第702話 CM戦略
今日も千羽鶴の束を五本落としても宝箱がドロップしなかったのでギルド鑑定団にお世話になることもなく、努は立ち並ぶR素材でも眺めるような顔をしていた。
最近は帝階層に潜れる中堅PTも増え、そこに帝都へ遠征していた元最前線組も帰ってきて怒涛の勢いで階層更新を進めている。そのため帝階層で確実にドロップする魔石や刻印油は供給が多くなり、既に値崩れが起きていた。
ただ宝箱からドロップした装備などは180階層に役立つ可能性があり、まだその全てが出揃っているわけではない。なので一攫千金を狙うなら帝階層。安定した収入を求めるなら帝階層にこだわらず、属性魔石が取れる階層に足を運んだ方がいい。
努は魔石鑑定所のドワーフ娘であるリリスの依頼をこなすために他の階層へ潜ることもあるが、基本的にはトレーニングも兼ねて帝階層に潜る方針としていた。トップクラスの刻印士でもある努は、他の者たちが叩き売りしている高品質の刻印油も有効活用することが出来る。
今のところは帝都から帰ってきた探索者たちを狙い撃ち、帝階層に行くにはこれ! といったテンプレ刻印装備を開発して売り込んでいた。俗に言う復帰者向けの課金装備である。
実際に駆け上がっている者たちの装備をよく見るとほとんどがツトム製の刻印装備であり、すぐにでも追いつきたい元最前線組たちは金に糸目を付けない。努としてもユニスのパクりなど競合が出る前に売り切りたかったので、取引は密かに行い納期も脳ヒールでごり押した。
それに深淵階層の呪い半減や、ウルフォディアに挑むための必須装備である呪寄装備の需要はそれなりにある。特に呪寄装備は定期的なメンテナンス作業が必要であり、手間はかかるがゼノ工房の職人たちにとっては安定した収入源となっていた。
それとクランリーダーの努がギルド第二支部を出禁にされたことによって、クランメンバーたちはスポンサー離れを余儀なくされた。だが完全に0となったわけではなく、あくまでリーダーの個人的な不祥事ということで黙認するスポンサーも少なからずいた。
そのため無限の輪の経常利益としては想定よりも悪化しておらず、努が脳ヒールで刻印をぶん回していることでその穴埋めは出来ていた。オーリも思ったより減らなかった取引先には感謝の挨拶をして周り、努に頼り切りな経営状態にならないよう奮闘していた。
「それじゃ、今日も行きますか。赤兎馬突破を安定させたいね」
「パリィの感覚も掴めてきた。問題ない」
「あたしも水の魔流の拳、開発するっすー!」
そのおかげもあって無限の輪のPTは一日一回余裕を持って180階層に潜ることができ、ロストしても渋い顔をするくらいで済んでいた。最近は秋冬を受け継がせての四季将軍:天を相手にするのも慣れ、そろそろ赤兎馬の突破も見込めそうである。
その一方、アルドレットクロウはギルド第二支部と連携し、170階層で発見された動画機によって新たに枠が設けられたCMに近い広告宣伝を始めて莫大な利益を上げ始めていた。
ギルド第二支部と連携することで神台ドームの一番台に流すことのできる、数十秒ほどの企業の宣伝を兼ねた映像。それを見どころが薄い時を見計らい一番台に流すことで、神台ドームに来られる中流層から富裕層に向けての宣伝効果が見込める。
元々そういった宣伝は一番台に映る探索者に任せなければならなかったが、その者たちは演者や俳優といったわけではない。なので企業の意向に沿った立ち回りが下手くそな場合が多く、宣伝効果としては微妙なところだった。
しかし動画機で録画された映像を神台に流すことが出来るようになったことで、その動画はより企業の意向に沿える形を取ることが可能になった。その事例が神台ドームで実際に流れてからはギルド第二支部に企業からの依頼が殺到し、それをアルドレットクロウが高い番台のCM枠を確保することで上手く回っていた。
その莫大な利益のおかげでアルドレットクロウの一軍と二軍はどれだけ魔法矢を使おうが180階層に挑むことが可能となり、挑んだ回数でいえばトップであった。それでも安定した赤兎馬突破こそ見込めていないものの、その圧倒的な数はいずれ質に転嫁されるだろう。
そしてその宣伝は刻印装備にも使われ、アルドレット工房の認知も上がってきていた。ただ探索者たちはアルドレット工房の名前こそ認知しているものの、ツトム製と比較するとその性能が雲泥の差であることも理解していた。
(エアプの作る装備に負ける奴おりゅ? レベル上げて出直してきな)
そのためアルドレットクロウが仕掛けた刻印装備の宣伝戦略が努の売上に響くことはなく、浮島階層と帝階層においてその性能差が歴然となったことでむしろ評判は落ちた。
(でもCMはちょっと不味いな。今はエイミーゼノでゴリ押し出来てるけど、スポンサー関連の取引はいずれCM枠に呑まれそう。それにギルドも刻印認証制度とか画策してるし、大手らしく締め上げてきやがるな)
探索者関連については努も負ける気はないが、スポンサー関連についてはオーリやエイミーなどに任せている。ただTVCMはなんか凄いらしいと浅い現代知識はあるので、神台のCM枠については警戒していた。
それにギルド第二支部の方でもこのまま刻印装備が努の独占状態になるのは頂けないと考えているからか、ギルド公式の刻印認証制度なるものが導入されると噂が広がっていた。
刻印装備の品質基準を統一して買取価格を明確化することで、市場の動きを活性化させるためという名目であるが、実際のところはギルドの規制によるツトム潰しである。
莫大な資金力でどっしりと構え人海戦術によって市場を牛耳ろうとする、ギルド第二支部とアルドレットクロウの戦略。一見すると大波でも迫ってくるような絶望感が滲むが、その規模の大きさゆえにその動きも緩慢である。
(お役所仕事で180 階層突破されてたまるかよ)
数百人の探索者が在籍している大手クランであるアルドレットクロウに比べて、無限の輪はまだ十人にも満たない。だが在籍している者たちはどれも粒揃いであり、その機動力の速さは大手にはとても出せない。
ギルドの刻印認証制度で弾かれたとしてもそれまでに探索者の口コミを通じて信用を積み上げることは可能であり、刻印そのものが規制されたとしてもその頃には200階層を越えている頃だろう。そうなれば刻印に代わる新要素に着目するだけである。
(とはいえ、お前強すぎなんだけどね?)
そして今日も今日とて努PTは180階層で全滅した。今日はガルムのパリィも悪くない発動率であったが、赤兎馬の命を燃やした瞬間移動をされての彩烈穫式天穹による射撃は強すぎるにもほどがある。
赤兎馬が春将軍を取り込んだ影響か、その瞬間移動は三回に増加しその死体からは赤い枝が飛び出し急襲した。ガルムが気合いで二回受けたものの、残りの一回でハンナが即死し、アーミラは赤い枝に腹を貫かれた後にHP吸収されていることを悟り自殺したことで戦況は大崩れ。
努もヘイト管理をやりくりしてどうにかPTを立て直したものの、それに時間が取られている間に四季将軍:天は赤兎馬を空に捧げて赤い流星群を降らせた。それは式神:星の強化版ともいえるスキルのようなものであり、恐らく倒した赤兎馬をどうにかしなければ全滅する仕様になっているのだろう。
「どうすんだあれ?」
「……多分、赤兎馬の瞬間移動を死なずに凌いで邪魔するしかないかな」
「うそーん?」
ようやく赤兎馬を突破できるようになったかと思えば式神:流星を降らされて全滅させられたことに、エイミーの気が抜けるような声がやけにその場で響いた。
神威さん、ウルフォディアの停滞にかまけて181層から先作ってなかった説
ウルフォディア討伐から骸骨船長討伐までが早すぎて、大慌てで将軍にバフかけまくったのかもしれん