第790話 満開
七色の魔力を翼に溜め込んだハンナは魔流の拳を思う存分神華に振るった。炎と風、水と雷など属性相性の良いものも試したし、光と闇の反作用し合う魔力を右手と左手に分け、それを双方向から打ち合わせる妙技も披露した。
それらは神の見えざる手足をことごとく打ち壊し、SS+という規格外のVITを持つ神華に対しても有効打になり得た。もはや相手がエイミーの身体を乗っ取っているということも頭からすっぽ抜け、倒すつもりでクリティカル判定も容赦なく狙った。
「神の見えざる手足。……もう蓄えも底を尽きたかの?」
だが神の見えざる手足を再展開した神華の魔力は、未だ衰える気配がない。それは古代の人々が願った魔力の集合体。迷宮都市で得られる魔石がいかに極大であろうと、数億もの人々に魔力の総量で勝てる道理はない。
それに神華はかつて武芸者と暇つぶしに戦ってきたこともあり、ハンナの武術を以てしても容易に崩すことは叶わなかった。その上で急所ともいえるクリティカル判定を狙うのは至難の業だった。
ハンナが持ち込んでいた魔石はもうなく、アクセサリーとして身につけていた魔石もつい先ほど魔力補給の役割を果たして砂と化した。彼女の翼は今もなお鮮烈な魔力を宿しているが、もう追加で魔力を補給する手段はなくなった。
ハンナが属性を操れる分、全体的な魔力効率で見れば神華よりも消耗は少なかった。だがそれでも彼女の魔力を削り切れないことを理解したハンナは、装備している戦装束に刻まれた専用刻印のスキルを綴る。
「咲けっす!」
神華との戦闘中に攻撃を10ヒットさせ続けて溜めていた開花スタック。それは既に100へと届いて条件を満たし、その詠唱と共に満開へと移行した。彼女の着ている戦装束の背が花開き、そこからスキルによる花吹雪が噴き出した。
周囲の者たちはハンナが全身全霊を出すことを見計らってか離れており、巻き込む心配もない。遠巻きにこちらを見ているクランメンバーたちを横目に見たハンナは深い笑みを浮かべながら、青翼越しに桜吹雪へ魔力を伝播させた。
様々な属性を不規則に付与された桜吹雪が七色に輝き、その一帯を支配する。炎の花弁が爆ぜ、雷の花弁は帯電し雷撃を生み出す。それらはハンナのスキルと魔力による操作で一色ごとに集合し渦巻き続ける。
「神の見えざる手足」
それに対し神華は巨大な不可視の手足を創造して迎え撃った。包み込むように重ねられた手が神華を守り、足はその桜吹雪を踏みつけんと上空から迫る。
「いけーっ!」
「賑やかなことよ」
そしてハンナの従えた桜吹雪と、大規模に展開された見えざる手足が激突する。炎と風の吹雪が神の足を巻き上げて跳ね除け、反作用し合う光と闇の吹雪がもう片方も消し飛ばす。
土と氷の魔力を帯びた強固な花弁は神華を守る手を削り取り、水と雷を宿した桜吹雪が襲い掛かる。神華は自身の手を重ね更に魔力を込めて神の見えざる手足を増強し、桜吹雪と拮抗させる。
その桜吹雪が舞い神華をその場に縫い留めている間、ハンナの背にある翼から青い羽根が抜け落ちていく。全属性を扱うことによる副作用。だがそれを気にも留めず彼女はその拳にありったけの魔力を集中させていた。
「カウントっ」
開花スタックに合わせてカウントバスターもコンボを途切れさせずに当て続けていたハンナの右拳に、スキルの輝きに加えて七色の魔力も渦巻く。刻印とスキルに魔力までかけ合わせたその右拳は空間すらも歪ませた。
その凝縮された極致を前に神華の顔がほころぶ。
「人の身一つでそこまでの魔力を溜め込むとはの! よく弾け飛ばぬものよ!」
神華もまた強大な魔力を呼び起こし、桜吹雪に対抗しつつ受けの構えを見せた。そこにハンナは腰を深く落とし、一息に飛び込んだ。
「フルバスター!!」
その言葉と共に溜め込まれていたスキルが解放され、激突の衝撃が大地を伝う。神の見えざる右手と衝突した衝撃波が周囲を円形に薙ぎ払い、バーベンベルク家の障壁が遠巻きにそれを見守っていた者たちを守る。
「神の見えざる手足!」
両手を前に構えた神華から魔力が伝わり、砕かれる魔の手の補強を続ける。その破壊を七色の桜吹雪が後押しし、その手足を包んで粉々に削り切らんと迫る。
その桜吹雪とカウントフルバスターによる右拳は、ついに神の見えざる手足を打ち砕く。だがそれと同時にスキルの勢いも落ち、相殺の形となった。
ハンナの全身全霊を受け止め切った神華は浮かれていた。単身でここまで自分の魔力を削ってきたのは彼女が初めてであり、褒めてつかわす言葉を今から考えていた。
故に先ほどと違いスキルも掛け合わせていない左拳を見逃した。それは先ほどと違い魔力もスキルもない拳。だが神華が気付いた頃にその左拳に強烈な魔力が溢れた。
「魔正拳っ!!」
ハンナの拳が神華の腹部を捉え、魔力の奔流が捩れを生む。VITに守られているとはいえ、それを生身で受けた神華は吐血して吹き飛んだ。
「はぁっ……はぁっ……」
桜吹雪もスキルの効力を失い光の粒子と共に消えていく中、波打つように抉れた大地でハンナが顔から倒れ込む。その青翼は羽根のほとんどが抜け落ち、骨組みのような輪郭から微かな魔力を残すばかりだった。
全てを出し切った。もう指先一つ動かすのも気怠い。しかしそれでもハンナは顔だけでも上向かせ、神華の行方を目で追った。
神華は腹部に大打撃を受け、内臓も損傷していた。だがそれでもまだ魔力は健在であり、神に挑んできた人間へ賞賛を口にする余裕はあった。
「み、見事じゃ。単身で妾の魔力をよくここまで削っ――」
そんな神華が鼻息荒く口を開いている間に、雷撃が浴びせられて強制的に中断させられた。
少し遠くにいた雷鳥はようやく暴れられるわいと何処かすっきりとした様子で、宙をついばみ神華に雷撃を浴びせ続ける。神との戦いを終えての健闘もへったくれもない乱入を前に、ハンナも豆鉄砲を食らったような顔をした。
「ヒール」
適切なスキルと精神力が込められた緑の気がハンナに着弾し、擦り切れかけていた命を繋ぐ。それに続いた藍色の犬人が前線に入り、ハンナが見慣れた矢が神華の頭を狙い放たれていく。その後ろから神龍人と化した仲間の直線的なブレスが神の見えざる手足を破壊する。
多少回復して起き上がれるようになったハンナが、容赦のない戦いへの乱入に苦笑いを零している中。初めての師である白魔導士が彼女の隣に降り立った。そして神華から視線を外さないままハンナに問いかける。
「無茶苦茶するな、お前は。治るのかそれ?」
「……じいちゃんは一年で治ったって言ってたっすけど。まーわからないっすねぇ……?」
そして神龍のアーミラも乱入したのを見届けたところで、努はハンナに視線を戻し骨折などはないか確認してから回復スキルを重ね掛けする。そして青ポーションの栓を開けて彼女に差し出す。
「回復したら援護に行くよ」
「……おっす」
神華と一対一の力比べを真正面から行い敗北したハンナは、出来ることならこのまま倒れていたかった。だがエイミーの身体を乗っ取られた手前か、羽根が抜け落ちていようが有無を言わさない努の様子を前に青ポーションを飲んだ。
「……苦いっす」
「だろうね。じゃあ行くよ。ヒール、メディック」
「おーっす……」
そしてすぐさま神華を抑えているガルムやアーミラに支援回復しながら移動する努の背中を、ハンナは何処か気まずげに追った。
一年もフルで戦えなくなったハンナにがっかりツトム
と言うか、こんな神を相手してるのに、終わった後のライブダンジョン攻略の事を重要視してるのツトムらしい