第757話 うんちくゼノ

 皆の涙も引っ込み本格的に料理が出てきたところで、ゼノが仰々しくオーリに目配せを送った。すると彼女は地下倉庫から持ってきた赤ワインを恭しく運んできた。

 オーリがそのコルクを細心の注意を払って開けている最中、ゼノは自慢げに語り始める。

「これは無限の輪が崩れ始めた時に買っていた赤ワインでね。いつの日かまた十人が揃う時まで寝かせていたものなんだ」
「へー。ありがとね」

 三年近く前からそんな用意をしていた彼に努は礼を言いつつ、オーリが赤ワインを注いだグラスを手に取る。そして乾杯の音頭をゼノに目配せで伝えると、彼はにこやかに歯を見せてグラスを掲げた。

「それでは! 今日ここに無限の輪が再結成したことを祝って! 乾杯!」
「かんぱーい!」
「乾杯」

 各々乾杯する中でいの一番にそれを飲んだハンナであったが、彼女は途端に唇をすぼめてぷるぷるした。

「にがっ!! それになんか口がキシキシするっす! ゼノ! これ腐ってないっすか!?」
「ハァァァンナ君!! 人聞きが悪いにも程があるのではないかね!? 確かに普段と違って初心者向けとは言えないが! これはれっきとした赤ワインさ!」
「あー……」

 ハンナの有様を見てから少しだけ赤ワインを口にした努は、確かに普段ゼノが持ち込んでくる物とは別物だと感じた。三年寝かせていることで角こそ取れているが、赤ワイン独特の渋みもかなり感じられる。

 ただハンナのようにぶどうジュース感覚で飲まなければ、悪くない赤ワインであることは素人の努にもわかった。ガルムとエイミーも良い酒であることは理解しぼちぼちといった具合で、アーミラは酔っぱらえるなら何でもいいといった具合である。

「これにはローストビーフですぅ!!」

 その赤ワインの複雑な味わいを一口で感じ取ったコリナは、すぐさまローストビーフに手をつけた。そしてその脂を流すように再び赤ワインを口にしてマリアージュを楽しんだ。そんなコリナやゼノと食事に行く機会もあるダリルも、チーズを片手に悪くない顔をしている。

「貴族の男は大体このワインの産地はあーだこーだ、何年物のワインがどーだとうるさいですからね。ゼノも順調にその道を辿っているようで」
「エルフもうるさい奴はうるさい。100年物のワインを飲むために生きてる奴もいる」
「……百年前のワインって飲めるんですか?」
「飲めはするけど美味しくはない。あくまで記念品」

 騎士の家柄上ワインの知識も叩き込まれていたリーレイアは涼しい顔をしており、それこそ同族がミスティウッドというワイン店を経営しているディニエルも慣れたものだった。

「ふーん。腐ってはないみたいで何よりっす」
「…………」

 クランメンバーの面々を見たハンナは疑いの目こそ解いたものの、既にワイングラスを置いて遠ざかっていた。そんな彼女にゼノは盛大な苦笑いを張り付けるに留めていた。

 するとディニエルがハンナに近づき、ワイングラスの細い脚をつまんで静かに円を描いた。

「ローストビーフ取ってきて」
「おっ、おっす」

 赤ワインを薄く広げて硝子の内側をなぞるように揺らしているディニエルの言葉に、ハンナはおずおずと従う。時々赤ワインの香りを確かめながら酸化を促した彼女は、やがてその手先を止めた。

「肉、食べて」
「はい」
「その後に赤ワイン」
「ふぁい」

 雛鳥のようにローストビーフをもきゅもきゅと食べたハンナは、その後に赤ワインをちびりと口にした。ただその表情は先ほどとは打って変わり、ディニエルを見ながらうんうんと頷く。

「悪くないっす!」
「初めはそうやって飲むといい。慣れていけば単品でもわかるようになる」
(ビールと同じようなもんか)

 そんな二人の会話を聞いていた努も早速チーズを口にした後に赤ワインを飲んでみると、確かに酸味が薄れて良い塩梅となった。それこそビールも大学時代は何だこの苦い飲み物はと思ったものだが、次第に取り敢えず生でよくなってくる。

 するとゼノがワイングラスを優雅に回しながら歩み寄ってきた。

「それ単体では扱いが難しいが、組み合わせ次第で化ける。無限の輪のPTメンバーもワインに通ずることがあると思わないかね?」
「うんちくおじさんっぽくなってきたね」
「……いいではないか。悪くはない比喩だろう?」
「わざわざワインでかこつけられると庶民はムカつくんだよ。意識高い比喩出してきやがって、ってね?」
「別に私も生まれがとびきり良いわけではないさ。だが! こんな美貌を持って生まれてしまったが故に! 否が応にも品を身につけなければならない宿命を背負わされているのさ! でなければこの身を造りたもうた神に申し訳が立たないっ」
「わぁ凄い」

 わざとらしい仕草ですら様にはなっているゼノを前に、努はそんな感想を漏らしながら赤ワインを飲み干した。

「グラスが空いたね?」
「いや、一先ずこれで満足だよ」

 ゼノからのおかわりを断った努は、クランメンバーを見回した後に前へ出た。

「それじゃあ、みんなもようやく集まったところだし。共有しておかなきゃいけない厄介事の話をしようか」

 努が切り出したその言葉を合図に、オーリが手際よくデザートの皿を下げ、代わりの茶を淹れていく。努が防音のバリアを二重に展開すると和やかだった宴の空気は静まり、若干の緊張感が場に満ちた。

 努が語ったのは迷宮制覇隊のクリスティアから知らされた、神華と神威のことだった。そして神華側が努のことを神威を誘い出すための器として認識し、確保を狙っているという不穏な予測までを淡々と伝えた。

 一通りの説明を終えると、クランハウスのリビングを重苦しい沈黙が支配した。神のダンジョンの裏側が垣間見える情報を前に、リーレイアやダリルは驚きを隠せていない。ガルムも腕を組んで気難しい顔のまま固まり、コリナも咀嚼する口だけを動かしている。

 その静寂を破ったのは赤ワインのグラスを弄んでいたディニエルだった。

「一つ、確認。ツトムは本当に、神威の使徒じゃないの?」

 その問いに努は参った顔で即答した。

「手紙にも書いた通り、ゲームをクリアしたら特典をやると言われて、気づいたらここに放り出されてただけだね。神威なんて拝んだこともない」

 拉致被害者としての率直な本音。努の心底嫌そうな表情を見て、ディニエルは「……そう」とだけ言って視線を外した。疑いというよりは、単純な事実確認だったのだろう。

「神様の使いにしては、ツトムは性格悪すぎっすもんね!」
「人間臭いと受け取っておくよ」

 ハンナの言葉に努が肩をすくめて返すと、張り詰めていた空気がわずかに緩んだ。隣ではコリナが努の言葉に相違がないことを確かめるように深く頷いている。

「正直、僕を器と呼ぶ連中の意図とか考えるだけ時間の無駄だと思うんだ。だから、僕は200階層を目指す」

 努は改めて、揃った九人の顔を見回した。

「一番先に200階層まで行けば、100階層と同様に何かがあるはずだ。神威とやらと接触できるかもしれない。聖戦が起きる前に僕たちが先に答えを掴んでしまえばいい。それが一番手っ取り早い解決策だと思う」
「……フッ、君らしいよ」

 ゼノが再び優雅な笑みを浮かべ、同意を示すようにグラスを掲げた。人知を越えた神の存在を認知したとしても、努はダンジョンに潜る探索者であり続ける。その態度にはエイミーも呆れを示しながらもグラスを上げ、それに他のメンバーも続く。

「ババァはその神華って奴に付いたってわけか。……神竜人ってことも無関係ってわけじゃなさそうだな」
「そういえばそうかもね。ちょっと抜けてたよ」
「てめーは龍化結びにしか興味ねぇもんな」

 母の裏切りについて得心がいったアーミラはそう言ってグラスを掲げた。

「それじゃあ、明日からは本格的に200階層への攻略プランを詰めていくよ。よろしく」
「わかった」
「おーっす!」

 努の言葉に力強い肯定の返事が重なった。神の影が浮かび上がってきた中でも、無限の輪の進むべき道はかつてないほど鮮明になっていた。

 コメント
  • お願い より: 2025/12/26(金) 12:26 PM

    更新ありがとうございます。
    1つお願いがあります。読者はメタ情報として、書かれた内容を知っています。今現在、ツトムが認識していること、ゼノやコリナが認識していること、アーミラが予想していること、など、キャラごとに知ってることと予想していることが違うと思います。「説明した」ということではなく、情報共有を書いていただけないでしょうか。

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  • 匿名 より: 2025/12/26(金) 2:46 PM

    更新感謝!
    ゼノどうなんのかね。中立に甘んじるのか、対策立てて味方で居続けるのか、はたまた完全に裏切るのか。
    ともあれ200階層まで一番乗りで行くっていう目的が共有できてなによりだね。よかったよかった。
    今から200階層が楽しみ。

  • 匿名 より: 2025/12/26(金) 6:18 PM

    一人くらいメンバーから裏切る人出てこないとなんのためのフラグだったの?ってなるからゼノは裏切って良いよ、ワイン仕込んでるのもそこまでやってんのに裏切るの?とかやむにやまれぬ葛藤感もあって良い感じだし。
    蝙蝠しながら的確にダメージ与えて最後は開き直ってじゃあ家族を人質に取られてどうすれば良かったんだとか言ってツトムに生かすか殺すか嫌な選択を強いてほしい。

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  • 匿名 より: 2025/12/26(金) 8:09 PM

    ハンナかわいい好き

  • 匿名 より: 2025/12/26(金) 11:15 PM

    ディニちゃんは、ツトムンムンの見極めをどこまでしたら満足するんだろうな?
    結局ツトムが死ぬまで傍にいても解らん。ってなるのもいいぞ。

  • 匿名 より: 2025/12/26(金) 11:56 PM

    ここでちゃんとギルメンに情報共有したのは偉いと思う。
    さっさと200階攻略しないとね。

  • 匿名 より: 2025/12/27(土) 12:34 AM

    ゼノに関してはいいんだよ。
    ロイドがゼノに接触してることは努も知ってるんだから、何か対策はとるはず。

    個人的にはゼノよりも、リーレイアに接触するつもりだったっていうロイドの発言が怖い。実は裏切ってましたとかやめてくれよ毒蛇

  • 匿名 より: 2025/12/27(土) 1:11 AM

    更新ありがとーーーーーーー!!!!!!!!

  • 匿名 より: 2025/12/27(土) 2:53 AM

    更新ありがとうございます。
    ワインの保存期間て100年保つの?
    と気になってググったら飲用可能のワインで200年以上のものがオークションにかけられたことがあると出てきて世の中凄いなと思いました(小並感)

  • 匿名 より: 2025/12/27(土) 4:37 AM

    ダンジョン攻略に雑音いらね~って思っちゃうけど
    話書いてる側からしたらある程度ダンジョン外でドラマないとダレちゃうもんなのかね

  • 匿名 より: 2025/12/27(土) 9:17 AM

    結局神威と神華ってどっちが上なんだろう
    精霊を神華が生み出してたら努の確保に協力しそうなのに 四大精霊も進化ジョブ精霊も努の味方っぽいし
    帝都ダンジョンは迷宮都市のダンジョンを雑にパクっただけの劣化版感あるし
    使徒にしたロイド君も100階に来た現地人に干渉しただけで
    異世界から努を呼び出した神威と比べるとどうにも格下感あるんだよなぁ

  • 匿名 より: 2025/12/27(土) 12:28 PM

    ゼノが裏切るかどうかじゃなくて前回の償いも兼ねて努から中立を勧めてあげて欲しいくらいだね。ロイドの要求も裏切りじゃなくて中立だし場合によっては二重スパイ出来るんじゃない?

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  • 匿名 より: 2025/12/27(土) 2:09 PM

    個人的にはゼノは裏切るとしても、カッコつけずにみっともなく心情さらけ出せば納得は出来る範囲内かな。
    どうせ家族だろうから仕方なくもあるし。

  • 匿名 より: 2025/12/27(土) 8:14 PM

    うんちくうゼノに見えてしまって二度見した
    疲れてるな

  • 匿名 より: 2025/12/27(土) 8:30 PM

    ディニエルがハンナをかわいがっててほっこりする

  • 匿名 より: 2025/12/27(土) 9:07 PM

    年内最後かな?今年も更新お疲れ様でした。ありがとうございました。来年も楽しみにしております。

  • 匿名 より: 2025/12/28(日) 11:41 AM

     ワインもだけどローストビーフもよく分かんなないや、たまたま食べたのがそうかもしれんけど淡白な味だったなぁ。

  • 匿名 より: 2025/12/28(日) 10:51 PM

    ゼノは家族が人質に取られたら裏切ることを無限の輪に予め伝えておいて、だが人質に取られないようにこういう対策をする。みたいなことして欲しいが、多分なんもせずに裏切ることになるんだろうな

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  • 匿名 より: 2025/12/29(月) 12:26 AM

    ハンナが師匠呼びじゃないのに違和感覚えたけどハンナでもマジメな話くらい出来るよなとニンマリ

  • 匿名 より: 2025/12/29(月) 4:47 PM

    ゼノが裏切るとしても、二重スパイに落ち着くと思う。脅してくる相手なんて信用ならないし、努がキレた方が何倍も怖いし厄介だしやらで。

  • 匿名 より: 2025/12/30(火) 2:01 PM

    これで裏切ったらうんちくゼノじゃなくってうんちくんゼノだよ!

  • はよ より: 2025/12/30(火) 3:39 PM

    木槌みたいな持ったミミ系は抜けたのね。
    知らなかった

  • 匿名 より: 2026/01/09(金) 8:27 AM

    ローストビーフはそれ自体が美味しいっていうより 薄くスライスしたタマネギとソースがあるからこそ美味しいって感じな気がする
    異論は普通に認める

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