第749話 神台ドームの裏で
努たちが180階層を突破した時、神台ドームでも市場に負けない規模の盛り上がりを見せていた。ツトムPTが珍しく式神:月まで辿り着いたところから注目が集まり、最後には立ち見もいる状態で突破し観衆はどんちゃん騒ぎだった。
式神:月まではPTの方針からして不利な状況だっただけに、それを引っくり返した衝撃で丸眼鏡をかけた迷宮マニアも思わず固まっている。そんな喧騒の中、一番台の目立たない下側で動いている者たちがいた。
「録画! 出来てるよな!? 出来てるな!?」
「……出来てます!」
「よーーし。これ流しとけばしばらくは神台ドームも満員御礼だろ。くそっ、早く録画終了して利確させてくれぇ!」
170階層で特定の条件を満たすことで手に入れることのできる動画機は、神台に接続することでその映像を録画し保存することができる。それを他の神台に繋げばその映像は何度でも流せるため、録画出来ているかが生命線となる。
その映像は24時間までの動画を三つまで動画機にストックすることができ、簡易的な編集を施したデータも合わせて保存できる。
今のところ十台近くは確保されている動画機は主にギルドが管理し、バーベンベルク家や新聞社の意向も加味しながら様々な動画を神台に流していた。そしてその中でも観衆から人気が出たものは、入場料のかかる神台ドームで流されることが多かった。
「…………」
そんな神台ドームを運営している関係者しか入れない特別なエリア。そこで忙しなく動いているギルド職員たちの中には、ギルド長であるカミーユも帯同していた。
基本的にまだ数自体は少ない動画機の扱いはギルドに一任されており、その責任者である彼女は周囲の熱気に構わず真顔を貫いていた。
(ツトムは、いつだってそうだったな)
幸運者騒動で窮地に追い込まれた時は火竜を突破してソリット社を黙らせ、スタンピードでの活躍でバーベンベルク家に貸しを作った。アルドレット工房の思惑も自身が刻印士として突き抜け、その有用性を白日の下へと晒して知らしめた。
そしてギルド第二支部を出禁にされて様々な圧力をかけられようと、前人未到の180階層を突破することで無視できない存在へと成り上がった。そんな彼が映る一番台を動画機の小さな画面越しに見ている彼女は、その目に何の感情も浮かばせていない。
そんな彼の信頼を裏切ってしまったことは心苦しく思っている。虫の探索者でも見るような目で見下げられた時は堪えたが、それでもやらねばならない。
(アーミラ……)
努に肩を支えられて満足そうな笑みを浮かべている娘。彼女を神竜人の責務に巻き込まないためであれば、カミーユは何だってするつもりだ。その一つを達成するために他の全ては捨てても構わない心積もりでいる。
神竜人は元より、神華がとある竜人を騎士として迎えたことが起源であるとロイドから聞かされた。初めはその話も眉唾物だったが、神華の力の一端を預けられた彼を前にしたカミーユはそれを本能的に実感した。
神華の騎士である神竜人であるならば、彼女の呼びかけを無視することもまた種族本能的に不可能である。そのためカミーユは聖戦が起きた際には神華に逆らうことは叶わない。
最悪、自分はそれでも構わない。愛した夫には先立たれたものの、娘に一人恵まれて立派に育った。自分の人生はこれで終わってもいい。
ただ、まだ何も知らないアーミラまで聖戦に巻き込むのは心苦しいし、ツトムを裏切らせるのも酷だ。そんな娘を聖戦に巻き込まないという条件を引き換えに、カミーユはロイドと協力関係を結びツトムと敵対することを選んだ。
(しかしヴァイスを筆頭に協力者がいるとはいえ、ツトムを捕らえることなど本当に出来るのか? ……無限の輪の内部にも働きかけているとはいうが)
神華曰く、ツトムは神威が現世に降臨する際の器に足り得る存在。そのため彼を確保すれば今も無干渉を決め込んでいる神威も動かざるを得ないという。
ただ以前は確かに何処か影のあったツトムであったが、三年の時を経て帰ってきた後は憑き物が取れたような表情を見せていた。少なくとも彼がまだ何か情報を隠しているとカミーユにはとても思えず、ロイドのように神の使徒ではないように見受けられた。
(……いっそのこと、使徒であれば)
ツトムは恐らく本当に何も知らない神の子といっても過言ではなく、神威から力の一部を授かっていることもないだろう。仮にそれが今後あるのだとしても、200階層を攻略した時くらいか。その頃にはもうロイドも下準備を済ませ、ツトムの身柄確保に動き出しているだろう。
ただ神竜人が神華をルーツとしていることは確かだが、彼女の意を代弁するロイドの言葉には少し違和感も覚えてはいる。
そもそも神威は神華がその半身を分けて生み出したと言われているが、では何故こうして対立することになったのか。それに神のダンジョンの発展具合からして、生み出された側である神威の力の方が上回っているように見えるのは何故か?
それにツトムが神威の器というのも確証はなく、そもそも彼は三年異世界に帰ってからこちらに骨を埋める覚悟で戻ってきた。それに神威が干渉しているのは間違いなく、であればそんな器をわざわざこうして放置しておくものなのか?
それをツトムに聞きたいのは山々であるが、恐らく彼は何も知らない。だからこそカミーユは神華と繋がりのあるロイドに付いた方が娘の将来は確保できると考えた。
(……このペースで攻略が進むのであれば、ロイドの根回しが間に合わない可能性もある。頑張ってくれ)
181階層に足を踏み入れて大はしゃぎな娘と、それを宥める努が映る一番台。ツトムも神華と神威の情報だけは既にクリスティアから知らされていると聞いている。なので彼がロイドの想定より早く200階層に辿り着くことをカミーユは内心期待していた。
神華の指示一つで神竜と化してしまう種族の自分が努と敵対することはどちらにせよ避けられないが、仮に200階層で努が神威と接触すれば何かは変わるかもしれない。そうすれば聖戦は起きず、神華と神威の交渉だけで終わる可能性もあった。
(まぁ……そんな希望的観測で事が進んだ試しはないが)
それでもそこにあったかもしれない仮の世界を頭の片隅に想像した彼女は、それを振り切ってギルド第二支部に戻る準備を始めた。
(迷宮都市の神ダンなら探索者同士でのダンジョン内殺人とかで)神なら剥奪できるのは知られてるし
帝都の方のだけど実際ロイドは神の使徒だから
ロイドの立場を強化するだけになりかねないかと