第742話 調律制御:自動
(捨てかな。ちくしょうめ)
努からアタッカーを切り上げ神の眼を任されたエイミーは内心で悔しがりながら、それを手に取り背面のレバーを指先で動かして設定を弄る。
鑑定で見る限り四季将軍:天のHPは残り2.3割といったところで留まっていた。もし自分がディニエルのような実力があれば、この三十分でもっと削れていただろう。式神:月のメタの更に上を行き、努にこのまま続行する判断をさせることだって出来たかもしれない。
ただ式神:月のメタ読みはその対象人数が少ないほど処理速度を増す。逆に進化ジョブを切らずにこのフェーズまで辿り着けた者が多いほど、その処理速度は乗算的に遅くなっていく。
以前は式神:月をマルチタスクに追いやることで有利に事を進めることが出来たが、今回はエイミーだけなので安心のシングルタスクになってしまった。そうならないよう努は遠距離スキルを温存して邪魔こそしたが、三十分も経たない内にPTのほとんどは対応を完了された。
「カウントバスター!」
その中で唯一式神:月のメタ読みを逃れたのは、魔流の拳って200型あるねんでお馴染みのハンナくらいである。彼女はディニエルと同様に単身でメタ読みを覆すポテンシャルを持っていた。
ただ眼を開けた式神:月の前で進化ジョブを初出しすると目に見えて処理速度が下がるのは、迷宮マニアも観測している事象である。そのことから180階層の正道な攻略法は進化ジョブの制限にあると努は考え、その方向で攻略を進めていた。
(あるとしたらここなんだけど……ない)
エイミーは神の眼の照明設定を開き何か変化がないか素早くチェックするが、いつも通りの画面しか表示されていない。
神の眼は洞窟などの暗い場所に入った時には自動で照明を点けてくれる。ただ今は式神:月にその光を吸収されているため、神の眼の上部に蠟燭のような明かりがある程度である。その光量は既に努が全開に設定していてこの有様だ。
光関連の設定項目には念入りに目を通したが、変化は見られない。
式神:月への対処と暗雲については無限の輪の他にもアルドレットクロウやシルバービーストが検証しているが、その成果は芳しくない。
式神:月は色折り神が神の眼を模して作ったであろう模造品であり、その実は紙風船のようなものである。そのため雷鳥の一撃で割れるほど脆く、その精密さ故に少しでも手を入れられると自壊し始めて180階層ごと無くなってしまう。
そんな式神:月を隠す暗雲を晴らすことも難しい。そもそも冒険神の加護やフィールドリンクなどのスキルで軽減できることから、暗雲は階層の環境判定である。それを物理的にどうこうすることは不可能に近い。
(わたしは、わたしの出来ることを)
ただ式神:月に触れることなく出来そうな小細工は、神の眼に何もなかった時にこなせばいい。まずは努に任されたこの役目をやり通す。それを胸にエイミーは血眼になって神の眼の設定を一切の漏れがないよう調べ上げる。
「……あ?」
それから設定の一般タブに戻ったエイミーは、下までスクロールした時点で何か違和感を覚えた。アイドル時代にどの設定なら映えるか試行錯誤していた彼女だからこそ判別できた、妙な引っかかり。
本来ならこの感覚で止まっているはずのスクロールが、僅かに伸びていた。何度押し下げしても引っかかりを覚える。そこから一般のタブ内にずらりと並ぶ文字列を一つ一つ確認していく。
するとそこに紛れていた、調律制御:自動という項目。一般設定には神の眼の動く範囲を制御する項目もあれば、:自動がついているものもある。ただ調律という単語は神の眼の設定を見慣れているエイミーからすればノイズに映った。
その項目を選ぶと手動に切り替える項目に、その強弱を決めるバーが出た。それを手動に切り替えてバーを右に押しやると、神の眼の上部から一筋の光が飛び出た。
それは式神:月を覆っていた暗雲に直撃し、風穴を開けて吹き飛ばした。まるで夜が明けたかのように視界が晴れ、その暗雲は綺麗さっぱり消え去った。
――▽▽――
「ハンナ、火力出し切れ」
「っすー……」
時は少し遡り、まだエイミーが神の眼の設定に目を通し始めていた頃。どんどんと暗くなっていく視界状況からして残り十分が全力を出す最後の機会ということもあり、ハンナは許容量限界まで魔力を練り上げた。
「っちぃ!!」
「ミスティックブレイド」
その間は四季将軍:天の相手は進化ジョブを切ったアーミラとガルムが務め、上腕の薙刀は努がマジックロッドを用いて何とか相手取る。
ただその三者とも進化ジョブを切った状態で式神:月フェーズを迎えたため、既にメタ読みはされた上で対応もされ始めている。特に進化ジョブの扱いが最も浅いアーミラは苦戦を強いられていた。
「しっ」
その中で随一の働きを見せているのは、式神:月に一番動きを見られているにもかかわらず果敢にパリィを決め続けているガルムだった。努が進化ジョブを切っており回復するには一手間かかる状況下の中でも、彼はリスクを承知の上でパリィを決め続けている。
式神:月のメタ読みにより四季将軍:天はディレイやフェイントを織り交ぜ、ガルムにパリィを取られないよう工夫している。それに彩烈穫式天穹による射撃がパリィしづらいことも予期しており、彼に集中砲火を見舞っていた。
だがそれでもガルムは倒れない。元々対応力には光る物があったが、幾度となく180階層に潜ったことでそれに磨きがかかっている。
『――――』
居合の構えから一拍半遅らせて放たれた刹那零閃。適正レベルのタンクで真正面から受ければ致命傷は免れないそれを、ガルムは一撃目から立て続けにパリィしてみせた。
しかしそれを潜り抜けて尚、死線は続く。四季将軍:天は少し態勢を崩したものの中央腕に持つ彩烈穫式天穹を構えて照準を合わせていた。霊矢による集中砲火。
「ヒール」
「コンバットクライ!」
ただそれを見越している努がここぞという場面で支援回復を送り、進化ジョブを解除し霊矢を盾で受けたガルムの死線を掻い潜らせる。二人の阿吽の呼吸に合わせ、アーミラは上腕の担当に切り替わりサブタンクを全うしていた。
「カウントバスター!」
そんな三人の健闘もありハンナは魔力の練り上げを終え、コンボ数の溜めに入って前線に戻った。そのタイミングで精神力を限界まで使い切って全員の支援回復を終えた努が、進化ジョブに切り替える。
(僕にAAの強さを求めてくるなよ)
マジックロッドは個人技による無限の可能性を秘めているが、それを引き出せるかは使い手次第だ。それこそ薙刀で斬りかかるよりはマシな部類ではあるものの、努は武器を用いた戦闘が得意なわけではない。
四季将軍:天の上腕を受ける一辺倒であったテクトナイトの動きは既に見切られ、軽くいなされて重心をズラされるだけで制御も難しくなる。
「マジックロッド」
そんなテクトナイトを手元に戻してマジックバッグに仕舞った努は、帝階層産の杖である覇桜の薙刀を引き出して四季将軍:天の上腕に向けて飛ばした。ユニスと同程度の刻印が刻まれたそれは式神:月のメタ対策であり、努の奥の手でもある。
テクトナイトはその頑丈さと引き換えに制御が困難であるが、それと比較すれば覇桜の薙刀は簡単な部類である。そしてそれを操っていたステファニーの動きを参考に、努は四季将軍:天の上腕を抑えにかかった。
「いけるっす!」
そしてカウントフルバスターを打つためのコンボを溜め終えた彼女の声に合わせて、ガルムがアーミラの前に無理やり身体をねじ込んでパリィを決める。そして少し態勢を崩した四季将軍:天の前にハンナが躍り出た。
「カウントっ」
その拳には巨大な氷翼で練り上げた水色の魔力が巡り、その発露を待ち望んでいた。
「フルバスター!!」
そこから繰り出される乱打。しかしそのスキルは既にメタ読みされており、彩烈穫式天穹を背に仕舞った四季将軍:天は中央腕を以てそれを迎え撃つ。
「ホーリーレイ、ホーリーレイ、ホーリーレイ」
とてつもない速さの近接戦が行われている中、努は遠距離スキルを用いてそれに介入した。四季将軍:天とハンナを区切るように敷かれた聖属性の光線。その内を反射しながら迫った光線が四季将軍:天の体を打ち抜いた。
その隙に乗じて差し込まれた拳が軌跡を凍り付かせながら突き刺さり、四季将軍:天の体を固め始めた。上腕によって振られかけた薙刀はアーミラが大剣をぶん投げて弾き、回復の成立を防ぐ。
「しん……しんりゅ……」
四季将軍:天の体は氷像のようになり始めた時、ここが決め時だとアーミラの本能が告げていた。だが努の進言が頭に引っかかり理性でそれを押し留める。
そして遂に四季将軍:天が指一本も動かせなくなったところで、ハンナはありったけの魔力を拳に集めた。それが集まっていくにつれて氷翼はその役目を終えて自壊していく。
「魔正拳」
渾身の正拳が四季将軍:天の腹に突き刺さり、轟音と共に体がくの字に折れ曲がり吹き飛ばされた。粉々になった和鎧の破片が雪と見紛う軌跡を描く最中、予備の大剣を引き出していたアーミラはその線上にいた。
「パワースラッシュ!!」
そのままフルスイングで四季将軍:天の巨体を一刀両断にしようとしたが、それは下腕の冬刀によって受け止められていた。凄絶な衝突の末、アーミラは大剣をぐっとねじ込みその冬刀を粉砕した。そして掬い上げるようにして四季将軍:天を吹き飛ばし、振るわれていた薙刀での反撃を逃れた。
「師匠!」
自身の手応えからまだ四季将軍:天を倒せていないことを察したハンナは、すぐに努の方に退いて魔石を要求した。そんな彼女を努は白けた視線で見下ろす。
「もう限界でしょ」
「でも!」
「それで無茶させてまた羽根抜けたら、僕がコリナに殺されちゃうよ」
「い、言ってる場合っすかぁ!?」
氷翼が代わりになってくれたおかげで膨大な魔力を扱ったハンナの青翼は無事だが、あと一度でも使えばその反動で羽根も抜けてしばらく魔流の拳を控えなければならなくなる。それこそ命が賭かっているなら話は別だが、ここで無理をさせて突破できなかった場合数日ロスすることになる。
「まだ勝負は終わってない。それにお前は魔流の拳を使う前から、僕が見込んだ避けタンクだ。その責務を全うしろ」
「……うぅー。うがぁーーーー!!」
魔石の代わりにそんな言葉をもらったところで何の足しにもなりはしない。だがそれでも確かにそれを受け取ったハンナは、吊り上がった頬を見られないよう叫んで誤魔化した。
上空に打ち上げられていた四季将軍:天は主を守る役目を終えた和鎧を無造作に脱ぎ捨て、その奥からなお健在な筋肉と闘気を覗かせた。そして上腕の薙刀を振るい自身を癒し、その場で滞空しながら和鎧を粉砕したハンナに鋭い眼光を向ける。
その眼光は闇の中でこそ輝きを増し、夜が支配するほどにその真価を露わにする。
しかしその直後、努たちの後方から一筋の光が迸り天を割いた。それは上空の暗雲を吹き飛ばし、夜明けが訪れたかのように一帯を晴らした。
その変化を前に式神:月は瞬きを数度して風圧を響かせた後、きょろきょろと作り物の瞳を震わせて狼狽した。四季将軍:天もその変化を前に思わず空を見上げてたじろいだ。
(でかした、エイミー)
光を放つ神の眼を持って慌てふためいているエイミーを一瞥した努は、隠し仕様を見抜いたであろう彼女を賞賛した。
ただこの暗雲が晴れた光景は今も神の眼を通じて配信されている。恐らくこの手法はすぐにバレて共有されてしまうだろう。そうなればこの優位性はすぐに失われる。
「ハンナー?」
努は張り切って前に出ようとしたハンナに猫撫で声で待ったを掛けた。そんな彼にハンナはギョッとしながら振り返る。
「……え、なんっすか?」
「やっぱりいざとなったら魔石渡すから、その時は無茶よろしく!」
「え、えぇーっ……? いや、えぇーーーっ!! じゃあさっきの言葉は何だったっすかぁ!? 噓つきぃーーー!!」
「嘘じゃないよ、ただ状況が変わっただけ」
「嘘つきっすーーーー!!」
そう言い捨てたハンナは今さら魔石を渡されてなるものかと飛び去って行った。
努パーティだけが模索しているルートの中にエイミーぐらいしか気付け無さそうな要素盛り込んだのが悪手だったんじゃない?
ご都合展開にしか見えんて