第726話 目ん玉風情が
それからはアーミラの神龍化が再び使えるようになる二時間を目途に、努たちPTは腰を据えて四季将軍:天と戦った。
流石に前回ほど神懸ったパリィこそないが、ガルムは平均以上の精度を見せている。そんな彼が下振れた時にはフルアーマーのダリルがカバーし、努も綿密な支援回復を回すことで崩れる気配がない。
四季将軍:天の上腕を落としていることも大きい。その成果により四季将軍:天の攻撃頻度は抑えられ、アーミラ不在でも四人で持ち堪えられている。
合流してきた赤兎馬のVIT無視爆発は厄介であるが、その予備動作である煌めきにウンディーネが被さることで防ぐことは可能である。それにおいそれとガルムたちに打たれないようリーレイアがちくちくと赤兎馬を削り、ターゲットを絞らせない。
これならタンク陣に限界の境地を使わせることもなく進行でき、ヘイト管理も余裕がある。なので長期戦に備えて一人ずつ敢えて死んでもらい、身体をリセットさせてお団子レイズを作成することも容易だった。
それから三十分ほどでアーミラも神龍化こそ使えないが前線に復帰し、更に安定感は増した。そのままじわじわと四季将軍:天を削り、遂にHPが三割を切った。
「そういう感じね」
空に浮かんでいる異様に巨大な満月。それに黒い横線が走ったのを努は目敏く確認していた。
その線を起点に瞼が開閉し、式神:月の隠されていた巨大な瞳が露になった。それは生物的ではなく、構造としては神の眼にも近い機械じみた瞳であった。
上空の巨大機構が動作したことによる風圧はPTメンバー全員に降りかかり、皆が式神:月の存在を認識する。
努が現場でその存在を発見し、迷宮マニアが神台越しの鑑定によってその正体を暴いた式神:月。あくまで観測者であることは明示されているそれがどのような役割を果たすのか。
「何か異常があったら知らせてくれ」
PTメンバーを見る限り異常は見られず、神の眼も普段通りの自動操縦を維持している。ただ四季将軍:天の後頭部に付いた二つの仮面。その目や鼻から強烈な光が溢れ出し、四季将軍:天自身も頭に手を当ててグラついた。
「かあっ!!」
その隙を見逃さなかった龍化したアーミラが口からレーザーブレスを放ち、それは四季将軍:天に直撃する。それを受けて仰け反った彼を前に、赤兎馬は何かが起きている主を心配するように鼻を寄せた。
ただ徐々に後頭部の仮面から溢れていた光が収まる。そして四季将軍:天の眼光は濃密な黄の月色へと変化していた。
『――――』
そのまま刹那零閃の構えを見せた四季将軍:天を前に、ガルムが盾を引っ提げて前に出る。居合の構えを取り冷気を溜めてからの一閃から、それに続く連撃を叩き込むスキル。
「……っ!?」
そのスキルに対してガルムは完璧なタイミングで盾を弾いていた。だが普段よりも一拍、四季将軍:天はスキルの発動タイミングを遅らせてから刹那零閃を放っていた。
ガルムに襲い掛かる冷刃の数々。初撃をパリィ出来なかったことでその後のテンポも崩れた彼は何とか首だけは飛ばされないよう身体を逸らし、その身で受けざるを得なかった。
「コンバットクライ!」
「ハイヒール、メディック」
そんなガルムのカバーにダリルもタワーシールドを構えたまま突貫して防ぎ、努は凍傷を負ったガルムの傷を癒す。その隙に身を低くし背後に回っていたアーミラが大剣を振り被る。
「パワースラッシュ! ……はぁっ!?」
後頭部の仮面の視界にも入らぬよう死角から狙った渾身の一撃。だがその一撃を四季将軍:天は見越していたかのように、中央腕でその大剣を白羽取りした。そのまま大剣ごと捻ってアーミラを投げ捨てながら、再び居合の構え。
『――――』
「またか」
ガルムはまだ態勢を崩しており、まともにパリィできる状態ではない。残るはフルアーマーの相手故のスキル連打。刹那零閃が襲い来る前にダリルは両手のタワーシールドを引き締め、耐えの姿勢に入る。
「ぐぅ!?」
だが四季将軍:天に冬将軍:式の武器を受け継がせたのは、そのスキルをパリィする前提があるからである。純粋な受けタンクではその氷属性も含む強烈な連撃はまともに受けられない。
(式神:月は今までの戦闘データを観測して、それを四季将軍:天に伝えるみたいな役割か? となると立ち回りを変える必要があるけど、ここで手の内を見せていいものか……)
今の四季将軍:天は明確にガルムを対策した立ち回りを見せている。ダリルに対しても刹那零閃を押したことからして、式神:月がある中で行動したPTメンバーの立ち回りなどは全て把握されていると想定しなければならない。
もしこれが今までの戦闘データ全てであれば、出し惜しみした方が良い選択肢になる。ただ努のゲーム感覚からすればプレイヤーの幅を狭めることはしないだろうと考え、今回の180階層戦に限る観測範囲であろうと仮定した。
「アーミラ! タンクに切り替え! ガルム、ダリル! そのまま前線! リーレイアは赤兎馬……」
そう指示を飛ばしながら努は赤兎馬の方を見たが、どうも先ほどより圧を感じない。まるで背の主が消えて野原を彷徨っているかのような迷い。
「一旦、赤兎馬は無視! 四季将軍:天を抑えないと前線が維持できない! 僕の契約はいいから全部自分に回せ!」
「了解」
赤兎馬の所在無さげな動きに関してはリーレイアも把握していたのか、すぐに切り替えて前線に加わった。フェンリルも応援の一吠えと共に還っていき、努は単身で空に飛び上がる。
「行くぞ」
「はい!」
喉からせり上がってきた血が混じった唾を横に吐いたガルムに、死地の匂いを感じたダリルは気合を入れて返事をした。
スキルの乱打で精神力を使用し少し消耗していた四季将軍:天も、努たちが立て直している間に息を整えていた。そのまま月の眼光を揺らめかせて彩烈穫式天穹の弦を引く。
「くっ」
四季将軍:天が弦を引けばそこに現れる霊矢。その乱射をダリルがタワーシールドで防ぎ、ガルムがその上を飛び越えて躍り出る。下腕から繰り出される冬刀。左から振り被られたそれは普段よりもゆらりとしている。
(馬鹿みたいにディレイかけてきやがるな。あぁなるとパリィにはしばらく期待できない。ここでも慣れがいる。今は限界の境地で誤魔化してもらうしかないか)
努は敢えてガルムたちを万全の状態までは回復せず、死を間近に引き寄せる。その死が彼らの集中力を極限まで高め、初見の攻撃に対応してくれることを期待する。このままヒールしていても刹那零閃を打たれるだけでジリ貧であるため、それならば最悪レイズしても試行回数を回す。
ガルムがパリィできるための時間を稼ぐ。そのために努はヘイトを最小限に抑えた支援回復をこなしつつ、彼らが死なないよう気を張り巡らせる。いくら限界の境地があろうが死ぬ時は死ぬ。その致命を回避させてやるのはヒーラーの仕事だ。
テクトナイトではなくヒーラー用の杖に持ち替えた努はガルム、ダリルへ集中的に気を配りつつ、進化ジョブを切ってタンク職に切り替えたアーミラも視界に入れる。
(少なくとも今までの戦闘データ全てがインストールされてるわけではないっぽいな。タンクの浅いアーミラに対してメタってる感じが見られない。あくまでこの階層で見せた戦闘データに限定してると見ていいな)
ガルムには鬼のようなディレイをかけ、ダリルには積極的にスキルを使用する容赦のなさ。だがそんな二人に比べると動きが浅いアーミラでも四季将軍:天のヘイトは十分に取れている。
今回の戦いでアーミラはアタッカーに全振りしていたため、恐らく式神:月が彼女のタンクとしての動きを把握していないのが大きいのだろう。であれば今後は大半は不慣れであろう進化ジョブを切らせての立ち回りをして、後半に本職へ戻すのが無難か。
「リベンジスラッシュ!」
式神:月によってメタられていないアーミラの善戦により、ガルムとダリルは何とか生き残ることができていた。もし彼女がいなければ前線への過剰回復により、努のヒールヘイトが溢れていてもおかしくはなかった。
それでも式神:月を見上げている努の顔は暗い。しかしそれは彼の表情でなく、180階層自体が徐々に薄暗くなっていたからだ。
(……おい、時間制限付きか?)
頭上に鎮座している式神:月は気付けば半月に変化しており、その月光も明確に弱まっていた。努はバリアで四角形を作り上げ、そこにフラッシュを投下して閉じ込め足場を照らす。だがその光は水の中に入れた花火のように消えていく。
(メタった上での時間制限で真っ暗ってか。クソが)
現状の四季将軍:天を相手に努たちPTは何とか耐えることは出来ている。だが倒し切れる火力にまでは手が追いつかない。今はメタられていないアーミラがタンクとして活躍しているから維持できているだけだ。彼女が抜ければガルムたちは生き残れないだろう。
だが式神:月が現れてからきっかり三十分であれは半月となり、視界は薄暗くなり始めている。このまま新月に近づき真っ暗になってしまえば視界の確保は出来ないし、何なら24時間制限の黒が降ってきてもおかしくはない。
「式神:月が消えるまであと二十五分! 恐らくそれまでに勝負を決めないと全滅する! アーミラ! 頃合いを見てアタッカーに切り替えろ! ガルム、ダリル。悪いけど死に役だ。先に逝ってくれ」
そんな努の指示に応えるようにガルムは尻尾を振り、ダリルは最後の力を振り絞るように歯を食いしばって意識を保つ。
それに追い打ちをかけるように放たれた刹那零閃。ダリルは少しでもガルムがパリィのタイミングを掴めるように命を賭す。
しかしそれが繰り出される前にガルムがその間に入った。
四季将軍:天が一拍置くか、置かないか。その読み合いすらガルムは放棄した。居合が放たれての一撃を彼はまともに受け、それでも一向に怯むことなく二撃目をパリィした。そこからは快音の連続。
「神龍化っ……」
やれるだろ。そう確信したアーミラは進化ジョブを解除し両手を隆起させようとした。だがまだ神龍化の反動はその身に刻み込まれており、完全な龍の両手を作ることは出来ないと予感していた。
更に自分がここまでタンクとして戦えた理由も薄っすらと理解していた。龍の手では四季将軍を取れない。
不完全は承知の上。アーミラはその両手を組んで龍の顔を具現化した。まだ孵化していないぶよぶよとした生身の龍。それでもこれが今の自分が出せる最高火力。だが無理を通しているからその両腕が小刻みに揺れ、照準が定まらない。
『ヒヒィィィン!!』
彼は果たして主なのか、それはわからない。だがそれでも彼にあれを撃たせてはならないと察知した赤兎馬が、ようやくまともに動き出してアーミラに突貫する。
「邪魔するな」
リーレイアはその無軌道な赤兎馬の目を細剣で串刺しにし、シルフの風に乗せて軌道を大きく逸らした。そして二度目の神龍化を無理に行使していることで立つのがやっとな様子であるアーミラの腕を下から支える。
「食らいやがれぇ!!」
アーミラが両手に宿す龍の幼体から放たれたブレス。それは初撃を敢えて見逃しパリィを決められて態勢を逸らした四季将軍:天の横腹に直撃した。その決定的な隙を生み出したガルムはその余波を受けて吹き飛び、ダリルがそれを受け止める。
「はっ……はっ……」
龍の幼体はそのまま溶けて光の粒子と化していき、反動で立てない状態にまでなったアーミラは顔だけを上向かせて四季将軍:天の行方を探る。
「ちく、しょう……!」
四季将軍:天はその和鎧こそ割れて肉を焼かれていたが、彩烈穫式天穹を悠然と構えてこちらに向けていた。
「シルフ!」
アーミラに向けられたその射撃をリーレイアが風を纏った細剣で見事に弾いてみせた。続く第二射。ピクリと指先を動かした四季将軍:天のフェイントに引っ掛けられた彼女はタイミングを見誤る。
その刹那、アーミラの頭部を霊矢が貫き絶命した。
幾度も四季将軍:天の攻撃を受けて鎧も無残なことになっていたタンク陣の両名は、ブレスの余波で既に死亡判定を受けていた。
「レイズ」
「契約――雷鳥!」
まずはガルムを蘇生させた努に対し、リーレイアは激情を込めて雷鳥を契約させた。そして音を抑えた雷と共に努の傍に舞い降りたそれは、ギロリと鋭い眼光で頭上の式神:月を睨みつける。
目ん玉風情が、見下してんじゃねぇぞ。
雷鳥は紫電を翼に纏わせて飛び上がる。既に地上は遥か彼方であり、努の声は届かない。そのまま目障りな気球でも貫くが如く、雷鳥は式神:月を串刺しにした。
(鳥頭に悩まされる人生か?)
式神:月はあくまで観測者。階層主ではない。そして観測者がいなくなった世界は存在しないも同義。
式神:月が光の粒子となって消えていくと同時、努たちPTが存在した180階層は黒に押し潰された。
努たちPTは雪崩れ込むようにギルドの黒門から吐き出され、最後に放り出された努が床をごろごろと転がる。
「……お疲れ様ですわ」
(……えっ、マジで?)
そして全滅しギルドの黒門から吐き出された途端に、努はステファニーに手を差し伸べられた。そんな随分と余裕のある彼女を前に努は敗北を予感した。
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