第746話 それはツトムが悪いね

 アーミラが両手に宿していた神龍の頭が光の粒子と共に夜空へ溶けていく。急激な精神力消費と神龍化の反動も相まってふらついている彼女は、何とかフライを維持して高度を落とす。


「お疲れ様。式神:月狙われてるの、よく気付いたね」


 そんな彼女に肩を貸して支えた努は、そう声を掛けながらゆっくりと地面に降りる。そして青ポーションの栓を開けて口元に差し出すと、アーミラはそれを咥えて一息で飲み干した。


「……? 味が、いいなこれ」
「その分精神力回復の効果は薄いんだけど、飲めなきゃ意味ないからね。メディック、ヒール」


 精神力を半分以上減らしたことで発生する気持ち悪さや倦怠感などは、精神力を回復しなければ取れない。だが気持ち悪い時に嗚咽が漏れそうな味の青ポーションを飲もうとしても吐き出してしまうことがあるため、まずは味がマシな物を導入剤とするのが望ましい。

 とはいえ戦闘中はそんなことも言ってられないので飲むしかないが、次階層に続く黒門が出現した今はもう焦る必要もない。さっぱりしたオレンジの味がする青ポーションを飲んだアーミラの表情は和らぎ、努に回復スキルをかけられながら地面に横向きで寝かされる。


「にしても式神:月狙いは性格が悪すぎだろ。あれで打ち抜かれてたら突破できてなかったと思うとゾッとするね」
「……いや。あいつはてめぇみたいに性格悪さで式神:月撃ったわけじゃねぇと思うぜ」


 少し呼吸も落ち着いてきて清々しい疲労感に包まれながらそう言ったアーミラに、努は意外そうに眉を上げる。すると彼女は遠目になりながら言葉を続ける。


「単に、あの月に操られてた状態が気に食わなかったんだろ。だから俺らじゃなくて式神:月を撃った。ま、結果的に俺らからすれば最悪なことに変わりねぇが」
「階層主の方が性格が良いとか終わってない? ……まぁ確かに降参すれば首チョンパで終わらせてくれてたしな。モンスターだけど武人らしさはあったね」
「だろ?」
「でも自力で回復するのは卑怯だとは思わんかね。騎士道精神は何処にいった?」
「……どーなんだろーなー」


 汗でべっとりと肌に張り付く赤髪を鬱陶しげに払いながら、アーミラはそっぽを向いた。するとぐでんとしているハンナを脇に抱えたエイミーと、後ろに神の眼を連れたガルムもやってきた。


「お疲れ様。何とかなったね」
「あぁ」
「……!!」


 ガルムは静かに勝利を噛み締めて頷き、エイミーは全身から溢れんばかりの喜びを出したくてたまらずにうずうずしていた。そしてアーミラが髪を整えたのを見計らった彼女は、ハンナを脇に抱えたまま努の首にがっしりと腕を回す。


「やったぁーーー!!! みんなありがとーーー!!」
「うおぉぉぉい!?」
「おうふ」


 そのまま三人に圧し掛かられたアーミラは驚きの声を上げ、努は汗やら血やらでまみれているエイミーの臭いでむせ返った。狂喜乱舞している彼女の拘束から何とか抜け出した努は、ガルムの手も引っ張って道連れにしようとしたがビクともしない。


「私が飛び込んだら死人が出るぞ」
「だろうね」


 四季将軍:天の攻撃を受けて大分破損しているとはいえ、鎧を付けている巨漢であることに代わりないので今もぐったりしているハンナが下敷きになれば光の粒子を漏らしかねない。

 それでも五人で纏まって神の眼には映っておこうと、努はもみくちゃになっている女性陣の後ろにガルムと陣取って指をかにかにした。それからエイミーにもみくちゃにされているアーミラとハイタッチした後、彼に向き直る。


「何はともあれ、ガルムも良い働きだったよ。ありがとう」
「ツトムこそ、ここぞという場面ばかりでよくあそこまで回復できるものだな。あれで何度命を救われたか」
「そっちもここぞという場面でパリィしすぎな。それに下振れた時を支えるのがヒーラーのわかりやすい仕事だから、そういうのは印象に残りやすいよね」
「し~~~しょ~~~う~~~~」


 ガルムのタンクぶりに努が感謝の言葉を述べていると、地獄の底から呼びかける声が下から響いてきた。その正体は仰向けのままこちらを睨みつけているハンナである。


「嘘つき~~~……噓つきぃ~~~」
「あぁは言いつつも魔石使わせてはないでしょ? 言葉じゃなく行動で評価してほしいもんだね」
「でもあたしにはガルムとかダリルみたいに褒めてくれないじゃないっすか……」
「避けタンク凄かったねー」
「……いや、あっっっっっっさ!! 言葉が浅いっす!!」
「約束通り、刻印装備のスリットは減らしてあげるよ。嬉しいでしょ?」
「いやそれは普通に嬉しいっすけどぉ……そうじゃなくてぇ……」
「ハンナ」


 埒が明かないやり取りをしながら立ち上がったハンナを前に、ガルムは助け舟を出して彼女を呼び寄せた。そして努に聞こえないであろう距離で小さく助言を送る。


「ツトムが誰かに褒めてと言われて褒めているところを、少なくとも私は見たことがない」
「はっ!! 確かに!! ……捻くれてるっすもんねー。それじゃあ逆のこととか……?」


 そんなガルムの言葉に思わず納得したハンナは、じゃあどうすればいいかを小声に出しながら考えた。そして結論が出たのか自信満々な顔で再び努の前にやってきた。


「いやー、あれっすね。今回はあたし避けタンク上手く出来なかったかもっすねー? こうね、ヘイトの管理とか色々~」
「それは本当にそう。アーミラに赤兎馬のヘイト取れって指示されてようやく動き出した時はがっくりしたよ。しかも支援スキルの時間管理をこっちでやってあげてるのに文句だけは垂れてくるしさ。魔流の拳なかったら終わってるよお前」
「……ガルムぅ~~~~」


 返す刀の正論で顔面をぶった斬られたハンナは涙目でガルムに泣きついた。身長差がありすぎるせいで腰に抱き着かれている彼は、気まずげな顔で努を見やる。


「……ツトム、その、なんだ。少しは飴もあげたらどうだ?」
「甘やかしてもいいことないよ。それに最低限の飴はあげたと思わない?」
「……それもそうか」


 終盤に努がハンナに渡した言葉をその犬耳で聞いてはいたガルムは、それに納得して頷いた。


「えっ」


 それにはハンナも親に巣から落とされた雛鳥のような顔をして言葉を失った。そして庇護を失った彼女はよろよろと彷徨い、ほろりと涙が流れる。

 そのやり取りに冗談が多分に含まれていることくらい彼女も理解していた。だがそれでも不意に流れてしまったその涙でハンナの感情が決壊する。


「なんなんっすかーーー!! あたしだってタンクとして褒められたいだけなのにーーーー!! こんなのあんまりっすよーーーー!!」
「うんうん。それはツトムが悪いね。じゃあ、抜けるね……」
「意味わかんないぃぃぃぃ!! 意味わかんないっすぅぅぅぅ!!」


 努としても階層主戦で進化ジョブ込みの白魔導士に加え、拳闘士の支援スキルや魔流の拳の魔石管理にまで頭を回すことなどしばらくはやりたくもない。なので今日でそれが終わることに心底ホッとしているし、意味の通じないネットミームをかます余裕もあった。


「…………」
「…………」


 だが予想外だったのは誰もハンナのフォローに回らなかったことである。前回もハンナとPTを組んでいたアーミラはその光景を前にざまぁみろとニヤニヤし、エイミーは我関せずで神の眼を前に観衆へ感謝の言葉を述べていた。

 なので泣いているハンナを慰める者は誰もおらず、当人が後始末をする必要があった。


「まぁさ。ハンナの魔流の拳がなかったら突破も有り得なかったわけでして。特にカウントフルバスターと合わせたやつは凄いよね。反動も結局一度も起こさなかったし」
「……もっとべつの」
「魔流の拳使えなくなった後も四季将軍:天の矢、全部避けてたね。あの複雑な高度調整は鳥人の中でも別格だよね」
「……そうっすよね。あたし、さいきょーの避けタンクっすよね」
「今のところは本当にそうじゃない? 仮にステファニーたちが僕たちと同時に突破してたとしても、避けタンクはハンナだけだし」
「そうっすよね。そうっすよね」


 メンタルケアをしていくにつれてハンナの青翼が持ち上がり、最後にはひしっと努の背中に添えられた。一体何の時間なんだと努は内心独り言ち、人によっては触られたくない部位である翼での抱擁からそっと離れる。

 そしてようやく180階層突破の興奮も落ち着いてきたエイミーに目配せして、階層主からドロップした宝箱の前に向かう。


「魔石の代わりに銀の宝箱が二つかー。これでマジックバッグだったらどうする? ツトム?」
「それはもう暴れるしかないでしょ」
「あ、暴れる? ……暴れるのか」


 そんな努の返しがちょっとツボに入ったのか微かに笑っているガルムを横目に、彼はかったるそうに身を起こしたアーミラを見やる。


「宝箱はアタッカーとタンクに分かれてじゃんけんで決めてね」
「……ガルム、さっきあたしを見捨てたっすよね。神様はそういうところも見てるっすよ」
「生憎、神は信じていない。いくぞ」


 そんな前口上と共に二人は気合いを入れてじゃんけんし、神に見放されなかったハンナが宝箱を開ける権利を有した。アタッカー側のじゃんけんはエイミーが勝利した。


「俺、神竜人なんだが……?」
「ドンマイ。代わりに181階層の黒門開けさせてあげるよ」
「……まぁそれで良しとしてやるか」


 冬将軍:式の双剣や春将軍:彩の可憐な装備を手にしている女性陣を前に、アーミラはやれやれとため息をついた。そして次の階層へと続く黒門の前で楽しそうに鑑定している二人を待った。


「うし、行くぜ」


 そしてアーミラが黒門を押し開いて突入し、それに努たちも続いて転移する。


(……がっつり機械系だな)


 181階層に降り立った努が踏みしめた地面は金属で構築されており、壁に囲まれた周囲を見るに巨大な施設内であることが窺えた。それに少し先にはマウントゴーレムも通れそうな大門が設置されており、その迫力にアーミラは口笛を鳴らした。


「あれと同じくらいのモンスターでも出てくんのかね?」
「突破して早々ロストなんて御免だし、今日はもう帰るよ」


 何ならちょっと探索までしようじゃないかと提案してきそうなアーミラに先んじて、努は帰還の黒門を開けてさっさとギルドに帰っていく。それにガルムとエイミーも続き、ハンナとアーミラは顔を見合わせて唇を尖らせながら帰っていった。

 

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 コメント
  • 匿名 より: 2025/10/15(水) 7:27 PM

    更新ありがとうございます。15巻買いました。漫画は漫画で味があります。

  • 匿名 より: 2025/10/15(水) 8:21 PM

    ツトムは、ゼノの事も言葉にして褒めてあげてね……。
    高評価してるのに、ハンナから名前が出てないぐらい口に出してないから……

  • 匿名 より: 2025/10/16(木) 1:07 AM

    あれ?
    確か双剣士の『岩割刃』って相手の防御力が高い時に有効だったよね?

    防御力に比例したボーナスだか、一定の防御無視みたいな……ありがちなタイプのやつ?
     
    それ1つだと物足りないし、2つ目が生えてくるか……。
    進化ジョブに防御デバフがある事を祈りたいところ……?

  • 匿名 より: 2025/10/16(木) 2:04 AM

    エイミー最強!

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