第713話 対話の方法

 努たちPTはギルド食堂の片隅に腰を落ち着け、軽食をつまみながら短い休息を取っていた。

 ダンス終わりの栄養補給に唐揚げを口に運ぶ者もいれば、白い尾を揺らめかせて紅茶の香りに癒されている者もいる。そんな中、アーミラはひときわ音を立てて氷水を飲み干すと、注文していた料理などが届いたところで防音のバリアを張っていた努へ物申す。


「で? ババァと話でもついたか?」
「いや、あれからは影も姿も見てないよ」


 カミーユにギルド第二支部からの追放を言い渡されて以来、努は彼女と顔を合わせていない。手紙や伝言なども一切の音沙汰なく、周囲の者たちが神竜人でありギルド長でもある彼女を慮っているくらいだ。


「ほーん」


 さも興味なさげに相槌を打ったアーミラに、努は間を見計らって口を開こうとする。するとそれを遮るように彼女が続けて言葉を重ねた。


「ま、もうちっと時間を置いた方がいいかもな。それこそ俺らが180階層でも突破すりゃ、状況も変わるかもしれねぇし」
「そうかもね。あっちから取り下げてくれるならそれに越したことはない」
「だな」
「ただ――」
「しかし、あれだなぁ。あのダークエルフとはよ、何を話してたんだ? バリアまで張ってよ。また秘密事とは感心しねぇな」
「アーミラ」


 話を途切れさせないよう無意識に口を回していた彼女に、エイミーは静かに声をかけてそっとその手を握った。

 その柔らかな力にアーミラは肩を跳ねさせ、ぽかんとした顔で彼女を見た。そして生暖かい目をしている努を前に、自分が言葉を積み上げていたことにようやく気付いた。

 一つため息を漏らした彼女は改めて努に向き直る。落ち着くのを待っていた彼は神妙な顔で話し始めた。


「結論から言うと、僕からカミーユをどうこうするつもりはない。でもカミーユの動き次第では、敵対も辞さないつもりだよ」
「……本当に、そうか? あの時のてめぇの目は、虫の探索者共でも見るようなもんだったってこいつも言ってたぞ」


 努と古くからの付き合いであり、自身もその目を向けられた経験が最多であるエイミー。そんな彼女は努の視線を受けて口をもにょつかせた。


「あの目を傍目から見ただけでこっちまでビビっちゃったね。それこそガルムも元飼い主に向かって牙剥いてたし、ツトムが本気なのは理解してたでしょ」
「……ふん」
「あたしはぜんぜんわからなかったっす!!」
「犬と猫がこう言ってんだ。建前なんじゃねぇか? それはよ」
「そりゃ怒りたくもなるでしょ。ガルムとエイミーとほぼ同じ、古くからの付き合いなカミーユに寝返られたんだからさ。神の子気取りって言われた時はそんな目もしてたかもね」


 これでガルムとエイミーにまで裏切られたら人間不信まっしぐらである。そんな努の嘆きにも近い言葉に、アーミラは腕を組んで押し黙る。


「でもその後に色んな人からカミーユについては忠言されたからね。人望が厚くて羨ましいもんだよ。僕がやらかした時はクランメンバーの半数が去っていったんですけど?」


 努の軽口混じりな自嘲にエイミーは刺すような視線を送る。そして椅子の背から身を起こしてずいっと顔を近づけた。


「やらかしたって自覚してるならさぁ、その当人は半数も残ったと言うべきじゃなーい?」
「それはそう。すみませんでしたぁー。でも僕がやらかした時にクリスティアさんとかまで庇ってくれる未来は見えないね。頼むぜ無限の輪」
「あぁ」
「おーっす!」
「……まぁそんなわけで、こっちからカミーユに手出しをしないのは約束するよ。じゃなきゃイゾルナさんに顔見せもできなくなるし」
「……あぁ、森の薬屋のお婆さんね」
「それでこそ師匠っす」


 誰よその女という顔をしていたエイミーは、ふとその名を思い出して安堵した様子を見せる。あまり話に入れなかったハンナもここぞとばかりに後方弟子面でうんうん頷いている。


「じゃあ、ババァがまた妙な真似した時はどうすんだよ」
「その時はその時だね。それこそ今みたいに圧力かけるくらいなら笑って流してあげるけど、ロイドと一緒に実力行使にでも出た時は反撃するしかないでしょ」
「……別に、俺だって全面降伏しろって言いてぇわけじゃねぇ。そこまでババァがやってくんなら――」


 先ほどまでは何処か迷いがあったアーミラの目に、次第に闘志が宿っていく。

 自分だって母さんに言いたいことは山ほどある。それを真正面から言葉にする機会はとうに閉ざされている。それでも尚、またあちらから一方的に押し付けてくるというのなら。

 生粋の探索者である母とその娘にとって、それを拳に込めることは日常茶飯事だった。


「俺がぶっ飛ばす。そん時は手出しすんじゃねぇぞ?」


 拳を握ってそんな啖呵を切った彼女を前に、努は肩をすくめて両手を上げた。


「手荒な真似は任せるよ」
「……はっ。上等だ、ボケ!」


 努の情けなくも役割を任せる物言いを前に、アーミラは少し呆気に取られたものの最後には笑顔でそう返した。


 ――▽▽――


 努がギルド第二支部の出禁をギルド長から言い渡された際、各所に説明周りをしていた頃。彼は最後に森の薬屋の扉を開けた。

 歴史を感じさせる木が軋む音と共に、乾燥させたハーブの香りがふわりと鼻をくすぐる。神台市場の大通りに位置しているため周囲はがやがやとしているはずだが、店内は別世界のように静かで神聖さすら感じる空気に包まれている。特殊な木材でも使われているのだろうか。

 そんな店のカウンターの奥では森の薬屋の店主であり生きる伝説と言われているエルフのお婆さん、イゾルナが薬草か何かを調合していた。彼女はその手を止めることなくゆるりと口を開く。


「あんたも飽きないねぇ……ドワーフに喧嘩を売った次は神竜人かい」
「お陰様で」
「何がお陰様だい。迷宮都市に根を張ったとは思えない有様だよ、全く。よく斬り落とされないもんだねぇ」
「意外と斬られても大丈夫でしたね。すぐ生えるので」


 にっこり笑顔で近況を話す努に、イゾルナは呆れた顔で練った茶葉の入ったすり鉢を置いてよっこらせと立ち上がる。そして薬草を煎じる魔道具を起動してフラスコに茶葉を入れて煎じ始める。


「見習いから話も聞いとる。別にあたしゃ構わんがね、カミーユと縁を切るような真似はよしなさいよ」
「残念ながら、もう袂は分かれた後だと思いますがね」
「ほう。つまり袂は付け合う仲ではあったというわけだ?」


 イゾルナは淡く笑いながらフラスコから茶葉をこし、湯呑にそのお茶を入れて努に差し出した。


「甘くなりすぎた果実はやがて虫を呼び、腐り落ちる。悪い虫がついただけさね」
「……その虫を受け入れたのはカミーユ自身だと思いますけど」


 だからこそカミーユは自分を神の子気取りだと評し、公衆の面前で自分だけはそれを知っているとのたまった。仮に裏切り行為を想定しようとした中でも最悪な部類。

 その怒りを飲み込むことなど自分には無理だ。信じていたのに、よくも、よくも……。温かくなってきた湯呑を手にして回す努に、イゾルナは湯気が立ち昇るそれを見つめながら続ける。


「虫がついた果実はな、最初は小さな穴を開けるだけさね。外から見ればまだ立派な果実さ。だが、手に取ったらどうだい? もう中身はスカスカ、押せば潰れちまう」
「……そうなる前に悪い虫を駆除しろと?」


 そう返した努にイゾルナは含み笑いを浮かべる。


「人間はそう考えるかもしれないねぇ。でも、虫に巣食われた果実はもう手遅れさね。もぎ取って、捨てるしかないのさ」


 そんなイゾルナの宣告に、努の指が湯呑の縁でピタリと止まった。そして彼の怒気が滲んだ様子に彼女は笑みを深める。


「その腐った果実を健気に育てているのは何処の神竜人だい?」
「……果実じゃなく、木が本体だと?」
「そりゃそうさね。でも人間は美しくて甘い果実に目を奪われがちだ。あれもその果実が自分の全てだと思い込んでいる憐れな娘さ。さて、ツトムはどうする? その木も切るか、それとも気付かせるか」
「…………」


 イゾルナでの問いかけに対してしばらく無言を貫いた努は、既にぬるくなったお茶を口にした。


「にがっ」
「良薬口に苦しというさね」
「これポーションなんですか?」
「エルフが好きなお茶だよ。今度あの若木にも飲ませるといい」
「へぇー。ちなみに僕もみんなが好きな脳ヒールってやつがあるんですけど」
「いらないよ」


 そうは言うものの自分はお茶を入れてもいないイゾルナを前に、努は肩をぶんぶんと回したがすげなく断られた。

 コメント
  • 匿名 より: 2025/04/21(月) 9:00 PM

    森の薬屋のお婆さん、弟子の方が先に名前出てたんだっけ?
    何のかんので、「感情が揺さぶられた時」に努が縋れるのはココなんだろうね。
    やっぱ、捏造記事で追い込まれた時に「そんなモノ、だからどうした」って変わらず穏やかに受け入れてくれた、って努の中でデカ過ぎるんだろうな。
    多分、作中で努が甘えられる相手って、両親とこの人くらいじゃね?

  • 匿名 より: 2025/04/21(月) 9:17 PM

    メインヒロインの貫禄よ

  • 匿名 より: 2025/04/21(月) 9:19 PM

    そういえば漫画版で捏造記事の時にも薬屋に来て涙出てたよな努(もしかして涙出たのあそこだけ?)

  • 匿名 より: 2025/04/21(月) 9:36 PM

    カミーユの夫をただの幸運者だろと努が煽り返した件が
    奇しくも枝どころか幹にチェーンソー叩き込んだレベルで
    痛い所を的確に抉り返した訳だな

  • 匿名 より: 2025/04/21(月) 10:09 PM

    更新ありがとうございます
    カミーユやり過ぎたプロレスマイクパフォーマンスかと思ってたのにただの愚かなババアだったか…意外と心根も頭悪いキャラだったのかー残念
    イゾルナさんツトムに期待して背負わせ過ぎで、ちょっとツトムも可哀そう
    人生先輩のおばさんに踏みにじられたのにその尻拭いまでしなきゃなのはちょっとなー。でもイゾルナさんに言われちゃったからそういう流れになるんだろうな。お疲れ様過ぎる

  • 匿名 より: 2025/04/21(月) 10:20 PM

    勝手に落ちてったカミーユを助けるのってツトムがしなきゃいけない事なのか?

    自分のケツくらい自分で拭きなよ

  • 匿名 より: 2025/04/21(月) 10:31 PM

    努に背負わせてるんじゃなくて努にしかどうにも出来ないから言ってるんでしょ。
    一友人として助けるくらいはしても良いんで無いの?

    味方じゃ無くなったなら落ちぶれろは違うでしょ。築いてきた関係性はゼロにはならない

  • 匿名 より: 2025/04/21(月) 10:42 PM

    信じてただけに憎さ100倍って感じだな

  • 匿名 より: 2025/04/21(月) 11:02 PM

    最初からずっと良くしてくれてたお婆さんの言うことは聞くよねそりゃ

  • 匿名 より: 2025/04/21(月) 11:07 PM

    エイミーのメンター振りはやっぱり良いなあ

  • 匿名 より: 2025/04/21(月) 11:28 PM

    ここまで終始努の味方なキャラも珍しい
    長寿過ぎて婆ちゃんもう半分くらい精霊側に足突っ込んでない?

  • 匿名 より: 2025/04/22(火) 12:00 AM

    薬屋エルフでもカミーユの演技は見破れなかったか

  • 匿名 より: 2025/04/22(火) 12:02 AM

    11:28 PM
    甘噛みして守精指輪に登録されるイゾルナさんを想像してしまった

  • 匿名 より: 2025/04/22(火) 12:09 AM

    更新ありがとうございます。やっぱこの話を入れないと努がカミーユを助ける動機が足りないよね。有名人なはずだけど案外名前ピンと来ないんだね。

  • 匿名 より: 2025/04/22(火) 12:26 AM

    目が覚めたら引退するでしょもはや
    それを止めてお涙劇場になるか目も覚めず肥料になるか

  • 匿名 より: 2025/04/22(火) 12:45 AM

    更新ありがとうございます。
    最多にわらた。

  • 匿名 より: 2025/04/22(火) 1:37 AM

    カミーユというよりギルド自体がロイドに取り込まれていて努側に立つと立場を追われてフォローができなくなるからあえて敵対的になっているという路線にもまだ目はあるはずだ…頼むぞ…

  • 匿名 より: 2025/04/22(火) 1:46 AM

    更新ありがとうございます!アーミラとカミーユが二度と会えない、なんて事にはならないでほしいな…

  • 匿名 より: 2025/04/22(火) 2:01 AM

    努が一杯呑んで管巻きに来るお店

  • 匿名 より: 2025/04/22(火) 2:18 AM

    メインヒロインに全部持ってかれちゃってるけど、
    エイミーがシレッと
    >その目を向けられた経験が最多であるエイミー
    ってww
    護衛役に選ばれたり二人で話すシーンが無いのって気の所為じゃないのか。これは一部終盤のせいだろうけども

  • 匿名 より: 2025/04/22(火) 3:42 AM

    敵を騙すには味方から、という線をまだ夢見てる

  • 匿名 より: 2025/04/22(火) 4:46 AM

    おー、森の薬屋のおばあさんの名前が初めて……って初期からのキャラで努の好感度信頼度ナンバー1なのに何話かかっとるねん( ・ิω・ิ)つビシッ!

  • 匿名 より: 2025/04/22(火) 5:20 AM

    イゾルナ「迷宮都市に根を張ったとは思えない有様だよ」
    努がもう迷宮都市の住人化してるの前提な言い回し、
    他の者とは貫禄が違うので痺れるし憧れるぅ
    カミーユが守ろうとしてる(ギルド潰すぞとか脅されたか?)
    果実が腐ってると気づかせろとかアドバイスも秀逸。
    さすがのメインヒロインとゆうか…
    むしろ努程度では釣り合わないのでは?な気がしてきた

  • 匿名 より: 2025/04/22(火) 6:45 AM

    もうカミーユが手先1号か2号ぐらいになって敵対、ボコボコにして引き戻す未来しか見えんな
     
    なんならアーミラが介護引退、リーレイアも付き添いとかあり得るか?
     
    逆にカミーユ加入も0ではないが……。

  • 匿名 より: 2025/04/22(火) 7:11 AM

    さすが最後の拠り所。。。
    折れそうだったエイミー騒動でツトムが涙見せた唯一の人だしね。もう実祖母よ

  • 匿名 より: 2025/04/22(火) 7:56 AM

    虫食いリンゴ、腐ったリンゴ、木がどこを指してるのかわからない
    答え合わせはそのうちでてくるのかな
    もしギルドがリンゴなら捨てられないし、第二支部がリンゴなら明け渡したら利権を食い散らかされそうだし、ギルドが木なら大事な思いを腐ったリンゴ呼ばわりされてるのかわいそうだし
    敵についていても人徳で意見とおせるだろうから結局最後の防波堤として機能してしまい、ツトムとぶつかる前にロイド側から潰されるんじゃないかな

  • 匿名 より: 2025/04/22(火) 8:29 AM

    匿名 より: 2025/04/21(月) 7:58 PM
    灰原哀が異世界転生かい
    ロイドに薬盛って神華の使い走りができない赤子にしてやれ

  • 匿名 より: 2025/04/22(火) 8:52 AM

    >>04/22(火) 7:56 AM
    いや、これは普通に読み取れるでしょ
    果実=ギルド
    ギルドが乗っ取られかけてる状態=虫がついた果実
    木=(正常な状態だった時の)ギルドの思想
    要するにカミーユはギルドが大事だから乗っ取られかけててもギルドにしがみついてるけども
    本人が気付いてないけど木の本体はカミーユ(ないし創設者たるカミーユの旦那)の思想だから
    腐った(虫のついた)果実なんぞ捨てても新たな果実は実るんだぞ
    という事を気づかせるか木ごと切り倒すのか、というお話
    だと思う、若干のニュアンスの違いはあるかもだが間違ってはいないはず

  • 匿名 より: 2025/04/22(火) 9:20 AM

    ロイドって虫がついたその果実はもう守る価値のないもので、夫が残し大切に育ててきた木は自然の力で育み、その果実は万人に等しく分け与えるものであったはず
    不自然に甘いその果実は虫がついてもう腐るだけなのでもぎとって捨ててしまわないと
    やがてその虫は幹をも喰らい、ゆっくりと木は死んでいってしまうだろう

    今までいた虫たちは帝都や外に目を向けてしまうかもね

  • 匿名 より: 2025/04/22(火) 9:40 AM

    後方弟子面は草

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