第756話 無限の輪、再集結
「オーーーリ! 今日はあのワインを頼むよ!」
「畏まりました」
夕方に自宅へ帰り改めて髪型をばっちりセットしてからクランハウスにやってきたゼノに、かつて用意していた十人分の夕食を久方ぶりに準備しているオーリは穏やかに返事をした。
ハンナはひょこんと生えている青髪を揺らしながら誕生日みたいにそわそわしていて、それをエイミーが生暖かい目で見守っている。ガルムとダリルは時折ソファーの質感を尾で楽しみながら、孤児院について熱心に話し込んでいた。
「模擬戦では勝ち越せるといいですね」
「弓術士と長期戦は息が詰まりますぅ」
「だな……。また七面倒臭ぇ相手が増えんのか。クロアと真正面から打ち合ってるのが一番楽しいぜ」
リーレイアはコリナとアーミラとそんな雑談をしながら、テーブルで横向きになっている体温高めのサラマンダーで指先を温めている。
『グルゥ』
「冷たいよ。刻印」
そんな火蜥蜴《ひとかげ》を見ていたせいかフェンリルから不満げに唸られた努は、ひんやりとした冷気を発する銀毛を撫でながら刻印作業をこなしていた。その横では小型化したシャチのレヴァンテがぐでーんと床に身を投げ出している。
珍しく無限の輪のクランメンバーのほとんどが集まっている最中、クランハウスの呼び鈴が鳴った。それにハンナが真っ先に反応してしゅばっと玄関へ駆けていき、それにエイミーも苦笑いで続く。
努もソファーから立ち上がってじゃれつくレヴァンテを足でそっと押し退けつつ、っすっす聞こえる玄関に向かう。そこには蒼鳥と白猫に擦りつかれている若木がいた。
「おかえり。随分と遅かったね」
「ツトムにだけは言われたくない。……ただいま」
三年待たせた奴の台詞とは思えないとディニエルはしらーっとした目をしたが、それも止めて素直に言葉を返した。そして玄関で靴を脱いで上がった彼女は足の指をぐーぱーした。
「アルドレットクロウのクランハウスは基本的に靴履いてたから、やっぱり新鮮」
「またいずれ慣れるでしょ」
「だといいけど」
「嫌な雰囲気やめるっすよ」
眉を上げて叱ってくるハンナに視線もくれずにディニエルはリビングに入る。そして勢揃いである無限の輪のクランメンバーたちと、夕食の準備をしているオーリとマリベルを一望した。
「やぁやぁディニエル君! ご無沙汰しているね!」
「ん。そっちも元気そう」
「それはそうだろう! 何せ無限の輪の役者が再び出揃うまでに道のりは長かった! だが! 今こうして私たちは再び集まることが出来たのだ! これを喜ばずにいられることだろうかっ!」
「そうだね」
ゼノの熱い演説に真顔で相槌を打ったディニエルは、クランメンバーたちの視線が自分に集中していることを確認してから頭を下げた。
「ごめんなさい。またここで世話になる」
「……謝意は受け取った。それにクランリーダーのツトムもディニエルの再加入を許可している。今後の働きには期待している」
努がいない間はクランリーダーを務めていたガルムは、何も言い出さなそうなコリナとリーレイアを見比べてからそう告げた。するとコリナは凝り固まった肩の力を抜いて彼女の前に歩き出す。
「また模擬戦、よろしくお願いしますねぇ」
「……貴女とはあまり対面したくない」
「えぇ!?」
「ディニエル。三年前は負け越しましたが、今となってはわかりませんよ」
「ん」
ガルムの言葉を皮切りに、コリナとリーレイアはそう言ってディニエルを出迎えた。それにはダリルも感慨深い顔で一安心の息をつき、努もうんうんと頷く。
「まさに雨降って地固まるだね」
「……その雨を降らした本人が言うもんじゃないと思うよ」
「ですね」
そんなことを小声でのたまった努にエイミーがすかさず尻尾で太ももを引っ叩き、それにダリルも深く頷く。その傍らガルムも面白おかしそうに藍色の犬耳をぴこぴこ動かしている。
そうして努たちが軽口を叩き合っている間に、オーリとマリベルの手によって大皿に盛られた料理が次々と食卓に運ばれてきた。そろそろ食事の準備が終わるのを見計らって努は椅子に座るようディニエルを促した。
各々が別の道を歩み、時には対立もした。そんな紆余曲折あったものの食卓に見慣れた十人がついに揃った光景を眺めたエイミーは、じーんと潤んだ目でディニエルの隣に陣取る。リーレイアはそんな涙目の彼女に対して皮肉の一つでも零そうとしたが、代わりに喉を詰まらせたような声しか出なかった。
「長かったね……。リーレイア、コリナ。お疲れ様」
「やめっ、やめてください……」
エイミーから無限の輪を守り抜いてきたことへの労い。それで涙腺がついに崩壊したのかリーレイアの瞳から涙が落ちて止まらなくなる。
それにもらい泣きする形でコリナも指で何度も涙を拭い、ハンナは袖で顔をごしごしする。ゼノは唇を噛み締めて天井を見上げ、ダリルは鼻を鳴らし始めた。
努はそんな者たちを一人ひとり静かに見渡した。
「改めてになるけど、僕が抜けた後も無限の輪を守ってくれてありがとうね。ガルムたちがいなかったら僕たちがこうして集まることもなかったよ」
「構わん。こうしてまた全員が集まれたのなら甲斐もあった」
それにガルムは苦労した甲斐があったと嬉しそうに答えた。その後に努は気まずげなアーミラやディニエルに視線を向けた。
「僕を筆頭に、抜けた人たちもよく戻ってきてくれたね。これからもよろしく」
「うるせっ」
「よろしく」
泣きの差し水を向けられたアーミラは泣いてなるものかと目に力を入れ、ディニエルはマイペースに答えた。そしてまだ泣いている者たちに努はあっけらかんと努めて声をかける。
「コリナ、夕食が冷めちゃうよー?」
「……ご飯のことを言えばどうにかなると思ってるんですかぁ? それにオーリさんが、気遣って冷めても前菜出してくれてますからねっ」
「揚げ物とかは話してないですぐ食べろって厳しいじゃん」
「酷い人」
感動の場でこんなことを言える人がいるのかと流石のエルフでも思わず呆れつつ、彼女は両手を合わせて彼に視線を向けた。
「それじゃ、いただきます」
「いただきます」
「いただきまーす!!」
努の手合わせと共にディニエルも久しぶりにその言葉を口にし、エイミーが元気に続く。それに合わせて泣いていた者たちも徐々に食事へ手をつけはじめた。
いいね!ようやく再結成だ
早くも続きが待ちきれない…