第772話 スタンピード会議
急遽発生したスタンピードが迷宮都市に襲来することが予測された前夜。バーベンベルク家屋敷の客間には迷宮都市の各団体代表たちが勢揃いしていた。
大手クランとしてはアルドレットクロウ、無限の輪、紅魔団、シルバービースト。そして中堅クランの中では最大規模を誇るノヴァレギオンというクランもそこに参加していた。
無限の輪のクランリーダーということもありその場に招かれていた努は、艶やかな赤い長髪の神竜人に挨拶した。
「こんにちは」
「……あぁ」
「何だか感慨深いですね。前のスタンピードの時は代表をカミーユに任せきりだったので」
「…………」
ギルド長であるカミーユは冷め切った目でそのにこやかな挨拶に答えはした。だが無駄話をする気はないのか視線はすぐに切られ、努はへいへいと肩をすくめた。そんな彼の指には精霊から授かった指輪がはめられている。
「…………」
彼女と同じく沈黙を保っているのは紅魔団のヴァイスである。今回もアルマに代表を譲ろうとしたものの尻を引っ叩かれて参加することになった彼は、静観を貫いていた。
「最近入隊してきた子たち、期待の新人になってるわよん?」
「そいつは良かった」
警備団団長で巨漢の男性らしからぬ口紅を塗っているブルーノの言葉に、シルバービーストのミシルは安心したように息を吐いた。
「これだけ出揃ってると何だか緊張しちゃうね?」
「……ですねー」
アルドレットクロウのクランリーダーであるロイドはふぅと息を吐き、今回初めてこのような場に参加したノヴァレギオンのリーダーである若い男は肩肘を張りながら答えた。
そして役者が出揃ったところでバーベンベルク家次期当主であるスミスが目配せをすると、執事が各人にスタンピードに関する情報を纏めた書類を配った。それらが全員に行き渡ったところで彼は情報を補足した。
「今回のスタンピードは帝都の溜まりに溜まった膿《うみ》が噴き出した結果ともいえる。探索者の間引きに関する法整備が穴だらけでダンジョンが煮詰まったことと、帝が秘密裏に進めていたキメラの実験体も合わさっている。よって今回は虫系のモンスターが多い」
そこまで話したところでスミスは書類を捲り、既に先遣隊によって確認されている要注意モンスターについて言及する。
「マウントゴーレムの数倍近い大きさのダンゴムシに近しいモンスター、マウントバグが最も巨大で脅威とのことだ。既にいくつかの街はこれの通り道となり甚大な被害に晒されている。これが数多の魔石を求めて迷宮都市に一直線で向かっているそうだ。対処について意見が聞きたい」
その情報に真っ先に反応したのは帝都出身のロイドだった。
「マウントゴーレムの数倍……。帝都もよくそんなモンスターを生み出せたものだね?」
「それって帝都の責任問題にならないんですか?」
「帝のことだ。あくまで法整備はしてたし、不測の事態だと知らんぷりでもしそうだね」
帝の人となりは多少知っているロイドの言葉に、スミスは重々しく口を開く。
「……マウントバグはダンジョンを食い破って出てきた突然変異であることに間違いはないだろう。そんなものを人為的に作れるとも思えない」
「そうですね。帝が先導したキメラ計画の成功事例を見ても、迷宮都市からすればユニークスキルの成り損ない程度です。そこは考慮しなくてよろしいかと。それで、その対処法についてはそれこそ帝都から引き取ったアレを使えばいいのでは?」
ロイドはそう言って蠅の王を引き受け先であるヴァイスに差し水を向けた。すると場に少しの沈黙が流れた後、彼は頷いた。そしてまた沈黙が場を支配したところでスミスが首を傾けた。
「蠅の王やミナを用いたマウントバグの誘導に同意する、ということでいいのか?」
「……構わない。ただ、それが上手くいくかはわからない」
「仮にそれが失敗した際のプランだな。守りに関してはバーベンベルク家の障壁魔法を信頼してもらおう。そのために私たちは五年前から備えてきた。それに警備団と探索者の協力も取り入れる心積もりだ」
「私たちのお仕事ねっ!」
障壁魔法の補助については先んじて警備団が連携を深めており、団長のブルーノはウインクしてみせた。
「だがマウントバグを倒すための矛は見当がつかん。先遣隊の情報を見るに、今までのように単なる一斉攻撃で早期決着がつくとも思えない。金と時間に糸目をつけねば倒せる見込みこそあるが、何か意見がほしい」
そう言って頭を下げたスミスにブルーノがじーんとした視線を送る中、一先ずロイドが意見を述べた。
「であれば召喚士に依頼するのも微妙ですね。それで勝てはしそうですが魔石のコストがかかりすぎる」
「ギルドも今回は動画機によるスタンピードの撮影に人手を割きますので、少し頼りないかと」
「はぁ? 何だそれ? そんなことしてる暇があるのかよ?」
カミーユの発言に食いついたのはノヴァレギオンの代表である男だった。ただそれをスミスが目で制す。
「バーベンベルク家の根幹を支えているのは迷宮都市の民だ。その民たちがスタンピードによる避難や防衛税に納得できる映像は欲しいと、ギルドにはこちらから提案している。すまないな」
「大人の事情ってやつさ」
「……なるほど、わかりました」
民から都市の防衛税を取る必要性として、スタンピードの映像を収めることは欠かせない。税を取ることを民が納得できる材料があるに越したことはないからだ。
そうこう話している内に今まで場を静観していた努が話し出す。
「外殻が固い相手なら白魔導士のアンチテーゼはどうですか? 数百人で行えばかなりの火力は出ると思いますけど」
「……なるほどな」
「六分は回復行為が出来なくなるので、その間に怪我人が出た際は迷宮都市に在住している医者たちの協力を仰げば大丈夫じゃないですかね」
「確かにそれは有効な手立てかもしれない。ただ相手は何もマウントバグだけでもないから、先んじて制空権は取る必要があるだろうね。そこからアンチテーゼ部隊を投入という形かな?」
「……特殊な個体はまだしも、およそ半分の虫モンスターはミナが操れるだろう。それでアンチテーゼを打ち込む隙は作れる」
そんなヴァイスの提案にミシルは難色を示した。
「最近は蠅の王のこともあって指示が効きづらくなってきてるんだろ? 餓鬼たちに責を取らせるわけにはいかんだろ」
「……その意見も理解はできるが、本人たちが望んでのことだ」
「仮に途中で指示が効かなくなってアンチテーゼ部隊がモンスターに囲まれる、なんて想像もできちゃうからねぇ。単に探索者で殲滅した方が早そうだ」
「恐らく今回はスキルでヘイト引けるでしょうし、それはタンクに任せていきましょうか」
そうしてマウントバグについての対処もある程度策が固まり、今回は各々の団体が共同で制空権の確保をするタンク部隊、白魔導士のアンチテーゼ部隊、止めのアタッカー部隊に割り振られることとなった。
いよいよ各陣営具体的に動きそうやね。次更新が楽しみすぎる