第755話 出会いと別れ
それから数日間、180階層に潜っているPTはこぞって神の眼を弄って暗雲を晴らす方法を模索した。そのためにギルド第二支部の神台では努PTの180階層戦が繰り返し放映され、それに比例して彼らの名声も上がっていくこととなった。
そして遂にアルドレットクロウの四軍が設定の欄に見慣れない文字列を見つけ、暗雲晴らしの再現に成功した、
その後は突破までには至らず全滅したものの、そのPTで実際に神の眼を弄っていた男性は貴重な情報をアルドレットクロウに持ち帰ってきた。
ただ同期調整という項目を0に変更して暗雲を晴らしたと男性は口にしたが、三軍PTが目を皿にしてその項目を探したもののその文字列自体が見つからなかった。
そして情報の真偽を疑われた四軍の男性が実際に再び180階層に潜って設定を見たものの、その文字列は見つからなかった。しかし彼が確かに暗雲を晴らしたことも事実。
180階層の神の眼には設定欄に一ヵ所余分な項目がランダムに配置され、それを見つけて特定の動作をしなければ暗雲を晴らすことはできない。他のPTも違う文字列を発見して暗雲を晴らした数日後までの間、その男性は心を苛まれることとなった。
「わたしの場合は調律制御:自動ってやつを手動に変えたんだけど……情報流さなくてよかったね」
「もし流してたら嘘つき猫呼ばわりだっただろうね」
「こわー」
そうぼやき合うエイミーと努のPTは181階層に出現するモンスターの完全な魔石を全て入手し、182階層へと足を進めていた。そこでも同様に魔石を入れる箇所が確認され、黒門は見当たらなかった。
「これで私の名前ははーちゃんです、って意味になるね」
『はーちゃんじゃないよ。でも名前、覚えてないからそれでいいよ』
努は名ばかりな先生ではあったものの、蠅の王の言語習得に関して劇的な進捗をもたらした。今まで蠅の王とのコンタクトはミナが取る他なかったが、正確なコミュニケーションは取れずお互い幼くもあった。
そのため曖昧なコミュニケーションによって得られた曖昧な意味を、バーベンベルク家の外交官がどうにか翻訳し、その結果として歪な言語にならざるを得なかった。ただ異世界言語が自然と理解できる努のおかげで蠅の王の正確な意図が明確になったことで、外交官
はその優秀さを発揮した。
「伝わるね。まだ下手くそだけど」
一週間のうちに蠅の王は外交官との筆談が拙いながらも可能となった。それにいざという時は努に言えば伝わるという安心感もあってか、蠅の王は貪るように言語を学習していった。
『あ、これ違うんだけど結構近いかも!』
「ってことはチーズか何かだろうね。それなら帝都から食材輸入すれば再現の道は近いかもよ」
『すごい! ツトムのおかげ!』
顔こそ未だに隠してはいるが既に背中の羽は見せるようになった蠅の王は、そのパンケーキを食べた後に障壁内を嬉しそうに飛び回った。どうやら四角いやつは酸味のあるチーズのようなものらしく、外交官も早速帝都に発注をお願いした。
そうして努が蠅の王の先生をしている間に彼が180階層を突破したネタも完全に割れ、それに追従しているのは式神:月まで辿り着ける確率が最も高いステファニーPTである。ただPT内でそのネタを使うか使わないかについては意見が割れた。
「この後アルドレットクロウを抜ける貴女の我儘に付き合っている暇はありません」
「…………」
ステファニーPTはあれからも研鑽を積み、そのネタに頼らずとも自力での180階層突破は夢ではなかった。なのでエースアタッカーであるディニエルは有終の美を飾ろうとしていたが、ステファニーの言葉が致命的となって押し黙る他なかった。
そして神の眼の隠し仕様が完全に判明してから一週間後、ステファニーPTも180階層の突破に成功した。四季将軍:天が最後に式神:月へ向けた射撃を初回で相殺したディニエルは、深く息をついた後にいつの間にやら切れていたヘアゴムの替えを探す。
そんなディニエルの肩をつついて指に通したヘアゴムを見せたステファニーは、後ろから彼女の金髪を纏めて付けてあげた。
「ん、ありがと」
「いえ。それでは、宝箱はアルドレットクロウで引き取りますね?」
「……このヘアゴム、高くない?」
「せめてもの情けですよ。あるだけ感謝してくださいね?」
今日にはアルドレットクロウから脱退する彼女に対して宝箱をくれるわけもなく、ステファニーは含み笑いを漏らした。
「エルフは長くとも五年ほどで各地を転々とすると聞きましたが、貴女は長いですね」
「別れの耐性をつける昔の風習に過ぎない。でも大事かも。中には二十年めそめそしてたエルフもいたし」
「ディニエルはめそめそしてはくれなさそうですね?」
「貴女たちとはまだ永遠の別れってわけじゃない。何なら今後は190階層、200階層で戦う」
「でしょうね。ですが人間にとって三年過ごした時間はそこそこ長いということはお忘れなきよう」
二人はアルドレットクロウの一軍から落ちることは一度もなかった。故に週五日は顔を合わせ、たまに休日も一緒に出かけることもあった。スタンピードの間引きで各方面へ旅に出た時も時間を共にし、160階層を二人で乗り越えた戦友でもある。
「ではディニエル、ご機嫌よう。アルドレットクロウを捨てたこと、後悔させてあげますわ」
「楽しみにしておく」
そして181階層に転移して帰還の黒門でギルド第二支部に戻った後、ディニエルはステファニーに別れを告げられた。
ディニエルに背を向けた彼女の様子を窺ったビットマンは、投げやりに視線を上向かせて口を半開きにした。その後にディニエルと目を合わせた後、やり切れなさげに首を振りはしたが最後にはニッと笑った。それに彼女も無言で頷きを返す。
「もし私も無限の輪に移籍した時はよろしくねー?」
「タンクはもういらなさそう」
「ツトムに聞かなきゃわかんないでしょー?」
暗黒騎士のホムラは脳ヒールの虜なのかまだ諦める気はなさそうである。ラルケは神妙な顔でそのやり取りを見た後、気まずげに頭を掻く。
「いずれにせよPTはここで解散とはなりますけど、貴女とはまた競い合いたかったです」
「面白い筋はしてる。今度は敵側でよろしく」
「……さっぱりしてますね、エルフは」
相も変わらぬ表情筋を前にラルケは思わず失笑した後、握手を申し出た。それにディニエルは応じた後、アルドレットクロウのPTメンバーたちに身を翻して去っていった。
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