第750話 その道で合ってる?
それから努たちはゴールデンタイムに181階層へと潜り、勝利の凱旋《がいせん》を飾った。
巨大な機械門が特徴的な181階層。その金属質な地面を体の中心部に備わった大きな歯車をぎゃりぎゃりと回して走行している、ブロンズギアというモンスター。それは群れを成して暴走族のように181階層を走り回っていた。
「はあーーっ!」
その群れに対しアーミラが龍化のブレスをお見舞いして動きを止め、そこにハンナとエイミーが距離を詰める。
「ワンツーストレート!」
「岩割刃」
今日はもう魔流の拳厳禁であるハンナは装備したナックルでその歯車を横合いから殴り飛ばし、エイミーは背面にある核に収まった魔石を脇差しで刺突して仕留めた。
「エアブレイズ」
「ミスティックブレイド」
努とガルムも攻撃に参加してその群れを殲滅した後に残ったのは、大小あるものの多くは欠けている魔石ばかりだった。
「コアを狙えば容易に倒せるけど、その分ドロップする魔石は渋いって感じかな」
「また双剣士殺し……」
出血によるDPSがメインである双剣士は機械系が相手では分が悪く、弱点部位の攻撃で誤魔化せばドロップ品が毀損する。そのことにエイミーがぐにゃ~と表情を歪ませている中、彼女の持つ小さな刀である脇差と冬将軍:式に見劣りしない本差をねめつけたアーミラは鼻を鳴らした。
「けっ、武器つえーから何とでもなんだろ」
「そりゃあそうだけどさ~。そもそもこれ双剣っぽくないからちょっと扱いにくいんだよ?」
「へいへい、そんな武器でも扱えるセンスがあって何よりだなァ」
「……ユニークスキル持ちが何でやっかんでんのさ」
そうしてアタッカー陣がいがみ合っている中、努はドロップした魔石の形状を見比べてはマジックバッグに入れていく。
「まぁ、貴族の魔石加工があるにせよここまで精密なら多少は価値も出るか?」
「リリスの機嫌もこれで多少は取れそうだな」
「だね」
ハンナが打撃で屠ったブロンズギアの魔石は、コアに収まっていた形に寸分狂わない状態でドロップしていた。工業品のような精巧さのあるこれらの魔石を献上すれば、鑑定所のリリスも180階層で魔石がドロップしなかったことの溜飲を少しは下げるだろう。
「それじゃ、ある程度魔石も取れたし帰ろうか。門はまた明日で」
あの巨大門の周りを軽く調べたところ、様々な形をしたコアのようなものが並んだ台座が見受けられた。試しにブロンズギアの魔石をはめてみるとぴったり収まったので、恐らく181階層のモンスターからドロップする完全な魔石を納品して進めていくシステムだと推測はできた。
そんな努の提案にアーミラは食って掛かろうとはしたが、神龍化による反動は未だに抜けきっていない。それにハンナも今日は魔流の拳を使えないのでもう帰りたそうにしていた。
「……まぁ、今日は流石にくたびれたしな」
「っすねー」
「それにどーせみんな出待ちしてるでしょ。明日朝一で弟子たちがクランハウスに来るのも面倒だし、さっさと相手してあげなね」
そう茶化したエイミーに努はげんなりした顔で返す。
「ユニスはエイミーが相手してよ。何年も連れ添った仲でしょ」
「女の友情は異性で崩壊するのが世の常だよ」
「それを言ったら男だってそうだよ。友情というよりは社会的な死だけど」
「…………」
「にじり寄るな」
先ほどのハンナとステファニーに張り合ってか、途端に怪しい目付きで寄ろうとしてきた彼女を努はそう牽制する。そして最後の魔石をマジックバッグに放り込むと帰還の黒門でギルドに戻った。
努たちが180階層を突破した時から既に数時間経過し、その間ダンジョンに潜っていた者たちも今やその報せを聞きつけている。
「遅――い!」
「おい、じゃんけんに負けた奴は黙ってるのです! 私が先なのですよ!?」
ギルドに帰還した努を出迎えたのは不吉な兎耳を立てたロレーナと、既に順番争いを終えていたユニスだった。努はガルムにマジックバッグを渡して早速リリスに渡してくるように頼んだ後、端に寄ってユニスと対面する。
そんな彼女の後ろで控えているロレーナが口パクで何か伝えようとしているが、内容はさっぱりわからない。何なら口パクでもやかましい彼女に努は苦笑いを浮かべた後、こっちにちゃんと意識を向けるまで待っていたユニスを見下ろす。
すると彼女は視線を逸らして唇を尖らせた。
「突破おめ、なのです」
「どうも。それじゃあ約束の刻印装備はよろしく」
「別にそれはいいのですが……これじゃあ暗視装備を開発してる意味がないも同然なのですっ。何で待たないですかっ」
「文句はエイミーに言ってよ。僕が突破口を見つけたわけじゃないからね」
ぽすぽすと太ももを叩いて抗議してくるユニスをいなしながら、努はエイミーに責任転嫁した。そのついでにふと思い出したことを尋ねる。
「そういえば新しいPTは上手くいってる感じ?」
「雑魚を切ってからいい感じなのです!」
「……あぁ、そうなんだ」
素の物言いからして良くも悪くもユニスは吹っ切れた様子だが、それがどちらに転ぶのかは努にもわからない。
「それは結構だけど、その物騒な物言いはユニスらしくないね」
「……はぁ? 別に、私は私なのです。……それとも私はあのままのPTでたらたらしてた方が良かったとでも?」
「それも一つの道ではあったかな」
「……あいつらを見限ったのは間違ってたのです?」
恐る恐るの上目遣いで尋ねてきたユニスに、努は顎に手を当てる。
「……難しいところだね。正直、僕はユニスがそこまで吹っ切れるとも思えなかった。だから少し呆気に取られてる」
「……じゃあ良くないのです?」
「僕なら切ってた。でもユニスは切らないと思ってた。でも切るんだ、そっちの方向で行くんだー、みたいな?」
「ツトムと同じ方向に行って、何が悪いのです?」
「いや、悪くはないんだけどね。悪くはないんだけど……」
果たしてそんな後追いで自分やステファニーに追いつけるのかこいつは? という言葉を飲み込む。理論的な道より感情的な道の方が彼女には合っているし、その方が成果も出るのではという考え。だがこれは一方的な押し付けに過ぎない。
「ま、お互い頑張っていこう」
「……もしかして私に引退して家庭に入ってほしいってことなのです?」
「全然違う。もう近寄ってくるなよ」
「まだまだ回数券は残ってるですよ……」
180階層攻略のために一時休業していた努の脳ヒールも再開するため、ユニスは少しくたびれた回数券を片手に目を光らせていた。すると待ちに待っていたロレーナがずいと躍り出てきて両手を後ろで組んだ。
「流石はツトムです。あのステファニーをも下しますか」
「師匠みたいな目線だね」
「ですが戦いはまだまだ続きます。次はこのロレーナが直々にお相手しましょうとも」
「なら180階層さっさと突破してきてね。無理そうだけど」
「ふん、もうネタは上がってるんですよ! 少なくとも正攻法でないっぽいことくらいはね!」
証拠は上がってんだとない資料をばしばしと叩く仕草をしている彼女に、努はすっとぼけた顔で見返すのみである。
「……え。本当に奇策じゃないんですか?」
「まだ動画って流れてないの?」
「神台ドーム限定っぽいです……。明日にはギルド第二支部でも流れそうですけど」
「じゃあお得意の共同戦線で情報共有すればいいんじゃない?」
「うるさいうるさい。いーですよーシルバービーストでちゃんと聞くんで!」
以前に比べて勢いのない兎耳乱れ突きをお見舞いしたロレーナは、そのまま逃げるように踵を返してギルドから出ていった。
「……あれだと明日も乗り込んできそうじゃない?」
「クランハウス出禁にしようかな」
「師匠までそんなことしちゃダメっすよ」
「…………そっすね」
ハンナからまともにたしなめられたことが妙だったのか、努は何とも言えない顔でそうぼやくに留めた。
グッドボタン的なのは荒れるの助長するだけだと思うけど何か統計とか取りたいのかな?