第774話 滑る滑る

 吟遊詩人で構成された音楽隊の演奏。それはスタンピードを迎え撃つ探索者たちを送り出す戦曲であると同時に、千名近くの者たちへ効率的なバフをもたらすための手段でもある。

 軍神の器楽曲、巧みの変奏曲、守護の賛歌、疾風の賛歌などのスキルが組み合わさったその演奏は探索者たちのステータスを上昇させ、祈禱師にも似た回復効果も振り撒いていた。


「コンバットクライ」
「トルネードキーーック!!」


 それはマウントバグの周辺にいたモンスターを引き付け殲滅を開始している者たちに届き、各タンクやアタッカーたちは一騎当千の活躍をしていた。

 大手クランであるアルドレットクロウと、それに次いで規模の大きいノヴァレギオンのクランメンバー。神のダンジョンで研ぎ澄まされた者たちにとって外のダンジョンから生まれたモンスターは雑魚に他ならず、害虫駆除でも行うように虫型モンスターが始末されていく。

 蠅の王とミナのモンスター誘導により、大多数は引き付けられている。だがそれでも一匹残らず指示が通ったわけではなく、マウントバグの周りに残っているモンスターは少ないながらも存在していた。

 今となっては進化ジョブを得た白魔導士だけでもモンスターへの対処は容易いが、前衛がいるに越したことはない。そして合流を待つ努の前に現れたのは、蠅の王たちが引き付けたモンスターをあらかた片付けて後は任せてきたガルムたちである。


「待たせた」
「お疲れ。出番がないことを祈るよ」
「違ぇねぇ」


 大剣を振り払って付着したモンスターの体液を取っているアーミラもそう独り言ちながら、地響きと共に近づいてくるマウントバグを眺める。迷宮都市の城壁にも勝る規格外の大きさであるそれは、既に接敵といえる距離に入っていた。

 それを同じく放心状態で眺めていたダリルも、フルアーマーのままタワーシールドを壁に立てかけて戦闘に備えていた。


「僕たちが出る前に何か作戦はありそうですよね?」
「らしいね。アルドレットクロウで急遽決まったから僕も把握してないけど、そろそろ始まりそうだ」


 障壁魔法の外で魔石を積み上げて何やら準備している、アルドレットクロウお抱えの召喚士たち。既に何十体は下らないワイバーンが召喚されており、その部隊は見覚えのあるハーフエルフが指揮を執っていた。


「召喚――スポッシャー」


 そして計四つの場所から召喚されたのは、110階層主であるゆでだこのような見た目をしたモンスター。そのひょうたんみたいな頭にシルクハットを被ったスポッシャーたちは、召喚士の命令に従い八本足を器用に使って互いに紐をくくっていく。

 その紐を頼りに十数体のワイバーンや火竜によって引き上げられ宙吊りの状態となったスポッシャーたちが、空からマウントバグに向かって黒い油を放出した。

 それは刻印油であると同時に、ギルドでも清掃に苦労するほどぬめりを帯びたスポッシャー特製の油である。その油を身に受けたマウントバグの体表がてらてらと光る。

 ただスポッシャーも人からすれば巨大な存在だが、マウントバグはそれを遥かに凌駕する。それこそ人から見たタコほどでしかないスポッシャーだけで、全身を油まみれにすることは叶わなかった。

 だがバーベンベルク家に気遣うことなく障壁魔法の外に仕掛けを施したことで、マウントバグが足場とする地面は既に刻印油まみれとなっていた。それに後片付けも刻印士を総動員すれば綺麗さっぱり消せるため、スポッシャーによる足場工作が採用された。

 刻印油によって摩擦を奪われた地面の上で、マウントバグのおびただしいほどある脚が空転を繰り返す。どれだけ脚を動かそうと前に進む推進力が生まれず、巨大な図体は完全にその場を滑り続けた。

 その様子を確認した召喚士率いるルークからの合図を皮切りに、努もフライで浮かび拡声器を用いて待機していた白魔導士たちに告げる。


「アンチテーゼ部隊、出るよー」


 すると努の前に展開していた障壁魔法が幕を開けるように開き、まずはガルム、ダリル、アーミラを筆頭とした前線を担当する探索者たちが前に出た。その後ろから努たち白魔導士が続く。


「アンチテーゼ」
「アンチテーゼ!」
「アンチテーゼー」


 ゆうに百人は超える白魔導士たちが一斉にアンチテーゼを使用しながら飛び、マウントバグを射程圏内に収める。残った十数人は万が一の事故に備え回復役に徹し、ガルムたちが残っていたモンスターたちを引き付けている間にアンチテーゼ部隊が配置についた。


「こら、どけどけっ」
「てめーがどくのですっ」


 シルバービーストからはロレーナとユニスが体当たりし合いながら努の左隣を争っている。するとその右隣に陣取っていたステファニーがため息をつく。


「醜いですわね」
「わざわざ集合する必要もないんだけどね」
「そうですわね。貴方の隣に並び立つに相応しいのは私くらいのものですから」
「自己肯定感が凄いことになってない?」
「少なくとも200階層までは挑戦の身となりましたので。それに周囲に師の偉大さを広める機会でもありますから」


 数十人はいるアルドレットクロウの白魔導士を束ねているステファニーが、わざわざ努の隣に並び立つことで証明できることはある。ある種目上を立てているであろうステファニーの言葉に努は気まずそうにした。


「それは大変光栄でございますね」
「可能であればツトム様と間引きのバカンスにも洒落込みたいところではありましたが、師の名声が広まるならそれに越したことはありません」


 そうにこにこ顔で語る殊勝な元弟子、そしてじゃんけんで負けたユニスが隣を確保できずむくれているのを横目に、努はアンチテーゼ用に刻印が施された杖をマウントバグに向ける。

 それと同じものが施されている薙刀をステファニーが重ね、ロレーナは如意棒を乗せた。


「うおっ」


 そんな中ユニスは慌ててフライで近づいて努に背中を預け、勢い余ってその顔に大きな狐尾をめり込ませながら薙刀を下から合わせた。それに両隣の二人がピシリと表情を固める。


「ハイヒール」
「ハイヒール!」
「ハイヒールっ」
「エクスヒーーール!!」


 努の詠唱を皮切りにアンチテーゼ部隊から効果が反転した回復スキルが一斉にマウントバグへと放たれ、その赤いベールは砲撃をまるで通さぬ甲殻に浸透していく。

 それは痛みを伴わず怯ませることも叶わないスキルであるが、生物であればどんなものにも一定は通る性質を持つ。初めこそそれをまるで意に介していなかったマウントバグであったが、体への異変には気付いたのか蠢いていた脚がピタリと止まった。

 そして自身の命が脅かされていることを察知したマウントバグは、その体を屈めて丸くなる準備を始めた。迷宮都市へと来る道中で街を粉砕してきた際に確認されていたその動作を前に、背後に控えていた警備団から撤退の合図が上がる。

 それからアンチテーゼ部隊や召喚士たちが障壁内に撤退した時には、マウントバグはその巨大な体を丸めて転がる準備を完了していた。

 コメント
  • 匿名 より: 2026/03/17(火) 4:46 AM

    更新感謝ー!
    油の上で転がれるんですかね?v?
    ハーレムしてると努の好感度は下がると思うよステフ。
    努はクラン内恋愛はしませんって宣言したら要らん嫉妬と敵意を受けないと思うが。なお、逆恨みは頭数には入れない物とする。理不尽はほっとこ。何しても無駄だから!-!
    他のクランメンバーどこだろ?まぁガルムが居てくれるならいっかwわんわんおー!!!

  • 匿名 より: 2026/03/17(火) 6:39 AM

    ツトムの好みは日本準拠の価値観を持つ女性なので……
    って言い張ってるけど、道端にモンスターが居る世界でか弱きおなごは都市幻想では?

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