第715話 またロレだ
ステファニーが主催の共同戦線は計4PT。その中でも構成の似通ったPT同士の方が情報共有は円滑に進む。なのでステファニーは同じ白魔導士である兎人と、アルドレットクロウのクランハウスで顔を合わせることとなった。
「結局貴女ですか。全く、キサラギも体たらくですわね」
「今度こそ勝ぁ――つ!!」
ステファニーは深いため息を吐き、面倒そうにロレーナを一瞥する。すると彼女は兎耳を威嚇するように立ててその瞳に闘志を燃やしていた。
努が元の世界に帰還した後も迷宮都市に残り最前線にいた二人は、彼の弟子ということもあってか比較されることも多かった。ただ深淵階層、ウルフォディアの突破などはステファニーが先んじており、ロレーナは負け続きだった。
そんな彼女はリベンジに燃えていたが、その目はステファニーの先も見据えていた。
「ただ、ツトムに負けるわけにもいかないからねー。ちょっとは協力してあげますよっと」
「かつてはヒーラーとして高め合った時期もあったことは認めますが、貴女は深淵階層でもう出涸らしたでしょう」
「出涸らしの薄い麦茶になってからが勝負でしょ。実際、氷の指揮者様はツトムの追いかけ方が下手くそだし」
「………」
「その点、出涸らしの私は追いかけるのに慣れっこって、わーけ♡」
そう甘い声で言いながら席に座った出涸らしに言われるのは癪だったが、否定できない現実でもあった。
100階層以降のステファニーは努がいない環境でヒーラーの女王として君臨せしめた。白魔導士の最適解がステファニーであり、競おうとした者たちは彼女の常軌を逸した秒数管理と正確無比な支援回復を前に心を折られた。
その点走るヒーラーであるロレーナはある種の別枠として成長し、ステファニーと肩を並べる存在にはなっていた。ただ深淵階層からは一つ格の落ちる存在となり、彼女の視界を妨げる者は誰もいなくなった。
そんな孤高ともいえる場所でステファニーはついに前人未到のウルフォディアまで突破したが、ツトムに先を譲った180階層の攻略具合は拮抗している。
雲一つない天空階層で彼女の目に入る者はいなかったが、帝階層には努がいる。それは思いのほかステファニーに重荷としてのしかかっていた。
努の性質を熟知していたステファニーは、彼の弱点を突く形で先手を譲るという策を選んだ。そうすれば慣れない死の恐怖によって動揺し、調子も崩すだろうと読んでいた。そんな彼を追い抜き、何なら手を差し伸べる余裕すらある未来まで見据えていた。
確かに努にとって撤退の出来ない階層主戦における死は、それこそPTメンバーを見捨ててでも避けたいものだった。だが100階層戦で既にそれは経験していたため、四季将軍:天を相手には自分の命をも顧みずに突き進んだ。
そんな彼の覚悟に偶然も味方し、180階層の攻略は初見であるにもかかわらず異様に進んだ。いくら神台で情報を取れるとはいえ、あのガルムすら圧倒していた四季将軍:天の腕を落とすまでに至れるのか。
それを越えなければならないプレッシャーはステファニーPTを蝕み、結果としては四季将軍:天まで辿り着いたもののその後の戦闘で呆気なく全滅した。それから二度三度と繰り返せどもあそこまでの攻略度には届かなかった。
「私がいない間にツトムもぬくぬくバカンス組がどうこう啖呵を切ったみたいだけどさ、ステファニーも随分だったみたいじゃん? なのにいざツトムに負けたら徒党を組んで潰しにかかるとか、やってること質の悪い餓鬼の集まりみたいじゃない?」
ロレーナの口ぶりはあくまで軽かったが、その声の奥には確かな失望と皮肉が滲んでいた。この程度かよと言わんばかりの冷めた目を前に、ステファニーは彼女の矛盾を突く。
「……それに呼ばれてのこのこ現れた貴女も同類では?」
「まー、そこはちょーっと複雑だからね」
そう返されて思わず肩をすくめたロレーナは、そのまま椅子に寄り掛かり足を浮かせた。
「策士策に溺れたステファニーにはそれはもう惨めに泣いてほしいけど、この三年近く見てきたあんたにこのまま負けてもらうのも癪なんだよ。そろそろ弟子が師匠を越える時なんじゃあ、ないのかってね!!」
自分なんかを一番弟子と呼んでヒーラーの基礎を教えてくれたツトムと、その弟子として共に切磋琢磨してきたステファニー。そのどちらもおいそれと負けることは看過できないロレーナは、彼女の醜い様に呆れつつも背を向けることは出来なかった。
「あんたにあっさり負けられたんじゃ、それこそ最前線たちがバカンス組だったって言われかねないからね~。ま、一番はツトムが躓いて共同戦線開いてくれることだったけど」
「どっちつかずですわね。小狡い兎の末路など決まっていそうなものですが」
「最後には私が180階層突破して全部持っていく算段もつけてたけど、ステファニー見てると怖くなってきた……。先手を譲って、負け……。その後もツトムの後追いだけ……」
「ぶっ飛ばしますわよ?」
「お? なら模擬戦でもする? でもまた私が勝ち越しちゃうよーん?」
「ここで弟子の中の最強を決めるのも悪くありませんが、まずは180階層ですわ。終わった後にお相手します」
「そういえばユニスは呼ばないの? せっかくだし弟子三人で迎え撃ちたいところだけど」
肩肘張らずに尋ねたロレーナの疑問にステファニーは顔を顰めた。そして一拍置いてから失望を滲ませた声を漏らす。
「刻印装備の取引だけなら是非お願いしたいところですが、そういうわけにも参りませんからね。雑魚三人を切って帝都に行っていたシルバービーストのメンバーと入れ替えたのなら一考する余地はありましたが、あれでは話になりません」
「うーん。ま、私情で切ってるわけでもないならいいけどねー。あともう脳ヒールは止めなよ」
その一言にステファニーはぴくりと反応したものの、さして気にした様子もなく見つめ返す。
「…………」
「いや、同業者ならわかるって。露骨にはやってないみたいだけどさ。やるにしてもせめて終わるかもしれない200階層じゃない?」
「…………」
一軍マネージャーがいる手前、ステファニーは肯定も否定もしなかった。だがそれでもやる時はやるぞという目をしている彼女に、ロレーナは諦めたように兎耳を振った。
ステファニーが努の脳ヒールを受けたらどうなるのか……めっちゃ見てぇ( ・ิω・ิ)