアーミラを遠ざけたんじゃないの?

  • 匿名 より: 2025/02/06(木) 5:38 PM

    神華の話が真実だという保証はまだない

  • 匿名 より: 2025/02/06(木) 5:39 PM

    神威「親元から離れて引きこもり好き勝手するのサイコー」

  • 匿名 より: 2025/02/06(木) 5:40 PM

    ダンジョン踏破したいだけのツトムからすれば
    「勝手に戦え」案件だもんな…

  • 匿名 より: 2025/02/06(木) 5:42 PM

    アダムとイブの関係性は、一応夫婦だが、アダムの肋骨数本を引き抜いて作ったのがイブだから分身と言えなくもない。
    あと、各国神話に出てくる神は、普通に親子で子ども作ったり、妊娠した妻を丸呑みして、頭痛に苛まれたから斧で頭を割ったら生まれた、とかアレなのも多いし。

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