第701話 見たことある小芝居

 神ではなく人の側に立つスタンスを崩さなかったクリスティアのおかげで、努は使徒のロイドとその背後にいる神華の思惑、そして迷宮都市のダンジョンを作った神威という名称を認識することが出来た。

 それからクリスティアを無限の輪に勧誘した努であったが、ディニエルを理由に断られる形となり話は流れた。


「それでは、ディニエルが無限の輪に帰ってきた後に臨時PTを組むということで」
「…………」
「話も纏まったことですし、そろそろ出ましょうか」
「……無言は肯定とのたまう輩だとは思わなかった」
「沈黙は金と言いますが、それを扱えるかはまた別ですからね。心配しなくても僕がちゃんと使ってあげますよ」


 じゃあ、ディニエルが帰ってきた後なら臨時PT組めますよねと努は押しに押し、口約束を半ば無理やり取り付けた後にバリアをノックして彼女に解かせた。


「…………」


 ただ音声の聞こえない外から見れば、努が嫌がる素振りを見せるクリスティアにぐいぐい迫っていたといっても過言ではなかった。それには迷宮制覇隊の者たちも彼女の指示を無視して突入するべきか真剣に議論し、エイミーたちは何やってんだといった顔をしていた。


「いやー、実に有意義な会話だったよ。さっ、今日もノルマの素材集めと行こうか」


 逃げるように早足でギルドを出ていったクリスティアを一瞥してそう言った努に、エイミーはねちっこい視線を向けた。


「そんな有意義な会話なら共有するべきだよね?」
「それはまだ二人だけの秘密だから話せないね。でもまぁ、僕たちのやることはさほど変わらない。前よりも200階層を初突破する理由が増えたくらいだね。そしてそのためには180階層を初突破くらいはしなきゃいけない。さっ、気張っていこう!」
「わかった」
「わかったっす! にしても師匠、エルフキラーっすね~~」
「……わかりたくねぇなァ」


 ツトム全肯定ワンと三歩歩けばの鳥人を前に、アーミラは思わずぼやく。ただ努の出自と200階層を初突破する理由が増えたことである程度察しはついたのか、文句までは言わなかった。

 それから努たちはいつも通りギルドでPT契約を済ませ、179階層で魔石と刻印油を集めるデイリー周回を始めた。

 179階層には雄大と空に浮かぶ千羽鶴が遠方からでも確認でき、その外見は人の想いが織り成した集大成そのものである。計40羽の式神:鶴で編まれた束が25本。それが幕のように垂れ下がり、その下には巨大鶴が顔を覗かせるモンスター。

 その周囲には式神:鶴が隊を成して滑空しており、それらを倒してもすぐに千羽鶴が新たに生み出していく。実質的に無限リポップのため、そこで式神:鶴を延々と倒すことで効率的に魔石と刻印油を集めることができる。

 それに179階層の千羽鶴は40羽分ある束を切り取るごとに魔石と刻印油を確定でドロップ、宝箱の出現確率も高い傾向にある。そのため金策としてダンジョンに潜るにはうってつけの場所だった。


「パワースラッシュ!」
「オーライ、オーライー」
「何それ?」


 アーミラが千羽鶴の束を豪快に切り裂き、その裂け目から光の粒子が零れ落ちる。その束が落ちてくる様を見た努はそう口ずさみ、それを白い猫耳で聞いていたエイミーもまたぼやく。

 一束落とされたくらいで千羽鶴は微動だにしなかったが、周囲の式神:鶴は巣を攻撃された蜂の如く怒り狂う。優雅なフォルムから一転して足が突き出て、どたばたと空中を走り自爆覚悟でアーミラに突貫してくる。


「エアブレイズ」
「双波斬」
「よっ、ほっ」


 束を落としたことで集中的に狙われたアーミラを三人がカバーする。自爆する発狂個体は努とエイミーの遠距離スキルで撃ち落とされ、ハンナは式神:鶴の光線を掻い潜りながら魔流の拳を使って落としていく。


「コンバットクライ」


 ガルムは範囲外の式神:鶴からの光線を一手に引き受け、時にパリィして完全に無効化しつつ凌いでいた。そして式神:鶴の猛攻も一段落ついたところで地面に落ちた束の方へと寄る。

 その束は式神:鶴40体分が一度のドロップとして計算されるため、その魔石や刻印油は質が高いものになりやすい。宝箱こそ出なかったが何処か鉱石のように淡く桜色がかった火の大魔石に、でっぷりとした黒スライムのような刻印油がドロップした。


「おっ! 中々良さげっすね!」


 ハンナが大魔石を抱え上げて日にかざすと、表面に淡い桜色の輝きが浮かぶ。春の風に舞う花びらがそのまま石の中に閉じ込められたかのような幻想さ。それは角度を変える度に桜色と火の色が溶け合っている。


「鑑定。ま、高品質だね。火と桜色が混じってるのも悪くない」


 エイミーが淡々と告げる中、ハンナはうっとりとした表情で大魔石を撫でる。


「あたしの懐も温めてほしいところっすね……」
「返しな」
「もうあたしの子っす!」
「精々高値で売ってやるよ」


 魔流の拳の使い手ということもあって魔石に目がないハンナはその大魔石に頬擦りし、鑑定したエイミーはそう結論付けて奪い取った。我が子を売りに出すなんてと抗議するハンナに、エイミーは冷徹な徴税官らしくそろばんを弾く。

 そんなデジャヴの一芝居を繰り広げている二人を横目に、努はスポイトで刻印油を回収し魔石に比べると価値が低い我が子に憐みの視線を向ける。


「帝階層の刻印油も高値がつくようになれば楽なんだけどなぁ。自前で消費するのも限度があるし」
「今の刻印士たちは贅沢なものだな」
「ね」
「最近ようやく下の刻印士たちも育ってはきてるみてぇだが、ギルドでも帝階層の刻印油は買い取り渋ぃな」


 本来であれば最高品質といえる刻印油が今は叩き売り状態のため、努とユニス、ロイドお抱えの刻印士以外からすれば些か下駄を履いていることになる。だが土台となる刻印士たちがようやく定着し始めたところなので、刻印油の叩き売りはまだ続くだろう。


「もう二、三本で出てくんねーかね」
「前回大外れ引いたし大丈夫でしょー」


 千羽鶴は束が20本以下になると流石に看過してくれなくなるため、それまでにせめて一つは宝箱が欲しいところである。前回は宝箱がドロップせず撤退することになったので、今日は出るだろと努は期待を込めた。だが物欲センサーは正常に機能した。

 コメント
  • 匿名 より: 2025/02/14(金) 9:54 PM

    単純に、低レベルの刻印には低レベルの油、高レベルの刻印には高レベルの油しか使えないんじゃない?

  • 匿名 より: 2025/02/14(金) 10:30 PM

    刻印師のレベルで作成可能な刻印が解放されていくシステム(成功率は別)だったはずだし、高品質の油は品質上昇、獲得経験値上昇かな

  • 匿名 より: 2025/02/14(金) 11:13 PM

    無限の輪がオワコン視されるようになった現状でディニエルは変わらず戻ってくる意思あるのかな
    高価な矢を惜しみなく使える今の恵まれた環境を捨てて、先行き不透明な無限の輪に移りたいって思うもんかねぇ
    なんか予定調和感を感じてしまう

  • 匿名 より: 2025/02/14(金) 11:34 PM

    ディニエルは最初から単純な損得で物事を捉えるタイプではなかった気がする

  • 匿名 より: 2025/02/15(土) 8:34 AM

    トップ刻印士だけが使える油が低価格なのに自分たちが使う油は高額だから
    トップ以外からすれば自分たちの使う油の価格は下駄を履いているように感じるってことなのか
    トップ以外は最高の油を安く買って効率的にレベリングしているから
    品質の劣る油でレベリングしてたトップに比べて下駄履いてるってことなのか
    下の油には高値付いてそうだから前者なのか?
    正直どうせ必要になるんだから安い内に買っとけば良い気もするけどそんな余裕もないのか

  • 匿名 より: 2025/02/15(土) 8:53 AM

    ユニークスキル・エルフキラーの実装はよ

  • 匿名 より: 2025/02/15(土) 8:56 AM

    昔のディニなら(新竜人に喧嘩売る人間、観察しなきゃ)だったけど、一流目指し始めてから価値基準変わってるっぽいからどうなんだろね

  • 匿名 より: 2025/02/15(土) 10:14 AM

    >02/15(土) 8:34 AM
    その他大勢の刻印士が損をしている、って読み取れるから
    「本来であれば最高品質といえる刻印油が今は叩き売り状態のため、努とユニス、ロイドお抱えの刻印士以外からすれば(需要が高いがために高値になっている今主流の刻印油の価格は)些か下駄を履いていることになる」
    で、意味が通る。今主流なのは天空階層あたりかな、50レベル台がやっと増えてきたくらいのようだし
    この後に需要が高まってくるのが浮島階層なら、いくら後から価格が上がるのが予想できても、さらにその先の帝階層の油なんてギルドも大量に在庫抱える余裕はないわな

  • 匿名 より: 2025/02/15(土) 8:39 PM

    そもそも最初からアルドレへの義理を果たしたら戻るって話してるのになんでこの話題が何度も出てくるのか分からん

  • 匿名 より: 2025/02/15(土) 8:59 PM

    今までは誰かさんのせいで刻印油は高額商品で
    大量に在庫を抱えつつも市場にはあまり出回らなかった
    ところが努のせいで刻印士の育成が急務になり
    大量の在庫が市場に出回るようになった
    失敗すれば無駄になる刻印油は所詮消耗品であり
    高額商品である意味も必要もないことから
    その価格は一気に暴落した
    って読みです

  • 匿名 より: 2025/02/16(日) 12:36 AM

    刻印油の話は単純に品質に比べると安い値段(下の階層と同じくらい?)じゃないと買い手がつかないよってだけだと思います
    品質が高いことで低レベル帯の人にメリットがあるかとかギルドが価格操作に協力してるかとかはわからないですけど、レベルに見合わない高品質の刻印油が普通に使える事を下駄を履いているって表現してるんじゃないかな

  • 匿名 より: 2025/02/16(日) 1:01 AM

    更新ありがとーーーーーーーー!!!!!!!!

  • 匿名 より: 2025/02/16(日) 6:06 AM

    >2025/02/16(日) 12:36 AM
    貯め込んでいた低品質が安価で大量に出回っていて
    かつ下の刻印士はまだ低品質でもレベル上げができて高品質は多少経験値効率が良い程度だから
    高品質が適正価格だと大量に手に入る低品質の方が費用対効果が良くて買い手がつかないから叩き売り
    だから低品質が高価だった頃にレベリングしてたトップ組に比べて
    安価な高品質でレベリングしてる下の連中は多少下駄履いてる状態かつ贅沢と

  • 匿名 より: 2025/02/16(日) 9:29 AM

    帝階層油が最高品なのに叩き売りのため、下の刻印士たちからすれば下駄を履いてる(本来の意味は価格を偽る、水増ししてる)、の主語がないから色んな解釈になる
    叩き売りな刻印油は帝階層だけなのか、全体なのかによっても損をしてる対象が変わる。ガルムの今の刻印士は贅沢、からは全体的に叩き売りのようにもみえるが、アーミラは帝階層油の買取は渋いと限定してるから余計に混乱するという
    作者の冷凍先生が付け加えてくれない限りは解決しないよ、日本語難しいね

  • 匿名 より: 2025/02/16(日) 12:38 PM

    ぶっちゃけ獣キラーとドラゴンキラーも持っとるやんけ

  • 匿名 より: 2025/02/16(日) 2:22 PM

    なるほど。最高品質の刻印油が安値なのは、買い手がいないからか。

    刻印Lvが低い刻印師達は、成功率が上がる最高品質の油じゃなくて、Lv上げ用の大量の油が優先なんだな。
    …そもそも低い刻印の装備なんて、今だれもいらないだろ?
    成功しても買わん物のために最高品質の油なんていらんよ。

  • 匿名 より: 2025/02/16(日) 5:28 PM

    …他の刻印士が適正レベルになるまで高品質油売る必要ないのでは…?
    溜め込んどいて、需要が上昇した時に放出すりゃええのに

  • 匿名 より: 2025/02/16(日) 9:21 PM

    現在の米みたいに?

  • 匿名 より: 2025/02/16(日) 10:39 PM

    > 匿名 より: 2025/02/16(日) 5:28 PM
    状況から考えてみなよ。無限の輪は今攻略競争中で資金を必要としてるんだから、需要の上昇まで溜め込むくらいなら安くても売るかツトムが使うかするしかないってことじゃね

  • 匿名 より: 2025/02/16(日) 11:17 PM

    いや今話からして、叩き売り状態に嘆いているだけで売ってはないんじゃない?
    >帝階層の刻印油も高値がつくようになれば楽なんだけどなぁ
    高く売れれば資金繰りが楽だけど、売れないから溜めてると思われる
    あのツトムが目先の利益だけで売るとは思えん

  • 匿名 より: 2025/02/17(月) 8:31 AM

    貯めておけば高くなるかもしれないが、目先に他にも売れるものがあって、いくらマジックバッグが安めに手に入るといっても量は有限でバッグ自体の置き場所も必要となれば、どれだけの人が貯めてるかだねえ

  • 匿名 より: 2025/02/17(月) 9:24 AM

    >2025/02/16(日) 2:22 PM
    油の品質が高ければ成功率上がるってどっかで明言されてたっけ?

  • 匿名 より: 2025/02/17(月) 10:40 AM

    記憶してる限りでは油の効果の言及はないはず
    高階層高品質なら何かが変わるのは分かるけど。刻印士は高レベルになれば高レベルの刻印が安定して成功するようになるし、同じ刻印でも高レベル者のほうが効果が高くなるのは記載がある。10レベル違えば10%違うんだから、ツトム製作装備が高額になるのも分かる

  • 匿名 より: 2025/02/17(月) 11:12 AM

    刻印の成功確率は自分のレベルの刻印のレベル差(だろう)っていう記述があるから、高階層の刻印油を使っても何も変わらないはず
    刻印の難易度と階層の刻印油が対応しているから、低レベルの刻印師には最新の刻印油が使えないってだけだと思うよ
    ただ、適正レベルより上の刻印もある程度は刻めるはずだから、レベルに見合ってない(成功確率も渋い)高階層の刻印油を使った刻印をしてレベル上げはできなくもないと思う
    確率の壁を超えるのがレベル上げ効率に見合ってるのかは謎
    実際、ツトムもカミーユの水着完成させてレベル上がったとかいう記述がある

  • 匿名 より: 2025/02/17(月) 1:48 PM

    無難に考えると、低品質(低階層産)の油だと高レベル刻印が刻めないけど、高品質の油は低レベルも高レベルも刻める。だけど現状では刻印士の平均レベルが上がる前に探索が進んでしまっているから、低レベル刻印にも高品質油が使われてて、売却価格も低品質油と大差ないから売値は渋いし贅沢だなぁ、って話なんじゃないかな

  • 匿名 より: 2025/02/17(月) 2:20 PM

    >2025/02/17(月) 10:40 AM
    努はレベル上げに伴って上の階層の油に切り替えていってたから
    レベル上がると低品質の油じゃレベリングの効率悪いってことだけは間違いないはずだけど
    それくらいしか分からんな

  • 匿名 より: 2025/02/18(火) 11:39 AM

    更新ありがとうございます!

    コメ欄が油と下駄で埋まっててワロた笑

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