第747話 GG
ギルドに帰還した努を出迎えたのはギルド職員からの拍手と、新参探索者からのキラキラとした視線だった。中堅の探索者は遠巻きからちらちらと見るに留めており、努の知り合いは大方180階層に潜っているのか見当たらない。
努はわざわざすみませんねとギルド職員の方々に頭を下げつつ歩いていき、ファン対応をしているエイミーたちを置いて受付に向かう。そこでも列を譲ってくれた者たちに申し訳ないと手振りしつつ、スキンヘッドの職員にステータスカードの更新を頼んだ。
すぐに出されたリトマス紙にも似た紙を噛んで提出した努は、自分たちと入れ替わりで一番台になっているステファニーPTを眺める。
「アルドレットクロウはどんな感じですか?」
「ツトムたちが四季将軍:天と戦い始めたタイミングで全滅して、そこからまた潜ってる。少なくとも式神:月のアレは見られてねぇな」
「それは何より。エイミーが何かやったのくらいは神台から見てもバレてそうですし、情報出回らないうちに勝利宣言でもやりにいきますかね」
ステファニーに意趣返しする気満々な努を前に、受付の男は自身のゆで卵のような頭を撫でつけた。
「……しょうがねぇなぁ。ちょっと伝手辿って、ギルド第二支部入れるか見てやるよ。ギルド長が現場にいなきゃ大丈夫だろ」
「おっ、やりますねぇ~。ギルド長への反逆罪とかならないんですか?」
「そんなもんねぇよ。何はともあれ、180階層おめでとさん。これが第一号だ」
181階層に到達したステータスカードの背景は帝階層の桜色から、鉄々しい灰色に変化していた。ちゃっかり一番乗りした努はほくほく顔でそれを受け取り、周囲にいた探索者に見せびらかした。
「うわ、沼地のステカじゃん。懐かしい。ヒーラーはそこから面白くなるから頑張ってね」
「は、はい!!」
「お、俺は渓谷階層です!!」
「そうなんだ、凄いね」
「あーーー!! ツトムが抜け駆けしてるーーー!!」
その際に紫色のステカを持っていた年期の入ったお下がりのローブを着た白魔導士に努が思わず声をかけていると、それに気付いたエイミーが抗議の声を上げて指差した。それに続いてきたガルムやアーミラの迫力を前に、探索者たちは蜘蛛の子を散らすように離れていく。
「三十分後くらいに向かっていいですか?」
「あぁ。……つーわけで、俺は出向いてくるぜ」
ギルド職員としては古参であるスキンヘッドの職員は、獣人の同僚にそう告げて受付から出てすたすたと歩いていった。そんな彼をエイミーはじめっとした目で見送る。
「あいつ、ツトムのステカだけ更新して出ていったんですけどぉー?」
「出禁にされてる僕が悪いからね」
「っすよねー。ギルド出禁にされてる人なんて犯罪クランにいた人くらいっすよ」
「……まぁ、あの人が言うなら問題あるまい」
「ギルド長への反逆罪で逮捕されたらウケるね」
事の顛末はその獣耳で聞いていた両者はそう結論付けて、代わりに入ってきた獣人から紙を貰ってそれを口に含む。
「警備団長に喧嘩売らない限り大丈夫でしょ」
「……あぁ、そういや犯罪歴あったなあいつ」
「そこ、うるさいよ。ていうかそれなら今のツトムも怪しいでしょ」
鉄のような灰色に変化したステカを受け取ったエイミーは二人を注意した後、周囲にじゃじゃーんとそれを見せびらかした。彼女は顔馴染みが多いからかお祝いの口笛や拍手が鳴り響く。ハンナも続いてステカを掲げてみるとついでに賞賛され、それに思わず青翼をばさりと広げて羽ばたかせた。
「小腹空いたし食堂でちょっと食べてから行こうか」
「あ、あの……」
スキンヘッド職員が話を通してくれている間は暇なので努がそう提案した最中、気まずげに声を掛けてきたのは藍色の制服を着た獣人のギルド職員だった。
「よければ180階層のドロップ品、鑑定させて頂きたいのですが……」
「だってさ」
冬将軍:式の双剣を手にしたエイミーに判断を投げると、彼女は露骨に嫌そうな顔をした。
「えー? ……さてはあのおっさん、これが狙いだったな。鑑定はいいけど、ぜったい売らないからね」
「それは勿論。鑑定料も取りませんので」
「むしろレベル上げになる分の料金も欲しいくらいだけど……しょうがないにゃあ? にゃあ?」
「もうそろそろ供給過多になってるから絞った方がいいよ」
「そんにゃー」
これ見よがしに言ったものの塩対応されたエイミーはそう嘆きながら、ギルド職員に双剣を手渡した。その後にハンナも春将軍:彩の桜を思わせる色をした布製の装備を預けた。
「時間は微妙なところだけど、休日だからギリセーフか?」
「セーフだね。夜だけに絞るのも現実的じゃないし、平日じゃないだけマシだよ」
「明日の新聞が楽しみっす!」
「自分の手柄載ってる時にしか見ねぇくせによ」
「ちっちっち! 今は神台ニュースの時代っすから!!」
動画機によって特定の動画を流せるようになった現在、様々な施策が行われている中で鉄板なのは迷宮都市で起きた事を動画に纏めて流されるニュース番組である。それこそハンナでも認知しているそれは今もギルドの小さな神台で流されている。
「明日には僕らの動画も流れるだろうし、反省会はそれ見ながらやろうか」
「えーっ? もう突破したんだしよくないっすかー?」
「宝箱二個出る仕様っぽいし、春と冬以外の装備も出るんだとしたら周回する価値があるかもしれないからね」
「……確かにな。それにハンナが出した装備を見る限り、出るのが武器だけとも限らない」
「それこそ四季将軍:天が持ってたあの大弓とか、仮に出るとしたらディニエル絶対欲しがるでしょ」
「……でもあれを周回できるぅー? 暗雲なければいけなくもなさそうではあるけどさー」
「そこは181階層でのレベリングと宝箱からの装備に期待だね。それに赤兎馬に全部受け継がせての別パターンもあるし」
現状出ているのは冬将軍:式の武器と、春将軍:彩の防具である。それらを全種コンプリートするには相当数の周回が必要になるため、今日の戦闘を振り返っての反省会はやる価値がある。
その展望について努たちは話し合いながらギルドの食堂で軽食をつまみ、緩い時間を過ごした。そして一番台に映るステファニーPTの進行度を確認しつつ、式神:月が出現してからギルド第二支部へと移動した。
「……ギルド長は神台ドームへ視察に行っているので問題はないですが、滞在は手短に済ませて下さいね。実際に見られるのは不味いので」
「了解です。じゃあステファニーPTが終わるまでは外で待ってますね」
スキンヘッドのギルド職員が話を通してくれたことと、先ほど180階層を突破した熱もあってか努の動きを見逃してくれる者は多かった。
「にしてもみーんな綺麗にダンジョン潜ってたね? ユニスとか飛んでくると思ってたのに」
「まぁ事前評価は悪かっただろうし、それでもわざわざ見てるのなんて迷宮マニアくらいでしょ。名誉挽回できてたらいいんだけど」
以前にツトムが突破するぞー! と吹聴して狼少年になっていた迷宮マニアのことを努は思い出しつつ、ギルド第二支部の外でステファニーPTが終わる時を待った。
「さて、参りますか」
そして式神:月が暗雲に包まれステファニーPTがいよいよ全滅しかけているのを確認した努は、勢い良く立ち上がってローブをはためかせた。そんな彼を前にエイミーは心配げに寄り添う。
「……あんまり煽りすぎないでね?」
「人聞きが悪いなぁ。僕はステファニーたちにお疲れ様と言いにいくだけだよ?」
「お疲れ様を言いにいくだけの人の顔じゃないんだよね」
そう言いながら出禁にされているギルド第二支部の入り口へ向かってつかつかと歩いていく努に、アーミラも白けた目で付け加える。
「エイミーのお手柄で突破したようなもんだろって、後から言われても知らねぇぞ?」
「180階層を今、突破してるのか、していないのか。結果はそれだけだからね。また僕たちの後追いして突破した後から大したことがなかったと言われましても、困っちゃうね」
「これでディニエルがやっぱり戻らないとかなったら、恨むっすからね……」
「へーきへーき。エルフに二言はないでしょ」
努が堂々とギルド第二支部に入ってきたことに周囲の探索者はざわめき、事前に知らされてはいたギルド職員たちはあーあ知らねーぞといった顔をしている。その中にいた副ギルド長に対して努が目配せすると、彼は盛大な苦笑いを返した後に視線を逸らした。
そして数ある黒門の門番を務めている男は、ステファニーたちは恐らくここから吐き出されてくるだろうとアタリをつけた。それに努が礼を言いながら位置についた途端、その黒門が開き全滅した者たちが雪崩れ込んできた。
「お疲れ様!」
その中にいた桃の髪色をした女性に対して努はとびきりの笑顔で声をかけて手を差し伸ばした。
形式的には180階層戦で惜しくも全滅した者にかける賞賛である。ただ完全に直立した状態で手だけを差し伸べている努の姿からして、それはステファニーの喉元に剣でも突きつけているような物騒さも醸し出していた。
コリゼノが抜けてステディニINでも良くってよ