第788話 じぃちゃんの分まで
魔流の拳はどの属性魔石を扱うかによってその性質を変える。火の魔力は筋肉の熱を上げてリミッターを解除させ、一時的な反応速度や持久力を向上させることができる。ただ長期戦になると熱暴走を起こして昏倒してしまう。
逆に水の魔力は関節や筋肉の柔軟性を高め、血流を促進させることで疲労物質をより早く流し無尽蔵のスタミナを保つことができる。しかしこれも長く続ければ低体温症に陥ってしまう。
火で筋肉を燃やし、水でその疲労を流す。二属性を扱い弱点を補完することが魔流の拳の極意であるが、複数の属性を扱うのは魔力回路を酷使しすぎる。メルチョーも若かりし頃にその無茶を通したことで、一年近く魔流の拳が使えなくなった経験があった。
なので複数の属性を扱うのは本当にここぞという時にするべしと、ハンナはメルチョーから口酸っぱく教えられていた。仲間の命を救うためか、それこそ神にでも挑戦する時くらいのものでなければならないと。
「どりゃーー!!」
炎の魔力を用いてフレイムキックの威力を底上げし、更に翼をはためかせての大風により推進力を発揮する。それにより神華が展開していた神の見えざる左手を溶かし、続く右手も貫きにかかる。
「無茶苦茶だ!!」
「後先考えてなさそう」
その余波だけで努の展開していたバリアが嫌な軋み音を立て始め、ディニエルと共にたまらず避難する。ひっそりポーションを飲んで回復していたガルムも茫然自失としているリーレイアを脇に抱え、横を走るコリナと共にその場から離脱した。
先ほどの雷鳥や神龍と化したアーミラに負けずとも劣らない規模の競り合い。ヴァイスが雷鳥に無力化されている間にロイドとその妹の身柄を確保したステファニーたちも、自ずとそこに視線が向いた。
「ほっ」
神華がその場で足踏みをした途端に放たれた神の足による踏みつけ。それをハンナは雷の魔力による反射神経の向上によって察知し、魔力の残滓と共に瞬間移動して避けた。
それを目にした神華は興味深そうに目を細め、一足跳びで距離を詰める。チートじみたAGIに物を言わせた瞬身は常人では目で捉えることも難しいが、ハンナは雷の魔力を目に内在させての驚異的な反応で迫りくる双剣を魔拳で受け止めた。
「せいっ!」
「神の見えざる手足」
双剣伝いに走った氷の波動に巻き込まれないよう神華は武器を手放す。そして魔力により拡大されていたハンナの青い羽根がいくつか散っていくのを見定めた彼女は、その詠唱で破られた手を瞬時に構築し直して手を握りしめた。
「よいしょー!!」
自分を握り潰さんと迫りくる手の圧力を察知したハンナはその右拳に炎と水の魔力を集中させ、魔正拳を放つ。その二属性を織り交ぜた魔力に押し負けた見えざる右手はまたもや破壊された。
「前の魔拳使いとは一味違うが……それには大きな反動が伴うのじゃろう? よいのか? 既に羽根がいくつも抜けておるが」
「じいちゃんの分まで全部出し切るっすよー!」
貴族と同じように魔石を埋め込んだ指輪やネックレスも装備しているハンナは、魔流の拳を思う存分発揮した。山での修行で全ての属性を一属性ずつ扱いその特性を把握こそしているが、全属性を扱うのはまだ下方修正されていなかった神のダンジョン以来だ。
魔流の拳は理論上誰でも相伝自体は可能であるため、神威にユニークスキルと認定はされなかった。だがハンナの二属性以上を用いての立ち回りはゲームバランスを崩壊させるものだと判断され、ダンジョン内でも魔力回路の反動が起きるよう特別な措置が施された。
神威も認めしバランスブレイカー。それが神のダンジョンでこさえた大量の魔石を用いて神華へ果敢に挑戦する。
「カウントバスター!」
右手に光を、左手に闇を宿したハンナの猛攻。それらは神の見えざる手足によって多少の拮抗こそ見せるが、全てハンナが打ち勝っている。
神華は人々の願いに込められた魔力が集まって生まれた生命体である。その純粋な願いに属性まで含まれることはなく、故に彼女はハンナのように多彩な魔法は扱えない。だからこそハンナは神の見えざる手足を打ち砕くことができていた。
「ブースト」
神の見えざる手足一辺倒では押されると悟ったのか、神華は受肉体の特性も駆使してハンナを殺しにかかる。マジックバッグから新たな双剣を取り出して速度を上げ、フェイントを織り交ぜつつ連撃を放つ。
「ハンマーバスター!」
だがハンナはエイミーと幾多もの模擬戦を重ねてきている。その経験則を基に神華の攻撃を捌き、ステータス差は雷や風の魔力を駆使しての身体能力向上で埋め合わせた。
ハンナが拳を振るうたびに炎が巻き上がり風がそれを後押しする。それを神華は神の見えざる手足を大規模に展開して防ぐ。
竜のブレスにも匹敵する規模の激しい攻防を前に、努たちはそれを遠巻きに見守るしかなかった。少なくとも遠距離スキル持ちでなければあの戦いに介入することは難しいだろう。
なので努はディニエルだけ戦況を注視するよう指示を出し、ステファニーたちが既に確保していたロイドの方へと向かっていた。
(下手に介入しようとしてもあの猫耳で詠唱はバレるしな。一先ずハンナが出し切るまでは任せるしかない)
それに努はハンナがカウントバスターを溜めつつ、春将軍:彩の戦装束の開花スタックも溜めていることに気付いていた。もしそれらを魔流の拳と共に解放するのだとすれば、巻き添えを食らわないよう離れていなければハンナもそれを好きに打てなくなる。
「神華にエイミーを乗っ取らせてそいつを助けるのが目的だったのか? ロイド」
努はバーベンベルク家の障壁によって囚われていたロイドに問いかけた。そんな努の問いかけと虫でも見るような目に晒され、既に意識を取り戻していたロイドの妹は身を震わせている。
彼女は帝都のダンジョンの百階層に辿り着き、神華にその身体を乗っ取られて以降の記憶がない。そのためふと起きたら何故か兄と共に探索者らしき者たちに囲まれ、障壁魔法によって確保されている状態だ。
そのためまだ錯乱状態にある彼女の震える手を握りながら、ロイドは神妙な顔で答える。
「……そうだ。神華の受肉体にされたのは俺の妹だった。神華の使徒として活動していたのも、仲間たちを返してもらうためだ。だから、別の受肉体に移ってもらう必要があった」
「だから僕の仲間を受肉体にしても許してくださいってか?」
「……俺としても、ここまで上手く事が進むとは思っていなかった。一先ず、今の神華を先ほどと同じようにまた殺しかけるところまで追い詰めるのが前提だ。でなければ神華は受肉体を手放さない」
「神華を殺す手立ては? 神の使徒をやってたなら少しくらい目途はあったんじゃないのか?」
その問いに対してロイドは口を引き結んだ。
「あれは、数千年の時を生きている、まさしく神といってもいい存在だ。神殺しが成ったことは歴史上存在しない。少なくとも俺にその手立ては――」
そんな内容を話すロイドを隔てている障壁に、ガルムが蹴りを入れたことで彼の言葉は止まった。ロイドの言動に激昂して思わず足が出た様子の彼を、努は横目で見て少し驚きつつも視線を戻す。
「俺の知っていることは全て話すし、妹を助けるためなら何だって協力はする。ただ、神華を殺す手立ては俺にはない。もしその鍵があるのだとすれば、そちらにしかないと俺は思う」
「そう言われてもな……」
努はロイドと違って神威の使徒ではないし、その存在と直接対峙したことすらない。ガルムに続き今にも障壁を割りそうなコリナの圧も感じていた努は、気まずそうに視線を彷徨わせた後に雷鳥を見た。
その時、雷鳥が無力化していたヴァイスの身体が突然燃え上がった。その勢いが増していくにつれてそれは鳥の形状へと変化していく。
「バリア!!」
そんな不死鳥を中心として円状に放たれた炎の波から仲間を守るため、努はバリアを展開しながらガルムの背後に隠れた。ただその炎はバーベンベルク家の障壁によって受け流され、事なきを得る。
ヴァイスの身体から顕現した不死鳥は大きな翼を広げると、雷鳥に向かって蒼炎を吐き出した。
「師匠…アタシの大活躍、見たッスか…?」
「ああ、見てたよ…。だからもう、喋るな…」
ツトムの腕の中で力なく微笑むハンナ
他属性使用の反動で、その身体は光となって消滅してゆく